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●柿餅 かきもち 山武郡大網白里町
*柿の産地ではない。大昔,この付近は海岸線で,牡蛎が繁茂した場所だという。地名をつけるとき,「牡蛎茂」とされるところを,文字をあてはめるにあたり,住民が身近な食物の名で音の似た「柿餅」をあたはめたものだといわれている。
●布施 ふせ 我孫子市,柏市,いすみ市下布施(しもぶせ),夷隅郡御宿町上布施(かみぶせ)
*後2者の由来については,古代駅路に設けられた布施屋(無料宿泊所)があったとする説や源頼朝が上総介平広常追福のために,この地を布施料としたことから起こったという説がある。
●野牛 やぎゅう 茂原市
*地名の由来は,天平年間に加賀国の人が牛を連れて移り住んだことにちな むという。
●新妻 にっつま 成田市
*「ツマ」は端の意で,新しく開拓された土地の端を表わすという。
●母子 ははこ 山武郡横芝光町(旧光町)
*鎌倉時代中期,旧八日市場市横須賀に住んでいた武将が戦いに敗れて討ち死にした。身重の妻はおちのびて,女子を生んだが,まもなく母子ともに死去した。土地の人は憐れんで塚を築き,ねんごろにほうむった。後に子安神社になり,一帯を「ははこ」と呼ぶようなったという。
*同地名の兵庫県三田市母子は“もうし”と読む。
●驚 おどろき 長生郡白子町,長生村
*白子町の南部。南白亀川下流右岸に位置。藩政村。旧白潟村・白潟町の大字。全国的に極めて珍しい地名の由来について『白井町史』は次のように記している。
「治承4年(1180)荏柄平太胤長の子小高小太郎平重之は臣僕数人を率いて,此の地に来て土地を開拓して帰農し郷士となった。開拓当時は部落の形なすばかりで,村名を小高野村と称していた。然し寛文11年(1671)代官中野八郎左衛門が支配することとなり,再検地をしたところ開拓地が広く,121石余に増石するほどでたったので,「驚き入った」次第なりとし,それ以降驚村と称したという。」
当地は農村地域の岡集落と海岸通りの納屋集落からなる。
「驚」という地名は隣の長生村驚にもあり,上記の由来に関連するものとみられる。山形県小国町に驚(おどろく)という地名がある。
●発作 ほっさく 印西市
*手賀沼東南部の新田開発にちなみ同意語の発作が当てられたという。
●平方,平方村新田 ひらかた 流山市
*市の北部西端。江戸川中流左岸,下総台地西端部に位置。平方村新田は平方村が享保年間に開いた新田。平方のヒラは平らの意だけではなく,傾斜地や崖にも使われ,江戸川に向かって傾斜した台地の肩の意ともいう。ヒラカタと読む地名には,江戸川対岸にある埼玉県吉川市平方新田,滋賀県長浜市平方町などがある。
●刑部 おさかべ 長生郡長柄町
*刑務や訴訟などに従事していた者が住んでいたとみられる。同地名は大阪府八尾市,栃木県宇都宮市上・下刑部町にある。刑部には次の読み方がある。
・ぎょうぶみさき 県北東部の太平洋岸,匝瑳市(旧飯岡町)南東部にある刑部岬
・ぎょうぶちょう 京都市右京区太秦(うずまき)上・下刑部町
・おしかべ 岡山県総社市刑部
●腰当 こしあて 茂原市
*地名の起源は不明。当地にある子安(腰当)神社は安産の神様として知られる。
●見物 けんぶつ 館山市
●万石 まんごく 木更津市
●萬力 まんりき 匝瑳市(旧干潟町)
●早船 はやふね 山武市(旧成東町)
●引越 ひっこし 山武市(旧松尾町)
●屋敷 やしき 習志野市
●押切 おしきり 市川市,鴨川市,富津市
●入船 いりふね 市川市,浦安市
●立木 たちき 茂原市
●取立 とりたて 山武郡横芝光町(旧横芝町)
●上座 じょうざ 佐倉市
●大中 だいなか 君津市
●面白 おもじろ 夷隅郡大多喜町
●酒蔵 しゅぞう 東金市
●根本 ねもと 松戸市
●早物 はやぶつ 館山市
●寒風 さむかぜ 佐倉市
●上代 かみだい 佐倉市
●地引 じひき 長生郡長南町
●豊富町 とよとみちょう 船橋市
●原木 ばらき 市川市
●本給 ほんきゅう 長生郡一宮町
●手取 てどり 南房総市富浦町
●水深 みずふか 山武市松尾町
●水口 みよぐち 長生郡長生村
●観音 かんのう 香取市(旧佐原市)
全国では,浮気(ふけ,滋賀県守山市),金持(鳥取県日野町),読書(よみかき,長野県南木曽町),寿命(じゅめい,福岡県桂川町),遊(あそび,京都府京丹後市〈旧網野町〉)など多数ある。
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