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DJカートン.mmix
…最近は他愛もない事ばっかり書いていますがお付き合い願います(笑)。

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ある世界的な強豪国のサッカーチームが惜敗した時、終了後ロッカールームで誰もしゅんとすることなく「今日は審判が悪かった」といって一言で笑いあい反省を終えたという実話があるが、これなどは引きずらない健康的な敗戦の解決法といえるだろう。
(「島研ノート 心の鍛え方」より引用)

見方によってはとんでもない負け惜しみにしか思えない言い草だが、自分にはこの言い訳(?)がよくわかる。 …と言うよりわからないと(詰将棋=パズル創作を含めた)創作活動はやってられないのでは、と思う。ちなみにこういう考え方(別の理由をでっちあげることによる自己の防衛・正当化)を心理学で「合理化」と言い、よく喩えとして挙げられるのがイソップ寓話の「すっぱい葡萄」という話(※1)。

向こうのほうから「○○を作って下さい」「うちで○○を書いて下さい」などと依頼されるような実力者はともかく、そこまでの名声を得ていない(得る前の)人というのは専門誌などに「投稿」とか「持ち込み」をするのがほとんどだと思う(最近だとブログとかに自作品を掲載する、という人もいるが、今は除外しておく)。
そしてこの「投稿」や「持ち込み」をした作品が全て採用された、なんて人はまずいないと思う(勿論「送った回数が1回→採用1回」、なんてのは除く)。つまり創作活動に携わった人なら誰もが一度は「没」を食らっているはずである(勿論自分も沢山没っている)。そして没が多くなると(当然個人差はあるだろうが)自己嫌悪に陥る≒モチベーションが下がってくる事が多い創作するものにもよるが創作活動と言うのは時にとんでもない時間を要するので、作家にとってモチベーションの低下は致命的と言える。

では「没」を食らってもモチベーションを出来るだけ落とさない(引きずらない)方法はないものか。
…自分はあると考える。それが冒頭の引用文(のアレンジ)。つまり「自分の都合のいいように没の理由を作ってしまう」のである。
もっとも、他と比べて明らかに技術が劣っているとかいうのは真摯に受け止めないといけないそこは事実として受け止めてより精進するよりない。それも出来ないようではそれこそ「創作活動はやってられない(創作する資格が無い)と思う。
ここで言うのは(採用された他人の作品と比べて)「技術的な差はほとんどない」「むしろ自分の作品の方が凄い」とかいう場合。むしろこういう場合(の「没」)のほうが対処に困るかも知れない。何しろ「明確な理由(対処法)がわからない」ので。

こういう時にオススメ(?)なのは「不採用の理由を担当者の無能のせいにしてしまう事」。つまり
「あの担当者はアホだから俺の作品の凄さを理解できない(から没にされた)」
自分の中で決め付けてしまうそれが事実かどうかは全く関係ない(気にしない)。
この時相手の名前・肩書き・権威とか言ったものを気にしてはいけないたとえ相手がどんなに偉そうな・実績のある人でも
「いくら偉そうな事を言っていても所詮はアホだからこの作品の凄さは到底理解できまい」
「こいつは何年その仕事をやってきたんだ? よくそれで飯が食えてるな」
くらいにこき下ろしてしまうほうがよっぽど精神衛生上好ましい

こういう考え方は創作活動以外にも、それこそこの世の仕事のほとんどに通じることだと思う。
「採用試験(筆記試験のような「明快な点数が出るもの」を除く)で不採用になった」とか「上に提出した企画書が没になった」とか、他にも「上司や同僚からの嫌味」「客からの(ある種理不尽な)クレーム」などに対しても。つまりそういう事例に対し上から目線で「相手を評価しない」のである。
この「相手を評価しない」というのが大事で、同じようでも「無視」や「気にしない」だと自分が受身になってしまう、つまりストレスになってしまう一方で「相手を評価しない(こき下ろす)」というのはこちらに主導権がある(?)のでストレスになりにくいし、相手が仕事上の理由などで「関係を断絶できない相手(取引先とか上司とか)」であっても関係を絶つ必要がない(こちらが評価された時は「その時に改めて評価してやればいい」)、というメリット(?)もある。
そしてこの「相手を評価しない」という考え方(仕事の仕方)が「うつ(鬱)」の解消にもつながる、という精神科医の話を聞いたことがある。なので自分(DJカートン)が提唱する「パズル作家(※2)を長く続ける秘訣」は『自分の作品を没にした採用担当者(選者)はアホだ』と決め付けてしまう事技術面はともかく精神面(モチベーションの維持)においてこれを上回る方法は無い、と思っている。

一方で同じモチベーションでもまだ結果の出ていないもの、たとえば構想〜完成まで何年もかかるような大作の創作に対するモチベーションの維持の方法はまた別である。何しろ「評価しない」相手がまだいないので。
自分はそういう経験がほとんどないのであまり大きな事は言えないが(苦笑)、こういう時は「自分に御褒美を課す」という人が多いらしい。つまり
「これが完成したら○○を買う!」
みたいに物欲で自分を駆り立てる。あまり高尚な方法(?)とは言えないが、一番効果的だと思う。この時前述の御褒美を「紙に書いてよく目にする場所に貼り出す」と更に効果的らしい。

わざわざ言う(書く)までも無い事とは思うが、「評価しない」相手の個人名を無闇に公言してはいけないブログやツイッターなどは無論のこと、酒の席などでも安易に口にしないほうが賢明である。今の世の中他愛も無い愚痴でもいつどういうルートで拡散する(本人の耳に入る)かわからないので。もっとも「相手を評価しない」と自分の中で完結できてしまえば愚痴として出ることは(多分)ないと思うけど。

念のために断っておきますが、今回の話は誰か特定の人物に対する皮肉・当てつけの類ではありません(直近だと詰パラ7月号のヤン詰  課題作「7」  の事を言っているのでは、と思われそうだが、自分はそれには投稿していませんので)。
なので(過去に自分の作品を没にした)心当たりがあるからと言ってこちらに抗議文や不幸のメール(笑)などは送り付けないように願います(笑)。


※1…狐が木に生っている葡萄を「自分の跳躍力が足りなくて取れなかったのを「どうせあの葡萄はすっぱいだろうから取らなかったと自分の都合のいいように言い訳する話。
この話(の題名)から「負け惜しみ」を英訳すると「sour grapes(直訳すると『すっぱい葡萄』)」と言うし、「合理化」のことを「すっぱい葡萄の理論」とも言う。

※2…ここでは便宜上(?)ジャンルを限定したが、他のどの分野の作家に置き換えても通用する(はずである)。

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