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哲学への旅

以前『2001年哲学の旅』という本を買った。
2001年というからには、2001年当時に買った本だ。

哲学の本にしては・・・写真もいっぱい出てたし、わかりやすそうだったから。

哲学って何だ? さっぱりわからないけれど・・・
この本をパラパラめくっていたら「哲学と思想の違い」についてこんなことが書かれていた。

「哲学は考えること。思想は思いこむこと」

これは何となくわかるな。
でも、そう思ってみてみると・・・時々、このページも「思想」になってるな。

さて・・・
この本の中には歴史に残る哲学者たちの名文句も載っている。

「人は、教える間に学ぶ」・・・セネカ

これは私が毎日やってることだ。

「経験を積んだ人は、物事がこうであるということを知っているが
 なぜそうであるかということを知らない」・・・ハイデガー

ある優秀な営業マンが辞めちゃうと、いっぺんに業績が落ちる会社みたいだな。

「子どもを不幸にする一番確実な方法は
 いつでも何でも手に入れられるようにしてやることである」・・・ルソー

ん? 何かうちみたい。
でも、しょせん与えることができるのは「買えるもの」だけ。
買ってやった物を使いこなす技術までは・・・誰にも与えることなどできないよ。

「親であることは、ひとつの重要な職業だ。
 しかし、未だかつて、子供のために
 この職業の適性検査が行われたことはない」・・・バーナード・ショウ

子供を作った人はたくさんいるけど・・・
胸をはって親と言える人がいったいどれくらいいるのか・・・
子供のための学校はあっても、親になるための学校はないもん、ね。

「世界で一番有能な教師によってよりも
 分別ある平凡な父親によってこそ、子供はりっぱに教育される」・・・ルソー

ほらね! ルソーだって同じこと言ってたんだ。
でも・・・
分別のあまりない、平凡とも言えない父親のもとに育つと・・・いったいどうなるんだろう?

最後に・・・

「いかなる教育も逆境に及ぶものではない」・・・ベンジャミン・ディズレーリ

学生時代には「やっぱ勉強するしかない」と思って頑張れたことも・・・
社会にでると「どうしていまさら、やんなきゃならないんだ」なんて腹を立てたりする。

逆境は教育されてる最中・・・と思ったら、そこまで怒ることはないかもね。


参考資料:「2001年哲学の旅」池田晶子=編著 永沢まこと=絵 新潮社=刊
http://digitake.com/

「なぁアンリ、そのノビタキの卵を親鳥に返してやってくれないか?」

6歳になるアンリは、初めて行った丘の上で鳥の巣を見つけた。
珍しいその卵をひとつ持ち帰ろうとしたところを小学校を運営する神父に止められた。

「この卵がかえってヒナになった時、お母さんがいなかったら可愛そうだろう?」

素直に神父の言葉に従ったアンリは、この日、大発見をした。
それは、この卵がノビタキという鳥の卵であること。
鳥や草花、そして虫にも名前がついている・・・ということだった。

南フランスの小さな村で生まれたアンリの父親は喫茶店を経営していたが、何度場所を変えても商売はうまくいかず、長男であるアンリは15の年には家から離れ、独立して生活する必要があった。

最も当時の子供たちにとって、街頭で物売りをしたりして家計を助けることは当たり前だったが、人一倍研究心が旺盛だったアンリは、本を買ったために宿賃をなくし、読書をしながら野宿することもあったという。

16歳の時、師範学校で給費生を募集していることを知ったアンリは、その試験に挑戦した。
もともと先生になるつもりはなかったが、全寮制の師範学校に学費免除で入ることができれば、とりあえず宿の心配はないと考えたのだ。

結果はみごと1番の成績で合格。
師範学校を出ると19歳で小学校の教壇に立つことになった。

子供たちとの交流の中で、自分が幼い頃感じた自然への興味が再燃した彼は、自分なりに研究を始める。

21歳で結婚したものの生活は苦しく、給料を上げるためには学士号を得るのが早道と考えた彼は、ここでまた猛勉強をする。
ちょうどこの頃、彼の元に代数を教えてほしいという家庭教師の依頼があった。
数学など何も勉強をしたことはなかったが、生活の糧にその依頼を引き受けた彼は、ゼロから学んですぐ教えるというやり方を繰り返し、ついに数学と物理学の学士号をモノにした。

彼が後の世に知られる偉業に着手したのは、56歳の時。
84歳までの28年間に全10巻の全集を出版する。

彼の名は、ジャン・アンリ・ファーブル。
『昆虫記』の記念すべき第1巻が出版されたのは1879年4月3日。
4月3日は『ファーブルの日』と言われている。

1915年に91歳でこの世を去ったファーブルの好きな言葉・・・ラボレームス(さぁ、働こう!)


参考資料:「学習まんが人物館/ファーブル」三木 卓=監修 小学館=刊
http://digitake.com/

孤独のつかい方

孤独・・・という状況には2種類あって
本当にひとりきりでいるのも孤独なら・・・
集団の中で自分の殻に閉じこもっているのも、また孤独。

見た目の問題はともかく
結局は「自分を理解くれる者がいない」のが・・・いわゆる孤独、なんだろうね。

でも、ある程度の年齢になると・・・
そういう状況は、やっぱり自分が作り上げているんだと思うな。

自分の価値観や優先順位は、コロコロ変えるモンじゃないと思うけど・・・
そいう自分が何を考え、何をしようとしているのかは・・・
放っておいて自然に伝わるモノじゃない。

「さまざまな条件の中で、それぞれ彩りは違うけれど
 人間はみんな孤独なんだ。
 何かの折りに、孤独だなあ、と言いようのない寂しさを噛みしめる。

 人間はみんな孤りで生まれてきたんだし、
 結局は孤りで死んでいくしかない。
 それが常識であるならば、寂しいはずなんかないのに。

 ぼくは、それは人間はひとりだけでは全体になりえないからだと思う。
 個体は完結しているように見える。
 だが実はそうではないんだ」
・・・岡本太郎

いかなる創作活動も・・・人前に作品を出すまでは孤独な作業。
どんな仕事だって・・・
カタチにして提出するまでは孤独に耐えてやるしかない。

例えば、それに耐えきれずに・・・
忙しいなんて言い訳しながら社内の会議に出たとしても
自分の意見すら明確にできない者同士が・・・
お互いにわからないコトを確認し合うだけで・・・作業は一歩も進まない。

それでも進んだとしてら・・・
どこかで誰かが孤独に耐えて、みんなの分、頑張ってくれたんだろう。

うまくいっているように見える人や、自分が憧れる人のようになりたいと思ったら・・・
自分にとって都合のいい部分だけ真似していても・・・決して、そうはなれない。

孤独に弱い人は、つまり・・・
自分を鍛えるのが不得手な人なんだろうね。
でも、他人が認めてくれるのは・・・鍛えた成果だけなんだよ、ね。

遠い目標じゃなくて、目先の目標でいいから・・・
何か明確な行動ができる自分さえつかめれば・・・
孤独もまた、単なるプロセスだというコトに気づく。

それをクリアできないと・・・集団の中で孤独を味わうコトになっちゃうモンな。


参考資料:「芸術は爆発だ/岡本太郎痛快語録」岡本敏子=編著 小学館文庫=刊
http://digitake.com/

世間一般に言う「成功」とは・・・
自分が今思い描いている以上の場所へ気がついたら行っていることだ。

自分の目指すものと何で世間に認められて成功するのかはまったく別。

たとえ大富豪であろうと夢みたすべてを手に入れることはできないし、
画家になろうとしていて映画監督になってしまった人や一国の総統になってしまった人もいる。

アメリカに渡るまで映画というものを知らなかったチャップリンは最初から映画人になるとは夢にも思わなかっただろうし、
文豪・漱石でさえ、もともとは理系の人間で大学に進学する以前までは、建築家志望だったらしい。

何をしていいかわからなくて、なかなか頑張れない
・・・という迷走の時期も若い時にはあるが、過ぎて思えば、とんだ言い訳だったことに気づく。

歴史に名を刻む成功者のほぼすべての人たちは目の前にあることを賢明にやってきた人たちに過ぎない。

三島由紀夫の記述に・・・

「世の中で何がおもしろいと言って自分の力が日ましに増すのを知るほどおもしろいことはない。
 それは人間のもっとも本質的なよろこびの一つである」

・・・というのがあるけれど、

体を鍛えるのも、商売をやっていて業績を伸ばすのもそういう喜びに満ちているとつくづく思う。

商売というのは相手あってのことだけど自分を鍛えるのは自分次第だからなぁ。

目の前にあることをたとえ最初は苦しくても楽しみと言えるところまで、やれるかどうかが
・・・分かれ道なんだろうね。

何のために・・・なんていう具体的な目標は、ある時もあれば見えない時だってある。
たとえ具体的な目標が見つからない時でも、目標が見えた時のためにやっておくしかない。楽しみながらね。

それに・・・何もしないでいたら、いつまでたっても目標なんか見えてこないだろうし、ね。


参考資料:「実感的スポーツ論」三島由紀夫=著(私の遍歴時代) 筑摩書房=刊 ほか
http://digitake.com/

把手のないナイフ

「不遇はナイフのようなものだ。
 ナイフの刃をつかむと手を切るが
 把手をつかめば役に立つ」・・・メルヴィル(米・作家)

仕事のうえでのやりとりは、たとえアクジデントが発生しても
まるでスカッシュでもするような爽快感さえあるのだが・・・

見えない敵とのやりとりは・・・
ナイフを突きつけられたり、突きつけたり
物騒な例えが似合うほどクールだ。

見えない敵とは何か・・・?
あまりにも抽象的で説明しづらいのだが
それは時には時間であり、時には自分でもある。

敵だとわかっていれば粉砕することは容易だが
敵として葬り去ることのできないモノ・・・
それが見えない敵の正体かも知れない。

厄介なのは・・・
突きつれられたナイフに把手が見あたらない場合。

自分が突きつけたつもりのナイフでも
把手がなければ扱いにくいし、ヘタをすれば怪我をする。

ナイフには把手がついているもの・・・
というのは一種の固定概念で、言い換えれば一般的なルール。

だけど・・・
世の中はすべてルール通りに動いているというワケではない。

先日観た、三島由紀夫の主演映画
『からっ風野郎』という映画にこんなセリフがあった。

刑務所から三島扮する朝比奈が出所することを知った敵役の組での会話。

「そんなに奴を恐れる必要はない。どうせ奴はバカですよ」
「バカだから・・・怖いんだ。何をしでかすかわからねぇ」

ルールを知っているヤクザは決して人を殺さないが
何も知らないチンピラは平気で人を殺す。

会社なり、学校なり・・・
組織に属して暮らすことの最大の利点は
そこにルールがあって、そのルールさえ守っていれば
仮に世間のルールからはずれていたとしてもと、
とりあえず平穏に生きていけるということ。

最も組織自体が世間のルールをまったく逸脱していたら・・・
組織自体の存続は危ういが、
少なくとも中にいる個人が矢面に立たされることはまずない。

まずはナイフを正しく扱えることが第一。
それができないと、どこにいても怪我をする。

そして・・・
組織を越えた活動をしようと思ったら
把手のないナイフにも立ち向かえるだけ何かを持つ必要がある、な。

昔、ある峠道でバイクと車の正面衝突を目撃した。
車がカーブを曲がりきれずに反対車線に進入しての事故だった。

バイクは大破・・・幸いライダーに意識はあって
「俺は悪くない」と念仏のようにつぶやいていたが・・・
こんな激しいカーブを走っているのだから、
そういうことも想定してもっと左よりを走らないと・・・
正しくても痛い思いをするのは自分だ。


参考資料:「心に感動を呼ぶこの名文句」大島正裕=編著 三笠書房=刊 ほか
http://digitake.com/

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