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4月の初め町の保育所が新しくなり見学をさせてもらいました
その時に撮らせてもらった写真です
アンパンでおなじみの やなせたかし先生の
〜オカリナの木の下で〜
遊戯室前の壁も工夫が(遊戯室も円形)
天井の緑の木にビックリ
部屋も最新式
こども達はおやつの時間でした
園庭の下の建物は小学校です・4月の初めで桜が満開
園庭の遊具も最新
子ども達 立派な保育園でのびのびと健やかに育ってほしいですね♪
やなせたかし先生が2013年に亡くなられ、その後に出版された本です
先生の戦争体験が書かれています
やなせたかしの平和への願い
作戦のために、輸送船で戦地に向かう途中、フィリピン沖のバシ―海峡で、敵の攻撃を受けて
戦死した、と聞かされたのは、戦争が終わってしばらくしてからです。
輸送船とともに沈んでしまったそうです。
のちに ぼくは、弟に捧げる『おとうとものがたり』という詩を書きました。
これは詩人の谷川俊太郎からも褒められたんです。
ぼくはそんなつもりはなかったのですが、『アンパンマンのマーチ』が弟に捧げられたものと
指摘する人もいます。
上海に来て一番困ったのは・・・・・・
腹が減ってしょうがなかった事・・・・・
『どうです。おいしいですよ』と勧めてくれるのだけど、みたら怖くて食べられません。
器用に皮をピーッとむいて焼いたヘビをおいしそうに食べているのだけどダメでした
虫はイナゴや蜂の子です。これもダメでしたね。
ぼくが長生きなのは、あのとき野草を食べたからじゃないか、と言う人がいますが、
そんなことはないです。
あのときにぼくが骨身にしみて感じたのは、食べ物がないことがどんなに辛くて
情けないか、でした。 いろいろ辛いことはあっても、空腹ほど辛い事はありません
アンパンマンが自分の顔を食べさせてあげるのは、このときのぼくの体験があったからです
アンパンのマーチ 好きでしたがこんな経験の元に作られたのですね
にんげんばんじさいおうがうま
中国の古いことわざに『人間万事塞翁が馬』というのがあります。
国境の城壁のそばに住んでいた老人の馬が逃げてしまって、みんなが『かわいそうに』と
なぐさめてくれると、老人は『この不幸が幸運につながるかもしれない』というのです
するとしばらくして馬は城壁の向こうからいい馬をたくさん引きつれて戻ってくる。
みんなが『よかったね』と言うと『この幸運が不運につながらないとも限らないよ』と
言います。すると、老人の息子が落馬して足の骨を折る大けがをします
みんなが『おかわいそうに』と言うと、老人は『この不幸が幸運に変わるかもしれない』と
応えます。今度は戦争が始まって、村の若者はみんな死んでしまうのですが、
足の骨を折った息子は戦争に行かずに、無事でした。
ぼくの場合は、馬の担当だったこともあったのか、まさに塞翁が『馬』でした
班長殿の世話をしなくてはならないのは不運ですが、いじめられずにすんだのは幸運です。 こんな調子の新兵でしたが3ヶ月くらい過ぎると軍隊生活に慣れてくるから不思議です
軍隊というところ要領を覚えてしまうと楽なのです。
昔からずっと兵隊だったような雰囲気になってきて、『前はデザイナーでした』と言っても
信じてもらえないくらいに兵隊らしくなっていました。
以上抜粋です<m(__)m>
昨年 父が92歳で亡くなり、やなせたかし先生が94歳で亡くなられ・・・・戦争体験も
聞く事が出来ません。
やなせ先生の御冥福をお祈りします
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