Cafe 『La bussola nella vita』旧舘

紅茶、小説、HMKUについて書いてます♪ こちらは旧舘のほうでございます。詳しくはトップの記事を・…

ショートストーリーとか

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テーマ、――代償――

 冷たい空気の中に、ほんのり春が混じった風を肩で切りながら、人ごみの中を剛は歩いていた。日の高い昼下がり、4月の寒気と陽気が入り混じる特有の雰囲気。
 そう、今年から彼はある商社に勤めることになっていた。今日はいよいよ初出勤の日。といっても彼は書類をまとめたり、セールスにいったり、まして商品開発をするわけではない。大学時代の陸上の成績を買われて、「アスリート」として入社することになっていたのだ。
 彼自身も走ることは好きだったし、好きなことで飯が食えるのならば願ったり叶ったりだった。その上選手として引退した後もその商社で働けることになっていた。
「さぁてと、がんばるか!」
 言ったしり、路上でたむろしている女子高生と目が合った。凄い形相で睨まれる。
(うっわぁ〜)
 5人くらいで地べたに座り込み、菓子やら煙草やらを広げているその子達は、素顔はともかく厚い「仮面」に覆われてみるに見れない状態だった。
 「なんだよ。なんか文句あんのか?」
 思わず瞳を留めていたら、そんな文句をつけられた。生まれつき正義感が強いせいもあって、いろいろ言ってやりたいのは山々だったが、面倒も嫌いだし、何より初出勤くらい余裕をもってでたかったから何も言わずに視線を戻した。
 


「ふうぅ〜」
 何もかもが違った。大学時代では殆ど個人練習みたいな感じだったが、ここではメニューからストレッチ、さらには食事までこと細かに決められた。それはそれは厳しい練習だったが、先輩もコーチもみないい人ばかりで、とても充実した練習をする事が出来た。
 ベンチに座り、手にもっていたスポーツドリンク――勿論コーチ指定の――を飲み干し、シャワーを浴びて汗を流した。
 綺麗な夕日が、シャワーで少し冷えた体を優しく包む。そういえば、この前までよりもずいぶん日が落ちるのが遅くなったな。そんなことを思いながら帰り支度をする。
 会社所有のグラウンドから大通りに出る。今日の夕飯の支度を買いに行かないといけないから、駅前のデパートに寄らないとな。
 適度に疲れた体を動かしながら、ゆっくりと道を歩いていく。町の中心に近いから、道が細いにもかかわらず交通量は多かった。排気ガスが僅かに鼻を突いた。
 自転車のベルの音がして、慌てて前を見る。と同時に横を自転車が通り過ぎた。ここは歩行者優先だという事をわかっているのだろうか。多少憤慨したが、目の前の光景のほうがよほど大きかった。
 今朝会った、というか一方的に睨まれた女子高生のひとりが、あろうことか道の真ん中で何かを落とし、急いで拾おうとしている。幸い信号はまだ赤だが、いつ青になるかわからない。剛は慌ててそのこに声をかけた。
「おい!なにやってんだよ!跳ねられるぞ!」
 そのこは剛の声などまるきり無視して落ちた書類のようなものを拾いつづけている。そのときだった。
 あたりにトラックのクラクションが響き渡る。見ると、女の子の後ろからトラックが猛スピードで突っ込んできていた。
「あぶないっ!」
 迷いなど微塵もせずに、剛はその子のほうへと駆け出した。鍛えた両足が唸る。


 がつん。


 ああ、おれ、

 ――響く急ブレーキ音と、悲鳴と、舞い上がった血染めの風景画が宙に舞った――






 おれ、生きてるんだろうか。
 無機質な白い天井が視界に入る。薄ぼんやりとしていたが、一応は目が見えるらしい。同時に左手にぬくもりを感じた。誰かが手を握ってくれてるんだろうか。が、思い当たる人は居なかった。両親も遠い田舎にいる。それともただおかしくなってしまっただけだろうか。
「あ、幸田剛さん、気付かれましたか?」
 女の人の声がする。続いてパタパタという足音。そのあと少しの間があってから今度は二人分の足音が聞こえた。
「はい、幸田さーん、このライトを目で追いかけてみてください」
 言われたとおりに追いかける。
「はいオッケです。つぎはこの手を見てください。何本に見えますか?」
 目の前に出された2本指をしばらく見つめる。
「……ピースサイン」
「はい、そんな冗談がいえるなら大丈夫だね。最後にもう一回精密検査をするから、そのままもうちょっと横になっててください」
 はい、解りましたと答えて、瞳を閉じた。やがて二人分の足音が聞こえる。が、手のぬくもりはまだあった。
 もう一度目をあけて、次は少し体を起こした。ブレザーのようなものを着た女の子が見えた。
「あ、まだ安静にしていないといけませんよ」
 見知らぬ人だった。が、声はなんだか知ってる気がした。
「あなた……一体……?」
「あ、私、島村真奈美、って言います。」
 そう言うと、なぜか島村さんは目に涙を浮かべた。
「すみません……私のせいでこんなに……」
 とっさに、あのときの事を思い出す。そうか、この子はあの時道の真ん中で拾い物してた人か。化粧を落としていたので全然わからなかった。
「いいよいいよ。現に今こうして生きてるし。怪我もたいしたこと、無い……」
 何か、足のほうに違和感があった。いや、あったというよりは無いから違和感があったというほうがいいのかもしれない。
「ま、まさか……」
 布団をめくるのが怖かった。
「…………」
 島村さんは目を伏せて肩を震わせている。
「はは、まさかな、冗談、きついぜ……」
「ごめんなさい……」
 なんと言うことだろう。腕なんて、一本でも持っていってくれればいい。だが、足は、足だけは無くなっては困るのだ。走れなくては、走れなくては。
「すまない、少し、一人に、してくれないか……」
 無言で彼女は立ち上がる。荷物はあくまで置いたまま、後ろ手でドアを閉めて出て行った。
「…………」
 どこでどう道を間違ったんだろう。これじゃ走ることはおろか、満足に働くことすら出来ないかもしれない。
 ふと、彼女のカバンの下にあるデッサン帖に目がいった。おもむろにデッサン帖を抜き出し、開く。
 中には、別の世界が、あるいはこの世の素晴らしい風景を切り取ったものがはいっていた。あるいは、何の変哲も無いベンチが。あるいは雨上がりのバラが。そして最後のページに、病室で寝込んでいるせなかに翼の生えた絵がかかれていた。
 手のぬくもりを思い出した。あの涙を思い出した。あのデッサン帖を拾うひたむきな後姿を思い出した。
「…………」
 追い出してしまった自分を嫌悪した。後悔した。一時の感情に振り回されて、なんてひどい事をしてしまったんだろう。
 こんこん、とノックの音がした。こちらの返事を待たずにドアが開く。
「はい、幸田さん。調子はいかがですか?」
「……はい……」
 入ってきたのは先ほどの医者だった。しわしわのかおを和ませながら椅子に座る。
「先生、あの……僕の、僕の足は……」
「…………」
 和んだ顔が、険しく変わる。
「幸田さん。残念だが、あなたの足は、トラックに轢かれての。ほかは奇跡的に無事じゃったが、足だけはどうにもならんでの、膝より下を切除するほか無かった」
「……そう、ですか……」
「じゃが」
 先生が再び顔を和ませた。
「幸田さん。あなたはその足との引き換えに、大切なものを救った。大切なものを与えたのじゃよ。そして同時に、大切なものを手に入れたようじゃな。」
「……それは」
「それは、幸田さん。お前さんが考える事じゃよ。ではの。わしは邪魔なようなのでの」
 そう言って医者は出て行った。入れ替わりに島村さんが入ってくる。
「……幸田さん、あの」
「ごめんな」
 島村さんは驚いて頭を上げた。
「ごめんな。俺、心配してついててくれた人、追い出しちゃうなんてさ」
「いえ……、私のほうこそ」
「私のほうこそ、ごめんなさい。謝ってすむような問題じゃないけれど、私、一生あなたの足の代わりになる」
 え? と僕は聞き返した。
「……勿論、あなたがそれでよければ……ですけど」
「いや」
 え? と今度は島村さんが聞き返した。
「足の代わりなんていらないよ。俺の足は動かなくなっても、俺の足だ。たとえ目が見えなくなったって、足が動かなくなったって」
 一呼吸おいた。
 ――君のぬくもりは、ちゃんと感じる事ができるから。できればぬくもりを俺に届けて欲しい――





 その後、僕はあの会社の社長のご厚意のおかげで、デスクワークに追われている。
 確かになれないことではあるが、どの道働かざるもの、食うべからずだ。もちろん、養わなければならない身だからというのもある。
 彼女はあれ以来、あんな化粧はしなくなった。日の当たるアトリエで、創造にくれている。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
 靴を履いている僕の後ろで、彼女は柔らかく微笑む。そのあと軽い口づけのあと、僕らは必ず手をつなぐ。絆を。大切なものを確認するように。

 人は皆、何かのかわりに。何かの代償に何かを手に入れる。死にたくなるような運命なのかもしれないけれど、きっと、それも、人生、なのだ。


 ――あとがき――
 最後までお読みくださって有り難うございました。今回のテーマ、代償。難しいテーマですが、命をかけてまで守るべきもの、というのが伝われば幸いです。
 なお、今回の主人公の容姿については一切触れていません。そのほうが自分と置き換えて考えやすくなるかなと思ったからです。
 最後になりましたが、トラックバックしていただいたばっど様、毎回本当に有り難うございます!

閉じる コメント(6)

はじめまして、ぱっどさんのところから来ました。前向きに進もうとする人物が後味をすがすがしいものにしていると思います。とても良い作品だと思いました。

2007/2/17(土) 午前 9:54 はなみ

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はなみ様、はじめまして☆ お褒めいたただき有り難うございます! 二人の微妙な運命、そしてそれぞれの代償。そんなものが重なって、重なって人生が紡がれていくのだと思いますね〜。(たったの18年しか生きてませんが^^;)

2007/2/17(土) 午後 0:56 Ron

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RONさん、参加ありがとうございます。ブログ再開もめでたいです。今時の女の人の化粧はみんな同じような感じでまさに仮面といった感じでなるほどと思いました。しかし、その仮面の下には意外にも人を思いやる心があったのですね。代償がおおきかっだが人の縁たるや不思議なものですね。

2007/2/17(土) 午後 4:24 ばっど

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ばっど様、有り難うございます!おかげさまでようやく再開です^^ うちのあたりはまだ田舎なのであんまりそういう人は見かけませんが、それだから余計に都会に戻ると目に付くのかもしれませんね……。ブログで皆様に知り合えたことは最大の「縁」ですね^^

2007/2/18(日) 午前 1:11 Ron

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ばっとさんのトラックバックから参りました。良いお話でした。確かに難しいテーマではあります。しかし、とても上手くまとめていらっしゃると思いますよ。主人公の容姿に触れなかった事が良かったです。技が光りますね。

2007/2/24(土) 午後 1:52 [ - ]

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Argyle様、コメント有り難うございます☆ やや、なんか短くまとめようと思ったらちょっと話がギクシャクなってしまったもので^^; これからもそんなお言葉もらえるように精進してまいります^^

2007/2/25(日) 午後 8:03 Ron

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