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運河が明らかになるに連れ、砂の帝国の全容が明らかになっていった。そしてそれは当初フンボルト達が考えていたものよりも数十倍のスケールを持つ、まさに砂漠の帝国と名づけるにふさわしい巨大国家であったのだ。
このような巨大な帝国が、例え交通の要衝に有ったにしても、砂漠のほぼど真ん中と言えるこの位置にあったとは、信じられないような奇跡であった。しかも、いくら大量の物資を取り扱ったからと言って、それを運河で運ぶとは…。まさに信じられない事実であった。
砂漠にはワジとよばれる河が有る。普段は干上がっていて砂漠の他の部分とさして相違無い。しかし、その部分は土地の最も低い部分で、砂漠やその上流に雨が降ると忽ち激流となって砂漠の中を暴れまわり、やがて砂漠に消えて行く。この激流に飲まれて亡くなった砂漠の隊商の話はあまりにも有名である。 この河はあくまでも雨が降った時にだけ洗われる河である。常に水を湛えているわけではない。ワジは瞬間的にだが激流となる。しかし、この広大な砂漠はこの激流をも飲み込んでしまうのである。
一体古代人たちはどうやって運河に水を張ったのだろうか。そう考えるとマッコーリの言っていることがフンボルトには荒唐無稽に思われる。
暫くすると、作業員達は無数の切り株の群ににぶち当たった。初めは何かの遺跡の柱の土台部分だと思われた。しかし、地中に張り出した根の部分が明らかになり、切り株であるとわかったのだった。遺跡の柱かと見まごう程の巨木の切り株であった。しかも、それが次々と出てくるのである。
懸命に掘りつづけたが、三十数本分を掘り出したところで、この方面への発掘は一次休止とした。理由はきりがないからである。実際後から後から際限無く出てくるように思われた。そしてそのどれもが直径6フィート以上の巨木の切り株であった。
フンボルトたちはまたもこの砂の帝国に驚かされた。つまりは、この辺りには巨木の生い茂る広大な森があった事になるのだ。そしてこの事によって運河で運搬用に使っていたと思われるかなり大きな木造船の木材、特に一本で作られた竜骨を、いったいどこからそのような巨木を運んできて作ったのかという疑問が解けたのであった。この砂の帝国の周囲には深い森林があり、木材はそこで賄っていたのである。砂の帝国は、現在のような砂に囲まれていたのではなく豊かな緑の森林に囲まれていたのである。砂丘に立ち、見渡す限りサンド・ベージュに覆い尽くされた大地を眺めていると、フンボルトには緑に覆われた大地など想像も出来なかった。
シベリアのタイガや、カナダの森林地帯のようなものだったのだろうか。切り株の太さから見て、その高さは優に90フィートはくだらない。これ程の巨木ばかりを、近いとは言え市中に運び入れるのはやはり、並大抵の事ではなかったであろうと思われた。
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