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1975年10月20日、岐阜県大垣市で中学校教諭・渡辺美代子さん(当時46)が、自宅寝室で殺されているのが発見された。渡辺さんには乱暴された形跡があり、首をテレビのコードで絞めたうえ、文化包丁で首や顔、額などを数十カ所を刺す残忍な犯行。家中をひっくりかえし、遺体にトマトジュースをぶちまけて、仏壇には下着を置いていくなど、異様な犯行だった。現場には指紋や足跡、犯人の白手袋など数多くの物証が残されていた。血のついた足跡の横に点々と水滴が落ちていたことから「犯人はすそにファスナーのついたズボンをはいていた」ことが分かった。その足跡から履いていた運動靴も判明。また、首を絞めたテレビコードをかみ切った際についた歯型には、若者にみられる特徴があった。犯人は血のついた手足などをふろ場で洗ってふいたタオルはきちんとかけ、侵入したふろ場の窓の網戸を元に戻していた。


事件直後の11月に、中日新聞岐阜総局に大垣市内の高校生と名乗る男から電話が入る。男は殺された渡辺さんが事件の前日、大垣市内の喫茶店である男と「名義」の問題でもめていた事、その男は自分の三年先輩で、証券会社に勤めている、などの内容を告げた後、翌三日朝に国鉄岐阜駅前で記者と会うことを約束して電話を切ったが現れなかった。しかし、男は現れなかった。


さらに事件発生から13年あまりたった1988年4月、同じ中日新聞岐阜総局に再び男から電話がかかってきた。電話の主は、渡辺さんを殺した犯人は88年の3月、名古屋市中川区のマンションで臨月の主婦・守屋美津子さん(当時27)を惨殺し、遺体の腹を切り裂いて赤ちゃんを取り出し、腹部に電話器とミッキーマウスのキーホルダーを詰めるという、残酷な事件の犯人と同じと主張。この電話の主が75年当時、電話を受けた記者と本人しか知らない待ち合わせの目印を口にしたことから、同一人物か関係者なのは確かだと思われる。男は犯人が中川区に住んでいると告げ、酒を飲むと狂暴な性格になると証言したが、今回も姿を現すことはなかった。



【未解決事件データベースより転載】

妊婦切り裂き殺人事件

【事件概要】
1988年3月18日午後6時50分頃、名古屋市中川区富田町の会社員Yさん(当時31歳)は仕事を終えると会社から自宅に電話をかけた。妻のX子さん(27歳)が妊娠中で、しかも出産予定日の13日を過ぎていたため心配になったからである。ところが何度ベルを鳴らしても妻は出ない。この日の午後1時10分頃にも1度電話を入れているが、この時は元気に出ていた。心配になったYさんは急いで自宅に戻った。名古屋駅から近鉄線に乗って「戸田駅」下車5分、かかった時間は合わせて30分ほどだろうか。午後7時40分頃、新興住宅地にあるマンション2階の自宅に帰宅すると、不審な点があった。いつもは施錠してある玄関のドアがなぜか開いていたのである。部屋の中は真っ暗で、妻の姿は見えなかった。着替えをしていると、子どもの泣き声がする。「気のせいか」と思いつつYさんが居間に入ると、青いマタニティドレス着て、ピンク色のジャンパーを羽織ったX子さんが仰向けで倒れていた。その足の間で生まれたばかりの赤ん坊が泣いていたのである。当初、Yさんは妻が自力で出産したのかと錯覚したが、すぐに妻が両手を後ろ手に縛られており、首にはコタツのコードが巻かれ、辺りには血だまりができているのに気づいた。X子さんの意識はすでになく、呼吸もしていなかった。Yさんは慌てて、119番通報しようとしたが、電話がいつもある場所から消えていた。コードが引きちぎられていたのだ。仕方なく、階下の部屋に電話を借りて通報した。部屋に戻ったYさんは赤ん坊の体を拭いていたが、妻の腹部に異変があるのに気づいた。やけにゴツゴツしていたのだ。よく見ると、腹部が切り裂かれており、中にはミッキーマウスのキーホルダーがついた車のキー、紛失していたプッシュホン式の電話機が詰めこまれていた。それは、幸せな家庭を築いていたYさんにとって、あまりにも残酷な光景だった。

【幸運にも救われた命】
赤ん坊は犯人が取り出したと見られ、赤ちゃんのへその緒はすでに切られていた。赤ん坊を取り出すと言ってもそれは簡単なことではなく、下手をすると足の骨が折れたり、窒息したりするが、幸運にもそういったことはなかった。ただ足など3箇所に切り傷があった。Yさんが帰宅した頃、赤ん坊が取り出されて2時間ほどが経過していたと見られるが、Yさんの帰宅が遅れれば赤ちゃんの命も危なかった。赤ん坊は低体温で貧血を起こしており、チアノーゼ症状も出ていたが、手術により一命をとりとめている。4月2日に無事退院した。

【「ナカムラさん」とは誰か】
X子さんの死因は電気コードで首を絞められたことによるもの。胃の内容物から午後3時過ぎに殺害されたと見られる。性的暴行の形跡はなかった。腹部は鋭利な刃物で縦38cm、深さ2.8cmに渡って切り裂かれており、凶器らしきものは現場には残されていなかった。X子さんはサイドビジネスで家庭用品販売をしており、午後1時50分頃に近くの主婦が子連れでX子さん方を訪れ、脱臭剤を購入している。午後3時頃、X子さんは階下の駐車場までこの主婦を送っていったが、この間カギをかけずに出ていた。犯人はこれをどこからか見ており、家に侵入、自宅に戻ってきたX子さんと鉢合わせになったという見方もある。訪問した主婦は手みやげにイチゴを持って来ており、一緒に食べたが、発見された時はその食器がコタツの上に置かれたままだった。と言う事は、食器を片付ける間もなく襲われたのではないのか。また主婦の脱臭剤支払い代金として、X子さんは2000円ほどを受け取っていたが、そのお金を入れた財布は紛失していた。だが、それ以外の金目の物は不思議と手をつけられていなかった。 疑いの目はまず第1発見者であるYさんに向けられた。臨月のX子さんがいないというのにスーツを着替えていたことや、記者会見で「家内はワインが好きだったから、ワインを注がせてください」と言って、グラスに赤ワインをそそぎ、霊前に備えていたからだった。報道陣はこれを芝居がかったパフォーマンスとも受け取った。だがYさんは殺害が行なわれていた頃は会社でデスクワークをしていたため、当然疑いもすぐ消えた。 残酷な犯行のため、命の尊さを知らない少年の犯行ではないかとも見られたが、犯人はYさん宅に土足であがりこんでおり、靴跡は子どもの大きさではなかったという。しかし、高校生くらいになると、足の大きさは大人とさほど変わりはない。不審な人物の情報もあった。階下に住む主婦によると、当日の午後3時10分から20分頃の間に、自宅玄関のドアノブを何者かにガチャガチャ回される音がしたという。そしてチャイムを鳴らされたため、出てみると、30前後くらいのサラリーマン風の小柄な男がおり、「ナカムラさんのところを知りませんか?」と聞いてきたという。主婦は気味が悪いので、すぐに「知りません」と言ってドアを閉めた。この男は現場付近で何人かの人に目撃されていた。近鉄戸田駅方面からアパートやマンションを一軒一軒うかがうようにして歩いていたという。警察はこの男の行方を追ったが、足取りはつかめていない。



【オワリナキアクムより転載】

2002年5月23日午後11時40分頃、兵庫県川西市栄根の県道脇の路上で、塗装工の小瀬秋雄さん(当時30歳)がオートバイにまたがったまま、前のめりの格好でぐったりしているのを車で通りかかった会社員が発見した。小瀬さんは運ばれた病院で死亡した。小瀬さんは胸を鋭利な刃物で一か所刺されていた。事件当時、オートバイのエンジンは停止していたがライトが付いており、鍵も付いたままだった。小瀬さんのポケットには数千円入りの財布が残っていた。小瀬さんは発見される4分前に食事をした知人と別れたばかりで、その直後に別の知人と携帯電話で話しており、「川西市内で後輩が白い車に乗った男に殴られて怪我をしたが、見つけたら連絡して欲しい」と話していたという。現場近くで近所の人が「こら待て」といった複数の男の声、男性の叫び声やオートバイの発進音を聞いている。何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も高い。



2002年5月24日の朝日新聞によると、小瀬秋雄さんは、バイク(ホンダスティード)にまたがったままの恰好で何者かに胸を一突きされていた。直ぐに病院に運ばれたが、まもなく死亡が確認された。 友人と食事を取り自宅に帰る直前に起きた悪夢である。 事件には理解できない幾つかの謎が残されていた。

まずひとつ。バイクにもたれて苦しんでいる小瀬さんが通りがかった車によって発見されたのは、友人と別れてわずか4、5分後の事。一人になってから刺されるまであまりにも時間がなさ過ぎるのでないか?

次に、発見された時、小瀬さんがいた場所から、その手前30mの間に血痕が残されていた。これは、小瀬さんが刺されたあと、自力でバイクにまたがって移動したことを示している。なぜ、小瀬さんは刺された直後ムリに動いたりしたのだろうか?

また、刺される直前、小瀬さんは携帯電話で会話をしていた。この時の通話相手は、小瀬さんが「電話の最中『おーい、ちょっと待って』と誰かに声をかけ、その直後電話が切れた」と語っている。誰を呼びとめたのか?

さらに小瀬さんの腕などには、刃物を避けようとした際に出来る防御痕がなかった。つまり、小瀬さんは無抵抗のまま殺されたのである。

また、小瀬さんがその日身に付けていた物で、取られたものは何もなかった。いったい、犯人は何の目的で小瀬さんを殺したのだろうか?

事件後、家族や友人の手によって、この事件の情報を呼び掛けるホームページを開設し、その中には掲示板も設置されていて、現在でも小瀬さんの遺族や友人らが書き込みを続けている。

この中の書き込みで「秋雄の母」の名で、犯人に対してのメッセージが書かれている↓

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★君へ
投稿者:秋雄の母 2006/06/25 22:38:26


前から、君へ向けて発信したかった。思い切って発信します。この掲示板を見てると思うので・・・土曜になると、秋雄のお墓と、現場へ行ってます、そのたび、思うのです。なぜ、なぜ・・と・・君は警察の手が未だ来ないので安心してるのかな?あの日、事件がおきたとき、君に刺されて息耐えるまで時間があったよね。携帯持っててそれを使わ無かった。どうしてだと思う?10人いれば10人ともそんな場合誰かに連絡するよね“○○に刺された”と、考えたことない? 私は、こう思うの、誰かに電話すれば事が大きくなる自分で病院へ行こうと・・・・君を庇っていたんではないのか?君はどう思う。君に息子が居るとと仮定してその、息子が同じような目にあわなければ君には人の心の痛みが解らないのでしょうか?聞かせてほしい。なぜ・なぜ・なぜ・なぜ・・・・


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【mixiより転載】(一部編集)

押尾事件の闇

−森祐喜の死によって、押尾事件の巨大な闇は闇のまま残った−

 森喜朗元首相の長男で元石川県議員の森祐喜(もり・ゆうき)氏が11年7月、急性すい炎による多臓器不全のため石川県金沢市の金沢大学病院で死去しました。享年46歳でした。
 これは森元首相の親族も役員に名を連ねる地元紙・北國新聞が第一報を伝え、続いて全国紙が一斉に報じたものです。
 森祐喜氏は石川県能美市出身で、父親の森元首相の秘書などを経て06年石川県議に初当選しました。2期目だった10年8月、乗用車を運転して同県小松市内のコンビニエンスストアーの入り口に突っ込み、道交法違反(酒気帯び運転)容疑で同県警に逮捕され、県議を辞職していました。(その後略式起訴され罰金命令を受けた。)
 長男の死を受けて森元首相は27日午前、能美市内の自宅で記者団に「最後は笑顔だった。これまで父の存在が大きかったのだろう」と語ったといいます。


 とここまでは森祐喜氏(以下敬称略)の急死についての概略でした。ここからはいささか死者を鞭打つ話ですがー。


 何と言っても森祐喜を一躍有名にしたのは、一昨年の2009年8月2日に起きた「押尾学事件」でした。
 同事件は同日夕方6時過ぎ、都内六本木ヒルズレジデンスB棟2307号室で、合成麻薬MDMAを服用していた銀座クラブ「ジュリア」の元ホステス・田中香織さん(当時30歳)の容態が急変。田中さんと同室し、田中さんにMDMA服用を勧めたとされる押尾学は、心臓マッサージなどの応急処置をしたものの救急車は呼ばず、当時所属していた音楽事務所・エイベックスのマネージャーの遠藤亮平らに連絡して、既に死亡した田中さんを全裸のまま放置し現場から逃走。翌日夕警視庁麻布署に出頭し逮捕となった事件でした。
 おそらく心ある警察幹部から漏れたのでしょうが、この事件では当初から、例えば田中さんの体内外から複数の男性の体液が検出されるなど、押尾単独ではなく複数の男性の関与が囁かれてきました。
 真っ先に名前が挙がったのが森祐喜だったのです。それ以外にも驚くことにオリンピック水泳金メダリストの北島○介の名前も取りざたされました。そしてそれら情報から判断するに、主役は森結喜らであり、押尾は当日ヒルズレジデンスの別室(田中さん死亡後一時避難した4701号室?)にいて、田中さん急変後森らに呼び出され「身代わり」を頼まれたとも言われています。
 これを裏付けるように、田中香織さんの遺体と対面させられた遺族が見るに、田中さんの顔は異様にバンバンに腫上がっていたといいます。遺族が遺体と対面したのは霊安室でなく、麻布署屋外だったといいます。「さっさと遺体を引き取ってもらいたい」と言わんばかりの警察の対応が、遺族が不信感を持つに至った原点のようです。
 MDMAの服用だけではこうはならないわけです。当日誰かから凄まじいDVを加えられた可能性が大有りなのです。DVと言えば、森祐喜の元妻美樹さんは、祐喜の常日頃からのDVに耐えかねてその何年か前に離婚しています。
 今となっては真相は藪の中ですが、同事件が発生したのは09年衆院選の真っ只中。森元首相の選挙区石川2区には、小沢一郎が放った田中美絵子による「美女のサメ退治」作戦によって、大苦戦を強いられている最中でした。にも関わらず同事件の発生を知った元首相は、急遽上京したと言われています。
 同年3月の小沢氏の大久保隆則元秘書逮捕後「自民党に捜査が及ぶことはない」と言明した、元警察庁長官の漆間巌内閣官房副長官(麻生内閣)あたりが、森元首相の依頼を受けて警視庁に強いプレッシャーをかけたものでしょうか。
 事件発生によって警視庁は、六本木ヒルズレジデンスB棟の監視カメラをいち早く押収しています。解析の結果そこには、ヒルズレジデンスの問題の部屋に出入りしていたと思しき政界ジュニア、有名芸能人、大物アスリート、IТ社長らに加えて、警察、検察キャリア官僚の姿も映っていたと言われています。
 これは本来なら第一級の証拠資料のはずですが、裁判ではただの一度も証拠採用されていません。のみならず事件当日の分だけ、何者かの手によって消去されたとも言われているのです。
 当日森祐喜らが同室にいたのかどうか断定はできませんが、それ以前から森やKと押尾は、芸能人が多数集まる場所だった銀座の薬物クラブ「エーライフ」(上山信二経営)の常連だったとの情報もあります。
 また森親子と田中香織さんとの交友を示す画像も存在します。事件の何年か前同じヒルズレジデンスの一室と思しき部屋で、森元首相と田中さんが並んで映っている画像がネット上で公開されているのです。
 事件当日祐喜が同室にいたにせよ、いかなったにせよ、天下分け目の衆院選の最中そのような事が明らかになれば、自民党全体にとって計り知れないダメージになるわけです。
 「口止め料」なのかどうか。森元首相サイドから、押尾学のパトロンだったパチンコ業界のドン・Y氏を通じて押尾に2億円が払い込まれ、元妻の矢田亜希子の口座に入金されたという、作り話にしてはリアルな話も伝わっています。
 また直後発覚した酒井法子の薬物事件は、「押尾事件隠し」のために仕組まれたものだったとも言われています。深夜の渋谷道玄坂に、高相祐一と酒井法子がおびき出されたというのです。のりピー失踪指南役の建設会社会長のТ氏は、産廃業を通して森元首相とは旧知の仲だったとも言われています。
 麻布署と地元闇社会とのズブズブの関係。押尾が所属していたエイベックスへの、元警察庁長官ら何人もの天下り。問題の部屋にはどんな連中が出入りしていたのか。薬物クラブ「エーライフ」に出入りしていた芸能人とは。薬物の闇販売ルートとは。六本木界隈を仕切る闇社会の実態は…。
 押尾事件を突破口に、これらのブラックボックスが白日の下にさらされたなら、日本も少しはまともな国になっていたかもしれません。しかし事件は、押尾の保護責任者遺棄罪(懲役2年6月)など少人数の犯罪に矮小化されて終わる気配が濃厚です。
 自民党の謀略派閥・清和会のドンとして長く君臨し、日本政界を牛耳ってきたのが森喜朗元首相でした。しかし政権交代により清和会は衰退し、後継者の祐喜は急死するはで、元首相には相当こたえる晩節のようです。
 森元首相は24日久しぶりに地元の行事に出席したそうですが、「肌つやが悪く、白髪が増えて頭髪が真っ白に染まっていた」(出席者)ということです。

転載 (大場光太郎・記)

恵庭OL殺人事件

恵庭OL殺人事件

 2000年3月、北海道恵庭市の農道で、千歳市の日本通運に務めるOL橋向香さん(24歳)の焼死体が見つかった。4月、彼女の同僚・大越美奈子(当時29歳)が逮捕された。恋人を取られたのが、その動機とされるが、一方で冤罪が叫ばれている側面もある。


 2000年3月17日午前8時20分頃、北海道恵庭市郊外の人気のない農道で、幼稚園の送迎バス運転手が、走行中に路肩に黒っぽいものがあるのを見つけた。運転手は近くの主婦に確認を依頼し、主婦が車で現場を見に行くと、それは人間の焼死体であることがわかった。
 まもなく遺体は前夜に同僚と退社したまま行方がわからなくなっていた千歳市の「日本通運札幌東支店キリンビール事業所」に勤務するOL・橋向香さん(24歳)のものとわかった。香さんの家族はこの日の午後1時頃に捜索願が出されており、午後3時頃に勤務先の女子更衣室ロッカーから彼女の携帯電話が見つかった。

 遺体はタオルのようなもので目隠しされており、後ろ手に縛られていた。完全に炭化しており、肋骨が浮き上がって、全身が骨と炭の状態だった。左足は少し開いて膝が立っており、右足も開いて膝から内側に曲がるなど、開脚状態だった。死因は頚部圧迫による窒息死。絞殺後に灯油をかけられたものと見られる。
 また橋向さんが通勤に利用していた車は、18日午後8時19分に会社のすぐ近くにあるJR長都(おさつ)駅南の駐車場脇道路に停められているのが見つかった。

 4月に入って、道警は橋向さんと同僚である早来町の大越美奈子(当時29歳)を任意聴取。彼女が浮上したのは、同僚の証言から、橋向さんと同僚の男性との間の三角関係が明らかにされたからだった。

 大越に対する任意聴取が始った2日目の4月15日午後4時20分頃、勇払郡早来町の「町民の森」内の道路で、橋向さんのバッグが焼かれた状態で見つかった。発見者は「ドングリの会」という自然観察の組織の会員で、大越もこの会員であった。この森は「ドングリの会」のイベントが定期的に行なわれる所だった。発見者はこの時、単なるゴミだと思い、すぐには通報しなかったが、会の代表が話を聞いて現場を見に行き、車の鍵があるのを不審に思って警察に届けたのだという。
 前日16日に橋向さんと一緒に会社を出たこと、別れた恋人をめぐって橋向さんに嫌がらせのメールを送りつづけていたこと、午後11時頃のアリバイがないことである。さらに事件直前の夜に大量の灯油(10l)を購入していたことが決め手となり、5月23日、殺人・死体損壊・死体遺棄の疑いで逮捕された。

 大越宅の家宅捜索では橋向さんの携帯電話の番号が書かれたメモ、車のグローブボックスからは橋向さんのロッカーの鍵が見つかった。


【恋人と同僚】

 大越は高校卒業後、木材会社、建設会社、地元の役場で臨時職員として働き、98年初め頃から日通にアルバイトとして働き始めた。
 日本通運の営業所は10人前後のこじんまりした事務所だった。大越は同じ工場構内課で働く同い年の板持貢さん(当時29歳)という恋人がいて、採用された年の5月から2年近く付き合っていたが、職場では知られていなかった。

 99年9月、人事異動で橋向さんが工場構内課に移って来た。
 橋向さんは短大卒業後、自動車販売会社やホテルで働き、98年11月にアルバイトで同社に採用された。とは言え、当初配属されたのは大越やさ板持さんとは別の建物内の自動車営業課だった。

 事件の1ヶ月前の2月頃、板持さんは歓送迎会の二次会で隣りに座った橋向さんに好意を持つようになり、その一週間後、大越に「別れたい」と切り出した。大越はこの時、泣きながら「もう少し考えて」というようなことを言ったという。
 この頃から落ちこんだ様子を見せるようになり、仕事でのミスも目立った。「ちょうど(契約社員としての)契約も切れるから辞めようかな」「どうせみんなから煙たがられるから」などと同僚に洩らした。

 3月4日夜、週末であったため、板持さんは橋向さんをドライブに誘って、明け方まで室蘭方面に行った。
 その週明け、大越は2人のことに感付いた。職場での板持さんの話し方が違うように感じたのである。大越は以前交際していた男性Xさん(既婚)にそのことを相談する電話をかけている。それによると、大越は偶然橋向さんの手帳を見て、板持さんとの交際をうかがわせるような記述を見つけたのだという。
 
 3月8日、大越は自家用車の日産マーチで、板持さんの車を尾行し、橋向さんの実家の牧場に入っていくのを確認し、ショックを受けた。大越はまたXさんに電話をかけたが、激しく動揺していたという。この後、千歳市内のコンビニエンスストア前に停めた車の中で板持さんと話す機会があったが、彼の気持ちは変わらず、翌日Xさんに「やっぱりダメみたい」と泣いて電話をかけている。

 3月11日深夜。この日は友人と会っていた大越だったが、その後1人でドライブしたいと考え、千歳方面に向かった。この途中、JR千歳線長都駅のパーキングで、板持さんの車と橋向さんの車が並んで停まっているのを見つけた。大越は一旦走り去り、再びこの駅に戻ってきたが、この時には車は消えていた。後の板持さんの証言によると、2人は確かのこの日会っていたのだという。まさにこの時、板持さんは橋向さんに交際を求めていたというのだ。橋向さんも「私で良かったら」と答えていたという。
 一方大越はその直後(午前4時頃)、橋向さんの携帯電話に無言電話をかけた。無言電話の回数は事件当日まで続き、それは4日間で実に230回にも及ぶ。橋向さんも、これは大越によるものと気づいており、別の同僚の女性に携帯電話で、「大越さんのことで困っている」という内容のメールを送っている。

 3月15日、仕事が終わって、地元の喫茶店で友人と話した後、自宅には戻らず、千歳方面に向かった。
 翌朝午前10時過ぎ、大越は千歳市末広のコンビニエンスストア「セイコーマートふくみや」で灯油9.5lを購入。これは以前家族で住んでいた社宅を片付けるように母親から言われていたのを思い出し、社宅のストーブの灯油が切れているかもしれないと思って購入したのだという。ポリタンクは助手席に置いておいたが、その時蓋がゆるくなっていて漏れた。

 事件当日の午後9時半頃、2人は揃って退社。普段は一緒に帰ることなどなかった。勤務中、業務に追われていた大越は、通常通りの勤務であった橋向さんに「私を置いて行かないでね」と声をかけている。橋向さんは午後8時半頃に自宅に電話をかけ、「遅くなるけど、何か食べる物ある?」と尋ね、午後10時から放映されるTVドラマ「ブランド」の録画を頼んでいた。これが家族との最後の会話となった。


【冤罪の可能性あり】

 大越は6月13日に殺人容疑で起訴され、10月27日に札幌地裁において第一回公判が始まった。
 法廷での大越は、泣きじゃくるなど、小柄でひ弱で殺人などが出来そうにない女性に見えた。主任弁護人によれば、取り調べでのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状が見られるという。

 やがて地元を中心に冤罪の声が高まる。
 まず確かな物証がないことである。
 橋向さんは車で現場まで運ばれたことは間違いないが、大越の車内からは橋向さんの毛髪は発見されておらず、遺体発見現場でも、大越の靴跡やタイヤ痕は見つかっていない。
 大越のアリバイについても、午後11時までに大越が橋向さんを窒息死させ、恵庭市内で灯油をかけて焼いたという主張だが、時間的に無理がある、というもの。警察によると、「職場でアリバイがはっきりしないのは大越ただ1人」ということになっていたが、他にも数名アリバイがない人物がいたことが公判開始後に判明した。

 前述したように午後9時半に橋向さんと会社を出た。これは同僚の証言により、確かである。
 大越によると、その後2人はその向いの道路上でそれぞれの車の方へと別れた。会社前から車で7分ほどのところにある書店「ビブロス恵庭店」に立ち寄り、午後11時頃まで時間をつぶした。ただし、この店は防犯カメラもついておらず、ここで彼女の姿を見たという証言者はいない。「ビブロス」は大越の自宅のある早来町とは会社を挟んで逆方面にあり、これが不審に思われることもあった。
 11時過ぎに書店をでた大越は近くのガソリンスタンド「ガソリンキング」で給油。販売記録によると午後11時36分のことである。

 また橋向さんは身長160cm体重60kgだったのに対して、大越は147cm・47kgとかなり小柄だ。その体格差は2人が並んで写っている写真を見ても一目瞭然である。さらに橋向さんはスポーツが得意で、身体能力も高い。それに比べて大越は運動経験はほとんどない。大越が激しい抵抗も受けずに彼女を殺害して、遺棄現場まで遺体を運ぶということはどうも想像しにくいところがあるのである。

 さらに遺体の状況は、手足が消失していた。わずか9lほどの灯油でここまで焼けるのか。これは弁護側の請求で、豚を使った燃焼実験が行なわれたが、結果は「生焼け」状態だった。

 また4月15日に「町民の森」で橋向さんのバッグが見つかったが、14日の大越宅の家宅捜索が行なわれる前に、土地鑑のあるこの場所に捨てたと見られた。だが、わざわざ自分が疑われるような場所に乱暴に捨てるだろうか。定期的に自然観察が行なわれることは、何より大越がよく知っていたのではないだろうか。

 では大越が犯人でないとすれば、誰が橋向さんを殺害したのか。
 橋向さんは足がやや開いた状態で燃えていた。さらにタオルで目隠しすらされていた。こうしたことから思い浮かぶのは、怨恨殺人ではなく、性犯罪。男、しかもおそらく数人に車で連れ去られ、レイプされたうえ殺害された可能性もある。そうだとすれば、通勤用の車はいつもと同じ長都駅前にあったので、退社して車に乗る間に襲われたことになる。恵庭市の事件現場では16日午後11時頃に炎が燃えるのを近くの人が目撃している。その近くには不審な車が2台(軽とワンボックス)があったという。03年3月26日、札幌地裁、大越に懲役16年を言い渡した。



【「新潮45」恵庭事件記事訴訟】
『新潮45』02年2月号「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」の記事と、その記事を再録した新潮文庫の書籍「殺ったのはおまえだ−修羅となりし者たち、宿命の9事件」で虚偽の記載で名誉を傷つけられたとして、服役中の受刑者が発行元の新潮社を名誉毀損で訴えた訴訟。
この記事では、大越が以前働いていた会社で度々、盗難事件とボヤ騒動が起こっており、大越が退社した途端に、そのような事が起こらなくなったという記事である。
この一連の事件では、ボヤ騒動、焼け焦げた遺体、証拠品の焼却など、火をもって全てを消し去るような考え方が根底に感じられる。

【mixiより転載】

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