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ロシア最終日

2008年9月18日 木曜日
 
ピョートル大帝 夏の宮殿をあとに、
 
いよいよ日本に帰国することになった。
 
空港途中のロシア正教の教会
 
イメージ 1
 
 
中はこんな感じ  
(kedorinではありませんよ)
イメージ 2
 
 
エアポートに向かう途中の教会
 
イメージ 3
 
 
 
教会近くを歩いていたロシア人のおばあさん
ロシアは平均寿命65歳だそうです。
だから、日本食ブームだとか?!
 
イメージ 4
 
 
モスクワには、回転すし屋さんが50件もあるとか・・・・・
 
 
中央裁判所?
今も、わからない建物と像
 
イメージ 5
 
 
空港についた。
 
あまりにも、セキュリティチェックが厳しいので、驚く。  
 
さすが、ロシアである。
 
アメリカ以上に厳しい。
 
もちろん、金属探知機をスムーズでも、
 
全員がボディチェックされる。
 
私は、手荷物のへアースプレイをチェックされた。
 
英語が通じず・・・・・・
 
私の髪にスプレーをかけてみせる。
 
 
 
空港の免税店で、お土産を買う。
 
幸い、カ−ドをスーツケースの奥のほうに、
 
隠していた。それを使った。
 
ウオッカを1本、話の種に購入する。
 
地球の歩き方では、ドルが有利と書いてある。
 
が、 ドルよりユーロが一番有利だった。
 
ルーブル表示ではなく、ユーロ表示だったことを
 
不思議に思う。
 
いよいよフライト→帰国。  11時間で成田に着いた。
 
とうとう現実に戻された。
 
成田から東京へ。
 
東京から新幹線で神戸に戻った。
 
 
 
もう、翌日から勤務した。
 
寒いロシアから暑い日本は、身体に堪えた。
 
翌日、カ−ド会社に電話して、海外旅行保険を申請した。
 
保険は、やはり必要と思う。
 
いつ何時、何が起こるかわからない。
 
スリくらいでよかった。
 
命があるのだから・・・・
 
MS海上の保険会社から電話があった。
 
やはり、VISAカ−ドは使われていた。が、
 
カ−ドは自己負担は、しなくてよかった。
 
国際キャッシュカードも、引き出されていなかった。
 
あと、携行品の保険申請だ。
 
手続きは、ほんとうにめんどうだ。
 
でも、こんなスリくらいではめげないし、
 
海外旅行はやめられない。
 
今後は、十分に気をつけ、
 
ブランド品は、持って行かないゾ!
 
汚い格好で、旅行することにした。
 
 
 
 
次回からは、クロアチア・スロベニア編です。
 
 
 
 
2008年9月18日 7日目
 
モスクワからまた、サンクトペテルブルグに戻る。
 
今日は、11時出発。
 
時間があるならツアーの皆さんと(11人)、
 
血の上の教会(スパース・ナ・クラヴィー教会)へ行き、
 
入場しようということになった。
 
早く朝食をとり、ホテル玄関に集合。
 
地下鉄の駅まで、かなりあるようだ。
 
なんとか聞きながら、駅に着いた。
 
地下鉄の駅も、朝のラッシュで混雑している。
 
たった、100円くらいだったと記憶している。
 
イメージ 1
 
 
正面からみた教会
 
イメージ 2
 
 
この教会は新しく、1907年完成である。1881年、皇帝アレクサンドル2世が
 
暗殺された場所に建っている。
 
息子のアレクサンドル3世が、父の死を惜しみ、殺された場所に
 
教会を建てさせた。内部の美しさは世界一と言われている。
 
また、ここの入場料が高い! 300R(約1500円) 
 
現地の人とは、二重価格である。
 
中の壁画やモザイクが見たかった。
 
ミサをしているらしく、10時からの開館のはずが、
 
11時からという。
 
せかっく来たのに、仕方ない。
 
写真だけ撮って帰ろう。
 
ガイドブックを勧められる。
 
いらないと断っても、かなりしつこい。
 
 
地下鉄駅近く、カザン聖堂へ 
ロシア正教では、珍しくカトリック風の列柱の回廊をもつ聖堂
 
イメージ 3
 
 
ホテルに戻らなければならない。
 
地下鉄の切符を買おうと思ったら、
 
このバックに入れていたヴィトンの財布がない!!
 
そうだ、あの時の3人の男性に囲まれて、
 
ガイドブックを勧められた時、すられたに違いない。
 
あぁ〜、どうしようもない。
 
カ−ドはどうする?  現金は?
 
後悔しても、どうしようもなかった・・・・・
 
悔しい!!
 
ツアーの方にお金を借りて、地下鉄に乗る。
 
海外旅行は、何度も行っているが、始めての事件である。
 
ショックで、とても悲しかった。
 
でも、多額の現金は、お腹に巻いていた。
 
財布の中には、ルーブルとユーロで、一万円くらいと、
 
国際キャッシュカードとVISAカ−ドも入っていた。
 
それより、ヴィトンの財布の方が高い。
 
消沈して、ホテルに戻る。
 
ホテルから、日本にいるダンナに国際電話をかけ、
 
カ−ドを止めてもらう。
 
ダンナの会社に電話をする。
 
kedorin   “私”
ダンナ  “どこや?”
kedorin   “ロシア。 カ−ド、止めて!”
ダンナ  “なんで?”
kedorin  “スリにあった。”
 
 
幸い、あまり被害が少なかったように思う。
 
力が抜け、呆然としたが、あきらめた。
 
こんなことになるなんて・・・・・
 
ツアー最終日で、よかった。
 
 
 
ロシアは、どこでもトイレチップが必要である。
 
どうしようと思案したが、幸いツアーの方々に、
 
恵んで頂いた。 だいたい一回20R(約100円)くらいである。
 
 
 
ビョートル大帝 夏の宮殿へ
世界遺産である。第二次世界大戦で、ドイツ軍によって
破壊され、現在はドイツ60% ロシア40%の割合で、
修復された。1714年ビョートル大帝が館を建て始めたことに始まる。
建設には、フランス、イタリアをはじめとして、優秀な技術者が集められた。
 
 
 
大滝と宮殿
 
イメージ 4
 
 
下の公園には、150もの噴水がある。
王様は、噴水がお好き?!
 
ピラミッドの噴水
イメージ 5
 
イメージ 6
 
 
続く

モスクワ 赤の広場

2008年 9月17日 
モスクワの続きです。
 
世界遺産、赤の広場。
ニュースでソ連を見るとき、必ず写っていた。
まさか、今、ここに立っているとは、感無量です。
ソ連に旅行?、考えられないことでした。
 
赤の広場というのは、本来は『美しい広場』という意味です。
 
 
レーニン廟
 
レーニンを永久保存する記念堂。
イメージ 1
 
 
 
グム百貨店
 
有名外資系ブランドやお土産物屋が並ぶ
イメージ 2
 
 
 
ロシアの中で最も有名な聖堂、ボクロフスキー聖堂(ワシリー寺院)
 
モンゴルの戦勝を記念して、
イワン雷帝によって1560年に建てられた。
それぞれひとつづつが教会。
中に入れなかったのが残念。
 
イメージ 3
 
 
 
違う方向からみたワシリー寺院
 
方向により違った絵になる。
イメージ 5
 
設計したのは、ポストニクとパルマのふたり。
イワン雷帝が、あまりにも美しいので、
二度とこのような美しい建物ができないように、
ふたりの眼をくりぬいた話は有名。
 
 
ノヴァデヴィチ修道院
 
ヴァシーリー3世の命で建てられた女子修道院。
城壁に囲まれているのが特徴。
世界遺産である。
手前の湖は、チャイコフスキーが、この湖の周囲を散策しながら、
『白鳥の湖』の構想を練ったとも言われています。
イメージ 4
 
この中には、墓地もあり、有名人が、埋葬されている。
 
 
まだ、続きます。
 
 

モスクワ

2008年9月17日 ロシア旅行6日目
 
今日は、モスクワ観光。
 
一番、楽しみにしていた所。
 
まず、モスクワ クレムリン(城塞というロシア語)の武器庫へ
 
ボロヴィツカヤ塔
武器庫へは、ここから入るのが近い。
イメージ 1
 
トロイツカヤ塔
イメージ 2
 
 
 
武器庫は、撮影禁止でした。載せられないのが残念です。
19世紀半ばに鎧や兵器を製作、保管する武器庫として、建てられ、
ニコライ一世の勅令によって、博物館となった。
 
武器庫といっても、実際は、歴史博物館で、
ロシアの工芸美術品、王冠の他、何世紀にのも渡って
集められた外国支配者からの贈り物、
ロシア帝国が得た戦利品が集められている。
 
 
また、ダイヤモンド庫も、その一角にあり、世界最大の大きさの
ダイヤモンドが展示されている。
 
ロシア帝国、ほんとにお金持ちだったのね・・・・・
感嘆、ため息の連続・・・・
 
マネージ広場
イメージ 3
 
国立歴史博物館
イメージ 4
 
 
ヴァスクレセンスキー門
赤の広場の入り口
一度は、パレードの邪魔になるとスターリンにとって、
壊されたが、1995年、ソ連崩壊後、再建された。
イメージ 5
 
 
カザンの聖母聖堂
これも、一度、スターリンにより崩壊されたが、
また、1993年建設された。
 
イメージ 6
 
まだ、続きます。

ウラジーミル

 
2008年9月16日 ロシア旅行5日目
 
スズタリからウラジーミルへ
 
ウラジーミルは『黄金の環』を代表する街。
 
1169年以降ルーシ王朝の首都は、ウラジーミルに移された。
 
この頃が全盛期で、今に残る白石(石灰岩)の建設群が盛んに建設された。
 
 
 
『黄金の門』
 
12世紀半ばに建設された城門
ウラジーミルを象徴する存在
門の上部は、教会だが、現在は戦争の歴史に関する展示室。
イメージ 1
 
 
 
ウスペンスキー大聖堂
 
1158年に建設が始められ、14世紀初めまではロシア人の大聖堂の
最高位にあった歴史的な教会。5つの黄金の丸屋根を輝かせる
威風堂々とした教会。
建設から850年の数字が見える。(見えにくいですね)
見にくい場合は、右下の+をクリックしてみてください。
写真が大きくなり、850の数字が見えます。
イメージ 2
 
 
 
 
ドミトリエフスキー聖堂
 
12世紀末にエフイエーヴァラト公の宮殿内に建設された教会。
この教会を有名にしている名が、外壁一面に施された浮き彫り。
イメージ 3
 
 
 
裏からみた子供博物館とウスペンスキー大聖堂
 
イメージ 4
 
 
 
 
昼食のロシアの餃子  ぺリメニ
 
ごめんなさい。ほとんど食べてからの撮影です。
まさに餃子の味です。
 
イメージ 5
 
 
 
 
モスクワのホテル
マキシマ ザリャ ホテル
イメージ 6
 
 
続く

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