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ブーは以前にタッチダウン誌の取材で、日本のフットボール界について、 プロリーグの必要性を説いていた。 私は日本でアメフトがメジャーになることを夢見る一フットボールファンとして、 彼の意図するところを突っ込んで聞いてみた。 「まずは子供が試合を見て憧れるようなプロリーグの存在が必要不可欠。 それによって競技人口も増えていくと思う。 現在のリーグ編成ではトップチームと下位のチームに実力差がありすぎて、 試合をする前から結果が分かっている。 ファンにエキサイティングな試合を見せることができていない。 ラグビーのトップリーグのように、上位8チーム位のスーパーリーグを作って、 リーグ戦を行えばとてもエキサイティングになると思うよ。」 彼の意見は最もだし、フットボール関係者の多くが思っていることなのではないだろうか。 来季からXリーグのプレーオフの試合形式が変更になり、試合数も増えるが、 今後もリーグがより良い方向へ向かうことを期待したい。 また、1993年にJリーグが誕生して、マイナー競技だったサッカーが 一気に野球と並ぶ人気スポーツになったように、 いつの日かアメフトのプロリーグが日本にできることを切に願う。 日本フットボール界にとって、プローリーグ設立と共に もう一つの悲願と言えるのが日本人NFLプレーヤーの誕生だ。 アトランタファルコンズの練習生として、WRの木下選手がNFLに挑戦しているが、 (フロンティアーズ秋山選手も日本人2人目として挑戦予定) 未だ公式戦のフィールドには立てていない。 日本人がNFLで活躍できる可能性のあるポジションについて聞いてみると、 消去法ではあるが返ってきた答えはWRだった。 「ラインやLBはサイズが足りないし、フィジカルの差も大きいと思う。 RBやDBは身体能力的に厳しい。白人選手もほとんどいないしね。」とブーは言う。 以下は個人的な意見がかなり含まれると前置きした上で、 日本人のNFL挑戦に言及させてもらう。 まずライン・LBについてはブーの言うようにフィジカルの差が大きく立ちはだかる。 次にRB、DBだがここには遺伝子レベルの身体能力の差が立ちはだかっている。 アメリカには「QBはコーチが育てて、RBは母親が育てる」という格言がある通り、 この両ポジションには黒人のトップアスリートが大半を占める。 アメフトのアニメ”アイシールド21”で主人公の小早川セナは 40yを4.2秒で走る光速RBという設定だが、 こんなスピードの選手はNFLにもいるのだろうかと疑問に思っていた。 だが、今シーズンタイタンズで活躍し、 プロボウルにも選出されたRBのクリス・ジョンソンが40yを軽々と4.2秒で走る映像を見て、 これは日本人には絶対に真似できないだろうと思ってしまった。 残るはQBとWRだが、QBはスローイング能力の差が明らかだ。 野球ではイチローをはじめとして外国人に勝るとも劣らない強肩の選手がいるが、 アメフトではほぼ皆無と言っていい。 これはアメフトボールに比例する手や体の大きさの問題なのか、 日本における競技人口の問題なのかは私には分からない。 いずれにしろNFLでQBをするとなると、 司令塔としてネイティブ並みの英語力が必要とされるだろうし、 サックを受けても簡単に壊れない90〜100kg程度のウェイト、 視野を確保する185cm以上の身長も必須の条件となってくるだろう。 最後に残ったのがWRだが、このポジションは可能性があると思う。 まずサイズのハンデがあまりないという点だ。 確かにNFLには190cm以上の長身WRが数多くいるが、 一方で180cm前後の小柄なエースレシーバーも存在感を示している。 もちろん後者はそれを補って余りあるスピードとクイックネスを兼ね備えている場合が多いが、 WRはそれ以外にもテクニックや頭脳でカバーできる要素が多い。 史上最高のWRといわれるジェリー・ライスの40y走が4.7秒程度だったこと、 陸上短距離の五輪メダリストがNFLのWRへと転向しても、 際立った活躍をできていない事実もそれを証明している。 いずれにしろ野球の野茂のように、NFLで活躍する先駆者がアメフト界にも早く出現してほしい。 それは日本のアメフト人気向上に必ずや結びつくのだから。 話をブラッド・ブレナンに戻すが、 やはり興味があるのがブーがWRとしてあれだけ輝ける理由だろう。 その要素としてハンズ、テクニック、カバーリードの3つをすでに挙げたが、 ハンズからみていく。 約20年のフットボールキャリアはもちろん、 バスケで培ったボールハンドリングの良さもあるだろう。 だが、ブーが最も強調したのが手で捕球するという意識だった。 「小さいころからキャッチボールはしていたけど、父親にとにかく手でボールをとれと言われていた。 ショルダーでのキャッチは簡単だが、できる限り捕球範囲の広い手での捕球することが大事。 それを常に心掛けてきたよ。」 次にテクニック。 WRのテクニックと一言でいっても幅広いが、特に注目したのはリリースの瞬間。 スピードはあるが、プレス守備などでプレッシャーをかけられると実力を発揮できないWRは数多くいる。 だが、ブーがそれらに負けて、 リリース時にディフェンスに絡まれているシーンはあまり記憶にない。 ハンドテクニックに鍵があると思っていたが、 返ってきた答えはもっと根本的なことだった。 「日本では激しいプレスディフェンスはそれほど多くないけど、 リリースの瞬間はDBとの戦争なんだよ。 日本のWRはその意識が欠けていると思う。 細かいハンドテクニックや走り方は、 DBと激しく戦うという意識を前提として、身についていくものだと思う。」 ブーがこの意識に至るのにはアリゾナ大学1年生時のある出来事がきっかけとなっていた。 「サマーキャンプのマンツーマン練習で、 クリス・マカリスター(現レイブンズCB)にバンプを受けたんだ。 そのまま持ち上げられて地面に叩きつけられた。 コーチは笑いながら”(*)Pacific10へようこそ!”と言っていた。 自分にとって今まで味わったことのないフットボール人生最大の屈辱だった。」 (*)Pacific10とは、アリゾナ大学が所属するリーグ それ以来、ブーは今まで以上にウェイトトレーニングに打ち込み、 DBとのコンタクトに打ち勝つテクニックを磨いていった。 最後にカバーリードだ。 これはルート取りとも密接な関係があり、 経験やセンスも含めて大きな差となって現れるポイントだろう。 まず、ブーが基本としているのがトライアングルリードだ。 セットした瞬間にLB、SF、CBの位置関係を把握する。 そして、走り出した後もこのトライアングルの動きに対して、 自分の走路をアジャストしていくのだ。 そしてブーは以下のことを何度も強調して説明してくれた。 「みんな、相手守備がカバー2なのか、カバー3なのかそればっかり考えている。 大事なのは自分がノーマークになれる場所をピンポイントで見つけてそこに走りこむことなんだ。 守備のカバーが何なのかはそれを助けてくれる材料にすぎない。 あとはノーマークになるためにディフェンダーを誘導したりする走り方も重要だよ。」 ブーがパスキャッチをする時、 まるでディフェンダーと磁石で反発しているかの如くにぽっかりとノーマークになることがあるが、 それは上記の読みや走り方の賜物だろう。 リハビリを行っていた今春、WRコーチを務めていたブー。 WRについて話をしていたら、 いつの間にかFRONTIERSのWR全員に対してコメントしていた。 ブーの率直な感想を下記に紹介したいと思う。 #4 松林: とてもシュアなハンドを持っている。 後はリリースの瞬間にDBと激しく戦えるようになってほしい。 #11 松村: 背が低いけどクイックネスがよくてランアフターキャッチも期待できる。がんばってほしい。 #17 秋山: 大きな可能性を秘めたレシーバー。まだまだ成長する。 #25 守屋: ケガをしていたのでプレーはあまり見ていないけど、 取り組む姿勢を含めていいレシーバーだと思う。 #80 米山: 自分の知る限り日本でベストのプレーヤー。 モチベーションが安定すれば、常に脅威となり得る。 #81 吉永: 常にファイトするとてもタフな選手。スペシャルチームでも活躍。 #84 久保田: ベテランとしてリーダーシップを発揮している素晴らしい選手。 #86 清水: スピードがあるのはみんな知っている通り。 あとは簡単にドロップさえしなければ止められない。 #88 河瀬: 常に正しいことができるパーフェクトな選手。 新しいテクニックにも挑戦して自分のものにする姿勢は素晴らしい。 ちなみに上記のエピソードで紹介したとおり、 クリス・マカリスターをはじめとして後のNFLのDBとも対戦してきたブー。 WRとしてXリーグで認めるDBについて聞いたところ2人の選手の名前が挙がった。 「シーガルズの8番(渡辺選手CB)はいろんなテクニックを持っていて、 マンツーマンが特にうまいと思う。 あとは植木(FRONTIERS副将・SF)かな。彼のアグレッシブなプレーはとても好きだよ。 ただ、ミスすることもあるけどね(笑)。」 今回の取材だけでは基本的なことしか聞けなかったが、 そのエッセンスは日本人WRにとって参考にすべき点が大いにあるだろう。 |
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12月15日(月)の午前2時30分。 敬虔なクリスチャンである彼が、 幼いころから欠かさず行っている日曜日の教会での礼拝を終えて帰宅後、 午前0時から開始した取材が終了した時間だ。 私は大学時代に海外への留学の経験はあるが、 既に錆びつきかけている英語と、 逆に年々上達している彼の日本語を交えながら行ったインタビューは2時間半にも及んでいた。 そう、12分クォーターならばアメフトの試合がちょうど1試合終わるくらいの時間だ。 人は集中している時は時間が短く感じられるものだが、 こんなにもあっという間に時が過ぎた経験は自分の26年の人生を振り返ってみてもそうはない。 そのくらい彼の話は魅力的で興味深かった。 いや、それは彼自身の人間的な魅力がそうさせたのかもしれない。 日本人より日本人らしく、アメリカ人より勇敢。 FRONTIERSでは6シーズンプレーしているWR”青い眼のサムライ”#15ブラッド・ブレナンだ。 昨シーズンのプレーオフ準決勝で負傷して以来、 復帰後初の公式戦出場となった今プレーオフ鹿島戦で、 驚異のパフォーマンスを披露したブー。 日米での経験、WRのテクニック、気になる今後を含めたFRONTIERSへの思いまで赤裸々に語ってくれた。 4人兄弟(兄、姉、弟)の次男としてサンフランシスコで育ったブー。 幼いころから様々なスポーツにに取り組んでいた。 ブーがフットボールを始めたのは13歳の時だった。 その後、聖フランシス高校に入り2年生までアメフト、バスケ、 野球と3競技をシーズンスポーツでプレーし、 3年生の時はアメフトとバスケを専念した。 その中でブーが自分に最もフィットしたスポーツと断言したのがバスケだ。 鹿島戦で浮かせたパスをエンドゾーンで4人のディフェンダーを振り切り、 見事にジャンピングキャッチしたプレーは記憶に新しいが、 まるでバスケのリバウンドを捕るようだった。 不動のポイントガードとしてチームを牽引したブーは、 チームをカリフォルニア州のNO.1へと導いている。 「他のチームは背の高い黒人選手ばかりだったけど、 そういうチームを倒していくのは快感だった。 バスケは好きだし、最も自分の能力を引き出せる競技という確信はあったけど、 背が低くてカレッジ以上のレベルでのプレーは難しかった。」 約1m80cmあるブーの身長だが、アメリカではPGの身長が2mを超える世界。 フットボールに懸ける思いは年々強くなっていった。 さて、高校時代のブーのフットボールキャリアについてだが、 2年までWRとCBを経験して3年時はWRに専念していた。 現在もそうだが、彼はレシーバーとして高さ、 スピードなど身体能力が特に傑出しているわけではない。むしろ並だ。 しかし、彼は高校時代から地区のベストWRとしての地位を確固たるものにしていた。 その要因はハンズ(捕球能力)、テクニック、 相手ディフェンスのパスカバーを読むカバーリードの3つだ。 つまりWRとしての総合力が高い選手といえる。 テクニックやカバーリードについては後述するが、 これらを支えたのが当時UCLAのWRとして活躍していた兄のブレントの存在だ。 現在はサンノゼ大学でWRコーチをするブレントは、 ブーに最新のカレッジレベルのテクニックや知識を叩き込んでいった。 こうしてブーのスマートなプレーぶりは高校時代に完成されていったのだ。 アメフトで大学の奨学金を得るために、 自分のビデオを強豪大学に送って売り込んだが、 推薦は得られず一般入部でNCAA(全米大学体育協会)1部の強豪アリゾナ大学へと進学した。 アメリカのフットボール人気は言うまでもないが、特にカレッジにおけるそれは凄まじい。 強豪校の対戦には数万人の観衆が集まり、 ボウルゲームの優勝賞金は数千万円に及ぶ。 ブーが進学したアリゾナ大学は、57,000人収容のスタジアムをホームグラウンドとして、 時折NFL選手も輩出する強豪校だ。 地区ではベストWRだったブーだが、 NCAA1部の強豪となると各地区のベストの選手が集まっており、 最初はそのレベルの高さに圧倒された。 それを物語るのが1年めのシーズン、公式戦でのレシーブがわずか1回だったという事実だ。 しかし、この唯一のキャッチはブーにとって忘れられない思い出となっている。 「シーズンの最終戦、ライバル校との試合終盤に出場のチャンスをもらったんだ。 SFがブリッツして明らかにオフサイドしたんだけれど笛は吹かれなかった。 フィールド上の全員が固まっていた瞬間に、僕は走り出してノーマークでTDパスを受け取ったんだ。 僕がカレッジでやっていけるのか心配していた姉は、試合終了後フィールドに下りてきて、 泣いて喜んでいたよ。」 ありえない誤審だったが、翌日の新聞にはブーの初キャッチの写真が掲載されることとなる。 公式戦での活躍は1キャッチのみだったが、チーム内でのブーの評価は確実に高まっていた。 その証拠に2年時から奨学生の対象となり、 授業料が全額免除されることとなる。 アメリカの大学スポーツといえば文武両道というイメージがあるが、 実際はそうなのだろうか? ブーに尋ねてみると予想以上の答えが返ってきた。 「コーチは選手がきちんと授業に出席しているかどうか、 確認しに来ることもあるし、成績が落ちたら試合にださなかったり、 きつい朝練を課したりするんだ。ちゃんと勉強しろと常に言われていたね。」 学生の本分である勉強を怠らないという姿勢は素晴らしいが、 大学時代アメフトしかやらなかったため、見事に留年した私から言わせてもらえば疑問が残る。 どうしてもバカな選手や、チームの主力の成績が落ちてしまったらどうするのだろうか? 「そういう場合はチームで優秀な家庭教師を付けたり、 テストがだめならレポートを提出したり、教授に頭を下げに行くこともあるよ(笑)。」 ブーは苦笑いしながら答えてくれたが、 そういう所は日本と同じだな、と私は少しほっとした。 ちなみにブーは完全な文系で、成績は可もなく不可もなくといった具合だったそうだ。 2年時から随時試合に出場するようになったブーは、 3年目に最高のシーズンを経験することとなる。 UCLAに喫した1敗以外は10戦全勝で、ホリデーボウルというボウルゲームを制覇。 アリゾナ大学はこの年全米でも4位にランキングされた。 ブーがポールに上っている写真は、この年ライバルのアリゾナ州立大学に勝利して、 観客がフィールドになだれ込んできた瞬間だ。 アメリカでのカレッジフットボールの熱狂ぶりが伺える。 WRとして堂々たる活躍をしたブーだが、 NFLのドラフトにかかるまでのレベルには力及ばなかった。 しかし、卒業後もフットボールを続けたかったブーにとって、 思わぬ選択肢が待ち受けることとなる。 卒業後、アメフトを続ける決意をしていたブーは、夢のNFLへ行くため、 アリーナフットボール・カナディアンリーグ・そしてNFLヨーロッパのトライアウトに挑戦したが、 惜しくもスカウトの目には止まらなかった。 それでもフットボールを続けたい想いは変わらず、 辿り着いたのは、日本のXリーグだった。 アメリカ人コーチの紹介もあり、 ブーはオンワードでのプレーを決意する。 ちなみに日本でプレーする外国人は全くいなかった時代。 ブーは当初日本でアメフトが行われていることさえ認識がなかった。 「日本人とアメフトは全然イメージが結びつかなかったし、 社会人リーグがあるといってもそのレベルは低いものだと思った。 しかし、サイズこそないものの素晴らしい選手が何人もいて、そのレベルに驚かされたよ。」 日本語が全く話せない中、最初は選手間のコミュニケーションがとれないブーだったが、 一緒に食事をしたりして徐々に異国の環境に適応していった。 しかしプロフットボーラーへの夢を捨てきれず、ブーは日本で1年ほどプレーした後、 すぐにカナダでトライアウトを受け、見事バンクーバーに本拠を置くBCライオンズに合格する。 日本でカナディアンフットボール(CFL)の認知度は低いと思うので、 少し補足を入れておくとアメフトとの大きな違いは三つ。 一つは12人でプレーすること。 二つ目はエンドゾーンが20yずつあること。 最後は3rdダウン制であることだ。 NFLのサラリーキャップ対策もあって、 過去にはカート・ワーナーやリッキー・ウィリアムズらのスタープレーヤーもCFLでプレーしている。 だがブーがCFLのフィールドでプレーすることはなかった。 大きなけがをしてしまい入団できず。 その後、カリフォルニアに戻ったブーは、 半年間リハビリをしながら友人が経営するバーでウェイターをして生計を立てる。 そして、傷が癒えて再び向かった先はなんと日本だった。 オンワード時代に知り合った富士通のカート・ローズHC(現慶応大OFFコーディネーター) に誘われたのだ。 こうしてFRONTIERSのWRブラッド・ブレナンが誕生する。 |
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長らく、更新をおこったっていました。。。 シーズン終了と同時に、 ファイマガも終了する予定でしたが、 継続することといたします!!!! 次回!近日!!! 【青い眼を持つ、サムライ】を掲載いたします!!! 和英文、両方掲載いたしますので、ご期待下さい!!! 最近はというと、、、、、、 トレーニングをまたいちから頑張ろうと思っています。 来季あーするるだ、こーするだとかの計画は年末年始に実家に帰ってゆっくり考えるとして、 今は地盤作りも兼ねて、筋肥大を。 久々にお会いするみなさん、 「太ったな〜。」と思っても、口に出さないで下さい。 太ってはないので。
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Final Magazine vol.9 〜#56 高崎 康宏(たかさき やすひろ)〜 (写真提供:チームカメラマン 池田 理氏) 1990年、柔道日本選手権無差別級で一人の男が観衆の度肝を抜いた。 ”平成の三四郎”こと古賀稔彦選手だ。 体重70キロで100キロ超級の選手を一本背負いで投げ飛ばして勝ち進んだ。 決勝こそ、後の”格闘王”小川直也に敗れるが、 まさに柔よく剛を制すの美学を体現した大会だった。 富士通沼津工場で行われた今年の夏合宿。 タイトのやぐらからOL対DLの1ON1を撮影していた私の目に飛び込んできた光景は、 それに匹敵するインパクトがあった。 FRONTIERSのDLは決して大きいとは言えないが、 それよりも一回り小さなOLにドライブされている。 DLがやられた時、「いいぞ、高崎!!」という大野OLコーチの声を聞いて、 初めてそれが誰なのか認識できた。 先日のシルバースター戦、対面の130キロ超級のDL相手に勇猛果敢にドライブし、 完全にコントロールしていた姿はまさに、アメフト界の千代の富士。 秋入社の遅れてきた新人、”スパーク”#56高崎康宏だ。 100キロにも満たないサイズから生み出される 爆発力のあるヒットの秘密と、新人としてのチームへの想いを聞いた。 アメフト選手が過去の経歴スポーツの統計を計ったら何が多いのか分からないが、 陸上出身の選手がその走力を生かしてレシーバーをやったりするのはよくある話である。 高崎は中学時代陸上の短距離選手で、100mを専門にしていた。 本人は、それほどストイックに取り組んでいなかったと謙遜するが、 高崎がドライブする時の強烈な足の回転数を見ると、陸上出身というのがうなずける。 高校はアメフト部のある東京の佼成学園に入ったが、特に部活には入らず、 バイトをしながら日々を送っていた。 一年が過ぎようとしていた時、高崎は突如アメフト部に入部する。 友達がいるわけでもないのに、中途半端な時期に未経験の部活に入部するというのは、 かなり勇気のいる行動である。 このタイミングでいきなりアメフトを 始めた明確な理由は本人にも分からないそうだが、恐らくアスリートの血が騒いだのだろう。 入部するやいなや、ラインとしてOLとDL両面で活躍して※トップボーイにも選出された。 そして推薦で日大へと進学する。 ※アメフト専門誌「TOUCHDOWN」が選出する関東、関西の優秀な高校選手100名。 日本大学フェニックス。 故篠竹幹夫監督が日本のアメフト界に遺した功績は、私などが語るまでもなく計り知れない。 計17度の学生王座、3連覇を含む4度の日本一に輝いている。 そんな日大出身の選手がFRONTIERSには9名いるが、 その内篠竹監督と直に接しているのはわずか4名である。 残りの5名は今年の新人で、人工芝の新グラウンド、新体制の元、昨年甲子園ボウル出場を果たし、 再び強豪日大の礎を築いた日大新世代の選手である。 ちなみに、彼らが大学1年の時私(松元)は4年で、 入れ替え戦がかかった秋のリーグ戦最終戦の対戦相手が日大だった。 エースレシーバーの松林を必死でスカウティングしたのを覚えている。 結果は6TDを喫しての惨敗だった・・・。 松林は当時からセンス抜群で、さらにスピードもあった気がする。 人のことは言えないけど、ぜひダイエットをがんばってほしい。 話を高崎に戻すと、当時上級生が少ないということもあり一年時から試合に出場してきた。 その経験値の高さは貴重といえるだろう。 大学時代印象に残っていることについて聞くと、 「4年時のクラッシュボウルが一番緊張しました。法政に勝った時はとてもうれしかった。 逆に甲子園ボウルは会場の長居が味の素スタジアムに似ていたので、 あまり緊張せずにのびのびプレーできました。」と答えてくれた。 WRの#4松林、#25守谷、DLの#92一木、そしてOLの#52高橋、 #56高崎と日大ニュージェネレーション5名の今後の活躍がFRONTIERSの勝敗を大きく左右するだろう。 アメフトにおいてキックオフを除く全てのプレーはC(センター)のスナップから始まる。 逆に言うと、Cがきっちりスナップをだしてやっとプレーが始まるわけで、 スナップミスは練習を重ねてきたプレーを台無しにしてしまう上、 ターンオーバーに繋がる大きなミスだ。 高崎は日大時代からCとして活躍しているが、最初はスナップが全く出せずにとても苦労したそうだ。 スナップと一言にいっても、セットバックのQBに手渡すスナップ、 ショットガンで5yほど後ろのQBに投げるスナップ、パントカバーやフィールドゴールで 12〜15yほど後ろのキッカーに投げるロングスナップの3種類がある。 加えて高崎は※日大特有の7yほど後ろのQBへもスナップしていた。 ※日大黄金時代のショットガンオフェンスはプレーによってQBが、 Cから7〜10yに位置を変えてプレーしていた。その後は7yになり、現在は通常のショットガンの5y。 「7yのスナップの時は両手で出していたので、その後ブロックするのが大変でした。 とにかく素早く正確なスナップを要求されて、監督とアフターで3時間ひたすら スナップをやったこともありました。」 その成果もあってか、 今では”FRONTIERSのクルーン”と呼ばれるほどの高速スナップを投げている。 しかし、本人はまだまだスナップに相当神経を使っているようだ。 「速くて安定したスナップを確実にできているというレベルではないです。 もっと練習して、スナップに全くストレスを感じないようになりたいです。」 他チームではLS(ロングスナッパー)という専門のポジションの選手もいるほど重要なスナップ。 高崎のスナップ技術の向上はFRONTIERSの勝利に必ずや繋がるだろう。 柔道、レスリング、ボクシング、格闘技と呼ばれるスポーツには階級が存在し、 同じ体重の選手が技術を競い合っている。 しかし、アメリカンフットボール、特にラインは格闘技の要素がかなり強いと言えるが、 無差別級の戦いだ。 もちろんチームプレーなので、コンビでブロックしたりサポートしてくれたりするが、 結局は1対1の戦いに勝たなければならない。 Xリーグのトップチームのラインは平均体重で110〜120キロはあるだろう。 そんな中、高崎は90キロ台で奮闘している。 自分より重い相手にヒットで負けないために何を意識しているか聞いた。 「とにかく相手より絶対低く当たることです。そして、当たるポイント。 当たったら足を止めずにかき続ける。 これが一つでもできなかったらサイズのない自分はやられてしまいます。」 さらに#57白木が高崎の長所を指摘してくれた。 「高崎は当たった時のバックアーチがとてもきれいで、力がしっかり相手に伝わっていると思う。」 高崎と同様にLBの新人の#41木下もかなり軽量だが、 ヒットは強く当たった時のバックアーチがきれいで、相手に力が伝わっているのがよく分かる。 しかし、当然ながら高崎は現状のサイズで満足しているわけではない。 「飯はかなり食っているんですが、昔から体重が増えにくい体質なんです。 増やさなくてはいけないのは分かっているんですが・・・。」 高崎にとって当たる相手は常に自分より重い相手で厳しい戦いとなるが、 自分の理想のヒットでスパークしてほしい。 取材を通して高崎の口から出てくる言葉は常に謙虚だった。 OLユニット内で目標とする選手について聞いても、 「直希さん(#75山本)や白木さん(#57)はすごいと思います。 でも、みんな本当にすごい人ばかりで誰とは言えないですね。」といたって低姿勢。 そして最後に抱負を語ってもらった。 「自分はまだまだだけれども、ユニットとして日本一になりたい。 そして、自分がその一員として迷惑をかけないようにしっかりやりたいです。」 安定したスナップとスパークするブロック、 腹筋の割れた新人OLがFRONTIERSの日本一に向けて大きな働きをしてくれるだろう。 ◆編集後記 白木栄次からのコメント。。。◆ 生レバー大好き。(生レバー食べ放題に行くほど) しかも大食いで、早食い。(木村以上の米お化け) これでなんで太りにくいのかが、分からん・・・ 初めて高崎君のドライブを見た時は衝撃的でした。 これは負けてられん!とさらに向上心が湧いてきたのを覚えています。 最強ユニットになって、日本一へ突き進みましょう〜。 次回!!!高崎選手からご指名いただきました!
ついに記念すべき、10人目! 「ゴットハンドを持つ不死鳥・・・」乞うご期待を! |


