難読地名・珍しい地名の由来

地名は貴重な無形の文化遺産,由来や発生の背景を知ろう

地名

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●成田市
下総台地中央部に位置し,室町期から見える地名。地名は雷鳴の多い地域,鳴田(なりた)
に由来するとも,稲の実りが良いので熟田(なりた)と命名されたとも伝えられる。また,山中襄太は「ナリ」の意味は業(ナリ)すなわち農業,生業,産業の意味で,ナリタは業田(その一家の生活の,よってたちゆく田)の意ではないかとみている。平坦状の土地が開拓され所で,「ナラタ(平田)」の転訛という説もある(吉田茂樹)。
940年(天慶3)朝廷に反抗した平将門を調伏させるために創建されると伝えられる成田山新勝寺がある。同寺には弘法大師の作と伝えられる本尊不動明王(国指定)がある。年間約1,300万人の参詣者を数える全国有数のお寺であるが,祖先が平将門を支援した所では成田山新勝寺に参拝しないという。1978年(昭和53)6月開港の成田国際空港がある。成田市内には成井(なるい),成毛(なるげ)など「成」の付いた地名がある。
 成田という地名は全国に100余ヵ所あり,特に,東北,関東地方に多い。隣の茨城県には筑西市成田,行方市成田,結城郡千代田町成田,東茨城郡大洗町成田町などがある。


●飯仲 いいなか
市の南西部。藩政村。下総台地上にあり,飯を盛ったような丸い形をしていた土地の中央部に位置していたことから付けられた地形起源地名ともいわれる。「飯」を「いい」とよむ地名は多い。佐倉市飯重(いいじゅう),山形県飯豊町(いいでまち),青森県五所川原市飯詰(いいづめ),福岡市西区飯氏(いいじ)など。


●飯岡 いのおか
市の北部。藩政村。ご飯のように丸く盛られた丘の意といわれ,イイオカが転訛したものとみられる。同地名が京都府綴喜郡田辺町にある。なお,岡山県の旧柵原町飯岡(現・美咲町)は「ゆうか」と読む。


●江弁須 えべす
市の南西部。藩政村。「エビス」の転訛といわれる。地名の起源には2説あるという。1つは,印旛沼に面する当地が漁業の神様である恵比寿様を祀っている。他の説は,古代東国の蝦夷(えぞ,えみし)と関係があり,朝廷が東国の征伐で捕らえた蝦夷を収容し監視をした地があったとも伝えられる。


●大生 おおう 
市の北部。藩政村。大きな山の峰を意味する大峰(オオオ)から転訛したものともいわれる。同地名に茨城県潮来市大生がある。なお,石川県輪島市門前町大生は「おはえ」と読む。1904年(明治37)開設のJR成田線の久住(くずみ)駅がある。


●加良部 からべ 1〜6丁目
市の西部。1971年(昭和46)にできた新町名。成田市郷部の字加良部からとったが,由来は不明。加良部小学校,成田加良部郵便局,加良部台近隣公園。


●郷部 ごうぶ 
市の北西部。藩政村。下総台地の中央部に位置し,成田からこの地あたりが,和名抄にみられる埴生郡山方郷ではないかと伝えられる。地名は山方郷の役所があった所からとも,郷司が居住していたことに由来するともいわれている。また,山方郷の1村が分郷して郷分したともいう。


●三里塚 さんりづか/本三里塚,三里塚御料,西三里塚,南三里塚
市の南東部。かつては佐倉七牧の1つ,取香(とっこう)牧と呼ばれる原野の一部であった。地名は佐倉城,あるいは香取郡多古町の中村檀林から3里目の距離にあることに由来するともいわれている。明治期に入り,宮内省の下総御料牧場が創設されたが,1969年(昭和44)閉場となり,跡地は成田国際空港となった。三里塚小学校,三里塚記念公園。


●下方 したかた
市の西部。印旛沼東岸に位置。旧藩政村。地名は台地側にある隣の「台方(だいかた)」の低地側にあるという地形に由来するともいわれる。


●宗吾 そうご/1〜4丁目
市の南西部。地名は農民一揆の指導者佐倉宗吾(本名 木内惣五郎,?〜1645?)の霊を祀る宗吾霊堂の所在地にちなむ。宗吾郵便局,宗吾参道駅(京成電鉄),宗吾御一代記念館。


●台方 だいかた
市の西部。印旛沼東岸,下総台地上に位置。藩政村。旧公津(こうづ)村の大字。公津村役場所在地。義民佐倉宗吾の生家といわれる宗吾旧宅がある。旧村名を冠した公津小学校がある。


●天浪 てんなみ
市の東部。天上の雲のように土地が起伏し,波打っているようにみえるところから,地名が付けられたともいわれる。第二次大戦の疎開者や戦後の引揚者によって開墾されたが,現在は成田国際空港の敷地となっている。


●稲荷山 とうかやま
市の北東部。大須賀川支流の天昌寺川に臨む丘陵地縁辺に位置。藩政村。旧大須賀村・昭栄村・大栄町(前2村の合成地名)の大字。稲荷はキツネの呼称。地名は鎮守の稲荷(現在は宇迦〈うか〉神社)にちなむという。宇迦神社一帯は中世期の久井崎砦跡。なお,同名の岐阜市稲荷山は「いなりやま」と読む。


●取香 とっこう
市の東部。藩政村。取香の語源については,「トリコ」あるいは「トリカウ」から転訛したという2説がある。「トリコ」は俘因・捕虜のことで,蝦夷で捕らえた人々を収容した所ではないかといわれる。「トリカウ」は大和朝廷の官制の一つで,鳥を捕獲または飼育する職業の鳥飼部(トリカイベ)があった所ではないかとみられる。『日本後紀』の805年(延暦24)の条に「廃止下総国印旛郡鳥取駅」とあるのは,この地のことといわれている。現在,面積の大半は成田国際空港の敷地である。


●冬父 とぶ
市の北東部。下総台地の丘陵地に位置し,北方を利根川が東流。藩政村。旧香取郡下総町。


●十余三 とよみ
市の東部。明治初期,新政府の開墾局の指導もとで,旧下級武士などが13番目に開墾した土地。なお,この13の村々は東京新田と呼ばれた。→初富,豊四季,十余一,十余二など


●滑川 なめがわ
市の北部。滑河とも書く。利根川下流右岸に位置し,南部に下総台地が広がる。室町期から見える。旧香取郡下総町。滑河小学校,滑河駅(JR成田線),滑河観音。
滑川の付く地名は全国に10数箇所あるが,読み方が異なる。例えば,富山県滑川(なめりかわ)市,埼玉県比企郡滑川町(なめがわまち),茨城県日立市滑川町(なめかわちょう)など。

 
●新妻 にっつま
市の北部。藩政村。ニイヅマとは読まない。「ツマ」は端の意で,新しく開拓された土地の端を表わすという。また,新妻薩摩守という武将が居住していたことにちなむともいう。


●野馬込 のまごめ
市の北東部。利根川下流右岸の平坦地。藩政村。旧香取郡下総町。地名は野馬(のま:放牧の馬)を追い込んで捕らえる野馬込めがあったことに由来するのか。なお,県内には,江戸期に牧が開設されたため,これに関連した遺跡も残っている。例えば,香取市九美上字駒込には,佐倉油田牧の野馬込跡(千葉県指定史跡),野馬除堤跡がある。


●幡谷 はたや
市の北部。藩政村。「ハタヤ」は端谷(ハタヤ)のことであろうといわれる。端はかたわら,そば・わきの意で,谷津や低湿地のそばにあったことを示すのか。また,地名は香取神宮の祭神・経津主命がこの地で休息した際に,旗を持って足下を眺めると,谷が広がっていたので,旗でその谷を指したことに由来するという伝承がある。


●馬乗里 まじょうり
市の東北部。利根川支流大須賀川右岸に位置する。藩政村。旧香取郡大栄町。江戸期の矢作牧の野馬除堤が一部残存。


●松崎 まんざき
市の北西部。戦国期から見える郷名。藩政村。隣の成田市大竹に,1901年(明治34)開設のJR成田線下総松崎駅がある。

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