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戦後70年 8月6日 8時15分 黙とうでした
昨日の夾竹桃です
『70年は草木も生えない』と云われていた広島
昨日の瀬戸内海です
先月7月23日の新聞 『こだま』 に掲載されていたものです
恥ずかしい80歳
広島市中区 無職 名前 79歳
来年80歳になります。思えば昭和の時代に生き、
平成を迎え、この長い間に何をしてきたのでしょうか。
この世に生を受け、人間として、もう少しするべき事があったのでは・・・
年を取ると、体は動かないのに頭の中がいつも巡り続けます
娘の時分には、親の意見を聞かず、結婚すれば夫婦げんか
母をどれだけ泣かしたことでしょう。
80歳を前にして初めて通る道ばかり。
反省ばかり。人はその時には分からないものなのでしょうか
もう少しその時その時に分かれば、死んだ両親を理解できたのに、と思います
思い起こせば、戦時中の母はすごかった。
子ども7人を食べさすのに苦労した
どんな時も弱音ははきませんでした
ある時、学校から帰って見た後ろ姿。
立ったままおかずもない麦ばかりのバサバサの食事をしていました
母は祖母と、『海軍さん』だった3人の弟の介護もしていました。
1人はカリエス2人は栄養失調で結核。
帰国してからは、かつてのかっこよかった姿はどこにもない弟でした
毎日いりこを数え、5匹づつおかゆの中に入れ
スプーンで食べさせる。私はそれを離れて見ていました
鉛筆を使う時は、1本ずつ丁寧に小刀で削ってくれました
私は忘れない、決して。あの当時の親たちの姿を。
こだまを読んで、じゅんちゃんも父や叔父から聞いた話を伝えなければと思いました
昨日の夕日です
多くの方の犠牲の元に今の平和がある事に感謝です
戦争直後の日本で憲法9条が作られ・・・・・
二度と戦争を繰り返す事のないよう願うばかりです
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