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大洲城
別名 なし
所在地 〒 795−0012
愛媛県大洲市大洲903番地
☎ 0893−24−1146
城の種別 平山城
築城者 藤堂高虎 (宇和群板島 7万石 )
または 脇坂安治 (5万3千5百石)
築城年 慶長年間頃 (1609年頃)
歴代城主 戸田氏(16万石) 藤堂氏(7万石)
脇坂氏(5万3千5百石)加藤氏 (6万石)
天守閣の構造 木造4層4階 (平成16年 9月復元)
清流肱川のほとり、小高い丘に大洲城は築かれた
その歴史は、鎌倉時代末期、伊予国守護宇都宮豊房の築いた
地蔵ヶ岳城が始まりと言われている
戦国時代を経て 小早川隆景が伊予平定の後
戸田勝隆、藤堂高虎、脇坂安治が相次いで城主となるが
このころ4層4階の天守を中心とした本格的な
城郭に整備されたのではないかと考えられている
1617年 米子より 加藤貞㤗が入場し加藤大津(洲)藩が誕生した
以後明治維新を迎えるまで約250年にわたり 加藤氏が
6万石の城主としてこの地を治めた
大洲城は明治に入り 次第に城郭が取り除けられ
明治21年にはついに天守も取り壊されたが
明治期に撮影された戸写真、天守雛型と呼ばれる
木組み模型、発掘調査資料などをもとに
平成16年9月 木造りにより天守が復元された
階段は凄い急です・・・・
木材はすべて国産財で 迫力ある木組みです
吹き抜けになっています
天守閣からの風景
肱川と大洲市
右の黒い部分が石落とし
敵がやってくるとここから石を落とすのですね
復元には資料が充実していたため往時の姿をほぼ
正確に復元することが出来た
このように多くの資料が残ることは
稀であると
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