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西林山 三蔵院
立派な仁王門です
第49番札所 浄土寺
釈迦如来
住所 松山市鷹子町1198
℡ 089−975−1739
宿坊 無し
本堂と薬師堂が並んでいます
奥が薬師堂です
本堂には室町から江戸にかけてお遍路さんが残した落書きが残っているそうです
寺の開基は729年〜749年恵明上人によるといわれ
平安初期に弘法大師が再興したと伝えられる
ここは空也上人ゆかりの寺としても有名
(阿弥陀聖と呼ばれる空也上人は終生を粗末な身なりで鉢を叩きながら
阿弥陀の教えを説法して諸国を行脚した方)
空也上人は957年〜961年、この寺にとどまり里人に説法。
この寺を訪れた際自ら彫った像が本堂の厨子に安置されている
鉢を叩きながら念仏を唱える口から小さな仏像が6体出ている姿
その仏像は『南無阿弥陀仏』の6文字を意味しているそうです
国の重要文化財で本堂に安置してあるそうです・・・が見ていません?
納経所に行く途中には七福神様が・・・・
今日は愛媛県、松山城近くの伝説です
松前(まさき)のおたた
むかし、加藤喜明が松山城を築く時、松前からおたたを呼んで
松前から松山まで瓦を運ぶように命じた。
おたたは頭の上にのせて持っていった。
その時頭の上にのせた櫃(ひつ)を御用櫃と言っていた
おたたは近年まで頭上に魚を入れた桶をのせて、約10K離れた
城下町まで売りに来ていたが、城門を入るのはいつも自由であったという。
松前のおたたの先祖の祠は松前港にあるが
それについては次のような伝説がある。
大むかし、松前の浜に木桶が流れついたことがあった。
その中には都の公卿の女房が入れられていた。
彼女は不倫のふるまいがあって両腕を切り落とされ
海に流されたという
浜の漁師たちは親切でよくめんどうをみてやった
やがて健康を とりもどしてから
働かねば申しわけないと
漁師があたえた魚を桶にいれ
頭にのせて松山へ売りに行った
それが松前おたたの起こりということである。
(伊予郡松前町)
今でも松前港に松前のおたたさんの祠はあるのでしょうか
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四国八十八ヵ所巡り
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清竜山
門前に橋があります。1月4日に訪れ仁王門前には門松です
第48番札所 西林寺
十一面観世音菩薩
住所 松山市高井町1007
℡ 089−975−0319
宿坊 無し
境内が川の土手より低い場所にあり、この為罪深い人は
境内に入ると無間地獄に落ちるらしいですが
『伊予の関所寺』とも呼ばれているそうです
弘法大師は干ばつに苦しむ村のため錫杖で地面を突き
清水の水脈を見つけた。この泉は『杖の淵』と呼ばれ寺から300mの所に
全国の名水百選にも選ばれているそうです。残念ながら行ってないのですが
これから訪れる方は是非名水を頂いて下さいね(^◇^)
本堂です
本堂のすぐ隣が大師堂です
境内から山門を
庭はとても綺麗に整備されています
奇石も
境内の池の中に福授地蔵尊
一つだけ願いが叶うらしいです
納経所の前に赤い実?(花)ですか
今日朝の瀬戸内海です
靄がかかっているような
上蒲刈方面
昨日はテロ警戒のランニングポリスが東京マラソンに
参加され走っておられました
一人10キロでバトンでしたが・・・・・
昨日は呉でも3島を走る
呉とびしまマラソンが行われました
昨日は雨が降ったり止んだりの天候でした
今年はフルマラソンに広島市消防局安芸消防署海田救助隊を中心に
40人が出場されたそうです
昨年ハーフマラソンに参加された竹岡(27歳)さんはゴール数百メートル手前で
転倒。病院に運ばれたが意識は戻らなかった心不全だった。
『ゴールを切りたかっただろうに』にと無念を思う同僚たちが
身に着けたシールには、竹岡さんの顔写真とゼッケン『90』を書き入れた
呉市の大会実行委員会も90を欠番とし同僚たちの思いに応えた
同救助隊の1名に自身と竹岡さんのために実行委員が用意した二つの
記録計測チップを付け42・195Kに臨んだ
ゴールでは仲間から竹岡さんの写真を受け取り
竹岡さんのご両親が見守る中
二人で最後の力を振り絞りゴールインした。
3時間15分3秒は・・・
二人の記録として認定された
『しんどかったが諦めるわけにいかなかった』と
月命日には欠かさず上蒲刈を訪れていたというご両親は
『時間が止まっていたが、皆さんの姿を見て時計が動きだした気がする』と
何度も頭を下げた
以上今日の新聞の一部抜粋です
竹岡さんのご冥福をお祈りすると共に仲間に感謝ですね
鳥の名前が分からないのですが飛び立つ寸前です?
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コメント(14)
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八つの坂を切り開いた事がお寺の名前の由来
第47番札所 八坂寺
阿弥陀如来
住所 松山市浄瑠璃町八坂773
℡ 089-963-0271
宿坊 無し
正面よりお参りしましょう正門 (極楽橋です)
極楽橋を渡るとこんなに可愛いお地蔵さんに会えます
本堂です
荒廃していた寺を弘法大師が訪れ四国霊場として再興したと
大師堂です
本堂と大師堂の間に閻魔堂があります
極楽の道と地獄の道があります・・・極楽浄土を歩きました(笑)
本堂の横に入口があります
万体阿弥陀仏
地下に入ると凄い数の万体阿弥陀仏が黄金に輝いています
約8000体の阿弥陀尊が県ごとに並んでいます(^^♪
寺近くの水田に八塚群集古墳があり、弘法大師を追い払おうとした右衛門三郎の
子ども八人の墓があるのですが行っていません
次回は西林寺です宜しくお願いします
今日はニ分の一成人式に参加してきました(^^♪
4年生 10歳です・・・・羨ましいです(笑)
4年生全員が一人ずつ夢を発表します
病気の人を元気にするお医者さんになりたいです・・・
震度8に耐える家を造りたいので大工さんになりたいです
野球選手になりたいです
オリンピック選手・トリマー・保育士・美容師・消防士などなど
困っている人を助ける弁護士になりたいです。などなど
じゅんちゃんが4年生の時こんな夢を持っていなかったと・・
(最後の演奏風景です)
生まれた時から・・・1歳〜10歳までの生い立ちを順番に発表
(すぐに感動するじゅんちゃん涙が出ました)
四季折々の行事の説明
4年になって麦を植え、収穫して、うどんにして皆で食べた事・・・・
( この時、中沢啓冶先生は亡くなられていて奥さんが来られ一緒にうどんを食べている
のをTVのニュースで観ました。)
はだしのゲンの麦です
麦は寒い厳しい冬に芽を出し何回も踏まれそれでも台地にしっかりと根をはり
真っ直ぐ伸び立派な穂を実らせる。
麦を育てる事で 命の大切に思う心が育つようにと・・・・・先生に感謝です
じゅんちゃんは何回も成人式を迎えているのですが反省する事ばかりです
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長閑な山里の中に建っています
第46番札所 浄瑠璃寺 (じょうるりじ)
薬師如来
住所 松山市浄瑠璃町283
℡ 089-963-0279
宿坊 無し
本堂
静寂な境内に南国の木
寺の名前は薬師如来がいる瑠璃光浄土にちなんでいる
807年荒廃していた寺を弘法大師が修復して四国霊場に定めた
大師堂
境内にはご利益があると云う石が沢山あります
イブキビャクシン
大師が加持したという樹齢1000年を超す大木イブキビャクシン
(高さ20m・3本ある中で2本は本堂裏です)
松山市の天然記念物に指定されています
燈ぼさつ
高く知恵の燈を掲げてあなたの人生を照らします
お参りしたのですが(^^♪・・・・・
もみ大師
ここには仏足石があり素足で立ち健脚と交通安全を祈願します
写真がないのですが是非
薬師如来は九横(九つの災難)を救う石
残念ですが撮るだけ
境内に
今 生きている こと有難し
感謝です
明日はハ坂寺です。宜しくお願いします
義務で頂くチョコのようです(爆)
いつも美味しく頂いています(^^♪ありがとうございます
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源光山
第43番札所 明石寺(めいせきじ)
千手観世音菩薩
住所 西予市宇和町明石205
℡ 0894-62-0032
宿坊 無し
深い緑に包まれた明石寺です
女神が願をかけ夜中に大きな石を運んだという伝説から
『あげいしじ』と呼ばれた明石寺
登録有形文化財の仁王門
唐破風造りの本堂
石垣
大師堂
鐘楼堂
地蔵尊
などが国の登録有形文化財のようです
本堂です
822年弘法大師が来錫し、荒れ果てた伽藍を再興し霊場に定めたとか
鎌倉時代初期には源頼朝が命の恩人である
池禅尼の菩提を弔うために一字を建てたことから
山号を源光寺と称するようになった。
素朴な大師堂です
樹齢300年の夫婦杉
43番札明石寺から44番大宝寺・45番岩屋寺なのですが、雪が残っていたので
44番・45番を飛ばし次回は46番浄瑠璃寺です
43番から44番に行く途中に
『十夜ヶ橋』があるのですが残念ですが行ってないです
遍路は橋の上で杖は突かない
それは大師がこの地を巡錫したおり
橋の下で寒さに耐えながら一夜を過ごしたため
その時の大師の気持ちを思ってのことという。
あまりの寒さに一夜も十夜のことのように感じたと大師は詠い、
その遺跡が『十夜ヶ橋』とよがばし
橋の下は布団をかぶった大師様の姿が
昨日は大竹市まで呉自動車・広島高速・山陽道で
山口県の手前。49日法要(叔母さんの主人)で光明寺まで初めてです
歴史を感じるお寺さんです
門の両側の彫刻も歴史を感じます
お知らせ版には
アッチへブツカリ
コッチへブツカリ
金剛へ
吹雪とも
久遠の母の
声がする
本堂の柱の彫刻も目が入っていてビックリです
本堂でお経を頂き
若いお寺さんのお話を
一期一会のお話を
広い宇宙の中でこの時間は今しかないと・・・・
その後隣の庫裏で食事会
行く所々に絵画が
階段の梅です
玄関に入ると大きな睡蓮画
昨日は、いつも会えない従兄弟に会え昔話と故人の話がつきませんでした
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