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仙台育英 × 早稲田実
新庄高校に勝った早稲田実・・・応援していたのですが残念でした
仙台育英、良く打ちましたね・・・決勝戦も頑張ってほしいです((+_+))
今日8月19日は ハ8 イ1 ク9 の日のようです
詩が詠めたら良いのですが(T_T)/~~~
うちぬけて秋ふかい山の波音 (山頭火) m(__)m
お礼参りした1番札所霊山寺です
四国八十八ヵ所巡りを20歳頃に行ってみたいと思っていて
この歳になって始めて念願かなった者です
始めは身内の供養・病気治癒を願っていましたが
途中から観光もm(__)m・・・・
細い山道を車で行くと無事で帰る事が出来ますようにと・・・・
南無大師遍照金剛
四国遍路は死に装束でお参りするものと聞いていたので
一応一番札所で四国遍路にふさわしい身なりに、白のお札を求め
(白・1回から4回)(青・5回以上)(赤・8回以上)(金・50回以上)(綿札・100回以上)
お参りするたびに、お札を入れ覗くと時々青や赤を見る事がありました
愛らしい仏様がお疲れ様でしたと
発心の時の御朱印帳
お礼参りした時の御朱印帳です
あなうれし行くも帰るもとどまるも
我は大師と二人づれ
波濤万万にして 雲山幾千ぞ
来ること我が力にあらず
帰ること我が志にあらず (弘法大師の言葉)
お礼参りをした時に霊山寺で戴いた菩提樹で作った数珠
四国別格二十霊場にお参りしているのですが
まだ終わっていません・・・・
四国88ヵ所 ・ 四国20霊場 ・のお参りで108つの煩悩が消えると・・・・
未だ煩悩の消えないじゅんちゃんですm(__)m
機会があれば又、霧で見えなかった屋島寺・足摺岬の金剛福寺・弥谷寺などもう一度
訪れてみたいお寺です。
お参りしているとお接待をたびたび受けました。みかんの時期は、みかんをお持ち帰り
下さいと貼り紙が、お正月はお餅のお接待を受け、南光坊さんは写真を撮って下さり
家まで郵送してもらいました。
逆打ちをされていたブロ友さんは和歌山から接待に来られた方に接待されておられました。
四国遍路の接待の文化・素晴らしい景色の出会いにも感謝です(^^♪
8月19日と云う事で
石を枕に雲のゆくへを (山頭火)
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四国八十八ヵ所巡り
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こんにちは今日は朝から久振りの雨が降り少しだけ涼しくなっているじゅんちゃん地区です
山の木や花達も一息ついたかもです(^◇^)Ⅴ
88番札所 大窪寺
薬師如来
住所 さぬき市多和兼割96
℡ 0879−56−2278
宿坊 無し
山号 医王山 (いおうざん)
立派な仁王門です
標高787mの女体山の麓にある結願の札所で
女性の入山が許されていたため『女人高野』と呼ばれ寺は栄えたと
開基は行基、その後、弘法大師が錫を留め
岩穴に薬師如来像を刻んで本尊とした
天正の兵火をはじめ火災によって一時は衰退したが
高松藩主らの帰依によって再建
原爆の火
ここで原爆の火が燃えているのに驚きでした
この火は、あの日、ヒロシマに落とされた原爆の火です
福岡県 星野村の山本さんが叔父の形見として郷里に持ち帰り
大切に灯しつづけてきたものです
核兵器廃絶の願いをこめ
ここに保存し永く人々の心に呼びかけます
1988年10月24日
刻んであります
同じ九州の鹿児島では 川内原発 が再稼働しました
市民団体が『福島の事故を忘れるな』との訴えも聞かず・・・・悲しいです
流石、結願のお寺です
大きな杉の木・大きな銀杏の木・桜の木・・・・風格と包容力に感無量です
(大窪寺に訪れたのは2015年3月15日でした)
仁王門の内側は大きな草鞋が奉納されています
本堂正面の二天門
1688〜1703年の建造とされています
寺は明治33年(1900)の火災に遭ったが二天門だけ残ったそうです
お参りありがとうm(__)m
八十八ヵ所巡り 第88番札所 大窪寺で終わりですが・・・・
第1番札所 霊山寺に再度お参りして終わりになりますm(__)m
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こんばんは(^◇^)四国八十八ヵ所も残り88番札所だけとなりました
第87番札所 長尾寺
聖観世音菩薩
住所 さぬき市長尾西653
℡ 0879−52−2041
宿坊 無し
大きなわらじが奉納された仁王門
梵鐘が吊るされています
立派な本堂です
高松藩主・松平頼重が建立した葵の紋入り瓦です
薬師堂です
静御前ゆかりの寺
義経の愛妾静御前が尼になった寺
上段の左の塚は静御前の髪が埋められているそうです
本堂の屋根の下のほうき・・・分かりますか
お経を覚えられない僧がいて掃除を命ぜられ、そのほうきだそうです
長尾寺は
『長尾のお観音さん』 と呼ばれ住民の憩いの場となっているお寺のようです
朝出る時は雨は降ってなかったのですが途中から小雨
帰りは止んでいました瀬戸大橋です
いつも綺麗な福山サービスエリアの花です
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こんばんは(^◇^)今日は一日中シトシト雨です
マツダスタジアムで行われる広島:中日も中止です
今回は志度寺ですが訪れた日も小雨でした(T_T)/~~~
立派なお庭があるのですが画像無しですm(__)m
第86番札所 志度寺
十一面観世菩薩
住所 さぬき市志度1102
℡ 087−894−0086
宿坊 無し
立派な仁王門です
大草鞋が奉納された仁王門は国の重要文化財です
仁王門の像は運慶の作
運慶が奈良東大寺の習作にしたと伝わる金剛力士像
本堂です
志度寺の創建は625年
志度寺は平賀源内で有名で彼の遺品館に近いそうです
讃岐香川の札所ではもっとも古く飛鳥時代に尼僧が建てた小さなお堂から現在に
本堂は江戸時代に再建
薬師堂です
藤原不比等が妻である海女の墓を作り
『死度道場』としたのが寺名の興り
本堂にお面を被って取れなかったと云うお面があるようなのですが???
見つける事ができずm(__)m
五重塔も立派です
志度寺の伝説
681年に藤原不比等(藤原鎌足の子)は海女屋敷にやってきた
いつしか気立ての優しい海女と愛の契を交わす
一年・二年・変化に乏しい海女の暮らしの中
海女は玉のような男児(房前)を出産
藤原不比等が奈良の興福寺を建立するさい妹がお祝いに
唐に伝わる3つの宝物を送ってきた
しかし志度の浦で難破し宝玉を竜神に奪われたという
妻は自分の命を捨て竜神から宝玉を取り返した
妻を憐れんだ藤原不比等は海辺に『死度道場』と名付けた
墓とお堂を建てた
のちに志度を訪れた房前は母のため志度寺を建立
藤原不比等は愛児房前とともに住み慣れた志度の浦に
分かれを告げて都へ立ち帰った
奈良興福寺の釈迦如来の眉間にこの宝珠は納められたという
どこか淋しい悲しい伝説です
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こんばんは(^◇^)今日は85番札所 八栗寺です
ケーブルカーでお参りです。登山口は降っていなかったのですが
標高376.5m・・・・・山寺は小雨でした
八栗ケーブル登山口駅から八栗寺まで全長660m・・・4〜5分で到着です
85番札所 八栗寺
聖観世音菩薩
住所 高松市牟礼町牟礼3416
℡ 087−845−9602
宿坊 無し
境内に総檜造りの高さ17m、鎌倉様式の多宝塔です
朱色が鮮やかな二重塔です
弘法大師が8つの焼き栗をこの地に埋めて唐留学の無事を祈願し
帰朝後に再び訪れたとき栗の木が成長していたので、八栗寺と名付けたという
本堂です
本堂は高松藩主・松平家の葵の紋が屋根に残る。江戸末期の造り
昭和初期に再建された大師堂です
除災招福・縁結びなどお参りすると必ずご利益があると云われる歓喜天
歓喜天を祀った聖天堂
地元では「八栗の聖天さん」と呼ばれているそうです
歓喜天信仰は弘法大師が唐から持ち帰ったとされ
そのルーツはインドのヒンズー教。歓喜天は別名ガネーシャとも云われるそうです
歓喜天は高さ15㎝ほどの黄金の像で弘法大師作と伝えられ・・・
秘仏のため50年に一度の開帳のようです
帰りのケーブル・・・・
3月だったのですが、帰りの駅では桜茶とカレンダーを頂きましたm(__)m
(カレンダー・・・撮って無いので明日アップします(^^♪)
車体も車内もとてもレトロです
女性の運転手さんですが・・・ワイパーは手動でビックリ・・(^_-)-☆
下山すると雨は止んでいました
登山口 ・ 池の側の石・・・???・・・次回行かれる方宜しくm(__)m
強い台風が接近しています。 お互いに気をつけましょうね
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