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Final Magazine vol4 〜#45 鈴木 將一郎〜
イメージ 1


アメフトのフィールドをサバンナに例えるなら、
爆発的なスピードで獲物へと襲いかかるこの男は正にチーター。
狙われた獲物が逃れる術はない。
アメフトは11人のプレーヤーが決められたアサイメントに基づいてプレーする
知的なスポーツだが、
この男がフィールドで躍動する時、
そこにいるのは”狩りの時間”を楽しむ獰猛な肉食動物だ。
昨年は日本代表にも選出されたFRONTIERSで1、2を争うビックプレーメーカー、
”野生児狩人”#45鈴木將一郎は苦悩していた。


〜親父の夢〜


しょういちさんは奥さん(真理美さん)との間に2人の息子さん
≪將虎(まさとら)君、大凱(たいが)君≫を持つ2児の父親だが、
タイトルにある親父とはしょういちさん自身のことではなく、
しょういちさんのお父さん(幸男さん)のことだ。

スポーツマンだった幸男さんは学生時代にテレビで見たアメリカンフットボール
という競技に
衝撃を受け、大学でプレーすることを志した。
アメフト部がある東海大学へと進学したが、諸々の事情で、違う道へ進むことと
なる。


中学時代、陸上で走り幅跳びをしていたしょういちさんだが、
陸上選手として行き詰まりを感じていた。
そんな時、幸男さんがしょういちさんにアメフトをやってみないかと勧めた。

自分が青春時代に強く興味を持ちながら、
プレーすることなく終わってしまったアメリカンフットボールという競技。
その夢が息子へとバトンタッチされた瞬間だった。

新しい競技への挑戦を決意したしょういちさんは足立学園へと進学する。


〜専修大学グリーンマシーン〜


高校時代、RB,TE,OL,LBと様々なポジションを経験したしょういちさんは、
OLとして専修大学のコーチの目にとまった。
そして”少数精鋭のアスリート集団”として知られる専修大学へ入部する。

以下の記述は専修大学に対する個人的な所感となるが、
私はこのチームのフットボールがとても好きだ。
何が好きかというと、ノリだ。ノリ、言い替えれば声を出すということは、アメ
フトにおいて重要だ。
攻守とも、シュンとなっているチームにモメンタムは決して来ない。

専修はOff,Def共に常に盛り上がってプレーしていたイメージが強い。
特に伝統的にDefが良いが、ピンチの場面でもその状況を楽しんで、
チャンスへと変えているようにすら思える。

しょういちさん曰く
「人数が少ない分、一人一人が声を出して盛り上げないと相手に飲まれてしまうので、自然にみんな声を出している」とのことだ。

しょういちさんもその例外に漏れず、よく声を出す。
初めてしょういちさんに会ったのは実は私が大学1年時の専修大学と猛暑の中の
合同練習なのだが、

「おら、おら、慶應どうした〜!もうばてちゃったのか〜!」
と煽りまくっていたのを鮮明に記憶している。

3年の春にチーム事情によりOLからLBへと電撃的なコンバートが慣行された。
チームメイト、しょういちさん本人共にこのコンバートに衝撃を受けたが、
高校時代に経験していたこともあり、野性味溢れるプレースタイルはディフェンスで開花した。

そしてそのLBの実績が買われ、FRONTIERSへと入部することとなる。


〜日の丸を背負って〜


昨年の7月に、第3回アメリカンフットボールワールドカップ2007川崎大会が開催された。

富士通FRONTIERSからは、米山さん(#80WR)、平井さん(#13DL)、
そしてしょういちさんが出場した。

大会の注目は
”2大会連覇している日本が、今回から参戦する本場米国にどう立ち向かうか”
その一点だったといっても過言ではない。

そして予想通り日本と米国が決勝で対戦することとなる。

結果はオーバータイムまでもつれた末、20対23の惜敗だった。

私も会場で観戦していたが、二回り程体の大きなアメリカに対して日本は奮闘していたと感じたし、最後は観客が一体となった正にワールドカップ決勝にふさわしい試合だと思った。

だが、実際にフィールドで戦ったしょういちさんは、
試合結果以上の実力の差を実感していた。

「もちろん体格は劣っているし、身体能力もアメリカの選手は高い。
 けど、俺が感じたのはそういうものを抜きにしての圧倒的なBASICの差だった。」
                 イメージ 2

”BASIC”すなわち、ブロックやタックルといったフットボールのエッセンスとなる部分だ。

「スピードだけはある程度通用する実感はつかめたけれども、
 ディフェンダーとして一番重要なタックルはまだまだだと痛感させられた。」

打倒米国という目標を掲げて一致団結していた日本代表。
常にピリピリした雰囲気で練習から各選手が最高のパフォーマンスを見せていた
という。

決して口にはださなかったが、
代表からFRONTIERSに帰ってきてチームのスタンダードの差を感じたそうだ。

「FRONTIERSには代表に選ばれてもおかしくないすごい選手がいっぱいいる。
 けれどもチームでやると決めたことをやらない人がいたり、
 ムラがあったりして、スタンダードの差は歴然としている。
 自分は口であれこれいうタイプではないので、
 常にプレーでひっぱってチームのスタンダードを上げられる存在でありたい。」

若手が多いFRONTIERSにおいては、
中堅からベテランと呼ばれるポジションに移ろうとしているしょういちさん。
その言葉からは、自分がやらなければという責任感がひしひしと伝わってくる。


〜パシュートで魅せる〜


11人のオフェンダー全員がアサイメント通りにプレーできれば全プレータッチダウンだ。

だが11人のディフェンダー全員が全力でパシュートした時、
決して一発タッチダウンは 起きないといわれる(ロングパスは除いて)。

パシュートは気持ちさえあればだれでもできるし、
コースを変えることによって能力も関係ない。要は気持ち次第である。
だが常に全力でパシュートするということは口でいうほど簡単な事ではない。

米国では守備選手の評価基準として
パシュート能力が一つの重要なファクターとして位置づけられていた。

前項で記述したスタンダードの中でしょういちさんが特に意識しているのが
このパシュートだ。

パスラッシュで猛然とQBへ襲い掛かるしょういちさんのインパクトは大きいが、
逆サイドから倍速でキャリアーへと迫ってくるパシュートもまた彼のプレーの魅力の一つだ。

何より日本代表に選出された時、
ディフェンスコーチから告げられた選出理由がパシュート能力の高さだった。

しょういちさんのパシュートに対しての認識はディフェンダーとしてのあるべき姿勢だと私は思う。

「パシュートは調子がいいとか悪いとか関係なく、気持ちさえあればできる。
 相手も関係ない。今シーズン特に自分のプレーが納得できなくて、
 悩むこともあるけどそういう時こそパシュートだけはしっかりやろうと意識しているよ。」


〜試練を乗り越えた先に〜


冒頭で苦悩という表現を使ったが、今しょういちさんの中では様々な葛藤が渦巻いている。

ディフェンスのシステムが変わって、うまく対応しきれていない自分がいる。
故障も後を絶たない。
仕事も今年から急激に忙しくなった。
若い時はがむしゃらに思いっきりやれば周りがフォローしてくれるという感覚があった。

だが、今は自分がやらなければという責任感からミスを恐れてしまう。
そして何より、煮え切らない自分のプレーを何かのせいにして、納得しようとしている自分が許せない。

フットボールを始めてから14年、しょういちさんは初めて大きな壁にぶつかっている。


そんなしょういちさんにとって大きなモチベーションとなっているのが
植木さん(#26SF) の存在だ。
2年連続でオールXに選出されたハードヒッターは、
そのパフォーマンスのみならずフットボールに対する姿勢でも群を抜いている。

「アメフトに対してあんなに貪欲に向上心をもって取り組める植木を尊敬している。
 ”ライバル”は漢字で”好敵手”書くけど、
 どこか好きというか尊敬できる部分がないとライバルとして認められないんだと思う。
 そういう意味で植木は俺の最大のライバル。」
                 イメージ 3

何かを変えたくて、今年からクロスカントリーを始めたのも植木さんの影響だ。

葛藤を率直に吐露してくれたしょういちさんだが、最後には力強くこう語ってくれた。

「今はいろんな意味で試練の時だと思う。
 けどこれを乗り越えれば、その先に絶対何かが見えてくると思う。
 応援してくれる家族のためにも絶対にやってみせる。

私はこの言葉を聞いて、秋のシーズン鳥肌の立つようなビックプレーを連発する#45の姿を
想像せずにはいられなかった。


■今井主将からのしょういちさんへのコメント

私なりにしょういちろうさんについて少しコメントしたいと思います。

プレーはもちろんのことフロンティアーズ中で、精神的にも頼りになる存在のしょういちろうさんは、私にとってもアメフトや私生活の様々なことを相談できる先輩の一人です。

いつでも真剣に話を聞いてくれ、素直に自分の意見をいってくれる。

プレーからは猛獣の様な人とイメージしてしまうだろうが、
しっかりとした考えを持ち、自分の道をしっかり歩いている魅力的な人だと感じます。

もうすぐシーズンも始まります。
「どんなプレー、活躍を魅せてくれるか」
チームメイトとしてとても楽しみです。
そして目指すは日本一・・・



◆次号!しょういちさんからご指名いただきました!!!
ヒントは、「プレーの嗅覚ピカいち、FRONTIERSディフェンスのいぶし銀」
乞うご期待を!!!
Final Magazine vol:3 〜#84 久保田 憲〜

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(写真提供:チームカメラマン池田 理氏)

”若くて勢いのあるアスリート集団”
近年、富士通FRONTIERSが評される時よく使われる表現だ。

そんなチームにあってこつこつと技術・経験を積み重ねてきたベテラン選手がいる。
"クボケン"こと#84久保田憲だ。
キャリアに裏打ちされた安定したパフォーマンスでチームに貢献するくぼけんさんは、
今年FRONTIERSで12年目のシーズンを迎える。その想いを聞いた。


〜”石井 一朗”という存在〜


中央大学附属高校、中央大学、富士通FRONTIERSで
19年間フットボールを続けているクボケンさんにとって、
最も大きな影響を与えつづけているのが石井一朗さんという人物だ。

石井さんは、高校時代からのクボケンさんのチームメイトで、高校時はQB、大学時はRBを務めるアスリートだった。
そんな石井さんが大学2年時に大きな怪我でフットボールができなくなりWRコーチになった。そして、秋のシーズンを迎える直前に石井さんに言われた言葉が、
クボケンさんがフットボールをする上で、今でも糧になっているという。

「おれは試合でボールを投げることも捕ることももうできない。だから、おまえらに代わ
 りに捕ってもらうしかない。」

この魂のこもった石井さんの言葉は、
クボケンさんのアメフトへの取り組み・考え方を大きく変えたという。

「高校、大学とレギュラーとして試合に出場していたのだけど、
 それまではとにかく自分が上手くなりたいと自分の事ばかり考えていた。
 それは選手個人として当たり前の事だし今も同じ。
 ただこの言葉を聞いて、
 アメフトをしたくてもできない奴らのためにも、
 フィールドに立てる事への感謝の気持ち、
 チームの代表として試合に出させてもらっている責任感、
 チームメイトに喜んでもらえるようにもっと上手くなりたいという欲求を
 強く感じていった。」

184cmという長身のWRは今でこそ珍しくないが、当時WR,DBにおいて体の大きな選手は稀だった。
その特徴を武器にWRとしてめざましい活躍をしていたが、石井さんはそんなクボケンさんを常に戒めてきた。

「大学で10キャッチ、200ヤード位稼いで勝った試合があったのだけど、
 その試合で1本イージーなパスを落としたんだよね。
 自分ではその落球がちょっと気になっていたのだけど皆が褒めてくれたり、
 勝った事に喜んでいるのを見ている内に一瞬「まぁいっか」って思っていた。
 でも、石井は真っ先にそういう気持ちが命取りである事を指摘してくれた。
 調子が良い時とか勢いがある時に出たミスって気づかなかったり、
 見過ごしてしまう事が多いと思う。
 でも実はその1プレーのミスで負ける事だってある。
 石井は常にそういう事を気づかせてくれた存在。
 今でもたまにFRONTIERSの試合を見に来て、
 冗談交じりに”あれは捕れたでしょ(笑)”とか言ってくれる。
 石井がいなければ今の自分はなかったかもしれない。」


〜アメフトと仕事の両立〜


富士通FRONTIERSは企業チームだ。無論、プロ契約の選手はいない。
すなわちみんな日々の業務と両立しながら、アメフトをしているのだが、
クボケンさんは工務という激務を担当している。
実際にその苦労を聞いたが、それは想像以上のものだった。

「一番忙しかった時期は、週に2日は徹夜して、他の日もホテルに泊まったり、
 真夜中にタクシーで帰ったりして、そんな生活が1〜2ヶ月続いた。
 かなり病んでたと思う(笑)」

普通の人なら心身共に疲れ果てて、どちらかを辞めようと思うのが普通だろうが、
そんな激務をこなしながらも、クボケンさんはできる限り練習に参加してアメフトを続けた。
そのモチベーションはどこから来るのか聞いたのだが、二つの答えが返ってきた。
一つの答えはある選手の存在だったのだが、それは後述するとして、もう一つの答えは、
クボケンさんのある意味、完璧主義ともいえる一面だった。

「昔から、何かはできるけど何かは全然ダメというのが嫌だった。
 高校に推薦で入ったのだけれど、
 推薦組だから勉強はできないという目でみられるのが嫌で勉強を頑張った記憶がある。
 それは社会人になっても同じでアメフトやっているから仕事はできないというのは、
 自分の中で絶対嫌だった。」

そんなクボケンさんにとって仕事においても、
アメフトにおいても共通していることがある。

「時間がかかってもいいから、自分がやると決めたらちゃんと納得するまでやる。
 時には失敗する事もあるけど、納得するまで取り組んだ事なら意味があるし糧になる。
 何をするにしてもしっかり目的意識をもって取り組むと、
 成果もついてくるものだと思う。」


〜ブラッド・ブレナンという壁〜


クボケンさんが入社してからの数年は、カート・ローズコーチ(現慶応大学OFFコーディネーター)が導入したウェストコーストオフェンスの影響もあって、
WRとして随時試合に出場していた。
そんな状況を劇的に変えたのがブラッド・ブレナンだった。

大学時代NCAA一部校のアリゾナ大学で、
スターターとして活躍したバリバリの現役アメリカ人選手のパフォーマンスは他を圧倒していた。
インサイドレシーバーとしてブレナンとポジションを競うことになり、試合への出場機会は減っていった。

「ブレナンは誰がみても本当にすごかったんだけど、
 当時自分もそれなりに自信があったから試合に出られないのがもどかしかった。
 ちょうどこの時期に怪我をしたり仕事も忙しくなっていて、
 正直腐っていた時期もあった。
 試合に出れないなら辞めようかなと考えた時期さえあった。」

だが、クボケンさんはFRONTIERSを辞めなかった。
そして、それまで嫉妬と羨望の目で見ていたブレナンという選手のプレーを徹底的に分析するようになる。

「ブレナンは確かにすごい。
 だったら、何がすごくて自分はどうすればそうなれるのかということを
 真剣に考えるようになった。
 マンツーマンをはじめとして練習中は常にブレナンの一挙手、
 一投足に注目するようにした。分からない事があれば質問し、
 細かく丁寧に教えてもらった。」

さらにクボケンさんはこう続けた。

「ブレナンのプレーを真似して、
 彼の持つ様々なテクニックやバリエーションを吸収した。
 また、逆にそうすることでブレナンにはない自分の強みに気付くこともあった。
 そしたらどんどんアメフトが面白くなっていったんだよね。
 ブレナンと出会う前に既に10年くらいアメフトやっていたけど、
 彼からいろいろ学んで全てのことが劇的に変わった。」

蛇足だが、私はクボケンさんの話を聞きながら、
”創造は模倣から始まる”という言葉や、
”学ぶ”という言葉の語源が”真似る”からきているということなどが頭をよぎった。


〜”クボケン”の集大成〜


19年のキャリアで築き上げてきた知識や、
経験をFRONTIERSの若手に伝えていこうという想いはあるのか聞いたところ、
クボケンさんから思わぬ答えが返ってきた。

「おれが教えることなんて別にないと思うよ。
 特に今年のWRの新人達(#4松林、#17秋山、#25守屋)は、
 フィジカル、センス、テクニック、知識、
 どれをとっても自分より上をいっていると思うよ(笑)。
 大学(関学・日大)の優秀なスタッフの下で色々教わり、
 大舞台も経験しているかなり完成されたレシーバ達だと思う。」

「でも、一つだけ言えることがあるとしたら、自分の型というか、
 プレースタイルを決めつけないでチーム内外のいろんな選手を真似てみてほしい。
 自分はブレナンというお手本が身近にいて、
 それを徹底的に真似たことで成長できたように、
 新しい何かが見えてくると思うから。」

そして最後に、今後の目標について聞いてみた。

「自分の中にはこうありたいという姿があって、それに近づこう、
 上手くなろうとしてやっている。
 少ないかもしれないけどまだ延びしろがあるかなって(笑)と思うし、
 まだ延びしろを広げたい。
 自分にその気持ちがある限りはアメフトを続けたいと思っているけど、
 逆にもしその気持ちがなくなったら引退するよ。
 気持ちがなく続けていても自分にとってもマイナスだし、
 チームに迷惑をかけるだけだからね。」

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この取材は武蔵中原駅前の某居酒屋で行っていたのだが、お酒も入ったくぼけんさんは、
ここにはまだまだ書ききれないくらい多くのことを語ってくれた。
そして、最後にこうまとめてくれた。

「20年近くやってて今改めて感じるのはチームメイト、スタッフ、ファン、チア、
 会社の人、家族、いろんな人たちに支えられてプレーできるということ。
 同期もプレーヤーとしてはいなくなったけど、
 嶋はGMとして、洋君・中澤はコーチとして支えてくれている。
 本当に心強いよね。
 昔は辞めようと思った時もあったけど、
 今はこのチームにすごい愛着があるし、
 なんかきれいにまとめすぎって感じで恥ずかしいけど、
 最後はやっぱりONE FAMILYでFRONTIERSが日本一になれれば一番最高だよね。」



■白木栄次の編集後記
僕は現在24歳。
僕が5歳の時から、クボケンさんはフットボールを続けているということになる。
クボケンさんのストイックにフットボールを取組む姿や、
仕事とフットボールの両立に関しても、
自分含め若手メンバーの見本となる先輩の1人だ。

また個人的ではあるが、
クボケンさんはスキルポジションにも関わらず、
いつもラインのことを気にしてくれ、プレー中にもよく声を掛けてくれる。
あまり目立たない僕らにとっては、
実は嬉しく感じることもあり、やる気になる。


本編の冒頭にも竜太郎が述べているように、
フロンティアーズは非常に若いチームと言われるが、
クボケンさん始め、ベテランの先輩方・引退された先輩方が今まで築いてきたからこそ、
今のフロンティアーズが存在する。

日本一を目指していたが、
半ば達成できずに引退された先輩方もたくさんおられる。

現役である我々の責任は、
そんな日本一への想いを大切にし、
なんとしても今年念願の日本一になること。

ホンマ、やったります!



次号!!!!
クボケンさんより、
次回 Final Magazine vol:4で登場する選手のご指名をいただきました!
ヒント:「日本を代表する野生児!!」
■Final Magazine vol2 〜RB#29 平澤 匠美(ヒラサワ タクミ)〜

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(写真提供:チームカメラマン)池田 理氏)

富士通FRONTIERSのランニングバックと言えば、
”光速カットバックランナー”#28進士祐介、
”走る伝説”#20森本裕之の2人を思い浮かべる人が多いかもしれない。
だが今季の春シーズン、パールボウル決勝まで進士さんとローテーションで随時出場し、
その存在感を大いに示した最もホットなRBが”雑草フットボーラー”#29平澤匠美だ。


【RBがやりたい】

幼少のころから水泳、剣道、野球と様々なスポーツを経験してきた匠美さんがたどり着いたのが、
高校で出会ったアメフトだった。
ポジションはRBを希望したが、チーム事情によりOL(G)とLBをやることになる。
高校卒業時には大学でアメフトをやろうとは考えていなかったそうだが、
草フットボールチームでプレーしていた一年間の浪人生活中に、アメフトへの想いがよみがえった。

玉川大学でアメフト部に入部した匠美さんだが、
与えられたポジションは希望していたRBではなくまたしてもOL(G)だった。
人数の少ないチームにおいてヒットができる経験者は、
まずラインに回されるというのはよくある話だが、
匠美さんの体格は身長166センチ・・・
高校ならまだしも大学でラインをできるのかと強く疑問に思ったので率直に聞いてみた。

「1〜3部の更に下にあるエリアリーグはレベルが元々低いというのもあるし、
 チームがトリプルオプションを軸にしていたので、
 クイックヒットで低くしっかりスタートできれば問題なかった。
 ただ、やっぱりRBをやりたいという気持ちは強かったね。」

匠美さんが1年時にエースRBだった秀平佳規選手(現名古屋サイクロンズ)への憧れも強く、
1年のシーズン終了時に懇願して、2年の春に念願のRBとなる。
しかし、その年の秋にはチーム事情からまたしてもTE、その後OL(G)へとコンバートされて、
結局RBとしてプレーできたのは、2年の春と3年の秋の僅かな期間だけで、
大学フットボール生活を終えることになる。
しかし、3年時にRBとして出場した3部とエリアリーグの入替え戦が
匠美さんの運命を大きく変えることとなる。

その話は後述するとして、人数の少ない、正直弱小チームで
7年間プレーしてきて大変だったことを聞いてみると予想だにしない答えが返ってきた。

「練習環境が良くない、指導者がいない、そんなことは当たり前。
週末にOBに来てもらって、みんな両面(攻守を両方やること)でがんばってた。
 ただ、試合するには15人の登録選手が必要なんだけれども、
 部員が15人前後だったから足りない時にサイドラインに立っていてもらうだけの
 ”ゴーストプレーヤー”を集めなければならない。
 友達を呼んだり、辞めた部員に頭下げて来てもらったりしてたけど、これがけっこう大変だった。
 こんなこと想像もできないでしょ(笑)?」

私は自分の大学時代の環境、すなわち1部リーグで選手、スタッフ合わせて100人以上、
プロのデイリーコーチもいるということが、いかに恵まれた環境であることを匠美さんの話を聞いて痛感した。


【富士通FRONTIERSへの憧れ】

3年時の入れ替え戦の後、富士通のオフェンスコーチからオファーの話があった。
匠美さんのRBとしてのプレーを評価してのものだった。
匠美さんはこう振り返る。

「当時は社会人でアメフトを続けるなんて全く考えていなかった。
 正式なオファーではなかったけど、
 富士通で自分がプレーできるかもしれないというだけで希望がわいてきて、
 なんとしてもFRONTIERSに入りたいと思った。」

匠美さんは、アメフト推薦枠の結果を待たずに富士通グループ一本にしぼって就職活動を始める。
片っ端から受けていき、見事富士通グループの内定を決めた。
後は準備をするだけだと思った匠美さんは、
OLとしてプレーするために80キロあった体重を走りこみで60キロまで絞り込んだ。

「あの時期は多分今までの人生で一番トレーニングしてたと思う。
 そして、富士通のビデオを見て自分が富士通のユニフォームを着てプレーする姿を毎日想像したよ。」

しかし、結果は匠美さんの期待したものではなかった。
RBの採用枠は他の人に決まったと告げられ、翌年以降のFRONTIERSのトライアウトを視野に入れて、
卒業前からXリーグ1部のレナウンに練習生として入部するが、
レナウンが入部して1ヶ月で廃部してしまう。
そして春シーズンが始まろうとする中、何チームかのトライアウトを受けて、
最終的にハスキーズに入部した。


【ハスキーズでの経験】

FRONTIERSへの思いを胸に秘めながら、
ハスキーズに入部した匠美さんはアメフトキャリアの中で始めて本格的にRBとしてプレーすることとなる。

「ちゃんとした指導者の元でアメフトするのが初めてだったし、
 20人以上で練習したことがなかったから毎回の練習が新鮮で楽しかった。」

そう振り返る匠美さんは、このチームでRBとしてのいろはをたたきこまれて成長していった。
そして、シーズンオフに入り2年連続でFRONTIERSへの入部を試みた匠美さんだったが、
受けた扱いは門前払いに等しいものだった。
特に、RBの補充はありませんと言われた2年目には
進士さん、岸野さん(現立命館大学コーチ)の2名のRBが採用されていた。

「正直、悔しかった。もっといいプレーヤーになって絶対見返してやると思った。」

ハスキーズでエースRBとして着実に力をつけていった匠美さんに3年目思わぬところから転機が訪れる。
同期入社だった金田さん(元FRONTIERS)の存在だ。
FRONTIESへの思いとハスキーズでの活躍を知っていた金田さんは、
嶋監督(現GM)に匠美さんの話をしたのだ。
それを機に提出を求められた匠美さんのビデオで選考が行われ、FRONTIERSへの入部が決まった。
トライアウトを受けずにビデオで決まったことについて最初は驚いたそうだが、
実は匠美さんは大学時代にもビデオを提出していて、
それと比較して3年間のRBとしての成長が認められた結果だった。

4年越しの想いを胸に富士通FRONTIERSに入部した匠美さん。実は私と同期入部なのだが、
ここまでの紆余曲折を経て入ってきたなんて夢にも思っていなかった。


【RB平澤匠美の存在意義】

さて、話はFRONTIERSのRBとしての平澤匠美の話になるのだが、
私が今回の取材でぜひ聞きたかったことの一つが冒頭にもふれたエースRB進士さんとの比較だった。
ほぼ同じ体型で背番号も#28と#29。否が応でも比較されてしまう。
実際、練習で匠美さんがめちゃくちゃ動きがきれてる時があって、
私は匠美さんに、
「今日、すごいきれてたから匠美さんを進士さんと見間違えましたよ(笑)」
と言ったこともあり、実はとても失礼なことを言ったのではないかと思っていた。
それに対して匠美さんから返ってきた答えはあっさりとしたものだった。

「比較されるのは当然だと思う。進士は間違いなくすごいRBで、
 彼と間違えられるということは、自分の動きがきれてるということだから素直にうれしいよ。」

しかし、匠美さんはFRONTIERSのRBとして2番手、3番手で甘んじる気はない。
「進士さんならスピードとカット、森本さんなら経験と総合力、
 昨年まで在籍していた千葉さんならパワフルさという強みを持っている。
 匠美さんにとってのそれは何ですか?」
とストレートに聞いた。

「まだ自信を持って言い切れないけど、自分が進士や森本さんより勝ってる、勝れる可能性がある
 要素は縦の走り(突破)だと思う。あと、よく森本さんに怒られるんだけど、自分は考えすぎて
 走るとだめで、直感的に走れた時にけっこういいプレーがでるんだよね。」

私は素直になるほど、と思うと同時に直感的な走りと聞いて、
パールボウル決勝のワンプレーを思い出していた。
それは第3Qのショベルパス(下投げのパス)からの突破だった。
パスを受けて走りだした匠美さんの前に2人のディフェンダーが立ちはだかっており、
被タックルは免れないと思った。
その瞬間、#29は一瞬止まった。
そして正にその刹那、OL2人と流されてきた鹿島DLが走路を切り開き、
左前方へと進路を変えた#29は悠々と走り抜けていった。
匠美さん曰く、
「裕輔(#52高橋OL)がDLを流してきてるのを感じて、直感的ににああいう動きができた。」

あのプレーの時、ディフェンススポッターの会話が一瞬止まって、
コーチ間で驚いていたのを記憶している。ゲインしたヤード以上に印象的なプレーだった。


【富士通FRONTIERSの誇り】

取材を通して、
匠美さんから繰り返しでてきた言葉がFRONTIERSでプレーしているという喜び誇り
そして感謝だった。

「森本さんみたいなすごいプレーヤーに教えてもらい、また一緒にプレーでき
 るなんて昔は考えもしなかった。森本さんの存在はとても大きい。それは進士も同じだと思う。
 ディフェンスもすごい選手ばかりだから毎回の練習が挑戦で、いいプレーができた時は本当に
 うれしい。」

また、苦労してFRONTIERSへと辿り着いた匠美さんだからこそ、
FRONTIERSでプレーしたくてもできない人の気持ちを人一倍分かっている。

「同期で富士通のグループ会社にいるけれども、
 トライアウトに落ちて他のチームでやってる奴も何人か知ってるし、
 富士通でプレーしたくてもできない選手はたくさんいると思う。
 もちろん、マツゲンお前もそうだと思うけど。」

何を隠そう私も2年目に選手を目指してトライアウトを受けた。
選手としての自分の能力に限界を感じていたので、スタッフとして入部したのだが、
身近に接していて、どうしてもこのチームでプレーしてみたいという気持ちが抑えきれなくなった。
そのくらい魅力的なチームだと思う。
匠美さんはそんな人たちや、スタッフの思いも含めて、
本当に日々プライドを持ってアメフトに取り組んでいる選手の一人だろう。

最後に匠美さんは力強く語ってくれた。

「自分は10年以上アメフトやってるけど、
 まだまだうまくなれる余地はいくらでもあると思う。
 自分の成長もそうだけど今年はチームとして何としてでも日本一になりたい。
 そのためだったら何でもする。
 たとえ他のポジションをやれといわれても喜んでやるよ・・絶対ないと思うけど(笑)」

冒頭で”雑草フットボーラー”と勝手にキャッチフレーズを付けさせていただいたのだが、
その雑草が今富士通FRONTIERSという土壌で大輪の花を咲かせようとしている。
平澤匠美の成長、そして活躍がFRONTIERS悲願の日本一へと繋がることを祈念してやまない。



次号!!!7月27日(日)掲載予定☆
平澤選手より、、次回 Final Magazine vol.3で登場する選手のご指名をいただきました!
ヒント:オフェンスの生きる伝説。元祖おしゃれ泥棒…いつもいい匂いのあのイケメン☆
■Final Magazine vol.1 〜春田 崇博〜

はじめまして!富士通FRONTIERSでマネージャーをやらせてもらっている松元竜太郎といいます。
この度、FRONTIERSの選手一人一人のフットボールやチームに対する知られざる想いを関係者やファンの方たちにしってもらうべく、
白木君のブログを通して「Final Magazine」 と題したブログマガジンを連載させていただくことになりました。
一人でも多くの選手の想いを、紹介できるようにがんばります。

さて、記念すべき第一回の春田遍の前に自己紹介を少しだけさせていただきます。

私は富士通入社3年目で本ブログの配信者である副将の白木と同期です。
大学時代は慶應大学で4年間DB、1年間コーチとして活動しました。
選手としては二流でしたが一流の選手が集うFRONTIERSというチームでマネージャー、
ディフェンススタッフとしてチームの日本一に少しでも貢献できればという想いで活動しております。



【 #83 TE 春田 崇博 (はるた たかひろ) 】

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【写真提供:チームカメラマン)池田 理氏】

"ナイスガイ"、私が春田をイメージした時にまず浮かぶ言葉だ。
謙虚で紳士的、もし結婚相手にしたいランキングをつけたら、
FRONTIERSの中でもかなり上位ではないだろうか?
さらにカラオケでは、甘い歌声で女の子をとりこにしているとの専らのうわさ・・・。
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春田のパーソナリティーはなんとなくイメージしていただけたと思うが、
そんな彼は昨年末JAPAN X BOWLで負傷してから今日まで、
必死のリハビリを続けている。
現在ある意味でフットボールに対して最も貪欲な状態にある春田のアメフトとの出会いから振り返ってみる。

岡山出身の春田は中学、高校時代と野球部に所属してアメフトとは全く無縁の生活を送っていた。
高3の時、彼に一つの転機が訪れる。
野球部のトレーナーから大阪産業大学でアメフトをやらないかと誘われたのだ。
アメフトに関心がなく、大学に進学して野球を続けようと漠然と考えていた春田にとって、当初このオファーは決して魅力的ではなかった。
しかし、NFLのスーパープレー集や、大産大の試合を見るようになって、
徐々に気持ちが動いていく。
大産大のヘッドコーチも岡山まで彼を口説きにやってきて、
最終的に推薦枠での進学を決断した。

大阪産業大学は附属の高校は日本一常連チームだが、
その主力選手の殆どは他大学へと進学するため、
大学は人数も少なく、高校フットボール未経験の選手の割合が多い。
そのような状況で、大産大は他のスポーツで秀でた選手をスカウトしており、
春田はその中の一人である。
180cm、80kgの恵まれた体格と、
40ヤードを4秒8で走る身体能力は正にアメフトにフィットした。

入部して間もなくDB(SF)として試合に出場することになる。
ルールをやっと覚えたばかりで出場したこの試合(VS龍谷大)を、
春田は今でも鮮明に記憶していた。

「キッキングも入っていてとにかくきつかったです。
プレーも分からないし、ボールのあるところめがけてがむしゃらに突っ込んだ。
楽しむとかそういう余裕は全くなかったです。」

フットボールを始めて最初のうちは、
その面白さが分からず、
”きつい””いたい”という部分が先行してしまうのは誰しもが経験する過程だと思う。ましてや春田の場合、アメフトを始めて2ヶ月で試合に出たのだからなおさらだ。

2年目にTEへとコンバートした春田は、めきめき頭角を現してチームの主力として活躍するようになる。
そして大学時で最も印象的だった事に彼が挙げたのが、3年時の関西リーグ1部昇格だ。
1年間の過酷な練習が勝利、そして一部昇格という確かな成果として結実する最高の瞬間だった。
そして、その年1部昇格に向け主将としてチームを牽引したのが現FRONTIERS#59河西(DL)だった。
後に春田がFRONTIERSに入る際に、河西の影響を大きく受けている。

4年時は副将としてチームを引っ張り関西1部リーグを戦いぬいた春田だが、
話を少し戻して、
彼が進路、すなわち富士通への入社を決断した経緯にふれてみたい。
4年時の4月にFRONTIERSからオファーが来る前、
春田は警察官になりたいという気持ちがあったそうだ。
私はこの事実を耳にして確かに春田のような誠実な人間にはぴったりの職業だと思うし、もしその道に進んでいたとしても、きっと立派な警察官になったことだろうと思った。

結論は富士通への入社を決断するわけだが、
その大きな決め手となったのが同じく大産大から富士通へと入社した2人の先輩、植木さんと河西である。
植木さんはご存知、副将でチームを象徴する存在といえる選手の一人である。
そして河西は身近な先輩としてFRONTIERSについて春田と何度も連絡をとっていた。

春田は言う、
「正直、社会人はドライというか、
今まで自分が大学でやってきた感じと違うのではと思っていましたが、
同じ寮で過ごし、アットホームだということ、とてもノリがいいチームだということを河西さんに聞いて、イメージが変わりました。
最後に決断したのはやっぱり単純にアメフトが好きで、まだ続けたいと思ったからです。」

私の取材に対して率直に過去の話をしてくれた春田だが、
その間隙をついてでてくるのが、
”早くフットボールがしたい”という思いだ。

冒頭でふれたが、春田は昨年末に負傷してから半年以上アメフトをできないでいる。
練習ができない、フィールドに立てない、
その悔しさを実感して、そして自分がいかにアメフトが好きかを思い知らされているのだ。

私は最後に「春田にとってフットボールとは?」というベタな質問をぶつけたのだが、
その答えに彼の今の想いが集約されていると思う。

「アメフトは恋人みたいなもんなんです。身近にいすぎて、どれだけ好きで自分にとって大切な存在かということを見失ってしまう。今けがしていてプレーできない期間が長くなればなるほど、どれだけ自分がアメフト好きだったかということを思い知らされてます。今はリハビリして、あとは声だしとかしかできないですけど、秋は必ずパワーアップして戻ってきます!」
イメージ 2

けがをしてパフォーマンスが落ちてしまうこともあるが、
辛いリハビリを乗り越えた選手は必ずプレーヤーとしてだけではなく、
人間としても大きく成長してフィールドへ戻ってくる。
そんな一皮も二皮もむけた春田を、本番の秋シーズンで見れるのが今から楽しみでしょうがない。



文:松元 竜太郎


次号!!!!
春田選手より、次回 Final Magazine vol.2で登場する選手のご指名をいただきました!
ヒント:「今年はきてます!イケメン?(豆)ランナー」
2008年も半年が過ぎました。
この半年間何もしてないように思うので、、、、頑張らねば・・・

さて、
お知らせがあります。
今週日曜日(6月29日)より、
フリーライター)松元竜太郎氏(新聞記者志望)による、
「FINAL  Magazine〜今年に懸ける想い〜」
たるものを2週に1度のペースで連載いたします!

「FINAL Magazine」とは?
今年、必ず「日本一」になるにあたり、
みんな1人ひとり、今年に懸ける熱い想いを持っています。

そんな想いを引き出し、みんなに伝えるために松元氏が取材をし、
記事を書いていきます。

普段見せない熱い想いや、フットボールに対しての取組み方、
またその選手のフットボールとは!?
そして、日本一への覚悟について、
少しでも知っていただき、
「へぇ〜、実はこんなことを想いながらプレーしているんだ〜。」
と感じていただければ幸いです。

第1号は、6月29日(日)です!!!!

記念すべき1人目は・・・・
ケガで悔しい想いをし、秋に飛躍を誓う、初代ARROWSリーダー・・・・

乞うご期待を!!!

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