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「女の世紀」

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八月六日の牛

牛乳って雌牛が妊娠して
授乳の為に授かったおっぱいを
人間が掠め取ったものだって

そうだよ乳牛とは
当然と言えば当然だけど
出産後一定期間経過するとおっぱいの出が細くなって
子供が大きくなる頃にはもう出なくなる

おっぱいの出が悪くなった牛に餌を多く与えても
経費が嵩むだけだから
映像とコンピューターでリアルタイムに牛の状態を分析して
配合飼料の内容や量を決めて
適正な時間に適正な量を
与えるコンピューター制御付き飼料供給ロボットが
出来たんだって

そりゃあいいや
いままで4時間も掛かった飼料やりが
15分ぐらいで終わる
酪農経営には画期的な製品だ
栄養の良さそうな酪農家のおじさんが言っていた

NHKの朝のニュースで
広島の原爆記念式典の後だった前だったか

戦争は悲惨だから
14万人からの人間が一気に焼き殺されたから
でも米軍搭乗員の一人はいまでも言っている
あの一発は正当な一発だった
あの一発によって数百万の日米戦争犠牲者が生まれなくて済んだ

数の不正確さを別にすれば言えなくもない
如何なる行為にも製品にも
それなりの妥当性はある

しかし余りにも生きるのが辛いから
こうなったらひと思いに原爆でも水爆でも構わないから
或いはすい星でも衝突してくれて
一挙に人類が消滅してくれたらどんなにすっきりするだろう

そう思っている人間もいる

何処にいるかどれだけいるかは分からないけど
世界中にいることだけは確かだ
いや人間だけじゃない

如何に生命は循環するとはいえ
無理矢理に食わされて生まされて
殺されるために管理されて
剥奪されるために生かされる

そんな牛や馬や豚などの動物がすべて
そうなのかは分からないけど

地球上三千万種の種の中で
人間だけがこんなに増えて
その一方で貧しさも増えて

傲慢にも
人間だけのために地球があると錯覚して
際限もない効率化と拡散を繰り返して

破壊は確かに怖いけど
自死を望む少年や
なんでもいいから兎に角ぶっ壊して呉れと叫ぶ心の荒涼の方が
もっともっと怖いのに

凛と響く少年少女の原水爆反対の声の向こうで
マスコミを意識した政治家の空虚なお題目や
正義に見せかけたスローガンや
駆け引きやはったりや

儀式化したセレモニーの
空しく響き渡る鐘を聞きながら

牛は悲しそうな目をしてレンズを覗いた

牛は何を語りたかったのか

夜のヴァイオリン

おとこには通り一片の歴史しかないが

おんなには隠された思いがある

起伏に富んでいるにしろ波瀾万丈であるにしろ

おとこの歴史は読めるが

おんなの歴史は読めない

何故ならそこには時間がない

止まっているようで飛んでいる

燃えているように凍り付いている

思いは画鋲で止められた蝶のよう

ときに静止する

チロチロと燃えるのは古い恋

めらめらと燃えさかるのは新しい恋

止まっているのに動いている

めくるめく激しさの中で

いま心は燃えている

或いは冷めている

深い夜にはヴァイオリンが似合う

弦が激しく鳴ったら

あて布のないヴァイオリンが

彼女に同化した瞬間だ

闇は切り上がる

もう旋律は天使じゃない



■寺井尚子さん
ジャズ・バイオリニスト クラシックをやっていたが、頑固な腱鞘炎で1年休養 ジャスヴァイオリニストに転向 音符通りに弾くより ジャズは最初に旋律 後はアドリブだそうだ 自由感、飛翔感がいい。

よかったら聴いてみてください!
youtube http://www.youtube.com/watch?v=r6HW7z_KW6c

おんなのいのち

 尊厳死協会報を見て妙な納得をする

 会員数で大阪は東京の4分の1

 最も少ないのは鳥取

 のんびりした風景の中では
 
 尊厳死なんて思いつかないだろう



 尊厳死ってやはり生き難さの裏返し

 つまり尊厳でも何でもない

 意外だったのはおんながおとこの倍もあったこと

 とくに初老のおんなが



 命を繋ぐおんなには

 もっと生に対する執着があっていいのに

 時代が彼女たちを追いつめている



 偏屈ものの巣窟と

 あんなに毛嫌いしてカミさんも

 死ぬ1年前に入っていた



 なにを感じたのか




 
 

おんなのかお

 時代はかわる。いまは小顔ブームだが、多くの女優は大顔である。 明治時代はどうか。西郷を除けばおおむね小顔である。とくにおんなは小顔が多い。

 しかもその小顔が、なかなかしたたかな小顔である。天璋院篤姫も大顔ではない。乃木将軍の後を追った静夫人も小顔である。
小顔であるが芯が強い。

 後を追って死ぬとか、仏門に入るということは、生半可な覚悟では出来ない。
 意志的な生き方の出来る人間に赦された矜持である。
 最近政治家あたりが、使いたがる矜持とは、根本的に違う。
 つまりそれだけ強いおんななのである。

 戦前を男尊女卑の時代というが、とんでもない。
 あの時代のおんなは、信念を持って生きた。
 確かに参政権はなかったし、社会での指導的な立場にはなれなかった。が、背後でしっかり夫を支えた。つっかえ棒になって家庭という単位を裏で支配した。

 おとこを、逆にケツを引っぱたいた。
 煽てて働かせた。いわばおとこを牛耳っていたのである。

 だから支えるべきものを失ったときに、後を追うか、仏門に入るか。それだけ真剣に愛したことでもある。
 おとこも、それに応えるように生きた。
 愛情の表現は下手くそでも。

 大顔と小顔をスケールで計れば、そんな差はない。
 大きく見えるのは存在感の差である。

 存在感は眼光でも著される。今は亡き、エチオピアの最後の皇帝、ハイラ・シェラシェは、痩顔短躯ながら、巨身の欧米軍人を威圧する眼光で閲兵した。歴史を背負ったおとこのオーラーである。

 最近、40〜50代の、テレビにでる、おんなの顔は大きい。
 態度も大きい。しかし存在感がない。なんか薄っぺらである。

 老眼のせいだろうか。

康子さんのバラ

凛とした心があれば

凛とした生き方が出来る

死に顔にもなる

何の得にもならないが

それを識ったひとに

何らかの遺伝情報として伝わる

仮に日本が躓いても

再び立ち上がる思いの核になる

いきものは

思いで繋がる

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