ピンクフラミンゴ

ヤフーブログなくなるのかい、

小説家への軌跡

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『レモンジュース』




第5章『灰色のコート』





目が覚めると夕方だった。十九時から部屋を押さえてもらっているから、それまでにキャッチしなくてはいけない。仕事着に着替えて急いだ。
(時間がない)
電車の座席で揺られていると胃液が込みあげてきて手で口を押えた。向かえの座席に座るキャリアウーマンがそれを見て嫌な顔をしていた。あたしは視線を落としうつむいた。彼女は上品で高そうな本革の靴を履いていた。おもわず、自分の靴を見る。ビニール製の安っぽいハイヒール。足を組んで、それを隠した。
気がつくと新宿に到着していて、急いでドアへ向かう。灰色のコートの波が押し寄せてきて、あたしを降ろすまいとする。人の波。息が詰まって苦しい。
(あたしが見えないの?)
乱暴に突き進む。
(みんな邪魔)
電車の外に出たとたんよろけて、プラットフォームに倒れ込んだ。顔をあげると、大勢の人があたしを見下ろしていた。みんな、心の中であたしを笑っているようだった。おしっこのおじさんと同じ灰色のコートの人ばかりだった。
(違うくせに、全然違うくせに)
東口の喫茶店へ向かった。あたしの目的はいつの間にかキャッチではなくなっていて、ただひたすら、おじさんに会いたかった。自分に必要なものがなんなのかわからなくなってくる。街の中は灰色のコートであふれている。誰も彼もがおじさんのフリをしている。
(本当は全然違うくせに)
東口の細いビルの地下に降りて喫茶店のドアを開ける。あたしはまっすぐに歩いて、ここのお店の支配人のような男性の前に立った。緊張して声が裏返ってしまった。
「あのう、池田さんっていう人、来てませんか?」
支配人は明るい声で丁寧に答える。
「待ち合わせですか?そのような言付けは伺っていませんが」
「待ち合わせじゃないんです。以前、ここのお店で会ったんです」
「さあ、わかりかねます。お客様のお名前もいちいち伺いませんし・・・」
「とってもいいおじさんなんです。ここに大きなホクロがあるおじさんなんです」
「それなら、よく来る人だ。今日も来たよ」
(まだ近くにいる)
ビルを出て表通りの明るい輝きに向かって歩いた。そうやって新宿の街を歩いていれば、そのうちおじさんに会えるような気がした。
歌舞伎町はおもちゃ箱をひっくり返したような街。原色のネオンは、すえたような臭いと騒音とがぐちゃぐちゃ混ざり合う。毒々しい都会の雨。街はけたたましくあざ笑う。
(頭が痛い、里美の置き土産かしら)
ああ、もう頭が痛い。
飲食店の集まった雑居ビルの陰にうずくまる。
非常階段の脇に置いてあった消火器をあたしは手に持つ。
(頭が痛い、変になりそう)
飲食店へ向けて消火器を力任せに投げつけた。
ガラスの割れる心地よい音。
悲鳴。
(やめてよ、めまいがする)
通行人や近くのお店の男たち数人に囲まれた。
あたしは笑った。新宿の空に負けないくらいの大声で笑った。



パトカーに初めて乗った。所持品検査を受けている最中、若い警官があたしを後ろ手に押さえていた。「どうしてあんなことしたんだ」とか「親は何をしているんだ」とか「仕事は何をしているのか、それとも学生か」とか「クスリでもやっているのか」とか訊かれたけど、あたしは一言も答えなかった。質問してくる別の警官はわたしのことを、いやらしい目で見ていた。わたしにはわかる。
(警官だってしょせん、ただの男)
交番に着いて取調室でもずっと黙りこくっていた。薬物検査を受けて薬物を使用していないことが証明されると、「とにかく引き取ってくれる人間を呼びなさい」と叱責され、しかたなくマネージャーに電話をかけると三十分ほどしてマネージャーが来た。あたしたちは並んでパイプ椅子に座らされて、ビルの窓ガラスを割った費用を弁償する事などの説明を受けた。そのあいだ警官はボールペンを器用にクルクルと回していて、それをあたしは見ていた。
「で、あなたは彼氏とか、そういう関係?」
「兄です」
「苗字が違うだろお」
マネージャーはしどろもどろにっなったけど、あたしは「兄です」という嘘が気に入って頭の中で繰り返していた。



マネージャーはタクシーであたしを連れて事務所へ帰った。さんざん怒られた後、「指名なしの客がいる」と言って仕事をさせられた。指名なしの客は怖い。ただ好みにうるさくないだけのいい人もいるけど、女の子にひどいことをしたいだけの人間も混ざっている。この前の浣腸の老人みたいに。
ぷよぷよと太っていて、手足が白くて短い、カブトムシの幼虫みたいな男だった。「君、いい形のバストしてるね」そう言ってあたしの服を脱がした後、乳房に顔をうずめて長い時間かけて舐めたり噛んだりする。すごく長かった。そのうち「しゃぶれ」と言うので、男の小さいペニスをあたしは口に入れた。口に入れて二分くらいしたら、しだいにペニスは萎んでしまった。「もういい、おっぱい舐めさせろ」そう言って、またあたしの胸を舐めまわす。ものすごい量のよだれがあたしの胸に垂れている。よだれは口臭もあって嫌な臭いがした。まるで卵の腐ったにおいみたい。
(臭い)
あたしの胸を舐めたら、すぐに小さいペニスがまた固くなってきて「よし、入れるぞ」と言った。
(ゴム、つけて)
男はそのまま入れようとした。
「ゴムつけて」
「妊娠しないから大丈夫」
ぷよぷよのだらしない身体があたしの上に覆いかぶさってきた。想像以上に重たい。内臓が持ち上げられたような感覚が走り、胃の中身を吐いてしまいそう。あたしはおもわず、手足をばたつかせた。
(重たい)
男の体重で弓なりになった背中がポキ、と変な音を立てた。
(あたし、死ぬのかな)
不思議と怖くなかった。



目を開けるとマネージャーが見下ろしていた。あたしは何故か事務所のソファの上にいた。
「おまえ、今日はどうかしてる」
さっきまで裸だったはずなのに、下着だけはいつのまにか着ていた。
(マネージャーが着せた?)
「ガラスの代金、十六万円だってさ、警察から電話があったぞ」
(また借金が増えたんだ)
「それから、さっき、おまえを訪ねてきた男がいたぞ、」
(勇ちゃん・・・)
「いま接客中だから指名なら、一時間後になるって言ったら、何か荷物を置いて帰っちゃったよ」
マネージャーの指差す方向に紙袋が置いてあった。
「眉毛の上に大きなホクロのある、いつものおじさん」
(おしっこのおじさん)
「今日はもういいから、帰って休め」
あたしは下着の恰好のまま紙袋を手に取った。中を見ると長方形の薄い箱があってラッピングがしてあった。
(誕生日プレゼントだ)
あたしは服を着てハイヒールを履きながら下駄箱の上の鏡で自分の顔を見つめた。
「おつかれさまです」いつものように小声で言って静かにドアを閉める。階段を下りながら窓の向こうのビル街を見た。腕時計に目をやった。あと数分で誕生日は終わりだ。
(お誕生日おめでとう、さようなら)
紙袋の中を覗くと小さなリボンが目に入り、包装紙には『幸子さんへ』と丁寧な字体で書いてあった。ネオンの明かりを頼りにリボンをほどくと、白くて薄い紙の下から薄黄色のカーディガンが現れた。
(おじさん?)
気配を感じて、あたりを見回したけれど灰色のコートの姿はなかった。誰の姿もなかった。
でも、来週には会える。約束したからきっと会える。
新宿のビル街に視線を戻して都庁のてっぺんにある赤いライトをしばらく見つめていた。
(それにしてもこのカーディガン、おじさんの好きなあたしのおしっこと同じ色じゃないの)
急におかしくなって、箱を抱えたまま涙を流した。

『レモンジュース』




第4章『悲しい味〜二十歳の前夜』




この週末、あたしは二十歳になる。勇ちゃんにお金を振り込んだ日から、一週間が経った。あの日、深夜になっても勇ちゃんは帰宅しなかった。きっとどこかでお祝いしているんだとおもって、あたしは先に眠った。帰ってきたら起こしてくれるだろうとおもっていた。でも起きたら朝だった。勇ちゃんに電話をしても出なかった。次の日も。その次の日も。三日後には電話じたいが繋がらなくなっていた。里美になぐさめて欲しかった。そうおもった瞬間、里美なら、何か知っているかもしれないと浮かんで電話を鳴らしたけれど、里美の電話も使用されていなかった。
(勇ちゃん・・・・里美と?)
本当のところはわからない。何があったのか。頭の悪いあたしにはわからない。わかっているのは、お金がまったく無い事と借金が五十万円もあって、当分、今の仕事を辞められないという事だ。
(お母さん・・・ごめんね、帰りたい)
遮光カーテンの隙間から新宿のきらびやかなネオンが、名前も知らない男とセックスをするあたしの顔をバカにしたように照らしている。今日は演技がうまくいかない。自分のあえぎ声がしらじらしく、ただ頭蓋骨の中だけに響いている。
(この生活はいつまでつづくの)
高校教師だと言った三十代の男はあたしの上からひたすら腰を動かしていて、最後はあたしの顔に射精した。精液が額から垂れて目に入って痛かった。バスルームで顔を洗った。石鹸をつけて丁寧に洗った。どんなに洗ってもあたしの身体はきれいならないような気がした。あたしの身体は汚い。
(あたしは結局、何がしたいの・・・)
バスルームを出て夜景を見ると外はどしゃ降りの雨になっていた。雨音も強くなり、窓に水滴がつたって垂れた。目の中も潤んで視界がますますぼやける。あたしは自分でも何がしたいのかわからない。
(正解って何?)
明日は晴れるだろうか。
(どうせ、明日も今日なんでしょう)



おじさんと会う前にはいつも東口の喫茶店で白ワインを一杯だけ飲む。そうすると、おしっこの出もいいし、味もいいみたいだ。その日はいつもよりいっぱいおしっこが出てクリスタルグラスからあふれそうになった。おじさんはちょっとうれしそうな顔になった。いつものように、それを飲みながら、自分のペニスをしごきはじめる。いつも飲み干すと同時に射精するので、後のあたしの仕事はその直前におしぼりを差し出すことだけだ。
透明なヨダレを浮かべて口をパクパクさせているおじさんの黒ずんだペニスを見つめながらフェラチオをしてあげたら喜ぶかなとおもったけど、いつもそんなことしないし、叱られるかもしれないのでやめた。
おじさんがグラスの角度を変えておしっこを飲み干しはじめたので、慌てておしぼりを差し出した。ちょっとタイミングが遅れて、精子があたしの脚にかかった。温かかった。
おじさんはおしぼりのきれいなところで脚を拭いてくれた。
「味見したかったのに」
と笑いながら冗談を言ったら、おじさんは恥ずかしそうにうつむいた。
「あたし、明日二十歳になるの」
「勇ちゃん、あたしの彼、カーディガン買ってくれるって」
おじさんは、そそくさとクリスタルグラスを布に包んで鞄に仕舞いはじめる。
「すごく素敵なカーディガンなの。あたしたちのお店の隣で売ってたんだ。あ、安心して。勇ちゃんがお店はじめても、しばらくこの仕事つづけるから」
おじさんは無言のまま洋服を着てネクタイを締めた。まだ時間は余っているのに、まっすぐドアへと進んで行く。急に、どうしようもなく淋しい気分になった。
「嘘なの、ごめん」
裸のままおじさんを追いかけた。
「ほんとはあたし、捨てられちゃったみたいなの」
眉の上のホクロがゆっくりあたしのほうを向いた。
「悲しい味がした」とおじさんは言う。あたしは泣きそうなった。
「おじさん、おじさんは急にあたしの前から消えたりしない?来週も、再来週も、金曜日はあたしに会いに来てくれる?」
おじさんはうなずいて部屋を出て行った。
独りでベッドに座った。サイドテーブルの上に前の女の子かそのお客か誰かが忘れていった煙草の箱があって、ライターも箱の中に入っていた。火をつけて仰向けになった。
おしっこのおじさんのことや実家のおかあさんのことや子供の頃いじめられたこととか考えていたら、マネージャーから電話が入った。困ったような口調で出勤予定の女の子が来なくて、代わりに相手をしてくれと言う。アブノーマルな客を一手に引き受けている女の子だ。
「何されるの?」
「おしっことか、そういうのだとおもう」
「いいよ」あたしは答えた。
客は還暦を超えた七十くらいの老人で、道具は全部持参してきた。浴槽で二リットルの浣腸をされて、あそこに大きなバイブを入れられた。
(やめて痛い、お願い)
お腹が痛くてたまらなくなって泣いていたら、さらに、もう一リットルも浣腸させられた。あたしは我慢できなくて全部お爺さんの前に漏らしてしまった。お爺さんは子供のように喜んで、また罰だと言いだして、あたしの糞尿をあたしの身体中に塗りたくった。顔や髪の毛にもそれらがこびりついて、体温に触れた汚物はいっそう嫌な臭いを放った。お爺さんは最期まで立たなかったけど、事務所に内緒で十万円くれた。
後始末がたいへんだった。
(どうしよう、片付けなきゃ)
お爺さんが帰った後、シャワーを使って浴槽に飛散した自分の糞尿を排水溝へ流した。途中で詰まったり、流れたりしながら、なんとか痕跡を消す。それらの片付けに三時間もかかって、明け方になって、日付もとっくに変わっていた。
(今日はあたしの誕生日だ)
あたしは始発の東京メトロに乗り、アパートのある阿佐ヶ谷まで帰った。腸の中がきれいになったせいか、ひどくお腹が空いてキヨスクに寄った。ポッキー、ゆで卵、ツナサンド、発泡酒、お茶、ポッキー、スライスチーズ、ペヤング、ブレスケア、ポッキー、ポッキー。手当たり次第にカゴヘいれた。けれどいちばんの目当てだったショートケーキはなかった。半年前、ひと足早く二十歳になった里美を祝うのに勇ちゃんと三人で誕生会を開いたことがあった。銀座にある東京風月堂という場所でショートケーキを食べて、プレゼントの贈呈式を盛大に行って、里美は、半年後にサチの誕生会をやろうと満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
帰宅すると浅い眠りを繰り返しながら、しだいに深い眠りについた。

『レモンジュース』




第3章『約束された未来』




勇ちゃんは丸の内にある大きな日本料亭で働いている。板前さんだ。あたしはあたしで夜の仕事だから、もっぱらデートは平日の昼間が多い。昨日は里美と食事をして勇ちゃんとの時間が取れなったけれど、今日はその分も取り戻すくらい甘えたい。あたしは勇ちゃんの指に自分の指を絡める。でも勇ちゃんは何かを探してるような感じで、上の空。心ここにあらずといった風だった。
「勇ちゃん」
「なんだ」
「呼んでみただけ」
「変なやつ。何食う?」
やっとつむじあたりに勇ちゃんの視線を感じた。
あたしたちは昼間から格安が売りのしゃぶしゃぶバイキングのお店に入り、動けなくなるほど食べた。客やマネージャーたちが連れってくれる店とは値段も味も劣っていたけど、勇ちゃんと一緒だったからけっこう満足した。店を出ると勇ちゃんが「ちょっと見せたいものあるんだ」と言ってあたしの腕をひっぱって道玄坂の路地のまた路地に進んで行った。そこには古い小さなお店が六軒並んでいた。店の前の通りには石畳が敷かれ、外壁の赤煉瓦には蔦が絡まっていた。テレビで観たロンドンの街角みたいにおもえた。手前のお店のウインドウに、さくら色のカーディガンが飾られていた。目が吸い寄せられる。あたしは里美みたに高級ブランドに興味がない。安くても、シンプルでなるべくセンス良く見えるものを好む。いまどきの若い女子には珍しいかもしれない。
「可愛い」
「入ってみるか」
勇ちゃんが店のドアを開けるとカラカラとベルの音がした。
「えっと、あのカーディガン」
あたしが声をあげると店員のおねえさんが飛んできて棚から同じ品物を取り出し「お似合いですよ」と言いながら肩に合わせてくれた。値札をみたら二万九千円だった。カーディガンを羽織って店の鏡に映ったあたしは、あたしとはおもえないほど垢抜けて見え、勇ちゃんの横にいても見劣りしないような気がした。地味で暗い学生時代があったなんて誰が想像するだろう。あたしは完全に過去を消し去った。
「来月になったら買っちゃおうかな」独り言のように言うと、興味がなさそうに店内を歩いていた勇ちゃんが振り返った。
「買うなよ、おまえ」
あたしはうなずいた。
「そうだよね。お金貯めなきゃね。夢が遠くなっちゃうもん」
振り返って店員さんに頭を下げる。彼女はがっかりしたように微笑んで、あたしの肩に手を伸ばした。勇ちゃんが近づいてきてその手を遮った。
「そうじゃなくて、もうじき誕生日だろ」
あたしは固まった。
「喜ばないのか」
あたしは首を振った。嬉しいより信じられない気持ちのほうが先に立っていた。お互いの将来の為、デートはお金をかけずに過ごしていたから洋服に三万円なんて、とんでもない事だった。
「勇ちゃんからのプレゼント?」
一瞬、勇ちゃんの視線が宙を舞ってさまよった。無理をしてるんだなとおもって、あたしは笑顔になれなかった。
帰りの電車の中、彼の機嫌が悪くなっていくのがわかった。
「カーディガンほんとにいいの?」
あたしは訪ねた。
「いいってべつにあれくらい。だから誕生日まで我慢しろよ」
ますますふてくされた顔になった。勇ちゃんにも男の意地があるから、いまさら取り消しもできない。そうおもったあたしは、せめて無邪気な声で言った。
「あれ着てあたし、どこ行こう」
「知るか」
それきり勇ちゃんは黙り込んだ。あたしは後悔した。カーディガン、あのとき断ればよかった。彼の気に障らないよう慎重に身体をくっつけた。怒らなかったけど、洋服越しに体温は伝わってこなかった。
家に帰ってテレビをつけると、勇ちゃんが背後で電気を消してテレビの明かりだけになった。
「どうしたの」
「やろう」
勇ちゃんはあたしのストッキングを脱がして乱暴にパンティを降ろした。
「いやだあ、先にシャワー」
あたしは彼の下から這い出した。彼はズボンを降ろして大きくなったペニスを握りしめて「やろう」と言って、のしかかってきた。テレビの明かりが勇ちゃんの顔を青白く照らしている。
きれいな顔。
あたしが絨毯に背中をつけると、勇ちゃんはあたしに脚を開かせ、パンティの横から指を入れてきた。すっかり濡れて、ものすごく気持ちがよくて、身体中に鳥肌が立った。
「今日はずっと考え事してるみたいけど何かあったの?」
「なんでもない」
「あたしに言えないこと?」
「なにもないって」
あたしの中で勇ちゃんの指が動く。あたしも手を伸ばして彼のペニスをしごいた。
「勇ちゃん、言ってよ。あたしになにかできないの?あたし、勇ちゃんの役に立ちたい」
触っていると、ペニスはちょっと萎んだり、逆にものすごく固くなったりした。あたしは早く入れて欲しかった。
「道玄坂の、あの店」
「うん、カーディガンだったら買ってくれなくてもいいよ」
「違う。あの横に店出せたら、いいとおもわないか」
「いい。素敵」
「となり空き店舗だっただろ」
空いていたような気もしたが、よく覚えていなかった。
「料亭の常連さんに不動産屋がいて、ほんとは早く独立したいって言ったら、あそこを教えてくれたんだ」
「安いの?」
「安い。でも資金が足りない。オーナーと不動産屋が親友でオーナーが保証人になってくれるって言うんだけど、頭金が足りない」
言葉の調子が強くなるにしたがって、指の動きも激しくなって、あたしは声を漏らした。
「中も見たよ。大きなカウンターがあって理想の店に近かった」
「・・・・どのくらい足りないの?」
「三百万。いや二百五十万」
「がんばって貯めよう。必ず手に入るよ」
「間に合わない。それが悔しいんだ。何人かの人間があそこの場所を狙ってるみたいなんだ、だからモタモタしたら、先を越される」
「嘘お」
あたしは勇ちゃんに抱きついた。苛立ちと悲しさの混じる本当に悔しそうな表情をしていた。
「勇ちゃん。お金、あたしがどうにかするから」
「無理だよ」
「あたし、マネージャーに相談してお金の前借り頼んでみる。貯金だって二百万もあるんだから、五十万なら、なんとかなるもしれない」
「本当か」
「うん。明日マネージャーに言ってみる。もし借りることができたら勇ちゃんの口座に振り込んどく」
「でも俺、サチに、もう今みたいな仕事して欲しくないんだ」
「言わないで。勇ちゃん入れて」
あたしは勇ちゃんにしがみついて大声をあげた。
「勇ちゃん、勇ちゃん、お店と契約出来て、すぐにお店をオープンさせる事が出来ても、お金を返すまでのちょっとの間だけど、あたしのことを待ってくれる?」
「ああ」
「ほんとに?」
「サチ・・・いろいろ、ごめん」
謝る勇ちゃんの唇を自分の唇でふさいだ。勇ちゃんは激しく動きはじめた。素敵だった。これが勇ちゃんだ。いつもこんな風に乱暴でいてほしい。教祖様みたいな絶対的な存在であって欲しい。勇ちゃんが身体を震わせ、あたしの喉に精液を流し込む。それはちっとも好きな味ではないんだけど、勇ちゃんが気持ちよさそうに呻いているから、あたしは、すっかり飲み干した。
翌朝、隣で寝ている勇ちゃんを起こさないように布団から抜けだして、新宿の事務所に出かけた。マネージャーに話をすると、その通りの金額を用立てしてくれたので、あたしは鳩が豆鉄砲をくらったような顔になってしまった。最近店の女の子がちょっとずつ減っている。警察の手入れがあったとか、不安になるような話題があたしたちの間で続いていた。マネージャーに深く頭をさげ、お金をバックに入れて銀行に走り、自分の口座から全額をおろした。二百四万七千九百五十二円。それがあたしの全財産だった。前借りした五十万と合わせて、勇ちゃんの口座に全額振り込んだ。
(何もかもうまくいく)
あたしはスクランブル交差点の真ん中で踊りだしたい気分でいっぱいだった。

『レモンジュース』




第2章『変な話』




おじさんと入れ違いにエレベーターから降りてきたのは里美だった。
あたしと同い年だけど、うんと大人に見える。それでモデルの山田優にちょっと似ている。美人だ。出身は沖縄県で首里城の近くだと言っていた。沖縄は山田優みたいな人が多いのだろうか。本名は比嘉里美といって、勇ちゃんとは高校の同級生で卒業と同時にふたりで上京してきた。あたしと暮らし始める前、なんと勇ちゃんは里美のところにいた。
昔の勇ちゃんを知っている彼女にあたしはいまも嫉妬を感じる。でもあたしは彼女のことも本当に好きだから、勇ちゃんが、顔がきれいでスタイルのいい里美より自分を選らんでくれたのは奇跡で、いまだに信じられない。あたしは、胸には自信があるけど、顔も平凡だし頭も悪いし、学生時代も暗かった。けど性格はいいとおもっている。つらい過去があった分、いま運が巡ってきたラッキーな女だと考えるようにしている。
いまでも三人でご飯を食べに行くことがある。里美も勇ちゃんも意外にあっさり冗談を言いあっていて、あたしは妬いたりしている自分をバカみたいにおもう。
里美とお喋りするのは楽しい。でも実は里美だって、勇ちゃんとあたしの関係で苦しいのかもしれない。そういう本当の部分はわからない。
本来なら、あれほど苦手だったクラスの中心的存在であっただろう里美のような子と仲良くするなんて考えられないんだけど、一周まわってとにかく、すごく好き。
自動車教習所で、誰ともを打ち解けられずにいたあたしに言葉をかけてくれた時、まさか自分の男を奪うことになるとは夢にもおもわなかっただろう。あたしだっておもわなかった。その頃のあたしは食品加工会社に勤めていて、いつも高そうなアクセサリーをつけて長身でお洒落な彼女は眩しくてしょうがなかった。
勇ちゃんはよく教習所に里美を迎えに来ていた。そのうちにあたしとも言葉を交わすようになった。ものすごくイケメンで近づくと動物的な匂いがした。ある晩、里美は教習所に来なかったのに、勇ちゃんが連絡の行き違いか何かで姿を現して、しょうがないからと言ってあたしを食事に誘ってくれた。その後、あたしの社宅寮に来たがった。その時はもうすっかり彼のことが好きになっちゃってから、断れなかった。
やがて勇ちゃんがあたしと暮らしはじめてからも、里美はあたしへの態度を変えなかった。
里美は最高の友達だ。
「いまの、常連のホクロの人じゃない?」エレベーター越しに里美が言った。
「通いつめちゃって、いくら貰った?」
「へへ、内緒」
あたしは、はぐらかした。
「わたし今からショートコース一本だから、終わったら久しぶりに、ご飯行こう」
うーん。あたしはうなった。
「今日は勇ちゃんとご飯食べにいこうとおもって・・・」
里美がおおげさに頬を膨らませた。
「いつも勇ちゃんなんだから、わたしのほうから勇太にサチ借りるって連絡しとくからさ、ご飯行こ、ね」
「わかった」
里美はあたしがさっきまでいた隣の部屋へと消えて行った。事務所がここのホテルと契約して貸し切っているのだ。ドアの閉まる音がなんとなく耳に残った。



二十四時間営業のファミリーレストランにはあたしと里美しか客はいなかった。
「さっきの客サイテー。初めての客のくせに、いきなり抱きついてくるし、シャワー浴びる前に舐めさせようとしてきて、なんとかおしぼりで拭いたけど、もう、うわーって感じ」
テーブルにはインスタ栄えするフルーツタルトとクリームパスタ。里美の趣味だ。
「せっかちで、イクのは早くて、ラッキーっておもったら精子飲ませようとするの。帰り際になって写真と実物が違うとかなんとか言い出して、写真でだまされる男多いだろ?だって」
里美はお店でナンバーワンだし、予約がなかなか取れない。
「それで精子飲んだの?」
「飲むわけないじゃない。無理。絶対に無理。好きでもない男の身体のなかにあったものなんて気持ち悪い」
「飲ませるなら追加料金払ってからにしてって話よね」
「えっ」
里美がポカンとした表情になって目を大きくしたから、あ、変なことを言ってしまったとおもった。急に空気が変わって、あたしは里美の背後にある造化の観葉植物へ目をそらした。
「サチ、お金貰ったら飲めるの?」
あたしは前髪をいじった。なんだか叱られてるみたい。
「・・・相手にもよる・・・・」
「あんた、変だ」
「あたしだって気持ち悪い。でも一日も早くお金貯めて、勇ちゃんとお店持ちたいもん。金額によっては我慢するとおもう。ひたすら勇ちゃんのだと思い込む。実は・・・あ、変な話してもいい?」
「すれば」
「勇ちゃん、いつも飲ませるの。変?」
里美は片方の眉を上げた。
「いつも?」
あたしはうなずいて、里美は首を傾けた。
「わたしもたまーに飲んであげたけど、誕生日とか特別な日だけ。だって、あれって、苦いんだもん」
「そうだよね」
「愛の力って偉大だ」
芝居がかった里美が両手を広げておどけてくれたから、また空気が和んだ。里美はそういうコントロールがうまい。
「そうだよ、絶対に無理とか言ってるようじゃ、まだまだ里美はお客様への感謝の気持ちが足りないんだよ」
(じゃあ、あたしのおしっこを飲むおじさんは・・・)
言いながら一瞬、頭の中で考えたけれど、スイーツのフルーツタルトが予想外の美味しさで、そんなことはどうでもよくなった。
あたしの携帯が鳴った。
勇ちゃんからだ。電話は帰宅を催促する内容の電話だった。
「里美、帰るね、ごめん・・・」
あたしは彼女へお礼を言って財布から千円札を一枚取り出してテーブルに置いた。

イメージ 1

『レモンジュース』■村上王子著




第1章『東京POP』




目を細めて、おじさんはあたしのレモン色のおしっこを飲んでいる。
まるでレモンジュースみたい。
クリスタルグラスを満たしたレモン色の液体は間接照明に照らされてキラキラと輝いて、とてもきれい。



この新宿のマンションには数人の女の子たちが通ってくる。みんなどことなく似ている。みんな二十歳くらいで生きるのにそろそろ疲れはじめていて、それが顔や仕草にもあらわれているけれど、それなりに夢を持っている。あたしはボーイフレンドの勇太と一緒に小料理屋を持ちたい。もし夢が叶ったら嬉しい。
『上智大学英文科二年』というのがあたしの仕事上のプロフィールで、もちろんそれは嘘で、本当は愛知県私立安城学園高校卒業で杉浦幸子というのが本名だ。昔からあたしは冴えない。母子家庭で、それが原因ではないけれど小学三年生あたりから男子児童にからかわれるようになって、それがきっかけで引っ込み思案になった。中学に入る頃には些細なことで女子生徒からもいじめの対象になった。学校には派手で華やかなグループと、今風だけど健全で平凡なグループ、それに少数派の地味で暗くて、ひと癖あるような人間が集まったグループに分かれていてあたしはその中に属していた。その事実が、女手ひとつで育ててくれたお母さんに申し訳なくて、悔しくて、その頃は中学を卒業したら誰も知らない街、東京へ上京することを目標として生きていた。だけど高校だけは卒業しなさいというお母さんの説得に根負けして、仕方なく高校は卒業する事になる。今は良かったとおもっている。それから東京で生活するにしても貧しい家庭の育ちだから、みんなみたいに親の援助を受ける事も出来なくて、東京で生活するには住み込みで働ける事が絶対条件だった。あたしは小さな食品加工会社を見つけて働きだした。煮卵を作っている会社で主に都内のラーメン店を対象に卸している会社なんだけど、給料も少なくて生活レベルも低かった。
まもなくして、あたしは退社する事になる。その後は身体を売って生活をしている。そのプロフィールは他にも『趣味・料理』とか『理想の男性・年上で優しい人』とかいろいろ書いてあって、その上にあたしの顔写真が貼ってある。そういうのを日系二世の中国人が鞄に入れて持ち歩いて、どこからか相手を探して来るんだけど、あたしは美人じゃないし写真映りもひどいので指名する客は少ない。
向こう一週間の予約が入ってないと「どうする?」とマネージャーが訊いてくる。そういうのって、悔しいし、それにこの仕事を紹介してくれた里美にもわるいから、「キャッチします」
と答えて仮の予定を入れてもらう。どういう事かと言いうと、当日その時刻までに自分で客を捕まえることになる。キャッチした場合は手取りがいいけど、キャッチできないと給料から部屋の使用料を引かれる。
新宿駅東口の目立たないビルの地下に喫茶店があって、そこで客を見つける。マニア向けの風俗店が近くにいくつもあって、そのせいか、あたしでもわりあい簡単にお客を捕まえることが出来る。もう辞めてしまった茨城の女の子が、辞める前日にあたしだけに教えてくれた場所だ。
おしっこのおじさんもそこの喫茶店で知り合った。この仕事を始めて間もない頃の冬、息を吸うと肺が痛むほど寒い夜だった。あたしがおじさんを選んだのは眉毛の付け根の所にあるホクロが大きくてインパクトがあったのとあたしの方を、イヤラシイ目で見ていたからだ。男性からのそういう視線を察知するのは得意なのだ。
「ほんとはあたし、プロなの」と言うと少しだけ寂しそうな顔をしたけど、ちゃんとタクシー代まで別に出してくれた。部屋に入りコートと背広を脱ぎ、全裸になったおじさんを見て、あたしは上京後、一度も帰っていないお母さんのいる市営住宅を何故か思い出した。それから数えるくらいの記憶しかないお父さんのことも。
名前を訊いても年齢を訊いても頭を横に振るだけのおそろしく無口なおじさんが急に真剣な顔をして、「おしっこが欲しい」と言い出した時は唖然としたけど、唇を気持ち悪く舐めまわしてきたり、激しく舌を入れてくる汚らしいキスよりずっといい。
アソコをじっくり観察したがる客が多いから、部屋の隅に開脚診察台が置いてある。おじさんもそこにあたしを載せて、あたしのアソコやお尻を眺めたりして悪戯する。そのあと鞄からクリスタルグラスを取り出す。あたしはそれを股にあてがう。初めはおじさんの目が気になって出ないこともあったけど、いまでは上手なもので、カーペットも汚さない。
あたしの温かいおしっこをゆっくり飲み干しながらおじさんは自分のペニスをしごく。やがておしぼりに射精する。また自分の洋服を着る。それがいつもの儀式。
それから金色のベッドに腰をかけて時間が来るまで会話する。といってもおじさんはあたしの話にうんうんとうなずくだけだ。
初めての夜に三万円もくれた。それにタクシー代と言って五千円も。
「わあー、こんなにいいの」
おじさんは無表情でうなずいた。でも内心照れているのがあたしにはわかる。
「ありがとう、大切に使うね。勇ちゃんとお店出すまでは節約してるけど今日は外食しちゃおうかな」
「・・・・・・」
「おじさんにはいつもお世話になってるから、お店開いたら招待するね。予約席っていう一番いいテーブルを用意するからね、約束する」
あたしの言葉を聞いているのかいないのか、おじさんは壁掛け時計に目を向けていた。
携帯が鳴った。ベッドから降りて着信を見る。電話の向こうでマネージャーが終了を告げた。
「もう時間だって。来週の金曜日も予約入れていい?」
おじさんはうなずいた。
「ありがとう、大好き」
そう言ってあたしはおじさんに抱きつく。コートの襟元に池田という橙色の刺繍が見えた。
「池田さんっていうの?」
おじさんは答えなかった。ドアを開けるとマネージャーが待ち構えていてお金を渡す。あたしもハイヒールをつっかけて外に出る。そしてエレベーターに乗り込もうとするおじさんに向かってドアの前から大きく手を振った。

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