難読地名・珍しい地名の由来

地名は貴重な無形の文化遺産,由来や発生の背景を知ろう

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千葉市の南隣に位置し,かつて上総国国分寺の所在地であった市原市に「廿五里」という古くからの地名がある。そのまま読めば「にじゅうごり」だが,全国でも有数の超難読地名の一つで,「ついへいじ」と読む。完全な当て字だ。
その由来は,江戸中期の故実学者伊勢貞丈(1717〜84)の随筆によると,「同所にある東泉寺に鎌倉幕府の焼香使が毎月訪れ,参拝をした。当時の旅程で鎌倉から二十五里あったところから,それまでの地名「露乾地(つゆひじ)」を「二十五里」に変え,読み方だけは昔のままとした。このことが代々,地区に言い伝えられた」とある。

また,他の説には「築比地(ついひじ)」「露比地(ついひじ)」が変化したともいわれている。つゆひじ,ついひじが何時の間にかなまって,現在の読み方になったという。

ところで,当時,鎌倉から当地に至るルートには陸路と海路があった。陸路では千葉方面に向かう鎌倉街道の下道(しもつみち)を利用していたと思われる。鎌倉の七口(ななぐち)切通りを抜け,最戸(横浜市)→弘明寺(同)→丸子(同)→池上(東京都大田区)→芝(港区)→忍岡(台東区)から房総に入り,国府台(市川市)→千葉(千葉市)を経て,房総半島に入り,南下していたとみられる。この道は「房総道」とも呼ばれていた。鎌倉街道は最短距離になるように,ほぼ直線であった。当時の街道の道幅は騎馬武者二騎が並んで疾走できる程度であったという。鎌倉からの距離を地図上で計測すると,ほぼ?キロとなる。

現在,JR横須賀線の鎌倉駅から「廿五里」に近い内房線の五井駅までの路線距離は103.3キロでほぼ25里に相当する。
 海路をとる場合,鎌倉から七口切通しの一つ「朝比奈切通し」を抜けて、外港の六浦湊(むつうらみなと,横浜市金沢区)から品川湊を経て隅田川に入り,太日川(江戸川)を経て,市川(市川市)に上陸し,検見川→千葉を経由したとみられる。
他ルートとしては,六浦湊から東京湾を横切り対岸の木更津に上陸し,北上したものとみられる。その距離は凡そ70キロ(18里)余であったとみられる。また,浦川湊(浦賀市)から木更津以南の湊に上陸し,北上するケースもあった。

 廿五里を冠した施設には,廿五里派出所や養老川にかかる廿五里橋(右上の橋は館山自動車道の養老川橋),バス停がある。当地は廿五里梨の産地として知られ,収穫期には沿道に梨直売場が開かれる。
この廿五里から北方約10余キロにある千葉市若葉区東寺山町や源町(みなもとちょう)にもかつて廿五里という小字名があったが,現在では,廿五里南古墳,廿五里北古墳として名をとどめている。このようなことから,廿五里という地名はかなり広範囲に使用されていたのではないかとみられる。

なお,廿を「つ」で読み始める地名には大阪府富田林市廿山(つづやま),岐阜県美濃加茂市廿屋(つづや),岐阜県多治見市廿原町(つづはらちょう)がある。

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2007/7/2(月) 午後 8:01 甚七


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