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ようこそ彦根城に
昨日の続きですm(__)m
駐車場から一番近い大手門橋を渡ります
敵の侵入を防ぐ為どこの城にも見られる曲がり角ばかりです
天秤櫓(重要文化財)に到着です
表門からの道もここで合流です
名前が天秤櫓ですが左右対称ではないようです
このような構造の櫓は他にないそうです
右の石垣は越前(現在の福井県北部)の石工が築いたと伝わる『牛蒡積み』
左の石垣は幕末の寛永年間に積み替えた切石の『落とし積み』です
天秤櫓が築かれたのは築城から数年後と考えられ・・・・『井伊年譜』にはこの櫓が
長浜城の大手門を移築したものであると記されいるのですが
記載どうり長浜城大手門と断定するまでには至ってないそうです
二階には上がる事は出来ません
天秤櫓の細い窓枠からカメラを向けると
佐和山城跡 が見えます
石田三成の居城・佐和山城は関ケ原の戦いで敗れたあと、関東軍の猛攻をうけた。
必死の防戦もむなしく、敵兵は囲みを破って容赦なく場内になだれこんできた。
この時、淡々たる猛火に追われた女達は抱き合って城の前の谷に身を投げた
そのうめき声は三日三晩もつづいたという。
そのことがあってこの谷を女郎谷と呼ぶようになったと。。。(日本の伝説から)
天秤櫓を抜けると
鐘楼があります 時報鐘
時報鐘と聴鐘庵が並んでいます
江戸時代から城下に時を告げていた
この鐘は12代藩主が鋳造した物
現在は午前6時・9時・正午・3時・6時と一日5回ついているそうです
大老井伊直弼は禅の精神と相通ずる茶道にひかれ自らも『宗観』と号し
修行をつづけた
大老の著『茶の湯一会集』に書かれている『一期一会』の茶道精神は有名
時報鐘を過ぎると太鼓門櫓です
太鼓門櫓及び続櫓(重要文化財)
本丸と表口を固める櫓門。築城時に他の城から当初に移築されてきた建物
太鼓門櫓を潜ると やれやっと・・・・・天守閣ですが
仕上がりがゆっくりのひこにゃんですが、天守閣もゆっくり明日です
明日も宜しくお願いしますm(__)m
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2015年11月24日
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