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海彦・山彦 の白秋日記
北八甲田連峰・・・赤倉岳北斜面の樹氷

書庫◆◆下山家 栗城劇場 閉幕◆◆

犢睥罩瓩鯡椹悗梗圓砲箸辰董△修療仍格法が多様化した現在、
各自が己の信ずる道で切磋琢磨している・・・
それについて、とやかく言うつもりは無いが。


しかし、自称狹仍害鉢瓩鯡松茲觀城は、
無酸素・単独登頂を謳い文句にしているが、
ガイド・シェルパの支援・他隊のFIX、テント使用、前衛鋒のみ登頂等、
余りにも登山界のセオリーを無視しての行動。

山登りを商売の道具にして、講演(口演)で金を稼ぐ生活。
タイトルを遭えて牴嫉害函〃城劇場瓩箸靴拭

栗城の行動を、小生の経験・体験から犖‐抬瓩靴峠颪い討泙后
個人的犖解瓩覆痢△△靴らず・・・・

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登山界で言う猝技請如γ影氾伉梱瓩猟蟲銑瓩箸蓮

BC→山頂→BCの間に、第三者の支援が無く、
第三者のトレールや設置した人工物(ザイル・梯子等)に、
一切触れずに行動した場合を言う。
勿論、行動中以外の酸素使用も駄目。


栗城が無酸素・単独で登ったと言ってる山の全てが、
この定義からは外れてます。


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2018年5月21日

エベレスト南西壁下の6600m地点で、栗城の遺体が発見される。
死因は滑落死。
             合掌
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11月12日 チーム栗城メンバー宛のメール

チームクリキの皆様へ
いつも温かい応援、どうもありがとうございます。栗城事務所の小林です。

サポートスタッフ募集
コンサート当日、スタッフとしてサポートしてくださる方を募集いたします。
・当日朝から、丸1日のお手伝い
・当日午後から
・当日夕方から
という時間帯でサポートの方が必要でして、お手伝いいただくことが可能な方は、
・お名前
・電話番号
・サポート可能な時間帯 をメールで office@kurikiyama.jp 宛にご連絡いただけます      と幸いです。

いつも多くのチームクリキメンバーの方にサポートしていただき、
本当にありがとうございます。
皆さんの力なしでは、どのイベントも開催することができません。
心より御礼申し上げます。

8日 前になって、ファンクラブ会員に、手弁当で手伝わせると言う・・・



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NO LIMIT & NO BORDERS! 〜冒険だけが人生だ〜
Tokyo Work Design Week 2018公式プログラム【2日目】

冒険だけが人生だ。性別も国境も年齢も業界も、すべての枠を越えていけ。

これからの時代をつくる新しい働き方の旗手たちが登場。
混沌とした先行きの見通しが立たない世界で、
冒険を続ける者たちの素顔に迫る90分間。
(中略)
本企画は、「冒険の共有」というメッセージを掲げながらエベレストに挑み続けた
栗城史多氏が表現し続けた「NO LIMIT」の意志を受け継ぐかたちで開催します。
本プログラムの参加費による収益は、栗城史多氏が立ち上げる基金に納めさせていただきます。
11月17日に上記文章の下に下記が追記されました。(追記の訳は下記※へ)
(栗城氏が計画していた基金を栗城事務所で立ち上げる予定ですが、現在準備中のため、今回は栗城氏も生前応援していたネパールの子供達を支援する「たまごプロジェクト」に栗城事務所を通じて寄付させていただきます。更新日=11月17日)
2015年のプロジェクトです・・・今も活動してるか??? 胡散臭いですねぇ〜〜

企画協力>
株式会社たお(栗城史多事務所)


-----------◯イベント概要◯------------

【日時】2018年11月18日(日) 17:20 受付開始 17:30開始 19:00終了
【場所】渋谷ヒカリエ8階コート(東京都渋谷区渋谷2-21-1)
【定員】先着100名
【チケット】1,500円

この収益金を、栗城が立ち上げる基金に入れると言う???
死んだ者が基金を立ち上げる???  何の為の基金???

栗城は生前〝登る登る〟詐欺まがいに〝集金ビジネス〟を繰り返し
死後は、事務所の女事務員が、
死者を出汁に〝金集め〟をする図式・・・
〝類は友を呼ぶ〟と言うが、〝同じ穴のムジナ〟だ・・・


基金〟の内容については、[ 海も山も… ]さんから、
下記コメント欄に、貴重な情報が有ります。


※追記しなければ為らなかった訳は・・・FBに以下の書き込みが有りました・・・

天◎寛◎  「栗城史多氏が立ち上げる基金」って何でしょうか?
まさか故人がこれから基金を立ち上げる訳ないですよね?
今ある基金ならば、名前を出した方が良いのでは?

事務所の小林幸子も必死ですねぇ・・・



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11月22日

藤岡利充(映画監督・映像ディレクター)氏が、
今回のエベレストへの取材をした記事を発表しています。長いですがご覧下さい。
とても判り易い3部作です。

記事の内容に付いては、過去に各メディアで同じ様な記事が書かれてたが、
動画でのインタビューや、エベレストBCでの魚住司との会話、
栗城事務所の小林幸子とのインタビューを聞き、
何とも不思議な感想を抱いた・・・

※記事の中で、南西壁登山中とか下山中と書かれてるが、
 南西壁とは、図の赤線で示した範囲の壁を指し、其処まで栗城は達してません。
 7400m地点で幕営し、帰路滑落。 南西壁ルート下部が正しい表現です。
イメージ 1



動画の中で、南西壁ルートの話しの中で、
著名な登山家クリス・ボニントン氏をボストンと呼ぶ。
アンナ南壁時も、プラトー(雪原)をプラットホームと言う・・・
生半可なウロ覚えである・・・真面目に山に取り組んでるとは思えぬ知識・・・


※栗城の没後に、栗城事務所の小林幸子は・・・
 各地で〝お別れ会〟・追悼ギャラリー・冒険だけが人生だ〜・第9コンサート等を
 企画し、公式HP・FBで宣伝周知してるが、
 事後に〝お礼〟の書き込みが一切無いのも、如何にもと言った感じ・・・



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11月24日 
切り口の違う〝ブログ〟を見付けましたので紹介します。
kohey390さん事後承諾ですが、ご了承下さい。貴ブログにコメ出来ませんので。

不都合で有れは、削除致します。

栗城史多氏について①

栗城史多氏について②

栗城史多氏について③

栗城史多氏について④

視点は違えども、山登りをしてる方が、見た栗城の???が書かれてます。




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12月17日

NHK スペシャル 予告

“冒険の共有”その果てに
〜登山家 栗城史多が遺したもの〜    (仮題)

2019年1月14日(月)
午後9時00分〜9時49分 総合                      

2018年5月、世界最高峰・エベレストに挑んでいた一人の登山家の死が報道された。
栗城史多(くりき・のぶかず 享年35)。世界7大陸の最高峰や8千mを超すヒマラヤの山々に挑み、“自撮り”した映像を配信するというインターネット・SNS時代が生んだ異色の登山家だった。もともと、フリーターで「生きる目的もない」若者だった栗城は、偶然出会った登山に生きがいを見つけ、ネットを通じて、自らの登山の様子を伝える“冒険の共有”を始めた。山に興味のない若い世代を中心に熱烈な支持を集める一方で、売名行為ではないか、実力以上の登山方法は無謀だ、といった批判を受けるなど、ネット社会を騒がせる存在となった。
今回、8度目のエベレストで滑落し、帰らぬ人となった栗城。
なぜ、彼は死に至るまで命がけの挑戦を続けたのか? 彼が遺したメッセージとは何だったのか? 彼の死を巡り、ネット上で様々な意見が飛び交っている。35歳でエベレストに散った青年の生と死を通して、現代に生きることの意味を考えていく。


公共の電波を、こんな使い方するなら、明日から〝受信料不払い〟決定!!!
口座振替を止める!!! 都度 集金に来い・・・



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チームクリキの皆様へ
いつも応援ありがとうございます。栗城事務所の小林です。
昨年も大変お世話になり、どうもありがとうございました。
栗城が帰らぬ人となり全てが一変してしまいましたが、
皆様から栗城への温かいお気持ちを寄せていただき、
心より御礼申し上げます。栗城も空から見守ってくれていることと思っております。
この度、NHKで栗城のドキュメンタリー番組が放送されることになりましたので、
その他の予定等と合わせてお知らせさせていただきます。
 
NHKスペシャル(NHK総合)
番組の内容には栗城事務所からは一切タッチできないので私自身もどのような内容なのかわからず緊張しておりますが、
生前何度も栗城のドキュメンタリーを制作した方が作ってくれています。
ぜひご覧いただけますと幸いです。
 
●2019年の予定
・チームクリキ北海道今金町訪問  一周忌の墓参りを募集する様です・・・
以前もお伝えいたしました通り、2019年7月13-15日の3連休にチームクリキの皆様と一緒に栗城の生まれ故郷の今金町に行って 栗城のお墓まいりやお父さんとお話したり、今金町の方々と交流したりできればと思っております。
※ご家族と一緒にご参加いただくことも可能ですし、以前チームクリキだった方をお誘いいただいても大丈夫です。
ご質問などあれば、お気軽にご連絡ください。
追って、現時点で予定している詳細や参加希望をお聞きするメールを別途お送りさせていただきます。
・栗城追悼ギャラリー
今後は関西だけでなく中部、北海道でも開催できるように準備して参りたいと思っております。 追悼の地方行脚開催・・・
・栗城写真集の制作
栗城のヒマラヤ遠征に何度も同行したカメラマンとともに栗城の写真集を制作すべく準備を進めております。 発売の目処がついたら、またお知らせいたします。 ??????
イメージ 2

・栗城公式サイト
数日中にリニューアルいたします。新しい見た目になりますので、よろしくお願い致します。  どんなHPになるのでしょうか・・・
・事務所の移転
2019年1月中に事務所を移転いたします。新しい住所は、改めてお知らせ申し上げます。 家賃の高い銀座では、事務所の維持が出来ない様です・・・
 
また今後も株式会社たお(栗城事務所)を存続して栗城の想いを伝え続けるために、
栗城に代わり私がたおの代表取締役となりました。 驚きですねぇ・・・
今後とも何卒よろしくお願い致します。
様々な場面で栗城を想ってくださる方が多くいらっしゃることを感じ、
感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも、等身大の栗城の姿と栗城が遺したものを伝え続けたいと思っております
山暦に限れば嘘と虚構が満載、この先何を伝えるのか・・・
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
いつもありがとうございます。
栗城事務所  小林幸子

(株)たお の登記変更までして社長就任とは、余程の旨味が有るのでしょうか・・・
生前 借金をして遠征すると言ってたが、嘘だった様ですね・・負債も資産のはず。
いち事務員が負う様な物ではない筈です。著作権収入(本・映像)も微々たるもの・・
それに写真集の出版ですから・・・集めた金の余剰金から給与を得るの図式か・・・




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1月16日

1月14日放送の
NHKスペシャル   “冒険の共有”  栗城史多の見果てぬ夢  と、題した番組を見て。
格段に目新しくは無かったが、カメラメモリーの件・花谷泰広ガイド談・
撮影キャンプから撮った滑落遺体のズーム画像が、記憶に残る・・・
気に為った点を・・・何点か・・・

BCからC2?に出発した栗城が戻って来た・・・
 カメラのメモリー容量が満状態で、画像が撮れなかったと、
 撮影アシストに怒鳴り散らすシーン有り。(撮影アシスト3人中1人は体調不良で5月
 2日に下山してるので、残り2人のどちらかに。)             
 お前の登山だろ〝自称単独〟の・・・そんなに画像が大事なら、自分で確認せ!!!
 呆れてしまいますね・・・でも、隊長兼雇い主ですからねぇ・・・

相変わらず指詰めもせず、ビラビラの手袋を使ってます・・・

花谷康広ガイド談
 栗城に懇願されて、山登りを教えたと言う・・・
 栗城に対しては、いい印象は無かったが・・・本気なのが確かめた・・・
 靴紐の結び方から特訓したとか・・・
 「山を見るのでは無く、自分を見て登れ」と諭したとか・・・
 「自分で知る、どの位の力が有るのかを・・・」と。
 ノーマルルートから往けと言ったそうだが・・・南西壁と聞いて、
 メールをしたが栗城からの返信は無かったと・・・
 インタビュアーに「どう考えたって、アンタ 無理でしょう〜(笑)」
 

8月20日の様子
 南西壁ルートのC3から、体調不良の為下山すると、PM8時40分に無線有り。
 その後無線で、迎えのライトを頼りに降りるからと・・・
 PM11時に撮影キャンプから、シェルパ1人がライトを点けて出発。
 8:40〜11:00の空白の時間が、気に為るが・・・今と為っては・・・である。

⑤8月21日の様子
 撮影キャンプからのズーム画像で、氷河上に栗城を発見・・・
 閲覧注意ズーム画像→  ttps://i.imgur.com/tHPZLmh.jpg



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栗城公式サイト 
https://www.kurikiyama.jp/ が予告通りに、リニュアルされました。

登山暦の中で、無酸素・単独登頂と書かれてたが、以下に変更されてる。
2008年10月 マナスル8163m頂上直下まで
 ※ネパール政府から登頂証明書の発行を受けていたためマナスル登頂としておりま     したが、その後の指摘を受けて「頂上直下まで」と記載を変更しました。(2019年1月変更)

2016年春のアンナプルナ南壁は、記載無し。
あの状態では恥ずかしくて載せれないか・・・ブログには記事が残っている。



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3月7日

NHKスペシャル   “冒険の共有”  栗城史多の見果てぬ夢 の中で、
事務所代表に為った小林幸子が、1月中に銀座から移転すると言ってたが、
3月に入ってやっと実現。
HP内の事務所概要を書き換えてます。移転に伴なう挨拶文は無し。

栗城事務所 概要

株式会社たお(栗城事務所)
〒102-0074
東京都千代田区九段南1-5-6 りそな九段ビル5F KSフロア
Email:office@kurikiyama.jp
TEL:03−6403-3420

移転先は、りそな系の貸しスペースの様です
今流のシェア・バーチャル・レンタルオフィスと言った処でしょうか・・・
https://www.k-society.com/company/



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栗城史多 写真集の発送について

現在、栗城史多の初めての写真集を制作しております。
すでにご予約してくださっている方々には1月予定の発送が遅れてしまっており、
大変申し訳ございません。
当初、ほとんど写真のみでの構成で制作しておりましたが、追悼ギャラリーの感想をお聞きしたりしたことで、栗城が残した言葉や周囲の方々の言葉を含めた内容に変更したいと思い、内容を一新して作り直したために予定よりも大幅に遅れてしまっております。
発送できておらず、ご心配をおかけしてしまい大変申し訳ございません。
しっかり良い写真集を作って皆さまにお届けしたいと思っておりますので、
もう少々お待ちいただけますと幸いです。
(完成次第、このホームページやSNSでお知らせしてまいりますので、
ご予約していらっしゃらない方々も購入が可能になります。)
ご予約してくださった方々には、ご心配をおかけしてしまい大変申し訳ございません。
何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社たお 栗城事務所

小林幸子



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この項は、新しい情報が有り次第 暫時書き加えます。

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故栗城に関しては、栗城’18年南西壁下部で滑落死【検証】 
で、検証して終わりにするつもりでいましたが、
以下の発表が有ったのと、栗城事務所からの事故報告書も出ずに、
事務所代表が事務員の小林幸子に名義変更され、営業継続の気配がします。
個人事務所なので、残務整理後に閉鎖になるものと思ってました・・・
なのに、次々と故人を出汁に営業が続く様子です。
もう少し継続して見てみます。

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先程、週刊文春がオンラインで、反響の大きかった記事ベスト5を発表しました。
2018年上半期、社会部門の第1位は、こちら!
    ↓
【“賛否両論の登山家”栗城史多とは何者だったのか】と言う記事です。
   ↓

著者は、
森山憲一(フリーライター&編集者)
1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。
大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。
大学卒業後、山と溪谷社に入社。
2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。
2008年に判佝納劼飽椶蝓∋┿錙PEAKS』の創刊に携わる。
登山とクライミングをメインテーマに2013年からフリーランスとして活動中。

氏のブログは 〔森山編集所〕 https://www.moriyamakenichi.com/
以前にも氏のブログを紹介したかも知れませんが、
この中に栗城に関する記述が有ります。一読を!!!


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エベレスト南西壁下部で滑落死して以来、3ヵ月経過したが・・・
公式HP・ブログ・FB・Twitterでの更新は無く、
(株)たお(栗城事務所)も活動停止かと思ってたが・・・



6月24日 今金町にて
〝お別れ会〟なる活動を再開した模様。
没後、地元での開催後音沙汰が無かったが、近々東京で開催されるとか・・・
好きな者が集って、故人を偲ぶのは勝手だが・・・
イメージ 1
〝お別れ会〟の様子。Wアックス等出来ぬのに・・・

イメージ 2
しかも、アイゼンの履かせ方が、左右逆・〆め方も嘘・・・誰も知らんのか?

そっとして置けば良いものを・・・これでは、故人も浮かばれまい・・・


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9月5日
東京での〝チーム栗城〟会員向け〝お別れ会〟の様子。
参加費無料にしては立派なホール、この後に向けて何か意図が有りそう・・・
イメージ 3


この日の展示・・・平台に雑に装備を載せただけ・・・
イメージ 4



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栗城公式HPより(10月9日掲載)

【東京】栗城史多 追悼ギャラリー開催

追悼ギャラリー
「栗城史多は、誰?」

独自の信念・チャレンジへの共感。独自のこだわりへの疑問や反発。
これほどまでに、世間からの評価が分かれた登山家がいただろうか。

8848m、気温−35度、酸素は地上の3分の1。
世界最高峰のエベレストにおいて、過酷な秋季を選び、
「冒険の共有」に挑戦し続けた男、栗城史多。

目指し続けたエベレストで、35歳の生涯を閉じた彼を、私たちはまだ知らない。

日時:10/27(土) 12:00 - 21:00  10/28(日) 10:00 - 18:00
   ※入場無料 ※入館は閉館の30分前まで
会場: 永田町グリッド 6F Attic  
主催:株式会社たお(栗城事務所)
   Produced by:CRAZY (自己啓発屋の匂いがするのだが、実は演出屋)


キービジュアル_最終s.jpg

会場の永田町グリッドのHPを見ると、6F Atticの賃料が1時間/4万円です。
搬入・搬出と開業時間を考えると・・・延べ20時間位?
入場無料だとか・・・借金をして山に往く・・・と言ってたが、
(株)たお には金が有ったんだねぇ・・・ 


10月29日 追記
追悼ギャラリーでの、関係者の追悼コメです。

登山家・ガイド 花谷泰広
イメージ 5
彼は、晩年の栗城に八ヶ岳で、何度か積雪期の岩稜登攀技術の基礎を教えたガイド。
とても登頂出来るとは思って無かったはず・・・顧客だったので社交辞令か・・・



山岳写真家 門谷 優

イメージ 6
栗城のカメラマンとして、度々参加。有る意味栗城流登山を一番知ってる者の言葉。

 


山岳写真家 魚住 司
イメージ 8
過去6回エベレストに同行、最後の今回も同行したカメラマンの一言。


イメージ 7
最後の遠征メンバーと書かれてるが、追悼内容から過去の栗城を知ってる様子。
今回のメンバーで、上記の 魚住 司 以外はヒマラヤ初の素人のみ。魚住談に違いなし。




イメージ 9
栗城に心酔してた事務員。


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10月9日 配信メール

チームクリキの皆様へ
いつも応援ありがとうございます。先ほど公式サイトや栗城のSNSで、
お別れ会に代えて追悼ギャラリーを 開催することをお知らせいたしました。
日時:10月27日(土)12〜21時、 28日(日)10〜18時
場所:永田町グリッド6F(東京都千代田区平河町2-5-3)
料金:入場無料
遠征中の仲間、普段を知る友人、幼少期を知る地元の友人、家族・・・
栗城の様々な顔を知る多くの人の証言から、栗城のことをもっと知ってもらい、
栗城はどんな人間で 何を考えていたのか、そしてそれぞれにとって、
栗城とはどんな存在だったのかを感じていただける ような展示にしたいと思っております。


そしてもう一つ、別のイベントのお知らせがあります。
生前、栗城がどうしても実現したかった「第九コンサート」を11月20日(火)に開催します。
栗城が、なぜ第九? 多くの皆さんは疑問に思うと思います。
栗城はエベレストの他に、子どもが夢を持って挑戦できる世の中、
応援しあえる世の中の実現という 「見えない山」にも挑戦していました。
そのために、教育映画の制作も目指していました。
栗城はその映画のクライマックスシーンに、ベートーヴェンの「第九」を考えていました。
それも、「栗城の声」と「応援して下さる皆様の声」が入った、自分たちのコンサートで収録した曲を使用したいと考えていました。
栗城は、あまり知られてはいませんが、エベレストに挑戦する際に毎回ベースキャンプで「第九」の第4楽章を聞いて、 自分の気持を鼓舞していました。
「第九」の『困難と苦しみの中、前向きに行こう。
そして訪れる大きな喜びを分かち合おう!』というメッセージを強く感じ、
自分の挑戦を諦めない気持ちを鼓舞していたのだと思います。
曲に栗城自身の人生をオーバーラップさせていたのかもしれません。
そして本人は、この11月20日のコンサート開催を目指し準備をしていました。
自分もコンサートで歌うために、こっそり練習もしていました。
コンサート当日、栗城も必ず会場にやってくると思います。
みんなと一緒に、楽しみにしていた「第九」を合唱をするために。
栗城の人生と、見えない山に登るすべての人たちの人生を、讃えるために。
皆さんが夢に向かって一歩踏み出すきっかけとなるようなコンサートにできればと思っております。
天国の栗城と一緒に合唱をし、人生の喜びを分かち合いましょう。

コンサート詳細:
公演名:第九・よろこびの歌コンサート 〜栗城史多と共に 見えない山を登る人たちへ〜
日時:2018年11月20日(火) 18時開場、19時開演
場所:オペラシティコンサートホール(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3階)
料金:3,000円(税込)全席自由   夜間の部使用料95万円のホールのようです。
※チームクリキの皆様にはご連絡をいただければ、ご希望の人数分のお席を前方に用意します。
チケット購入方法:小林宛のメールで、ご希望の購入枚数をお知らせください。
その後、お支払い方法をご案内差し上げます。
※10月12日にはSNS等で情報公開をしますので、メールでのお申し込みをいただかなくても、ウェブ上でご購入いただくことも可能になります。
ただ、チームクリキ会員である旨をお知らせいただければ、ご希望の人数分のお席を前方にご用意しますので、よろしくお願い致します。
 
ご注文、お問い合わせ先:株式会社たお(栗城事務所) 小林
office@kurikiyama.jp  03-3248-6451 

(中略)

立て続けのイベントとなりますが、皆様のお越しをお待ちしております。
どうぞよろしくお願い致します。

栗城事務所  小林幸子



栗城と〝第九〟??? 可也の違和感が有るが、愈々〝神格化〟の気配か・・・
そして、Produced by:CRAZYなる初登場の団体〝集金活動〟再開か?
それとも〝追悼ビジネス〟の始まりか?

〝第九〟を奏でる楽団は? 指揮者は?   如何にも栗城らしい発想だ・・・




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公式HPより(黒字HPより、青字私見)

第九・よろこびの歌コンサート 〜栗城史多と共に 見えない山を登る人たちへ〜

2018年5月にエベレスト挑戦中に帰らぬ人となった栗城史多が、実現を切望しておりました「第九」のコンサートを11月20日に開催することになりました。

栗城が、なぜ第九? 多くの方が疑問に思うと思います。

栗城は、エベレストの他に、子どもが夢を持って挑戦できる世の中、
応援しあえる世の中の実現という見えない山にも挑戦していました。
そのために、教育映画の制作も目指していました。
栗城は、その映画のクライマックスシーンに、ベートーヴェンの「第九」を考えていました。
それも栗城自身と自分やそうした子どもたちを応援して下さる皆様の声が入った、
自分たちが開催するコンサートで収録した曲を使用したいと考えていました。
栗城は、あまり知られてはいませんが、エベレストに挑戦する際に毎回ベースキャンプで「第九」の第4楽章を聞いて、自分の気持を鼓舞していました。
初めて聞く話です・・・と言う事は、今回の歌声を収録して・・・
未完の〝教育映画〟に使う積りなのか・・・
「第九」の『困難と苦しみの中、前向きに行こう。そして訪れる大きな喜びを分かち合おう!』というメッセージを強く感じ、自分の挑戦を諦めない気持ちを鼓舞していたのだと思います。
曲に栗城自身の人生をオーバーラップさせていたのかもしれません。
そして本人は、この11月20日にコンサートの開催を目指し準備をしていました。自分もコンサートで歌うために、こっそり練習もしていました。
後付感 満載ですが・・・
コンサート当日、必ず栗城も会場にやってくると思います。
みなさんと一緒に、楽しみにしていた、第九の合唱をするために。
栗城の人生と、見えない山に登るすべての人たちの人生を、讃えるために!
天国の栗城と一緒に合唱をし、人生の喜びを分かち合いましょう。

公演名:第九・よろこびの歌コンサート  栗城史多と共に 見えない山を登る人たへ
日時:2018年11月20日(火) 18時開場、19時開演
出演:小田安希与(指揮者小田の娘とか) feat. お琴五重奏
   竜馬(ヴァイオリン)野々村彩乃(ソプラノ)、高野百合絵(メゾソプラノ)
   宮里直樹(テノール)、大山大輔(バリトン)この5人は若手プロのようです
   小田全宏 指揮 東京オーケストラMIRAI 国境なき合唱団
   小田は自己啓発コンサル、音楽事務所もやってる様だが指揮経験は無し。
   東京オーケストラ??? 国境なき合唱団??? 初耳です・・・
曲目:龍星群  Time to say goodbye  ベートーヴェン/交響曲第9番 
※出演者・曲目は変更になる場合がありますことを、あらかじめご了承ください。

場所:オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアルホール
   東京都新宿区西新宿3ー20ー2 東京オペラシティタワー3階

料金:3000円(全席自由)
●電子チケット購入(スマートフォンを使用して受付での表示が必要となる「電子チケット」です)
https://kurikiyama.stores.jp/items/5bb59581ef843f713a000acb
​●紙チケット購入(別途送料がかかります)
https://kurikiyama.base.ec/items/13714127

主催・お問い合わせ先:
株式会社たお(栗城事務所)
office@kurikiyama.jp
03-3248-6451

(中略)

Visual-05.jpg

95万円のホールを借り、楽団・合唱団・出演者の経費を賄えるのか???




国境なき合唱団とは?  実態が判りました・・・
 
皆さま、いかがおすごしでしょうか。
さて、国境なき合唱団に東京オペラシティでの第九への出演依頼をいただきましたので、参加者募集の お知らせを申し上げます。
 合唱団と言いながら、団員を都度募集の合唱団の様です・・・
これは先日エベレストで亡くなった登山家の栗城史多さんが登山のときにいつも聞いていたという、 第九のコンサートを実現しようと友人たちで企画したものです。

この素晴らしい舞台で歌うチャンスに、ぜひご参加くださいますようお待ち申し上げております。
■コンサート名: 歓喜の歌コンサート「一歩踏み出す勇気」〜栗城史多の            

            想いを繋ぐ〜  タイトルが栗城事務所発表と違う・・・
■会場: 東京オペラシティ・コンサートホール タケミツメモリアル
■日時: 2018年11月20日(火) 19:00〜21:30
■出演: 1部 小田安希与琴ユニット(仮名称・琴五重奏)・竜馬四重奏 or
       竜馬(バイオリニスト)      
     2部 小田全広(指揮)  東京オーケストラMIRAI 
       国境なき合唱団
         野々村彩乃(S) 高野百合絵(A) 宮里直樹(T) 大山大輔(B)  
 
■演目: 1部 You Raise Me Up ほか  曲名も違う・・・
     2部 小田全宏: 交響組曲「大和」より「富士」
       ベートーヴェン: 交響曲第9番ニ短調op.125
      「合唱付」より第3・4楽章
 
練習会スケジュール
合唱指導: 小津準策  ピアノ: 原恵子
会場: 「代官山エナスタジオ」東京都渋谷区恵比寿西2-17-12 ENA代官山   
    第九の楽譜をお持ちください。楽譜は自前・・・

10月27日(土)   13:00〜15:30
11月3日(土)   13:00〜15:30
11月10日(土)   13:00〜15:30 3回練習する様です・・・
 
リハーサル・ゲネプロ・本番スケジュール
11月14日(水) 和光市民文化センター(サンアゼリア)
        埼玉県和光市広沢1-5
                   18:00〜18:30  発声練習
                         18:30〜19:30  オーケストラ合わせ全体練習
 
11月20日(火) 東京オペラシティコンサートホール  タケミツ メモリアル
      14:00〜18:00  ゲネプロ
    18:15〜19:00  開場
    19:00〜20:00  第一部(客席にて鑑賞)
    20:00〜20:20  休憩 合唱団楽屋集合
    20:20〜20:30  第二部 「富士」
    20:30〜21:10  第九(第3・4楽章) 
            合唱団は出番まで舞台上にて着席
    21:10〜21:15  ソリストによるアンコール
    21:30      終演
★スケジュールは変更になる可能性があります。お出かけ前に国境なき合唱団ホームページで ご確認くださいますようお願い申し上げます。
■参加資格
国境なき合唱団員は、練習会・リハーサル・ゲネプロはご参加になれなくても、本番のみ出演で かまいませんが、その旨お申し込み時にお申し出ください。(なお、練習会等の参加費はお返しできませんのでご了承ください。)
団員以外で第九未経験の方は練習会・リハーサル・ゲネプロにご参加ください。
本番も楽譜を持って歌いますので暗譜している必要はありません。
■募集人数  60名(先着順)
舞台のスペースの都合上、先着60名様とさせていただきます。
ソプラノ25名、アルト25名、テノール+バス10名を目安として、定員に達した場合は、お断りさせていただく場合もございますので、何卒ご了承ください。
①氏名、②ふりがな、③郵便番号、④住所、⑤電話番号(できれば携帯)、⑥メールアドレス ⑦希望パート、⑧身長
以上を明記の上、メールまたは郵送にてお申込みください。
メール(王野): rinohno34☆gmail.com  (送信の際は、☆を@に変えてお送りください。)
郵送: 〒112-0012 東京都文京区大塚2-4-8 日商岩井音羽マンション901号 王野方   国境なき合唱団
参加費
 10,000円(練習会・リハーサル・ゲネプロ・本番参加費込)
 振込先:みずほ銀行広尾支店(普通) 2028534  名義人: 国境なき合唱団
 振込期限: 10月26日(金)
 なお、振込手数料はお手数ですがご負担をお願いいたします。
歌いたい者は1万円  払って参加する仕組みの様です。
ここでも合唱団代表 王野百合子の〝合唱ビジネス〟が成立してます・・・



“賛否両論の登山家”栗城史多とは何者だったのか②

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事故の一報を読み、まさか!!と思ったのが、正直な感想でした。

何時もの様に、進退窮まる前に、尤もらいし理由(雪が・・天気が・・)をつけて、
降りて来る・・・と、確信してたから・・・

途中から〝南西壁〟と聞き、驚いたと共に幾ら何でも、それは無い。(レベル的に)
と、思ったのも事実です。


外電報道は、情報が錯綜し真贋を疑うばかりでしたが、
事務所から二度の発表が有り、これ以上の情報が無いと判断しました。


拙ブログには、事故後に皆さんから様々な意見・400を超えるコメを戴きました。
余りの数に個別に返答出来ず、申し訳なかったです。
不徳を指摘の方、苛め・煽り・削除閉鎖を指摘の方、見守って戴いた方様々ですが、
ブログに取り上げた者として、
ひと通り・今回の山行を【検証】して、
終わりにしたいと思っています。


戴いたコメントを大別すると、

①故人を擁護する様なコメを、多数戴き驚きました・・・
 乗せたメディア・取巻き・アンチ・小生の責任だと、責任を他に求める見解・・・
 35にも為った男がそんなに〝柔〟なのか? 山は全て〝自己責任〟の世界です。
 自分の〝生き方〟位は、自分で決めろと思った次第。
 更に、馬鹿にしてる・上から目線・知ったかぶり等と云われたが、
イメージ 3
山で生計を立ててる人(歩荷)

イメージ 4
自称登山家だと言う人

そんな連中に 負荷が同じとしたら、理に適ってる荷の背負い方は? 答えを聴きたい・・・



②登山界(山岳界)が、警笛を鳴らさないから・・・の声も有りました。
 聴く耳が有ったとも思えないが・・・山関係の業界誌は、昔から相手にせず無視。
  理由は、〝無酸素・単独〟と言う謳い文句に、疑問を感じてたから・・・推測。
 経歴を見ても〝単独〟登山が認められない山に、単独登頂したと表記してます。
 8千m峰では、3座の登頂は評価するが、シェルパの影が見え隠れしてるし、
 他隊のトレール(足跡)に沿って登った様なので、登山界では〝単独〟とは言わない。
 マナスルでは、前衛峰から本峰に往けずに登頂したと言う、こう言う嘘は駄目。

 今回の事故でも、シガラミの無い、服部・森山氏は、全うな発言をしてました。
 三浦雄一郎、江本・花谷ガイドは、いい顧客だったので、やんわりと追悼。
 EV・BC隣の近藤隊長からは、隣りの栗キントンと・・・のちに事務所が弔意を・・・
 大蔵喜福に至っては、近年あれ程ヨイショしてたのが、FBを見ても、ひと言も無し。
 
 EVで最後に会った野口健は、この様に言ってる。 
 引くに引けない状況まで、自身を追い込んでしまったのだろう。
 互いに言葉が見つけられないまま、息づかいによる会話が少しだけ。
 手を握り、別れ振り返ると、後ろ姿がとても小さく見えた。
 
  


③コメントの中に、〝自尽説〟を唱える方が何人か居られますが・・・

 今回の山行では、体調に付いて今迄常套句で有った、体調が明らかに悪そうなのに、
 体調は悪くない」と言う表現を一回も使ってません。
 これは気に為ってました。

 5月16日には、
 >今は本当に心静かにして、全てを注ぐ準備してます

 5月19日のC2からの無線では、
 >とにかく集中して、頑張って慎重に、慎重にいきたいと思います。

 5月20日のC3からの無線では、
 >今は、このエベレストを苦しみも困難も感じ、感謝しながら、登ってます。
 >かなり慎重に、やり遂げたいと思っています。 
 >叱咤激励を含めて、自分と同じように何かにチャレンジする人たちに向けて、
 >この共有が役に立てばと思っています。
 
 この様な言い回しは珍しく、過去殆んど使ってませんでした。
 特に叱咤激励に付いて、生前こう言ってました。
 「山も知らないで、ああだ・こうだ言うな」随分殊勝に為ったものです。 

 こんな発言・文面から、〝自尽説〟が出たのかも知れませんが・・・
 しかし、どう考えても、飯の種で有った山でとは、考えられ無いし、
 考えたくも無い!!!
 例えれば、役者が舞台で・野球選手が球場で・です、どうでしょうか???

 小生は山で凍死や滑落死の遺体を搬送した事が有り、
 どの様に扱われるか体験してるし、
 栗城もダウラギリの高所で、放置されてる遺体を過去に見てるはず・・・
 誰もが、ああは為りたくないと思うはず・・・


④金主や周囲の〝圧〟が、そうさせたとの意見も有ったが、

 〝圧〟を負担に感ずる様なら、他人の金を当てにせずコッコッ稼ぎ、
 好きな様に自力で遣ればいいだけの話。

 山野井氏は、そうなる事で自分の山登りが出来なくなる・・・と言ってる。



⑤小生の言葉が荒い・他に関してのコメ
 事・山登りに関しては、硬派論者です。いい加減な遣り方には、
  激し易いタイプ(命が掛かる事ですから)なので・・・お詫びします。
 孫云々のコメも有ったが、見る度に素直に成長してます。
 少なくとも貴方の様な者や、法螺吹きには育てないのでご心配なく。



⑥検証は止めた方かいい・・・の声
 山の世界では、二度と同じ轍を踏まない為に、必ず検証が求められ、
 〔事故報告書〕として残されます。無所属の個人以外は・・・
 本来 栗城事務所と同行者の最後の仕事だが、それが望める様な体制とは思えない。
 その証拠に、早速彼方此方での〝お別れ会〟の話しが出てる様です・・・
 遺族も時が経てば、何故だったのだろう・・・と思うはず・・・
 

⑦故人は何だったか? の問い
 山登りに関して〝登山家・冒険家・挑戦者〟では無い。本当の彼等に失礼である。
 何回も敗退し、過去の敗退から、それに見合う努力をした様子は皆無。
 其れゆえ、〝自称 登山家〟〝下山家〟と言って来た。今に為っても変わらず。

 自己啓発コンサル・教育家・夢追い人等々、様々な言われ方をしてる様だが、
 それは心酔してる者が、答えを出せばいい話。
 大蔵喜福は、〝表現者〟等と馬鹿な事を言ってる・・・



※【鍵印】コメントで、こんな情報を貰いました。
 事故当日同じベースキャンプに居た友人からの情報です。
 10名程のシェルパを引き連れて上まで上がっていたそうですが、
 配信のためシェルパ全員を下に下ろして配信後、
 具合が悪くなり一人で下山→滑落→低体温。との情報です。
 現地からの情報なので信憑性は高いと思いますが…
 友人曰く、周りに囃し立てられ能力以上の挑戦をして可哀想なピエロの様だった…
 との事です。とにかくご冥福をお祈りします。
 今のエベレストBCは、登山客だけではなく、トレッカー・写真愛好家・ツァー客等、
 様々な目的で訪れる場所と為りました。有り得ない話ではない様な気がします・・・
 アべマTVだかの動画配信の予定が21日に有った様ですから・・・それを指してるのかも。
 ある意味、踊らされてた面が有ったのかも知れません。しかし それも自己責任の範疇。




ここ数年の山行・等を見て、感じてた点。

 ①’15年秋にネパール側で敗退後、’16年春に突然アンナプルナ南壁登攀を発表。
  登山中なのに事務所が講演の予定を入れてた。結果、壁の下までで敗退し帰国即講演。
  氷壁や岩壁の登攀経験のが無いのに、難関のアンナ南壁とは・・・何故に・・・

 ②’16年秋の北壁では、クラウド含め5200万が、必要な費用と言う。正直びっくり!!!
 
 ③’17年には、’15年から始めたクラウドでの資金調達が思う様に集まらず、
  不足分を匿名入金し、成立させる掟破りで金を得る。差額が丸儲け・・・

 ④同年 支援団体の〝チーム・栗城〟の年会費を2倍にすると発表、猛反対に合い頓挫。
  事務所の無給バイトを募集を発表。銀座に住みながら余程の資金難だったと思われる。

 ⑤’17年春の北壁が登れず、中国側からネパール側へ国替え。不法越境の疑い有り。
  本人は手順を語らずだったが、外国人は入国ルート=出国ルートの原則を無視。
  何故、こんな事をしなれけば為らなかったのか・・・
  今回、平岡隊のFBで知ったが、
  今年は、ケーロンの国境も外国人に開放され、ベース・キャンプ5150mからカトマンズ     まで無理なく2日間で帰れるようになりました。
  ここを昨年に何らかの手段で、通過したものと思われる・・・

 ⑥’17年秋に突然、江本ガイドの居るアルプスのシャモニーへ。
  技術不足の氷雪訓練と思ったが、フェイスとクラック(割れ目)の岩登り訓練のみ。
  フリクション(岩との摩擦)が効く、底が柔らかいクレッター靴を履いての訓練は、
  固底の高所靴を履いて登るヒマラヤ登山には、大した意味が無いのです。
  高所靴+アイゼンでの岩登り訓練なら、充分にその価値は有り。

 ⑦この冬、八ヶ岳で初級コースのガイド付きを、2.3回遣った程度で、
  一気に〝南西壁〟とは、山を知る者の全てが、ガーーーンです。

この一連の流れを見ると、回を負う毎に資金繰りが大変であった事が想像出来る。
更に、突然の〝アンナ南壁〟、〝チベットからネパールへの越境〟、〝シャモニー岩登り〟
 
今回の借金をしてまでの〝2座登頂話と南西壁〟、無理に・無理を重ねた様にも思う。
邪推かも知れないが、金主から〝成功報酬〟でなら的な、
話が有ったのかも・・・




二七日(ふたなぬか)も経過したので、
そろそろ口を開いても、いいでしょう。
出国からの経緯を含め、我流で検証します。



◆全登山期間に付いて
常にここで、登山期間の設定が、短いと言って来ました。
春季エベレスト登山のシーズン・オフ(雨期の前兆が現われる)は、毎年5月末頃です。
悪天候での停滞日を含み登山期間を設定、それから逆算して、
キャラバン・初期高度順応を済ませて、BC入りをしなければ為りません
(初期順応不足では、その後の行動に支障が出るし、今回の不調も是が原因)
出国は4月17日で遅過ぎます
(他隊を見ると、中山岳史国際隊3月29日・平岡隊4月3日・AG隊4月10日の出国)
AG隊は、1週間早く出国。初期順応・ロブチェ峰で6千m順応・2座登頂を計画通り実施。
たかが1週間早く出国しただけだが、その後にどれだけ影響したか・・・



◆登山計画に付いて
行動日程・食料・装備・隊の構成等の最低限の発表は、知り得る限り無し。
昨年のICI隊・キリアン隊・AG隊は、食料計画以外発表。
昨年、1週間で2度も登頂したキリアンは、個人装備の写真まで公開してます。
(海外登山は、計画が確立したら登山の半分は成功と言われ、後の半分は天候と体調次第。)
計画や発表に、意味が無い・公開する必要は無いと思う者は、この先読まなくて結構。



◆初期高度順応に付いて
ルクラ(2800m)からBC(5300m)間の2500mの行程で、
最低限1000m登る毎に、1日の順応停滞日が必要。これは何回も指摘してます。
エベレスト街道を軽快に歩く動画を流してたが、歩く速度が早過ぎます。格好だけ・・・
基本は、現地語で「ビスタリー・々」日本語で「ゆっくり・々」チンタラ歩きでOKなのす。
薄い空気に体を慣らす為、4〜500mの標高差を朝から3時まで掛けて歩きます。
2日で約1000m登ったら、一日休んで疲れを取ります。具合が悪い時は、2時間程度の散歩。
こうして順応しても4千mを超えると、息苦しさを感じるものです。

>最近までヒマラヤ6000m峰での高所順応訓練を終えて(4月18日ブログ)と言ってるが、
あれから2週間以上経過して、海抜ゼロmの東京暮らしでは、順応効果はゼロに戻る。
行ってみたらBCの5300mで激しい頭痛でダウン・・・
順応→順化が出来てない証拠。

途中、どの隊も順応停滞するナムチェ(3500m)を素通りして、
BC目前のぺリチェ(4200m)で2日間発熱ダウン。これが後々まで尾を引きます・・・
>ベースキャンプに着いてから、全員が激しい頭痛で、
>人は日本に帰りたいと言ってましたが、何とか持ちこたえています。
後に、高度障害+下痢で1名脱落。咳が止まらずルクラの医者へ、ヘリで往復。
高所での咳込みは、かなり体力を消耗します。此処で止めれば死なずに済んだのだ。



◆BC到着以降に付いて
又は、【第Ⅱ・Ⅲ章】に日別に詳細を記述してます。

>今年は無酸素で確実に登るために同じ山域であるローツェ(8516m)を高所順応で無酸素で登り、ベースキャンプまで下りてから体調を整えて、エベレストに向かいます。
登山期間が終わる5月末まで、いつもの如く停滞日が多く日数の余裕は無し。
2座を狙う事が最初から無理なのは、本人が一番良く判ってたはずです。
結果は、5月14日のSpotを見る限りでは、大氷壁の下部、
7200m未満に達しただけでBCに下山。本人は7300mで順応して来たと発表。
毎度の事ながら、SpotをON・OFFするので、正確な位置が判断しかねますが、
いつの間にかローッエ登頂話しは、無かった事に。

>そして、登るルートは自分の中で密かに溜めていた計画があり、ルートの状況を確かめてからアタック直前にルートを発表します。

当初は勿体振った言い方から、大勢の登山客が居て、人目に付く南東稜では無く、
誰も居ない南峰に続く南稜(サウス・ピラー)を狙ってるのかとも思った・・・
ても、岩稜や雪稜登山の実績は無し。
20日9時過ぎのSpotを見ると、南西壁大ルンゼに向かって進んでるのが判明。



最後まで、本人の口から〝南西壁〟の話は、有りませんでした。
何故、エベレスト最難関の、〝南西壁〟だったのかを聞けず、
残念です。



 

◆5月20日夜〜21日の出来事

20日23時FB更新(現地時間は−3時間15分)
>今、7400mのところに来ています。(抜粋)
Spotの軌跡を見る限りでは、南西壁の下部7300m辺りで幕営と思われるが・・・



21日10時FB更新
>(栗城中継班より) 
>栗城は体調が悪く、7400m地点から下山することになりました。
>今後の行動は未定で栗城が無事に下山して状況がわかり次第
>お知らせいたします。(抜粋)
朝の更新ですが、現実は夜間の下山行動をしてます。
若しかしたら、現地C2の中継班や栗城事務所は、
このFB更新の時点で〝異常事態〟を把握してたのかも・・・憶測。





21日15時FB更新
>栗城事務所の小林と申します。 
>このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
>エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。
>下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
>暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
>キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
>先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました
。(抜粋)
危険地帯の夜間通過は、誰かが交代で無線・ヘッ電灯火の常時確認が支援側の義務。
撮影隊のシェルパ4人が、探したとの外信も有る。
撮影に4人のシェルパ居たのも考えられぬが、氷河上の安全地帯まで、
交代で目視しても1人2時間程度だ。支援体制の不備。
無線・灯火の異常が有った時点で、即対応してたら凍死は免れたかも・・・
当時SpotはOFF、ONだったらもっと早くに発見出来た。その為のSpotだ。





25日19時FB更新
>栗城事務所の小林と申します。 
>事故当時の詳しい状況がわかり、ここで訂正がございます。
>栗城の遺体を発見したという第一報の時に、
>日本と撮影隊との緊急連絡で行き違いがあり、
>「低体温で息絶えた」とお伝えしておりましたが、
>実際には栗城は標高7400mのキャンプ3から下山中に滑落し、
>頭や全身を強く打ったことが原因で、帰らぬ人となりました。
>混乱の中とはいえ、誤った情報をお伝えしてしまいましたことを心よりお詫び申し>上げます。
>20日にエベレストの南西壁を標高7400mのキャンプ3まで登った栗城は、
>テントを張れる場所を探して標高を少し下げてテント場を確保
>しばらく経ってから体調不良のために下山しますと無線で撮影隊に伝え、
>下山を開始。
>その後、無線連絡が途絶えてしまい時間が経っても下りてこないことから撮影隊が>捜索のため上部に上がったところ、
>標高6600m付近で息絶えた栗城を発見いたしました。
>遺体の状態から推測して、恐らく100-200mほど滑落したものと思われます。
>滑落したものの遺体の損傷は大きくなく、安らかに眠っておりました。
 (抜粋)
事務所発表に疑問が有る。キャンプ3まで登った そこにテントが有った事になる。
こんな書き方をするから、事前にシェルパにルート工作させた疑惑が出るのだ・・・
キャンプ3予定地まで登ったが・・云々 と書けばOKなのだが・・・。
標高を少し下げてテント場を確保 そこがキャンプ3に為るのです。

些細な事の様に思う方いるだろうが、
山の記録としては重要な事です。

>頭や全身を強く打ったことが原因で、帰らぬ人となりました。
>滑落したものの遺体の損傷は大きくなく、安らかに眠っておりました。
雪と氷の斜面なので、こんな状態・・・岩が露出した斜面なら悲惨な姿に・・・




事務所隠匿説

事務所発表の内容の違いに、疑惑を感じた方も居る様ですが・・・
突然の電話・限られた時間での会話・見えない現場、それに時差、
齟齬が生ずるのは当然です。
情報操作や作為が有ったとは思えません・・・
そうだとしても、結果は変わらず・今と為っては何の意味も無し・・・



エベレスト南西壁とは、

赤点が、登ろうと試みたルート。
幕営した地点は、赤点の下から4〜5つ目辺りの7300m付近。
南西壁下の雪面が、発見場所の6600m辺りに相当します。
赤棒線は、ローッエ順応で到達した、7300mライン。
何れの山頂まで1000m以上も有ります・・・
今回の最高到達点を富士山に例えれば、7合目。奥穂では涸沢カールの上辺り。
イメージ 1


Spotからの地形図
既にSpotデータが消えてるので、5月16日のデータに加筆。等高線は200m刻み。
C2の位置は、6400m未満。遺体発見位置は6600m付近と発表。
C3の位置は、7400m付近と発表してるが、7200mとの中間と考える。
矢印の何処かの地点かから、6600mの雪原まで滑落したと思われる。
イメージ 5



では、何故・滑落したのか・・・考えられる点は、

病的要因
①体調不良(高度障害・呼吸器疾患に因る咳)で、意識・平衡感覚欠落。
②水分補給不足での、血液濃度が増し血栓が、脳又は心筋を梗塞した突然死。
 高所では多発する死因です。(対策として、日に水を3〜4L採れと云われる所以)

技術的要因
③ヘッ電を点灯してたと言うが、登りと違い降りは足元が見え難い。
 氷雪斜面の降りは、アイゼンを引っ掛けたりして転倒、登りより数倍危険。
④バランスを崩した際に、ピッケルでの確保が出来る状態では無い・・・指の欠損。

外的要因
背後から落石・落氷に襲われる。
 ここは大ルンゼ(凹角部)で、上部南西壁からの落下物の殆んどが通る場所。
 しかし、日の当たる日中は兎も角、凍結する夜間の頻度は格段に低いが・・・
 ピンポン玉程度の落石でも、当り処が頭なら即死だ・・・

安全対策の欠如
仮に固定ザイルを張って、
 セルフビレー(安全の為の自己確保)を取って降りたら、
 99%防げた事故です。(1%はザイルの破断、これは通常有り得ない事。)

 過去、南西壁から成功した隊は、固定ザイル多用・・・ノーザイルは格好いいが、
 この壁でのザイル使用は、複数回の登下降を繰り返す事を考えれば当然。
 超一流のクライマーでも、ワン・プッシュで登攀出来る様な、壁では無いのだ。
 登り掛けたポーズで終わるだけなら、固定する労力の無駄・・・其れが一因かも。

危険を伴なう夜間行動
 これに付いては、言わずもがな である。


以上①〜⑤のどれかが要因で、転倒→滑落→意識不明→低体温→凍死。
                   →死亡。
滑落後、無線による救助要請が無かった様なので、滑落中に息絶えたのかも・・・



発見場所もC2の付近で・C2テントの中で・C3で死亡等との、
外電(外信)では色々流れたが、どれも現地での確認情報では無し。
聞き伝ての・聞き伝て・・・伝聞では伝言ゲーム同様、尾鰭が付くのだ。


20日の夜間にC3からの帰路、何mかの地点でスリップ又は転倒して滑落、
結果6600mまで流され、21日朝にシェルパにより発見された・・・
これが真相だろう




どんな検証に為るのか・・・と思われてた方が多いと思うが、


南西壁の〝核心部〟にも到達する事が出来ず、遥か壁下での出来事。
初歩的なミスによる、滑落での死亡事故、
これが全てと思われる。

下降中は、たった半歩の〝ケ躓き〟が、氷雪の急斜面では
取り返しの付かない事故に繋がる。否 今回繋がったのです。
高度障害で体調不良、意識の散漫・注意力不足。
躓きは、頭から縦回転で落下、加速したら止められぬ・・・
登行中だと、スリップしても腹這いなので、即ピックが上手く刺されば・・と、
思うが現実は そんなに甘くは無い・・・アイゼン・ワークの重要さが求められる点だ。
即対応して滑落を止める技術も有るが、熟練度が求められる。
訓練では出来ても、咄嗟の本番では難しいもの、特に降りでは・・・
(過去の記述を見ても、そんな訓練をしてたとは、とても思えない・・・)


言いたい事は、山ほど有るが、
今と為ってはそれも叶わず、残念・・・


*******************************************


       山男、山で逝ければ本望などと言うが、それは嘘。
畳の上が一番です・・・死ぬ目に3回ほど会った小生が言うのですから・・・



長々と書きましたが、読んで戴き  ありがとうございます。


疑問な点は、コメ欄で、知り得る限りお答えします。
(登山観の違いに因る指摘は甘受し、返答します。)

(悪質な一行コメ他は削除、なぜなら故人は過去に、批判コメに対して、
「山も知らないで、ああだ・こうだ、言うな」と言って削除してましたから。
当然小生のコメも全て削除された、それに倣っての事。 )


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故人も見たであろう、初夏が訪れた、一日限りの開花。

合掌

イメージ 2




追記

コメント欄で、削除・閉鎖しろとの【鍵印】書き込みが多数有った。
小生の記述が残る事で、困る一派が居るのか?
危惧してるのは、HP・公式ブログ・FB等を削除し、
全て無かった事にされる事。そして美化した追悼本・他などが出回る事だ・・・
それでは、故人も浮かばれ無いだろう・・・

本来なら、法人格を有する(株)たお(通称・栗城事務所)が、
詳細な〝事故報告書〟を出すのが筋だが、
果たしてどうか?  多分出来ないであろう、出たら再検証したい。



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6月22日 追記

あれからひと月が経過したが、
上記SNSを見る限り、
(株)たお・栗城事務所からの〝事故報告書〟らしきものは無し。
HPでは各地での〝お別れ会〟の予告が・・・予想通りの展開です。

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【第Ⅲ幕】の開幕です。




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5月18日 BC→C2 

今日から栗城が登頂行動に入ります。
ブログでは、18日にBC→21日登頂と言ってます。
しかし、日別キャンプ予定地・どの山に登るのかは発表してません。
5月末の期限まで限りが有るので、勝手にエベレストと解釈し、日程を入れます。
日程は、18日 BC→C2
    19日 C2→C3
    20日 C3→C4
    21日 C4→登頂
の様ですが、これまで高所での連日行動が出来た例が無いのに、
この日程通り登れるか? 見ものです。
ローッエ登頂話し同様・絵空事に思えますが・・
我慢してウォッチしましょう〜


最新の山頂付近の天気予報です。
栗城が登頂日にした21日は、風がピークの日。
(仮に、C4に停滞しての様子見は、有酸素以外不可能です。発狂します・・・)
翌日から風は治まって来るが、降雪量が増して吹雪が予想されます。

体感温度も連日−30℃超です。 答えは出ましたねぇ・・・

イメージ 1

※ 日本時間9:56 (現地時間6:56)、栗城がBCを出発しました。
  今、20時40分(現地時間は−3:15)ですが、やっとC2へ辿り着いた様です。



他隊情報
AG隊 C3を出発し、まもなくC4到着です。7800mを日本時間 20:22通過。
     サウス・コル C4まで残り100m。
イメージ 2



平岡隊 泉氏

エベレスト・ベースキャンプに戻りました
残念ながら最終キャンプ手前8,000m超で体調変化を感じて自己責任で下山の判断しました。
今回はガイドの責任、シェルパの責任、組織のあり方、高所登山の意味・・・
色々考えさせられる二ヶ月の超豪華(時間の使い方が)な休暇でした
隣のチームにはウオルマートの社長もいましたよ、日本の経営者の皆さん(笑)
素晴らしい経験、素晴らしい環境、素晴らしい景色・・・
素晴らしいジイジの冒険休暇
ありがとうございました全てに感謝(笑)

多忙な中での、いい休暇でしたね。 少し残念ですが、次に!!!!



今日 栗城が突然 会員限定Youtubeで〝南西壁〟を登ると発表。

義憤に駆られていま
〝自称 登山家〟の栗城が、とんでも無い発表。聞いて見て下さい。↓
https://www.youtube.com/watch?v=80Zyx1WCU18&feature=youtu.be
エベレストで何も実績の無い(過去7回敗退)のに、今回は南西壁を登ると・・・

金集めに困り、苦肉の策としても、エベレストを馬鹿にした行動です。

エベレストでは、過去に300名近い死者が出ています。
彼等は少なくとも栗城よりは、努力し・鍛錬を踏み、登頂を目指したはずです。

北稜からも・南東稜からも・西稜からも・北壁からも、登れ無い栗城が、
最難関の南西壁を登ると法螺を吹く・・

過去に南西壁からの登頂者は15人、内 日本人は群馬岳連隊の6人のみ。
八ッ岳でガイドに連れられて、登るレベルの栗城に歯が立つルートで無し・・・

過去、エベレストに逝った先人を、愚弄する行為です。



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5月19日 C2で停滞

一晩過ぎたので、少しは心落ち着きましたが・・・
今日から、栗城ウォッチの仕方が、変わるかも知れません・・・
昨日C2に入った栗城が、得意の停滞をしなければ、
今日は〝南西壁〟の取り付き点(6600〜700m)へ移動のはず。
通常のC3へのルートの、北寄り(壁寄り)に入るはずです。

さて、どんな敗退劇を演ずるのか?  

現地時間 8:40 栗城の動き無し、予想通り疲れ果てて得意の停滞か???
AG隊の客より駄目な、〝自称 登山家〟 こうまで言われて悔しくないか????
端から南西壁など登る気が無く、恒例の悪天待ちか!!!!  
     
結局Spotは動かす・・・停滞間違いなし。
栗城、4日間の予定には、停滞日が入って無いぞ!!! お前には無理なルートだよ。
ウロウロしてると、AC隊が降りて来るぞ・・・
恥かく前にBCに戻って、彼等が撤収するまで貝に為ってろ。 



栗城FB更新 20:41   今頃に為って更新です。
みなさん、ナマステ。今、C2にいます。朝に情報発信しろ。
今日はここで一日レストして、明日から上がっていこうと思っています。
体調は、若干咳がでるくらいで(遠征)前半にあった咳や熱はほぼなくなっています。
今、チャンスがあると思っています。天候のチャンスは通り過ぎたぞ!!!!
おそらく明後日くらいから、プモリ中継キャンプから栗城の登っている姿が見えてくると思います。悪天候で見えないだろうが!!!  気象データは誰もが今は見れるど!!!
とにかく集中して、頑張って慎重に、慎重にいきたいと思います。
FBでは、何処を登るかを、未だに発表していない・・・・
 

            
他隊情報
AG隊 昨夜、サウス・コル(C4)に到着。
     今日は休憩停滞して、明日20日にアタックの予定、天候が気懸かりです。

飯田橋留守番隊です
日本時間11:33 けんけん隊長の衛星電話が鳴りました!C4からですのでほぼ標高8,000mの世界からです。とても元気な声でした!かすれてもいません。
どうもバッテリーがなくなり連絡できなかったそうです
(昨日の昼に電話があったのですが音声が聞こえず、とりあえずC4に向かったとは思っておりましたが)。
昨夜は現地時間21時にC4到着。天気は終日恵まれ、
夜間でも落ち着いて歩けたとのこと。
一昨日のC3までも日中暑い中歩き、午後からやっと涼しくなったようです。
この2日間は天候に恵まれています。
今日はC4にて最終レストと山頂アタックに向けての準備。
ソーラーでしっかり充電するよ!と。山頂に向けての出発時間はこれから決めます。それもまた後で連絡もらいます。
いよいよ明日20日は山頂!猪熊さんの天気予報では、
山頂は「晴れ」、今回は強風問題もなさそうです。
山の神様にもなんとか味方してもらい、全員での登頂&下山を祈っております!



平岡竜石FBより
ダルバートな世界に戻ってきました。ムワッとした空気が、心地よいです。
泉さん北東稜に出れずに、残念・・
やはり商業登山ての再アタックは望めないのか・・・



中山岳史 国際隊FBより
無事、エベレスト登頂し無事下山しました!たった今ベースキャンプに戻りましたので取り急ぎのご報告です。
ローツェもマカルーもチヨオユーもシシャパンマも全部下に見える景色は圧巻でした

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5月20日



中山さん 登頂おめでとう〜 国際隊の外人に混じって頑張りましたね!!!!



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5月20日
今日も動く気配は、今の処なし・・・AGを見習え、皆頑張ってるぞ!!!
日本時間9時前から、ノーマル・ルートを外れ、南西壁側に歩き出す。
ヒドンに嵌るなよ〜何処まで進めるか? 楽しみ〜

おぃおぃ、1時間でノーマルに合流かよ!!雪の中は歩けないか? ヒドンが怖いか、
トレール通り歩く方が楽だものなぁ〜
イメージ 5
赤線ルートが4からノーマルに戻ったのは、画像では判り難いが、
4から進むとクレバス帯が有り、迂回したものと思われる。
赤点線は、これからのルート。13:00現在7000m手前を進行中。

栗城の考えてるこの先のルートは、
イギリス隊が初登攀に成功した、下記(・・・・)と思われる。
第二雪田からイエローバンドの岩壁を避け、西稜上に逃れるルート。
イメージ 6
第一雪田までは、雪の上なので登り易いと思うが、その上は岩と氷のミックス壁。
アイゼンでの岩登り経験が無い栗城は、どうするのか・・・
第一雪田までは、落石・雪崩の集中する大ルンゼ、午後の行動は危険過ぎる・・・
こんな処は得意の夜間行動だよ、栗城。日中は岩陰で待機だ・・・


日本時間15:00 現地12.00 栗城7300m手前から下山開始。
何やってる、怖気着いたか!  


何Spot操作してる、降りたと思ったら、
又17: 42 7300m辺りだ、今日はそこで寝るのか?
 無酸素でその標高では、体力消耗するぞ。明日は確実に登れ無い、降りろ!!!

Spotの動きが可笑しい・・・ON・OFFの為か、
一度往き詰まって登り直した様にも見えるが・・・



栗城 深夜に更新
みなさん、ナマステ。今、7400mのところに来ています。
今は、このエベレストを苦しみも困難も感じ、感謝しながら、登ってます(以下割愛)
あらら・・100mほど大盛りにしましたねぇ・・・
いまだ何処を登ってるのか言及なし。
恥ずかしくて〝単独・無酸素〟〝南西壁〟とは、言えないのか・・・
無酸素でその標高での夜は辛いだろう〜 障害出て無いか???




他隊情報
AG隊
日本時間  2:51  C4を出発、4:38  8063m通過。
飯田橋留守番隊です!
泡爺とサオリは現地時間22時、その他のメンバーは23時に山頂に向けてC4を出発しました!しっかりレスト出来たようですので、あとは連絡を待つのみです!
日本時間8:00 8400m付近。  10:40 8675m 南峰直前。13:06 山頂直下。
飯田橋留守番隊です
日本時間13時30分、現地時間10時15分、エベレスト山頂に立つけんけん隊長から衛星電話が入りました!(今回はインリーチを気にしながら、そろそろか?と今までとは違ったドキドキ感があったのではないでしょうか?)
ひろ君、けんけん、かっつんの順に登頂!そしてフォローはキタプシンとバラザンブの二人! 登頂おめでとうございます! 
天気は良いけど、とにかく風が強く素手でいるのが相当しんどいと!
タムタムとさおりが頑張って登山中ですが、結構離れてしまったので、山頂で待つことはできないそうです。けんけん隊長たちは今からC4に向かいます。
泡爺は残念ながらアタック開始30分ほどで体調を考慮して断念。これはご自身をご存じだからこその勇気ある決断だったと思います。
インリーチでC4に降りるまで引き続き、見守ってください!タムタム、さおりも頑張れ!また状況が分かり次第ご報告いたします!C4に降りてからですね。
まだローツェもありますし、ベースキャンプに無事戻るまでは安心できません。引き続き、応援よろしくお願い致します!
1名途中断念の様だが、登頂おめでとう〜  次のローッエも頑張って!!!

日本時間 18:23 サウス・コルC4に到着、無事で何よりでした。




余談
①2日間の雨が止み今朝は快晴、車で1分ほどの土手へ〝蕨〟採りに・・・
 雨後の柔らかな奴を喰う分だけ採取、5分程での収穫。
 沸騰した湯に灰汁抜きのミョウバンをいれ、火を止めて夕方まで放置したら喰い頃。
 酢・味噌・砂糖でのタレを付けて喰ったら、晩酌の肴に絶品 春の恵み。
イメージ 4
元職場の釣り仲間から、春黒鯛釣りのお誘い・・・6人で24.25の二日間の釣行、
 宿も手配済みとか、又ワイワイ酒が呑めるぞ!!! 天気が良いので外で釣具の点検終了。


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5月21日 

今日動けるか見もの・・・

栗城FB更新栗城中継班より)日本時間 10:00 頃
栗城は体調が悪く、7400m地点から下山することになりました。
今後の行動は未定で、栗城が無事に下山して状況がわかり次第、お知らせいたします。
予想通りの展開です。

山頂の明日からの天気予報てす。(ローッエも共通)
画像サイズを落としたら、見難くて済みません。
25日から29火は風がやや強く、その為体感温度は−35℃近い日々が続きます。
これで春のシーズンは終わりました。
イメージ 7






訃報  お知らせ

栗城事務所の小林と申します。
このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。
下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。
生きて帰ることを誓っておりましたのに、
このような結果になり大変申し訳ございません。
生きて帰るため執着しないと誓っておりましたのに、
最後に執着してしまったのかもしれません。
皆様へのご報告が遅くなりなりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。
何m地点で発見されたかなど
これ以上の詳細が日本でわからず大変恐縮ですが、
またわかり次第お知らせ申し上げます。
これまで栗城を応援していただき、本当にありがとうございました。
栗城事務所  小林幸子



皆様から沢山のコメを戴いてますが、
詳細が判らず、返答致しかねてます。
少し時間を戴きたく、お願い致します。






他隊情報
平岡隊 泉氏FB(昨日更新)
チベットから国境を越えて丸一日とんでもない悪路を走り・・・カトマンズに辿り着きました(笑)
一ヶ月半ぶりに遠慮なく温かいシャワーに入って髭を剃り、ステーキ(ヤクでも水牛でもなくビーフ)を食べました。役所広司の侍にそっくりと言われていたのに・・・残念(笑)
高度順応も順調で7,000mを超えて頭痛もなく、体調も良くノースコルから頂上稜線への急な雪稜が天国への階段のように見えて胸が熱くなりましたが・・・8,000mの上で急な体調変化で後ろ髪を引かれながら下山を決めました。どんな体調変化かはお会いした方に個別でご報告します(笑)
今は下山して良かったな〜と思います

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カトマンズの休日・・ホテル近くのボダナート(ネパール最大の仏塔)で過ごしました。
高所順応と言っても人の定住最高高度が5,000m程度らしく、それ以上の標高での長期滞在は肉体的な負担が大き過ぎるようです。
5,300mのBCや6,400mもあるABCで長く過ごした結果は明白で、私の身体は筋肉がなくなり確実にワンサイズ縮小し萎みました(^_^;)
ふらふらボダナートを歩く姿はまさに餓死寸前の役所広司サムライ・・・日本なら麻薬で職質受けるとことです(笑)
ただ我が家では、日々成長を続ける孫に話題が集中し、萎んでいくジイジには「さっさと帰ってこい」という冷たい視線が集中しています(爆)
8千mは過酷な世界ですね・・・高所に強いシェルパ族・タマン族でさえ、
暮らせるのは4千〜4.5千mと言いますから。子造りは3千に降りないと駄目と聞いた・・・
小生もひと月の登山で8キロ痩せて、ホテルの量りで58キロ。歩いても力が入らすを体験。

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21日 更新
私は一足先に一昨日の夜カトマンズに着きましたが・・・上部キャンプに残っていた装備やテントはシェルパが背負って回収し、それをABCからヤクに積んでBCまで運び、さらにトラックに積んで二日間かかって国境を越えて・・・昨夜やっとカトマンズに戻って来ました。
今日は帰国のための荷造りです。
ネパール側では栗城君が亡くなり、チベット側でも死者が出て、ポーランド隊では両手の指全部が凍傷になった隊員が出て、インド隊は高山病になって狂った隊員を救助するために全員が登山中止となり、大手隊でも酸素マスクの故障で全員登山中止となり、登山許可を共有したオーストラリア人は酸素が不足して歩けなくなったシェルパをC2に残して一人でC1に辿り着き朝目が覚めたときに生きてることに驚いたって・・・ここにいる全員が死線を意識したと思います。
やっぱり8,000mには魔物が住んでいるんですね
人の生存できないデスゾーンは、人と人の関係性と酸素という要素の徹底的な管理と究極の自己責任によって初めて冒険が成し遂げられる世界なのでしょうね。
色々な経験をして、筋肉5キロ消耗して、でも私は生きています。感謝


泉さん、お疲れさまでした。いい体験しましたね。



AG隊
ローッエに向けて、行動開始した模様。
飯田橋留守番隊です。(昨夜の更新)
お待たせしました!先ほど日本時間23時25分にけんけん隊長より電話がありました。
タムタム、サオリもエベレスト登頂しました!! おめでとうございます! あの後、思いのほか早くさおりの頭が見えてきたので、山頂で待っていたそうです。けんけん隊長は山頂に1時間いたらしいです・・・。タムタムのことは残念ながら待てなかったけど、無事登頂。電話でタムタムの声も聞けました。
いやー、また疲れて寝てしまったのかと気を揉んでおりましたがこれで一安心。もちろん泡爺も元気ですよ。
明日はローツェですが、ひろくんとかっつんだけが挑戦することにしました。ほかのメンバーはけんけん隊長とC2まで下ります。
なんと今夜、1時起床、2時C4出発でローツェ山頂を目指します。なんとタフな!!おそらくプラチリが一緒に上がるだろうとのことです。こちらも応援お願いいたします。

動いてるはずが、GPSを見ると朝以降の進展なし、天候が良くないのか?
エベレストの疲れが出たのか・・・・心配なところ・・・


AG隊 日本時間 13:56 サウス・コルのC4より下山開始。
と、書きましたが・・・
この時に下山開始したのは本隊でした。

飯田橋留守番隊です。
日本時間23時38分、けんけん隊長から衛星電話が入りました。ローツェ登山チームは、ひろ君が登頂しました!!そしてかっつんは8350mあたりまで。それにしても素晴らしいですね!ひろ君、登頂おめでとうございます。かっつんもすごい!お疲れさまでした。今は全員とても元気で笑顔でC2に揃いました。今日は、夕焼けがきれいだったそうですよ。いよいよ明日は慎重にアイスフォールを通過してエベレストBCに戻ります。画像も増やせるかもしれませんね。(抜粋)

客2名がシェルパと共に、ローッエに向かい、1名登頂を果たしたようです。


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5月22日
コメントを戴いた方々へ
数が多く、個々に返答出来ないで居ます。
コメに対して、纏めてでは有りますが、返答致しました。
全ての思いは、まだ事務局からの詳細が無く、
前後の経緯も情報が錯綜してる状況ですので、
時間を下さい。






他隊情報
同時期にエベレストBC村に居た某氏より
16日にC2で栗城さんと話をしていたのでちょっとだけ。
色々言われてるけど、死ぬ程の挑戦をした人を僕は馬鹿にできないし、記事にはないけどC4(7900m)で無酸素で順応してきたと言ってた。これだけでも身体的にも精神的にも超超超スーパーしんどくて、普通はとてもじゃないけど数日後にまた登ろうなんていう気持ちにはなれない。
死亡については結果論的なとこもあって、僕の隊でもシェルパ含めて20人中、2人が凍傷、2人が肺水腫、1人がアイスフォール崩壊による滑落、2人は高山病でそれぞれヘリで運ばれてる(1人以外は全員8000峰のサミット経験者)。一方、天候に恵まれれば30時間もかけて登頂に成功する高齢女性もいる。
もちろん死んじゃいけない。けど、それだけ超過酷な状況で猛烈な苦しさを乗り越えて挑戦していること、天候や体調次第で実力があっても登れない人もいれば僕みたいに運良く登れる人もいる山だから確率の高低はあれど死は一つの結果であって勝てば超官軍。挑戦せざるを得ない輪廻から抜け出す唯一の手段だったかもしれないってことは理解するべきだと思う。
なによりも、まずはご冥福をお祈りいたします。

栗城と直接話した、氏の言葉。太線部分を何と解釈する・・・



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5月23日 

故人の事を想い、せめて初七日まで静観のつもりで居たが、
訃報にーー合掌ーーと述べた事への非難、ブログを閉鎖しろ・
煽った・叩いた結果等の、悪意有る批判コメを削除する。
下記記述の全ページを、一読してから再コメを。

24.5日は所用で留守にします。


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5月26日

事務局より、訂正文が発表されました。
後日、熟慮して見解を書くつもりで居ます。
又、貴重な情報もありがとうございます。
沢山の方々からコメント戴いてますが、
返信なしをお許し下さい。


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5月27日 訂正です。(情報を貰いました、出処はこの際ですから控えます)
      栗城と会って話したと言う相手。
      ある方が、某氏に確認を取った処、日にち他が記憶ミスとの事です。
      会ったのは、14日でC2のすぐ下で、BCへ下山中との事。
      C4で順応して来たと言ってたので、7900mのサウス・コルと思った。
      服装は黒グレーぽいハードシェルだった気がする。
      同伴シェルパ無し。荷は身軽。(以上訂正部分)

      これで日にちのズレが、符合しました。
      でも、14日に登れたのはSpotを見る限りでは、
      ノーマルルートの7000m辺り、C4の7900mとは大違いです。
      テント他は、C2に残置しての下山中の事と思われます。




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5月29日 

     二七日(ふたなぬか)が過ぎた頃に、検証し終わりたいと思ってます。



     

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栗城の日別の動きや、他隊の様子がひと目で見られます。

開くトラックバック(0)

【第Ⅱ幕・Ⅱ場】の始まりです。

エベレスト登頂編は  【第Ⅲ幕】になります。


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5月  9日
    
BCで停滞と思ってたが、夜の更新でヘリに乗り、ルクラの病院へ。
 
昨日は更新無し 高熱の後には、〝咳〟をアピール・・・
      咳に〝痰〟が混じる様になると【高所肺水腫】の疑い有り。
           帰れ栗城、死ぬぞ!!


他隊情報

平岡隊 ノース・コル・C1(7000m)へ順応に往った時の画像です。↓
エベレスト北稜・北壁の様子が綺麗に映ってます。
過去 栗城が単独で登れずに、シェルパに工作して貰ったノース・コルへの斜面。
ノース・コルの様子、コルからC2・C3へと続く北稜の様子。
見た感じ北稜は昨年よりも雪が付いて登り易そうです。
撮影班のプロが居なくても、綺麗に編集出来てますねぇ〜〜


平岡隊 チベットBCでの、今回の悪天候の動画を公開↓
動画を見ると、晴天なれど強風の様子です。
明日 BCから上部Cへ出発するそうです。
この悪天候が治まった時が、アタック日の様です。

この先17日までの、エベレスト山頂付近の天気予報です。
延べ6日掛けてCを進めますから、16日の風が治まる日に頂へアタックと決めたのでしょう。
第一次アタックが上手く往くかみものです。日程にはまだ余裕が有るので、2次も可能。
イメージ 1





21時半過ぎに、栗城が更新しました。
今回、キャンプ2(6400m)に上がる前から咳が止まりません。
今、ベースキャンプでは咳が蔓延しています。
高所に行くと乾燥しているので以前から咳が出やすいですが、今回は朝も夜も全く収まらないので、ベースキャンプからルクラに向かうヘリに乗せてもらい、一応病院に行ってきました。
肺に異常はありませんでした。安心。
ベースキャンプに戻り、再び登り始めます。
高所順応して、その後本番のアタックを開始します。
いるだけでも辛い。久しぶりに高所(低酸素)の世界に来たのを感じます。

C2(6400m)からBC(5300m)に戻っても、辛いとは・・・
初期順応の失敗が原因です。
①キャラバン中に、ナムチェで1日順応停滞日を取らずに、
 ぺリチェまでの連日行動が原因の一つ目。結果BC入りが遅れた。
②BCからの順応でC1で泊まる事無く、C2に往き2泊した事が二つ目。
 6400mの高所に2泊した事で、体力消耗⇔咳は更に悪化。

もし小生なら・・・
ナムチェで1日休養(順応を兼ねて)。どの隊も必ず、ここでの休養は取る。
BCからの順応は、①BCからC1に上がり、BCに戻る。(6千mを体感させる)
          休養後
         ②BCからC2に上がり、1泊し・C1にも1泊して帰る。
          又は、C1(泊)→C2(泊)→BCへ

栗城の場合〝無酸素〟が売りなので、更に7300〜7500mでの順応が必要。
これを確実にしないと、エベレストもローッエも無酸素は無理。
その順応は、BC→C2(泊)→7500m(泊)でBCへ。(帰路は途中泊でもOK)
登りで途中停滞する事なく行動出来て、頂が見えてくる。
しかしその先には、まだ1000mの登りが有るのだ・・・



AG・平岡隊は〝有酸素〟登山なのですが、
6000〜7000mを体感し順応しておく必要が有ります。
本番は酸素を吸いながらですが(毎分2L程度)なので、
常に6千mに居る息苦しさで行動する事になります。



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5月10日
所在不明

他隊情報
平岡隊 FB更新
おはようございます。ちょっと曇り模様の今日のエベレストです。
風はだいぶ止んできました。いよいよ頂上に向けて出発します。
今日これから中間キャンプ5700mに向かい、明日アドバンス・ベース・キャンプ6400mに入ります。
そして、天気予報などをチェックして、...

13日にキャンプ1 7050m
14日にキャンプ2 7600m
15日にキャンプ3 8300m
16日にエベレスト8848mの頂上を目指す計画です。
Iさんにとっては、この6年間に渡る積み重ねの集大成の始まりです。
1歩1歩確実に、日々を積み重ねて、頂上を目指したいと思います。
ベース・キャンプに戻るのは18日の夕方になるでしょう。
計画の変更の可能性もありますので、報告が遅れても、心配しないでください。
ご家族の方々には、別途ご連絡いたします。
良い報告ができるよう頑張ってきます。


悪天候でネパール側は 動きが取れずに停滞中、いい話が有ったので紹介です。


野口健 ツィッターより (黒字は野口 青字は私見)
突然 エベレストBCに現われた野口ですが、アイランド・ピークの登頂が主と思ってましたが、ネ国に来た目的は別だった様です。

カトマンズで休養したのちマナスル山麓のサマ村へ移動。3年前からスタートした「ヒマラヤに森を作ろうプロジェクト」。三年間育ててきた苗木がいよいよ巣立ちの時を迎えようとしています!その記念すべき第一回目の植樹祭です。標高約3600mでの森林再生プロジェクトは僕らにとってもチャレンジ

サマ村はマナスル街道の最後の村です。マナスル峰は日本隊が初登頂した山です。
当時 神の住む山として崇められてて、村人から大反対された山です。
日本隊は4度目の挑戦で、槇有恒隊長のもと3名が登頂。
野口が生まれる二昔も前の話です・・・

3年前からサマ村周辺で種の採取を始め、ここまで育ちました。今年はマツ、モミ、チシンの3種類を述べ3種類。今年は3,000本を植樹。来年は15,000本、再来年は17000本。これから3年間で3万本を植えます。一番の心配ごとはヤク!ヤクに苗木を食べられないようにしなければかりません。

イメージ 2

イメージ 3

ネパールでは、嘗て炊飯・暖房用に、木を伐採した為に丸裸の山が多い・・・
伐採後に植林をするという習慣も無かったのです・・・
野口が率先して、緑化をしてるとは思いませんでした。頭が下がる思いです。
サマ村の村人も野口の行為に喜んでる事と思います。

後日掲載された 毎日新聞の記事
イメージ 18





栗城FBを更新
皆さん、こんばんは。ベースキャンプに戻ったので、明日からまた登り始めます
ルクラの病院に行って、咳は少しましになりました。
SpO2(血中酸素濃度)は高いですし、落ち着いて登っていきます。
明日から中継班はエベレストの向かい側にあるプモリの山に向かい、栗城が登るところを撮影するカメラマンは撮影キャンプに向かい栗城は別途一人でキャンプ2(6400m)に向かいます。(抜粋)
ハシゴ外れの動画が添付されてたが、割れ目幅に対してハシコ゛短過ぎ。
直列で2本繫ぐか? 物が不足して1本なら4隅を45度で固定、シェルパの雑仕事だ。
手持ちFIXのWは、こんな時の為に正解、セルフビレーの大事さも判る動画。
この動画見てAG隊の渡り方を見ると・・・
イメージ 7
AG隊のハシゴ通過シーン
これ位のハシゴ長が有れば、4隅固定の必要は無いが、
固定した方がより安全(印のように)
渡り先に居る者の向きが逆、渡る相手の動きを見る
右側のFIXからビレー(赤印)を取ってるが、
FIXの固定の仕方は画像の通り(赤印)。
転倒のショックでピンが抜けたり・結び目が解けたりしたら、
セルフ・ビレーの意味無し・・・スッポ抜け転落。
お助けザイルを使い、後ろに立った暇そうな奴が確保すべき
(2重の安全を確保し、客を危険に晒さないのがガイドの役目)
〝国際山岳ガイド〟と言っても、この程度のレベル。安全策への配慮不足。
仏国立スキー・登山学校卒の江本ガイドなら、このシーンどうするだろうか?




栗城がBC入りしてから2週間、BCより上で行動したのは2日間のみ。
あとの日は、咳が・・・、喉が・・・で、停滞の日々、
この後恒例の、腰が・・・が、出れば5月末の期限を迎えます・・・



他隊情報
中山岳史 国際隊が更新
4000m以下で3日間のレスト(移動に往復5日)を経てベースキャンプに戻ってきました!血液はどうか分かりませんが、寒さと乾燥でやられた喉は回復。
一方、カトマンズに戻っていたヴォイテックは肺浮腫のためリタイア。エベレストチームのシェルパ予定だったノルブが高山病のためリタイア。
【サミットプッシュ予定】...
13日早朝 Basecamp→Camp2(6700m)
14日 Camp2でレスト
15日 Camp3(7300m)
16日 Camp4(7900m)
17日 Summit(8848m)


AG隊 ナムチェからヘリで、朝にBCに戻る。


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5月11日    
BCで停滞              

今日から登山を開始と言った栗城ですが、現地時間10時を過ぎても動き無し
ダラダラの今回の計画を再度見直します。
これが4月13日に公式HPに掲載された計画です
しかし翌日に、何故か全文削除されました。

今回は順応の為に、ローッェに登り、BCで休養して、
エベレストに登ると言う大プラン。しかも単独・無酸素で・・(笑)

今の状態では、全てが危うい・・・春のシーズンは残り20日・・・



他隊情報
倉岡隊
登頂予定は、17or18日です!
11日:BC → 中間キャンプ
12日:中間キャンプ → ABC
13日:ABC
14日:ABC → C1
15日:C1 → C2
16日:C2 → C3
17日:C3 → 登頂(日本時間 朝8時頃を予定)



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5月12日

栗城がFBを更新しました。(黒字はFB 青字は私見)
皆さん、こんばんは。今朝ベースキャンプを出発して、
無事にキャンプ2(6400m)に到着しました。
昨日は強風で上がれませんでしたが、
今日から高所順応で上部を目指します。
咳もおさまって、とても集中できています。
数日後にベースキャンプに戻ってから、栗城カメラの映像も楽しみにしていてください。
添付動画を見て驚き!!!!!
イメージ 5
BCからC2へ向かって出発する、栗城の後ろ姿です。
18L〜25L程度のザックに、ストック1本、思わずえぇぇぇぇ・・・です。
動画の中で、「一回目の時に、食料などは全部荷上げして来たと・・・
また、「7000m後半に登って来ると・・・

では、一回目(5月5日)には、どれ位の荷を上げたのでしょうか?????
これが5月5日にBC出発の画像。同じサイズのザックに見えるが・・・
イメージ 6
最低限 テント・寝袋・食料・炊飯具等がザックに収まってなければ、
C2で生活出来ません・・・たぶんドラエモン・ポケットが有るのでしょう〜
ここまで共有されると、笑ってしまいますよ〜〜栗城 !!!!



エベレスト山頂付近の天気予報です。
15日・16日・17日・18日は風も弱く、体感気温も−30℃程度です。
絶好の第一次チャンス、登頂者が続出するでしょう。
19日からは風が出る模様、この4日間を逃すと二次チャンスはいつか・・・
イメージ 4

チベット側の平岡隊倉岡隊、ネパ側の中山岳史の国際隊は、
この期間に合わせて登頂計画を発表してます。


他隊情報
AG隊 登頂スケジュール
16日 BC→C2、
17日 C2→C3、
18日 C3→C4、
19日 C4 休養、
20日 C4→エベレスト アタック→C4、
21日 C4→ローツェ アタック→C2、
22日 C2→BC 



栗城は、7000m越えの順応すら出来てない、
これでは一次チャンスの参加は無理!!!!!


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5月13日 C2で停滞 栗城は過去、高所で2日続けて行動した例無し。

他隊情報
中山岳史 国際隊のFBより
風の影響で出発が延び、14日早朝に出発して18日登頂に予定変更になりました。

暇なのでBCで手頃な岩を見つけて、ボルダリングで遊ぶ中山氏。
イメージ 8



AG隊 
全員でカラパタールの丘に散歩に出る。



栗城ブログ更新  22:11 何とこの時間にです。
皆さん、こんばんは。今、キャンプ2にいますが咳も止まって体調は良いです。
ネパール時間の夜9時(日本真夜中)から、7000mまで登ります。
中継班は今エベレストの向かい側にいるプモリにいて、もしかすると中継テストをするかもしれません。

BCを出る時は、7000m後半と言ってたが、7000mに変更です・・・

夜景画像を添付してます。この景色はC2なのでしょうか????
イメージ 9

何を考えて、この時間からの行動か判りません。
夜間の行動は通常しないのが常識、例外としては日中の雪崩を回避する目的の場合。
C2から7000mへのルートは、各隊が日中に通る場所。雪崩リスクは殆んど無し。
これから7000mまで登るとは、登ってC3を造るのか? C2にまた戻るのか?
体調は良いと言うのに、ヒドン・クレバスに嵌る率の高い夜間行動とは・・・
なぜ昼に動かない・・・疑問だらけです。肝心のSpotも作動してません・・・
C2付近は、他隊の目も有り、 夜陰に紛れての隠密行動でしょうか?

下の画像は、AG隊がプモリBCから撮った物で13日に公開。

モレーン上に、エベレストBCのテント群が写ってます。

イメージ 10
撮影場所は違えども、背景の山並みはほとんど同一です。
C2に居ると言いながら、C2周辺の画像でなく、他での画像を添付する意図は・・・・何。



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5月14日 C2→7000mへ→BC

昨夜の深夜にC2から、7000mに登ると言った栗城が、今朝のSpotを見ると、
7000m付近をウロツイテます。行動中は電源をOFにし、7千mでONにした模様。
イメージ 11
何を考えて、深夜の行動かは判りません・・・
各隊が通ったトレールが有るし、要所にはFIXもセットされてるので、
夜中の行動でも何とか為ったとは思うが・・・

7000mから先に進んでいる様です、C 3(7300m)を目指してるのか・・・
途中からC2へ戻るとしたら、今日辺りは下から登頂を目指す各隊が、
ゾロゾロ登って来るはず・・・降り優先だし、1本のFIXでの交差は迷惑な話し。
全員からガン視されます・・・・

12時 追記 
日本時間で、6時〜10時(現地時間-3:15)の4時間に、
7200m未満〜6900mの間をウロついて、10時過ぎにはC2へ下山開始。
ウロついた訳は、中継テストかも。また例年の如く、中継は失敗かなぁ〜

17時 追記
Spotの動きから、C2を通過しBCに向かってます。

19時 追記
Spotの動きから、6時23分(現地時間15時過ぎ)BCに着いた模様。
これで、7000mでの順応が出来たと、言うか? 夜の更新が見ものです。


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5月15日 
BCで停滞 昨日の様子の更新もなし・・・
      7000mに登って、〝冒険の共有〟が出来ぬほど疲れ果たか!!!!
      それとも、高山病の症状が、又出たか・・・・
      〝山〟諦めて、降りた方がいいぞ、栗城。




他隊情報
AG隊 計画変更。BC発を1日早くして、C2で休養日を設ける。
     理由は私見だが、調子が良くない2名に配慮し、C2から酸素使用。

AG隊 当初登頂スケジュール      変更計画
16日 BC→C2、            15日  BC→C2
17日 C2→C3、            16日  C2休養(BC→C2間の距離が大)
18日 C3→C4、            17日  C2→C3
19日 C4 休養、            18日  C3→C4
20日 C4→エベレスト アタック→C4、     19日  C4休養
21日 C4→ローツェ アタック→C2、    20日  C4→エベレスト アタック→C4
22日 C2→BC               21日  C4→ローッエ アタック→C2
                    22日  C2→BC
AG隊 東京事務所
さきほど日本時間12:03に、けんけん隊長のネパール携帯から電話がありました。
アイスフォールからです。
いよいよ、エベレスト山頂に向けて、サミットプッシュ開始しました!
ブログで発表していた予定を少し変更し、
本日朝3:30起床、5:30に全員でエベレストBCを出発!
泡爺とサオリはC1までプラチリと、
ほかの青年男子3人(タムタム、かっつん、ひろ君)はけんけん隊長とC2まで入ります。
起床時は雪がちらついていましたが、出発時には止んで晴天。
積雲は標高6,000m付近に少しある程度。
風はなく稜線にも雪煙はほとんどないようです。


この先23日までの、エベレスト山頂の天気予報です。(拡大してご覧下さい)

チベット側の平岡隊は、明日16日登頂予定倉岡隊は、17日登頂予定
ネパ側の中山岳史・国際隊17日登頂予定
AG隊は、エベレスト20日、ローッエ21日登頂予定。
     ◆ローッエ  アタックの日の風が気懸かり・・・
イメージ 12

この予報では、各隊余程の事が無い限り、登頂間違いなしです。

この好天に、栗城はBCで〝貝になって〟ます。
各隊の登頂の嵐が治まるまで・・・そして雨期を迎える、いつものパターン。

栗城は気象予報士の猪熊から、他隊同様の気象情報を買ってるはずなのに、
それに合わせて順応出来ない、段取りの悪さ・体力の無さが、出遅れる原因。


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5月16日
BCで停滞
14日にBCへ降りて以来更新が無く、栗城は〝死んだフリ作戦〟の様です。
更新が無いので、14日未明からの軌跡を検証して見ます。
イメージ 13
C2を真夜中出発し、最高到達点は7200m手前。
ネパール時間の夜9時(日本真夜中)から、7000mまで登ります。と、言ってた。
最高到達点到着が、現地時間の朝5時です。
標高差約800mを、8時間で登った事になります。
栗城にしては、頑張ったと思う・・・

画像と地形図を見比べると・・・
ピストル岩(稜)※の末端、約200mの位置辺り()まで登った様です。

しかし、山頂までは残り1650mも有ります・・・

イメージ 15
※ピストル岩(稜)とは、
岩稜の形がピストルに似てるので、50年ほど前は皆そう呼んでました。
今は何と呼ぶか判らないが、山岳部時代の机上研究では文献にも表示が有りました。



秘密のルートと言ってたが、
南東稜も登れなかったのに(過去サウス・コル着も嘘くさい)、まさか南稜か?
これなら確かに秘密のルートですが・・・栗城には無理・無理。
南峰に突き上げる岩稜、等高線の混み具合が南東稜の比では有りません・・・
栗城の発表がないので、色々想いを巡らせてしまいます〜〜(憶測)
イメージ 14

サウス・コルから見た、南稜。 これが〝秘密りルート〟?  栗には無理・無理。
愛知学院大OB隊が初登攀して以来、日本人の再登なし・・・ 
南東稜から山頂へは登山だが、南稜はピッケルを駆使した登攀です。イメージ 16



20:48 栗城ブログ・FB更新

無事に標高7300mまでの順応終えて下山してきました。
もう少し上まで上がる予定でしたが、悪天候でキリの良い場所でやめました。
7300m地点から、今回トライするルートも確認できました。
(ルートに関してはアタック直前に発表します。それだけ慎重にやってます。)
やはり7000mを越えると、違う世界です。
何度もこの標高は経験していても、やはり緊張する標高でした。
ちなみに下山後に動画をアップする予定でしたが、中継班の電力などの問題があって更新できませんでした。すいません!バッテリーの予備が無いのが、栗城流〜〜
ベースキャンプからは山頂は見えないため、プモリというエベレストから反対側の山に中継班が移動して、最後のアタックの中継を行います。これ一回で終わり???
登頂日は21日を予定してます。(18日にBCを出発するとか・・・)
今は本当に心静かにして、全てを注ぐ準備してます。

7300mだそうで、Spot数値に100m上乗せ。ここまで来ればオマケです。
今回トライするルートも確認できました。目の前がエベレスト南稜ですが・・・
ローッエだとしたら、既存のルートより無し・・・
計画は、下記のようですが・・・過去の例からして、連続で行動が出来るの????
18日 BC→C2
19日 C2→C3
20日 C3→C4 南稜を登るとしたら、サウス・コルの平地は使えません・・・
          テントを張れるスペースが有るのか??? 
21日 C4→登頂  登頂と言っても、エベレストか? ローッエが? 判りませんね。


たぶん、この計画は失敗します。
4日間連続での行動は、栗城には無理!!!!!
C3の先でギブアップ・・・



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5月17日
BCで停滞

エベレスト山頂の天気予報
栗城が登ると言う、21日から3日間は、吹雪き模様・・・
熱が・・・喉が・・・咳が・・・と言ってた結果、順応が遅れ機会を逃す。
イメージ 17


他隊情報
AG隊 昨日(16日)の日本時間 12:56(現地時間 9:56)に、
標高6500mに到着以来、本日(17日)の動き無し。
今日は。C2→C3へ上がる予定。天候が悪いのか? 故障者が居るのか?

AG隊飯田橋留守番隊 13時更新
連絡がなく、どうしたものかと心配しておりましたが、本日、日本時間01:03にけんけん隊長、衛星電話からの連絡ありました。
15日はサオリも一緒に青年チームとC2まで入り、泡爺は予定通りC1ステイ。降雪もあり大変な中、21時頃C2に到着したそうです。そりゃみんな疲労困憊だし「恐ろしい」寒さだったらしく、夕食も食べずに就寝。それで連絡できなかったそうです・・
C4までの荷揚げが天候理由で捗っていなかったので、21時に到着したにもかかわらず、チェパたちは夜中の1時に起きて荷揚げ開始。本当に彼らあっての遠征隊なのです。
シェルパによるC4までの設営・荷上げが済んでから、隊が行動を起すのが、
商業登山では一般的な方法です。晴れ日程に合わせる為に、多少無理してるのか?
同時並行で行動するから、荷上げ優先になり、飯炊きをする始末。
ローッエ・フェイスでは、客とシェルパが一組で行動しないと、
ユマール架け替え時のミス発生の元。高所で判断力欠如によりポカが発生し易い。
16日はネパールスタッフは荷揚げに行ってしまうし、プラチリは泡爺と一緒だし・・・・ということで、昨日のランチまではけんけん隊長がキッチンボーイを兼任!「朝からすげーたくさん水作ったよ!!」と、ご苦労様です。ランチが終わる14時頃にプラチリと泡爺がC2到着。全員揃いました!
午後は雪が降りましたが夕方にはやみ、しっかりレストできたようです。
そんな中、上部キャンプに荷揚げに行ったチェパたちがなかなか戻らず、現地時間21時ごろC2に無事戻ってきたのです。そんなこともあり、こちらへの連絡もなかなか出来なかったのかもしれません。プチアクシデントはちょいちょいあるものの、みんな元気に上がれているのは嬉しいですね。(中略)
そして最後になりましたが、悲報です。
この春のエベレストで一人目の死者が出てしまいました。AG隊でも時々お世話になっていたネパール人のランパブさんです。14日にエベレストに登頂した中国人をサポートしていました。その時にランパブさんご自身の酸素が無くなり、けんけん隊長の言葉を借りると「頭がおかしくなったみたい」で、帽子とザックが残されていたそうです。まさにデス・ゾーンです・・・
謹んで心よりご冥福をお祈り申し上げます。
隊員には、今は山頂を踏んでいるいいイメージだけを描いて、集中力切らさず上を目指して欲しいです。そして、隊員、ネパール人スタッフ含め全員が無事下山することしか願えません。皆様、引き続き応援よろしくお願い致します。


※ 今日 現地時間 11:49 から動き出し、12:54 現在 6565m付近を登山中。

※ 現地時間22時頃(日本時間19時頃)、C3(7400m)に到着。



平岡隊
只今、ベース・キャンプ5150mに戻りました。
残念ながら、5月15日に8000m付近にて、Iさんの体調が悪化し、下山しました
前夜キャンプ2 7750mにて風が強く眠れない夜を過ごしました。
原因はこれだけでは無いですが、一因になったと思います。
今は、復調されてトンカツを頬張っています。
今日も、エベレストは、見事な夕焼けです。
再アタックが有るのか気になりますが、商業登山は通常ワンチャンス・・・


************************************



ここまで記述して、????と思った事が有ります。
栗城は、ローッエに登り・BCに降りて・エベレストに登ると言ってました。
出国前の公式ブログ→ 栗城・8回目の敗退計画を発表 参照
出国後のFB→ 栗城 FBを更新 参照

5月16日のブログ・FBの更新で、7300mでの順応を終えたと・・・そして、
トライするルートも確認したと。登頂日程まで発表しました。

栗城のペースに巻き込まれてました・・・
要は、ローッエ登頂の話しは、絵空事だったのでしょう・・・
武士に二言が無いとすれば、ローッエは取り付く事すらせずに完敗です。
豪華2本立てドキュメントを観れると思ってたが、価値半値です・・・


これにて【第Ⅱ幕・Ⅱ場】は閉幕です。


18日からは【第Ⅲ幕】の開幕です。↓




栗城の日別の動きや、他隊の様子がひと目で見られます。


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