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「…………え」 「……おいおいおいおい!!」 男は慌ててベッドから飛び起きた。時計は午前10時を指している。 「なんで誰も起こしてくれなかったんだよ!」 が、その声に返事をするものは誰もいなかった。隣のベッドは既に空だった。 「こんな事ならもっと早起きしとくんだったよ……」 言いながらそばにおいてある真新しいスーツを手に取った。幸いネクタイの結び方は昨日の晩に練習してある。スーツ自体はすんなり着ることが出来た。 上着を着て、腕時計をつけながら階段を下りる。ダイニングテーブルにはおにぎりと味噌汁がラップをかけて置いてあった。が、勿論のんびり朝食など取っている場合ではない。忙しい朝でもこんな素敵な朝食を作ってくれる嫁に楽をさせるためにも、今日は絶対に失敗してはいけない日なのだ。 売れない小説家にある日舞い降りた希望。それを無為にするわけにはいかない。 美味しそうな匂いを振り払いつつ、書類を持って家を飛び出し、駐車場の車に火を入れた。うるさいエンジン音があたりに流れる。 こんなときに、自分が車好きで本当によかったと男は思った。 アクセルを床まで踏み込みながら、寝起きの頭を精一杯振り起こし、腕時計に目をやった。時計は10と9を指している。 「原稿の〆切りは11時だろ…? 飛ばせば何とか間に合うはずだ」 自分に言い聞かせるようにして男は独り言を言った。車は心地よい加速度とともに動き出す。 ようやく主要道路まで出てきた。が、今は昼時。道路は当然混んでおり、男の車は案の定渋滞に巻き込まれてしまった。 「おいおい……頼むよまったく……」 仕方が無いので車を脇に寄せて自販機に向かった。昔から忙しいときでもコーヒーだけははずせない性分だった。無論今も例外ではない。 前の信号が青に変わったので、男は急いで缶コーヒーを一気に飲み干し、自分の車へと向かった。 「何で今日に変わってこんなに混んでるんだ……?」 男が一人つぶやく。 「それはこの先で銀行強盗があったからさ」 「!」 危うくさっきのコーヒーが出てくるところだったところを何とか飲み込む。 こめかみの所に冷たいものが当てられた。 「おとなしく言う事を聞けば命を奪ったりはしねえ。」 助手席に誰かが座っている。それを男はいまさらながらに気付いた。 「あ、あんたが銀、行強盗犯、か」 「いらないおしゃべりは後にしようぜ。それよりも早く車を出せ」 銃がさらに強く押し当てられて、男はついに喋る事すらできなくなってしまった。 震える足でアクセルを踏む。信号が変わっているので道路はすき始めていた。 「おまわりさんに追っかけ回されたくなかったらもっと速く走るんだ」 いうことの効かない足を無理矢理押し込む。強盗犯らしい男が誘導して、車は高速道路のほうへと向かった。 「料金所は当然無視だ。もうすぐ後ろまで尻尾さんが来てるからな」 言われるままに料金所のバーを弾き飛ばす。車のフロントに傷がついた。 悪夢だ、と思いながら男には従うほか道は無かった。それにこの道は編集社のある方向に向かってる。運がよければ初回の分の原稿だけでも提出できるだろう。 僅かな希望を胸に秘めて車を飛ばした。しかし次の瞬間希望も吹き飛ぶ。 左のほうで銃声がした。慌ててみると、犯人の持つ銃から硝煙が立ち込めていた。 同時に後ろのほうからも銃声が。自慢のボディに弾痕が並び、リヤガラスは木っ端微塵に砕け散った。 「おいおいおいおい……」 「兄ちゃん、頭下げてねえと危ないぜ」 犯人は言いながら後ろのパトカーに向かって発砲した。銃声が耳をつんざき、硝煙が鼻をつく。 「オイ、リロードしてくれ」 「は?」 「だから、再装填だよ!早くしねえと兄ちゃんも死ぬぞ!!」 膝に銃と予備の弾倉が乗せられた。犯人は懐から別の銃を取り出して撃ち込んでいる。男は仕方なく空の弾倉を落として新しい弾倉を入れた。 「これでいいのか?」 「ああ、わりいね」 男は犯人の足元に銃を置き、再び運転に専念した。メーターは180しかない目盛りを振り切っている。 こんなの何かの間違いだ。じゃなけりゃ夢だ。まるで映画の世界に飛び込んだような、信じられない世界。男は眩暈を感じた。 「そこで降りてくれ。降りた後はまっすぐにある橋を渡るんだ」 なぜかは知らないが、その道はまんま編集社行きだった。不幸中の幸いか、それとも不幸で終わるのか。ドッキリかもしれないなと思いながら料金所を突っ切る。 後ろにはパトカーが5台。まだ銃撃戦は続いている。 幸いに道はすいていて、橋まではすんなりと通れた。 ようやく橋の中央あたりへと差し掛かった。後ろは依然として5台ついてきている。 「まずい」 犯人が前を見てつぶやいた。慌てて男も前に目を凝らす。赤い光が5個、見えた。 男はとっさにブレーキを踏んだ。後ろのパトカーと前から来たパトカーに完全に包囲される。 「武器を捨てて投降しろ!!」 警官がメガホンで叫ぶ。犯人と男は仕方なく手を上げながら車の外へと出た。 「その場で伏せろ!!」 言われるままに男は伏せた。盾を持った完全武装の警官が、こちらに銃を向けているのが見えた。 しかし、犯人は薄気味悪い笑いを漏らした。 「オイ、何がおかしいんだよ?」 「兄ちゃん、今までありがとな。おかげで逃げ切る事が出来たよ」 「?」 「じゃあな。地獄で会おうぜ」 犯人はそのまま端へと走っていった。 そして、落ちた。 「!!!」 犯人はちょうど通った船に、ちょうど引いてあったマットに着地して、そのまま船は外海に出て行った。 「…………」 一瞬の沈黙。そして再び警官の声。 「仲間に逃げられて残念だったな」 「ち、違う!!俺は脅迫されて……」 「どの道、お前の帰る場所などありゃせんよ」 「え……?」 「そろそろ起きたらどうだ?お前にはタイム・リミットがあるのだろう?」 「ほんとだ!!」 「今何時か、わかっているのかね?」 そう言いながら、警官は立ち上がるのに手を貸してくれた。 「私の時計を見ろ」 その時計は、11と8を指していた。 「くそぅ……」 そのまま男は崩れた。 「そろそろいいかげんにおきたまえ」 「……もう、いいよ……」 「ほら」 「起きないといけないんでしょう?大事な原稿の〆切だって、あなた昨日ネクタイの結び方まで練習してたじゃない」 「え?」 そこで目がさめた。 「え?」 「いいの? もうお昼よ?」 男が見た顔は、警官の顔ではなく愛しい妻の顔だった。 ベッドのぬくもりと、パジャマの肌触りを感じながら、 時計は11と9を指していた。 1年後。 彼はベストセラーを抱える売れっ子作家になっていた。あの時、結局時間には間に合わなかったが、彼の熱意が通じたのか何とか原稿は受け取ってもらった。 それはそこそこしか売れなかったが、次に出したのが大成功だった。 題名は、「夢か、現実か」 ――あの時、あの夢をみていなかったら、俺は今こうして幸せをつかんではいないだろう。全く、世の中って言うのはいつ何が起こるかわからん。
まあ、そこが面白い所なんだが。 |
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あとがき―― なんとなく面白そうなのが頭に浮かんだので、いきなり書き始めてみたのですが、まあまあまとまったかなと……^^; が、相変わらず情景描写が少ないな……。 もっと修行しなければっ
2006/10/8(日) 午後 11:05
なかなか面白い。でも起きても間に合わない現実。。。ちと悲しいねぇ。
2006/10/8(日) 午後 11:48
はじめまして。実際に起こっている事かと思いきや、実はまだ夢の中と言う展開はよかったです。でも原稿間に合わなかったんですね。 あれだけ必死だったのに・・・。
2006/10/9(月) 午前 8:28 [ - ]
初めまして。ばっどさん経由できました。夢とはいえ、彼の心理状態だったのでしょうか。かなり切迫してたんですねぇ。でも、既に書かれているように、間に合わなかったと云う現実は、厳しいなぁ。
2006/10/9(月) 午前 10:39 [ 一有 ]
ばっどさん。確かにラストはどうするか迷ったんですけどね。タイムリミットってたまには破るのもいいのではないかと思ってしてみたんですけど^^;
2006/10/9(月) 午後 3:20
はーいさん、はじめまして! やっぱり間に合わしておいたほうがよかったかな……。 ちょっと追加分を考えてみたいと思います。
2006/10/9(月) 午後 4:00
ばっとさんのトラックバックから参りました。現実だと思いきや夢だったのですね。しかし、間に合わない現実。辛いですね。
2006/10/9(月) 午後 4:06 [ - ]
kazuboommさん、はじめまして☆ やっぱりバッド(?)エンドはあんまりよくない感じですね^^; この原稿には彼の人生がかかっていたんです。 というより、はやく妻に楽をさせてあげたかったんですね^^;
2006/10/9(月) 午後 4:15
Argyleさん、はじめまして♪ そうなんです。実は夢だったんですよ。辛い現実の部分。これはこれでいいのかな……直そうか現在ちょっと考え中です。
2006/10/9(月) 午後 4:26
・・・で、愛しい妻は、午前中のパートから戻って来たトコだったのかな?驚いた事でしょうね^^
2006/10/9(月) 午後 8:23
tabasiraさん、有り難うございます☆ 実はここだけ夢と違うんですよね。その日はたまたま休みだったんですよ。実は。という設定でした^^;
2006/10/9(月) 午後 9:55
こんにちは、ばっどさんのところからきました。起きても間に合わなかったんですね。でも、夢でよかった。車が無事で何より良かった。
2006/10/13(金) 午後 1:12
3.5次元さん、はじめまして♪ ちょっと哀しい現実ですね^^; でも、確かに車好きにとっては夢でよかったかもしれませんね。穴だらけではないですから^^
2006/10/13(金) 午後 5:34