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広島 明日 原爆の日です
今33度の広島
蒸し暑い呉地区です
66年前の 明日 8時15分 原爆が投下されました
明日朝 8時15分 広島に向かって黙とうします
インド原産で公害に強いそうです
葉が竹に
花が桃に似ているから
夾竹桃
『 夾竹桃のうた 』 があります
【 作詞 】 藤本 洋
【 作曲 】 大西 進
1 夏に咲く花 夾竹桃
戦争を終えた その日から
母と子どもの おもいをこめて
広島の町にもえている
空に太陽が輝くかぎり
告げよう世界に原爆反対
2 夏に咲く花 夾竹桃
武器を捨てたあの日から
若者たちの 願いにみちて
長崎の丘にもえている
空に太陽が輝くかぎり
告げよう世界に原爆反対を
3 夏に咲く花 夾竹桃
祖国の胸に沖縄を
日本の夜明け 告げる日を
むかえるためにもえている
空に太陽が輝くかぎり
告げよう平和と独立を
原爆が落ちて広島には50年
以上花も咲かないと言われていましたが
夾竹桃が一番に咲いたそうです
花言葉は 注意 危険です
毒性のある花で亡くなった事例もあるそうです
新聞に 『 わたしの平和宣言 』
として 毎日連載で載っています
7月28日に載っていた・・・わたしの平和宣言
74歳男性の方が投稿されていました
家族犠牲 悲しみ代弁
終戦から66年が過ぎますが、私は戦争で父を失った悲しみを昨日のように思い出します
父は日中戦争・・・・・略 ・・・・フィリピンで戦死しました
2年後 …略・・・・寺に遺骨を受取りに行きましたが
木の箱の中には薄い木片1枚しか入っていませんでした
大工だった父は、仕事で夜遅くなっても
一緒に飛行機模型を作ってくれました
優しい父でした。戦争に行かなければ、別の明るい未来があったのかも分かりません
母も苦難の生涯でした・・・・・略・・・・・・・過労が重なって母乳が出なくなりました
弟はミルクも手に入らなくいつもお腹をすかせていました
体もやせ細り、生後9ヵ月で肺炎になり亡くなりました
小さな手で母の指をしっかり握ったまま息絶えました
『可愛そうに。何もしてやれなかった』。
母は1994年に85歳で亡くなるまで、幼い息子の死を
思い出して何度も泣いていました。
弟もまた、戦争の犠牲者だったのではないでしょうか
私は戦没者遺族として、こうした体験を地域で話す努力をしています
未来を担う子どもたちに、あの戦争の何が間違っていたのかを、
きちんと伝えることが私達の重大な使命だと思っています
以上 名前も明記されています
今年 被爆66年の 平和記念式典 の 平和宣言は
次の世代にどう受け継いでいくか
伝える大切さを訴えるとともに
福島第1原発事故を受けて 『脱原発』を主張する声を紹介し
国にエネルギー政策の見直しを求める・・・・・・
だそうです
本当に 平和が一番です
平和が一番 尊いと思いますね
今日の言葉
やさしい言葉で
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