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貧乏学生の大倉一馬が、小説家埴谷雄高唯一の長編小説「死霊」について知ったのは昭和32年頃である。
同じ下宿屋のバッハと神田の古本屋を歩いていて見つけた。
黒い布表紙の重厚な装幀の本だった。中表紙も黒く塗られ、カメラで撮った水の波紋が、粗い砂目製版で、わずかに波紋と感じられる程度に黒く印刷されている。
しかも最初の見開き頁には、「悪意と深淵の間に彷徨いつつ 宇宙のごとく 私語する死霊達」と印刷されていた。
いわば、その献辞ともいうべきワンフレーズで、
バッハはその本を買うことを決めた。
いったい誰が誰に対しての献辞なのか。
埴谷雄高の独白なのか。
二人とも買うだけの金を持っていなかったから、半分ずつ出し合うことにした。買うことに拘ったのはバッハである。
下宿に帰るとバッハはすぐ読みはじめた。
しかしこの観念的で難解な小説には、バッハも悪戦苦闘させられたらしく、結局は、まるまる一ヶ月間、バッハに占領された。
しびれを切らした富川が、そろそろ読ませろと迫ってやっと部屋に持ってきた。
バッハは栄養不良気味の、血色の悪い顔で、
「ぷふい。まったく分からん。君が読んだらまた読ませてくれ」
「そんな面白いのか」
「あっは。面白いか面白くないか。それ自体が分からん。まったく変な小説だ」と笑った。
「ぷふい」とか「あっは」という感嘆詞が、もう死霊の妖気に当てられた証拠だ。その後彼は幻想の世界に傾斜してゆくことになる。
つづく
■引き続き書いております。
しかし、ブログには載せません。
縦書きと横書き、ブログ体裁と書籍体裁の書式が違うからです。
このままでは、中途半端なものになることを案じ、一旦全部書き上げることにしました。
書き上げてから、改めて掲載を考えます。
その間暫くお待ち下さい。
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