難読地名・珍しい地名の由来

地名は貴重な無形の文化遺産,由来や発生の背景を知ろう

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●北方町4丁目 ぼっけまち
藩政村。市の東部。付近に「北方」と書く町名があるが,北方町4丁目のみが「ぼっけ」と読む。「ぼっけ」は崖の意といわれ,「北方」は当て字とみられる。当地に崖のようなものがみられたために付けられたのか。この地帯はかつて北方(ぼっけ)と呼ばれていたところで,1969年(昭和44)の町名変更で,本(もと)北方1〜3丁目や北方1〜3丁目は「きたかた」と読むようになった。

変更の理由は北方を「ぼっけ」とはなかなか読めないからだといわれる。北方町4丁目に北方小学校があるが,「きたかた」と読む。

なお,「ぼっけ」の当て字に「歩危(ぼけ)」(四国の大歩危,小歩危)「保家」などがある。


●真間 まま
市の北西部。奈良朝からみえる地名。藩政村。当地は下総国府に近く,都との交流もあり,東国の美女真間の手児奈(てこな)伝説で知られる地。かつては「真間の入り江」と呼ばれ,今の江戸川からの入り江となっていた。「ママ」は岸や土手の意で,真間は当て字であるといわれる。真間の入り江は景勝の地として知られ,万葉の歌人山部赤人(千葉県生まれともいわれる)は次の歌を残している。

「葛飾の真間の入り江にうちなびく玉藻狩りけむ手児名思ほゆ」
また,『万葉集』14東歌に「葛飾の真間の手児名をまことかもわれに寄すとふ真間の手児名を」などの歌がある。
真間小学校,市川真間駅(京成電鉄),真間の継橋(市指定文化財),真間川
→欠真間


●欠真間 かけまま
旧江戸川沿に位置。藩政村。江戸川の洪水によって「真間」が欠けて流れ着いたという伝承がある。→真間


●国府台 こうのだい
市の北西端。下総の国府が置かれたと推定される。大化の改新(645年から約5年間)によってわが国は60余りの国々に分けられ,管内を統治する役所が設けられた。その場所を国府といった。台地に置かれたことに由来するという。

「国府」のあった地の呼び方は地域によって,まちまちで,「こう」(鳥取県倉吉市国府),「こくぶ」(熊本市出水町国府),「こくふちょう」(徳島市国府町)などがある。いすみ市(旧夷隅町)国府台は市川市と同名。国府台小学校,国府台高校,国府台公民館,国府台駅(京成電鉄)。


●塩焼 しおやき
市の南部。当地区は1917年(大正6)の大津波に遭うまで江戸時代から続く有名な行徳塩田で,天日で塩分の濃度をあげ,海水をカマで煮詰める「塩焼」に由来。宅地造成の区画整理が行われ,事業終了後の1979年(昭和54),新町名になった。市立塩焼幼稚園,塩焼小学校,市川塩焼郵便局,塩焼交番

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