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「ね〜。ほんとアシュリー役の本条香奈子さん、すっごい演技力だったね〜」 「ほんとほんと。特に普通の人間の時とその仮面がとれて魔女の面が明るみになったときのギャップ! 思わずぞくぞくって来ちゃったよ〜!」 「だよなぁ。しかも美人でスタイルもいい。俺マジで惚れそうになっちゃったよ!」 「え〜、残念でした〜。本条さん、実は結婚してるらしいよ〜」 「え、そうなの!? まあ確かに当然か。あんなおしとやかで、それでいて快活そうな美人、ちまたの男 どもが放っておくわけないもんなぁ」 「そゆこと♪ っじゃ、そろそろお昼でも行きますか〜」 「だな!」 ――そんな会話が聞こえてきた。この劇の主役、本条はこういった観客の感想を舞台そでで聴くのが大 好きだった。さっきの演技の良し悪しとか、舞台の成功度が分かるし、何より次の公演の励みになるか ら。だからいつも一人最後まで残ってみなの感想をここで聴いて回るのだ。 「本条さん、今回の劇の成功挨拶行きますよー」 「……あ、はい……」 スタッフの人に呼ばれて、本条は小走りで楽屋のほうへ戻る。楽屋につくと、そこにはもうみな全員が 集まっていた。 「やっと今回の主役が来たよ。それじゃ、成功祝い始めようか」 「まずは監督から。どうでしたか、今日の公演」 スタッフの人が監督へと話を向けた。みなも監督のほうへいっせいに向き直る。 「そうだな。まあ、今回の公演はおおむね成功したと言っていいだろう。ただ、各々の感情の移入の仕方 がばらばらで、誰かが浮いているようにも聞こえる。そこを今後気をつける事。役柄、と言う仮面を劇場 で被った時点で既にそいつはその物語の一人となる。なりきるのではなく、その人物そのものになるの だ。その事を頭に叩き込んで、いつ、どのような仮面でも即座にその役になれる事が大切だ。演劇はこの 一本で終わりではないからな」 「はい」 みながいっせいに返事をする。スタッフが次の人に話を向けた。 「はい、それじゃ次はこの話の主役、アシュリー役の本条さん。初公演でしたが、どうでしたか?」 同様に皆の視線が一斉に本条の方に向けられる。 「え。私、ですか……? 私は……」 何かを言っているものの、後のほうは消え入るような声で聞こえない。 「おいおい香奈子ちゃん。演劇の時とはえらいちがいだな」 軽い冗談のつもりでエドワード役の男が言う。が、本条はさらに顔を真っ赤にして黙り込んだ。 「す、すみません……話すこ…………」 ただでさえ小さい声がうつむいてさらに聞こえなくなる。 そこに監督が口をはさんだ。 「まあまあ。いいじゃないか。これもさっきのお話しのいい例えだ。本条は劇中ではあのアシュリーと言 う仮面を被っている。だからあれは本条ではなく、アシュリーなんだ。そして本状の演技力が飛びぬけて 高いのも、ここの切り替えが人よりもうまいからだ。そこを皆も見習え。」 「監督、ぁ…………ございます……」 本条が真っ赤のまま、監督に対して礼を言った。が、それも最後まで聞こえない。やれやれ、と監督が 本条に対して付け加えた。 「……とはいえ、本条。それでは他の人に何も伝わらないぞ。演技を磨くのもいいが、たまには自分自身 の演技も磨いたほうがいいとは思うぞ」 「……はぃ……」 「よし。今日はもう遅いし、肝心の本開演は明日だからな。皆明日に備えてゆっくり休む事。間違っても 飲んで潰れたりしないようにな。では解散」 「お疲れさまでしたー」 皆それぞれの楽屋へと帰る。中には忠告を無視して飲みに行く奴もいたが、幸い本条はその誰からも声 をかけられなかった。やはり既婚者だからだろうか。 「……帰ったら家の事、しないといけないなぁ」 そう思いながら一人、家路につくのであった。 「やばいやばい!」 香奈子から電話があったのは7時55分。いつもの終わった時間からかけたとすれば、恐らく猶予はあと1 0分もない。 ソファでビール片手に野球に熱中していた彼、本条和仁は呆然として部屋を見渡した。床には脱ぎ散ら かした寝巻きや靴下。台所は昼ご飯の洗い物で埋められ、おまけに頼まれていた洗濯物は未だにベランダ で泳いでいる。 「和仁、落ち着け、落ち着くんだ! 必ずどこかに全てをうまく収める方法があるはずだっ!」 とりあえず、時間稼ぎに鍵をかけ、ドアチェーンをかける。普段なら彼女が帰る2分前に外しておくの だが、(あの開けた瞬間がんっ!って言うのがいやらしい)今日はまあ忘れていたって言うことで許して もらおう。 それから急いで洗濯物を入れる。多少干し過ぎて冷たく湿っているが、なんとか明日の朝までには乾く だろう。と言うか乾いてくれ。 その後に急いで洗い物をする。幸い今日の昼はサンドイッチだったのであまり皿は出ていなかった。よ し、なんとか間に合った―― がんっ! 「!!」 玄関までダッシュして鍵とチェーンを外す。ドアを開けてみるとやはり不機嫌そうな香奈子の姿があっ た。 「香奈子、おかえ」 「なんでドア、開けてないの」 早速にらまれる。 「い、いや……ちょっと忘れてて」 「ふぅん。まあいいけど。」 そのまま香奈子はヒールをぬいで上がる。ほっ。なんとかうまく切り抜けれそうだ。 「ねえ、ちょっと位荷物持ってよ」 「あ、ああ、ごめんごめん。はい」 香奈子が持っているかばんと紙袋を持つ。一足先にソファにかばんを置き、玄関にいる香奈子のスプリ ングコートを脱がそうとする。 「もう、そこまでしなくていいから。……今日なんかあったの?」 まずい。怪訝そうな顔で見られてる。 「い、いいやいや、別になにも!」 「……ふうん」 そのまま香奈子はソファへと倒れこむ。よっぽど疲れてたの……かな? そのまま瞼が落ちるか……と思われたが違った。 「ねえ。ビールは?」 「は?」 「ビール」 しまった。今日さっき飲んじゃったんだ。 「まさかあんた、私のビール飲んだんじゃないでしょうね!?」 「…………」 はぁ、と香奈子が溜め息をつく。 「じゃ、買ってきて」 「は?」 は? 今なんとおっしゃいましたか。 「は、じゃなくて。ビール買って来て」 「い、いや、でも今日はもう時間も」 「買ってこい」 「……はい」 諦めて財布を持って玄関へと出る。 「ついでにつまみと焼酎もねー」 「……はぁ」 深く、深く溜め息をつく。 「返事は!?」 「あ、はいぃ!」 これ以上何も言われないように外へと飛び出した。後ろのドアがしまった瞬間、ガチャンと思いっきり 鍵が閉まる音とチェーンがかかる音が。 「…………」 「……はぁ」 まさかあの彼女が、人前では声も出せないような彼女が、結婚を境にこれだけ変わってしまうとは。恐 らく自分以外はこの真実を知らないだろう。最近の俺は、彼女のどこまでが仮面を被った「役柄」で、どこ からが彼女の「本心」なのか、分からなくなってきつつある。 ……できれば、今の「香奈子」が「仮面」のほうであって欲しい。俺は切にそう願う。 あとがき ……いかがでしたでしょうか。私たちは日常生活中でさまざまな「仮面」を被って生活していると思います。でも、これって、どれが本当の「仮面を被ってない本当の私」になるんでしょうね。案外、難しい問題だと思いますよ。もしお時間がおありでしたら、一度考えて見てください。
最後になりましたが、ばっどさま、いつも楽しいお題や連絡頭有り難うございます。お忙しそうですのに、本当に感謝感謝です^^そして皆様、これからもよろしくお願いしますね |
ショートストーリーとか
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ばっどさまの第5回、ついについに来ましたよ! 今回のテーマは「仮面」です。 では早速行きましょうか! 「ああ、父上! どうして反対なさるのですか!」 割と高めの男の声が、ホール上の建物に響きわたる。謁見の間に座っている国王らしき人物がその男の 問いに答えた。 「きまっとるであろう! そやつは魔女じゃ! 結婚したら最後、わしらの生き血を残らずすするような 女との結婚を、わしが許すはず無かろう!」 「父上! そのような言い方はおやめください! 私は、彼女がたとえ魔女だろうと、心の底から愛して いるのです! 今更どう言われようと、この心のたぎりを消すことなどできません!」 二人が言葉でもめる間に、一人の紅いドレスをまとった美女がたたずんでいる。 「…………」 「いかん! いかんと言ったらいかんのじゃ!」 不意に、その美女が口を開いた。 「……もう、いいのよエドワード。」 「!? 何を言っているんだアシュリー! 二人で……二人で一緒に式を挙げようって、そう誓いあった じゃないかっ!」 精一杯の口調で、エドワードはアシュリーに語りかける。が、彼女の表情はすぐれる事はなかった。 「……でも、もう私、あなたがこれ以上傷づくのを見ていられないの……」 そういって、アシュリーは国王のほうへと向き直った。 「お父さま。このたびはたいへんなご無礼、申し訳ありませんでした。私はもう、故郷へと、帰ります。 二度とあなたの土地を踏むような事は致しません」 深深と、頭を下げる。 「アシュリー!」 「よかろう。ふん、魔女でもそれなりの礼儀心はあるようじゃの。本来ならここで火あぶりの刑に処すつ もりだったのじゃが、気が変わった。もう帰って良いぞ」 「父上!! なんて事を!」 「いいのです、エドワード。やはり、私たち人間と魔女は、互いに相容れぬ存在……。仕方のない事、な のでしょう。」 魔女は体を翻し、謁見の間の出口へと体を向けた。彼女が身にまとっている紅いドレスがぶれて、まる で鮮血のように見える。風を切るような音がした。 そして、それは見間違いではなかった。 彼女の体がゆっくりと地面に沈む。エドワードには何が起きたのか見当もつかなかった。 「アシュリー!!」 エドワードは急いでかけより、アシュリーの体を抱き起こす。 「アシュリー、アシュリー! お願いだ、目を開けてくれ! もう一度、私の名を呼んでくれ……!」 くくく、と気味の悪い笑い声が響き渡る。そちらを見ると、国王が自動弓を抱えて笑っていた。 「……火あぶりはやめて、弓で打ち殺すことにした。そのほうがより他の魔女へのみせしめとなるであろ うて」 エドワードはその言葉を聴いた瞬間、はじけたように体を起こし、国王へ向き直った。 「父上、私はあなたを許さない!!」 エドワードが腰の刀を抜き、床を蹴って父親へ斬りかかる。同時にエドワードの左胸に激痛が走った。 「かはっ」 あまりの痛みに眩暈がし、エドワードは床に片膝をついた。 「おまえも哀れよのう。おまえ自身に罪は無いが、今となってはちと邪魔なのでの。怨むなら出来の良か った次男、この王国の時期国王を怨むのじゃな」 国王がエドワードに向かって満面の笑みを浮かべた。 「く、くそう……。アシュリー、すま……ない」 意識が朦朧とし、そのままエドワードは床に倒れこむ。床についている左頬が妙に生温かい。 「では、エドワードよ。お別れだ」 国王は自動弓に矢をつがえ、エドワードの頭を狙う。国王のその顔は、狂気の笑みで満ち満ちていた。 「ふ、ふふ、ふははぁ!!! やった、やったぞ! これでわしの永……えんの……」
とてつもないオーラに気付き、国王が振り返る。その目線の先には右胸に矢の刺さった女がいた。さっ
き、自分がこの手で殺めたはずの、あの女が。「き、貴様……! なんで」 そこまで言うと同時に、国王が後ろへ吹き飛んだ。 「ま、待て……! わしが悪かった! 何でも、何でもするから命だけは……」 ゆっくりと、煙の中を足音だけが近づいてくる。 「頼む! なんでも好きな物を与える!だからわしのいの」 「欲しいのは貴様の命だ」 「そう! 命でもなんでも……え?」 「有り難く、頂戴する……」 国王の断末魔が響き、そして静かに、何も聞こえなくなった。 数刻の後、辺りが暗くなり、ブザーがなる。そして頭上から真紅の布が下りてきた。 「え〜、皆様いかがでしたでしょうか。この春公開のエルディニア国の波乱劇! 是非是非劇場のほうに も足を運んで見てください。なお、当先行上映会の――」
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冷たい空気の中に、ほんのり春が混じった風を肩で切りながら、人ごみの中を剛は歩いていた。日の高い昼下がり、4月の寒気と陽気が入り混じる特有の雰囲気。 そう、今年から彼はある商社に勤めることになっていた。今日はいよいよ初出勤の日。といっても彼は書類をまとめたり、セールスにいったり、まして商品開発をするわけではない。大学時代の陸上の成績を買われて、「アスリート」として入社することになっていたのだ。 彼自身も走ることは好きだったし、好きなことで飯が食えるのならば願ったり叶ったりだった。その上選手として引退した後もその商社で働けることになっていた。 「さぁてと、がんばるか!」 言ったしり、路上でたむろしている女子高生と目が合った。凄い形相で睨まれる。 (うっわぁ〜) 5人くらいで地べたに座り込み、菓子やら煙草やらを広げているその子達は、素顔はともかく厚い「仮面」に覆われてみるに見れない状態だった。 「なんだよ。なんか文句あんのか?」 思わず瞳を留めていたら、そんな文句をつけられた。生まれつき正義感が強いせいもあって、いろいろ言ってやりたいのは山々だったが、面倒も嫌いだし、何より初出勤くらい余裕をもってでたかったから何も言わずに視線を戻した。 「ふうぅ〜」 何もかもが違った。大学時代では殆ど個人練習みたいな感じだったが、ここではメニューからストレッチ、さらには食事までこと細かに決められた。それはそれは厳しい練習だったが、先輩もコーチもみないい人ばかりで、とても充実した練習をする事が出来た。 ベンチに座り、手にもっていたスポーツドリンク――勿論コーチ指定の――を飲み干し、シャワーを浴びて汗を流した。 綺麗な夕日が、シャワーで少し冷えた体を優しく包む。そういえば、この前までよりもずいぶん日が落ちるのが遅くなったな。そんなことを思いながら帰り支度をする。 会社所有のグラウンドから大通りに出る。今日の夕飯の支度を買いに行かないといけないから、駅前のデパートに寄らないとな。 適度に疲れた体を動かしながら、ゆっくりと道を歩いていく。町の中心に近いから、道が細いにもかかわらず交通量は多かった。排気ガスが僅かに鼻を突いた。 自転車のベルの音がして、慌てて前を見る。と同時に横を自転車が通り過ぎた。ここは歩行者優先だという事をわかっているのだろうか。多少憤慨したが、目の前の光景のほうがよほど大きかった。 今朝会った、というか一方的に睨まれた女子高生のひとりが、あろうことか道の真ん中で何かを落とし、急いで拾おうとしている。幸い信号はまだ赤だが、いつ青になるかわからない。剛は慌ててそのこに声をかけた。 「おい!なにやってんだよ!跳ねられるぞ!」 そのこは剛の声などまるきり無視して落ちた書類のようなものを拾いつづけている。そのときだった。 あたりにトラックのクラクションが響き渡る。見ると、女の子の後ろからトラックが猛スピードで突っ込んできていた。 「あぶないっ!」 迷いなど微塵もせずに、剛はその子のほうへと駆け出した。鍛えた両足が唸る。 がつん。 ああ、おれ、 ――響く急ブレーキ音と、悲鳴と、舞い上がった血染めの風景画が宙に舞った―― おれ、生きてるんだろうか。 無機質な白い天井が視界に入る。薄ぼんやりとしていたが、一応は目が見えるらしい。同時に左手にぬくもりを感じた。誰かが手を握ってくれてるんだろうか。が、思い当たる人は居なかった。両親も遠い田舎にいる。それともただおかしくなってしまっただけだろうか。 「あ、幸田剛さん、気付かれましたか?」 女の人の声がする。続いてパタパタという足音。そのあと少しの間があってから今度は二人分の足音が聞こえた。 「はい、幸田さーん、このライトを目で追いかけてみてください」 言われたとおりに追いかける。 「はいオッケです。つぎはこの手を見てください。何本に見えますか?」 目の前に出された2本指をしばらく見つめる。 「……ピースサイン」 「はい、そんな冗談がいえるなら大丈夫だね。最後にもう一回精密検査をするから、そのままもうちょっと横になっててください」 はい、解りましたと答えて、瞳を閉じた。やがて二人分の足音が聞こえる。が、手のぬくもりはまだあった。 もう一度目をあけて、次は少し体を起こした。ブレザーのようなものを着た女の子が見えた。 「あ、まだ安静にしていないといけませんよ」 見知らぬ人だった。が、声はなんだか知ってる気がした。 「あなた……一体……?」 「あ、私、島村真奈美、って言います。」 そう言うと、なぜか島村さんは目に涙を浮かべた。 「すみません……私のせいでこんなに……」 とっさに、あのときの事を思い出す。そうか、この子はあの時道の真ん中で拾い物してた人か。化粧を落としていたので全然わからなかった。 「いいよいいよ。現に今こうして生きてるし。怪我もたいしたこと、無い……」 何か、足のほうに違和感があった。いや、あったというよりは無いから違和感があったというほうがいいのかもしれない。 「ま、まさか……」 布団をめくるのが怖かった。 「…………」 島村さんは目を伏せて肩を震わせている。 「はは、まさかな、冗談、きついぜ……」 「ごめんなさい……」 なんと言うことだろう。腕なんて、一本でも持っていってくれればいい。だが、足は、足だけは無くなっては困るのだ。走れなくては、走れなくては。 「すまない、少し、一人に、してくれないか……」 無言で彼女は立ち上がる。荷物はあくまで置いたまま、後ろ手でドアを閉めて出て行った。 「…………」 どこでどう道を間違ったんだろう。これじゃ走ることはおろか、満足に働くことすら出来ないかもしれない。 ふと、彼女のカバンの下にあるデッサン帖に目がいった。おもむろにデッサン帖を抜き出し、開く。 中には、別の世界が、あるいはこの世の素晴らしい風景を切り取ったものがはいっていた。あるいは、何の変哲も無いベンチが。あるいは雨上がりのバラが。そして最後のページに、病室で寝込んでいるせなかに翼の生えた絵がかかれていた。 手のぬくもりを思い出した。あの涙を思い出した。あのデッサン帖を拾うひたむきな後姿を思い出した。 「…………」 追い出してしまった自分を嫌悪した。後悔した。一時の感情に振り回されて、なんてひどい事をしてしまったんだろう。 こんこん、とノックの音がした。こちらの返事を待たずにドアが開く。 「はい、幸田さん。調子はいかがですか?」 「……はい……」 入ってきたのは先ほどの医者だった。しわしわのかおを和ませながら椅子に座る。 「先生、あの……僕の、僕の足は……」 「…………」 和んだ顔が、険しく変わる。 「幸田さん。残念だが、あなたの足は、トラックに轢かれての。ほかは奇跡的に無事じゃったが、足だけはどうにもならんでの、膝より下を切除するほか無かった」 「……そう、ですか……」 「じゃが」 先生が再び顔を和ませた。 「幸田さん。あなたはその足との引き換えに、大切なものを救った。大切なものを与えたのじゃよ。そして同時に、大切なものを手に入れたようじゃな。」 「……それは」 「それは、幸田さん。お前さんが考える事じゃよ。ではの。わしは邪魔なようなのでの」 そう言って医者は出て行った。入れ替わりに島村さんが入ってくる。 「……幸田さん、あの」 「ごめんな」 島村さんは驚いて頭を上げた。 「ごめんな。俺、心配してついててくれた人、追い出しちゃうなんてさ」 「いえ……、私のほうこそ」 「私のほうこそ、ごめんなさい。謝ってすむような問題じゃないけれど、私、一生あなたの足の代わりになる」 え? と僕は聞き返した。 「……勿論、あなたがそれでよければ……ですけど」 「いや」 え? と今度は島村さんが聞き返した。 「足の代わりなんていらないよ。俺の足は動かなくなっても、俺の足だ。たとえ目が見えなくなったって、足が動かなくなったって」 一呼吸おいた。 ――君のぬくもりは、ちゃんと感じる事ができるから。できればぬくもりを俺に届けて欲しい―― その後、僕はあの会社の社長のご厚意のおかげで、デスクワークに追われている。 確かになれないことではあるが、どの道働かざるもの、食うべからずだ。もちろん、養わなければならない身だからというのもある。 彼女はあれ以来、あんな化粧はしなくなった。日の当たるアトリエで、創造にくれている。 「いってきます!」 「いってらっしゃい」 靴を履いている僕の後ろで、彼女は柔らかく微笑む。そのあと軽い口づけのあと、僕らは必ず手をつなぐ。絆を。大切なものを確認するように。 人は皆、何かのかわりに。何かの代償に何かを手に入れる。死にたくなるような運命なのかもしれないけれど、きっと、それも、人生、なのだ。 ――あとがき――
最後までお読みくださって有り難うございました。今回のテーマ、代償。難しいテーマですが、命をかけてまで守るべきもの、というのが伝われば幸いです。 なお、今回の主人公の容姿については一切触れていません。そのほうが自分と置き換えて考えやすくなるかなと思ったからです。 最後になりましたが、トラックバックしていただいたばっど様、毎回本当に有り難うございます! |
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「…………え」 「……おいおいおいおい!!」 男は慌ててベッドから飛び起きた。時計は午前10時を指している。 「なんで誰も起こしてくれなかったんだよ!」 が、その声に返事をするものは誰もいなかった。隣のベッドは既に空だった。 「こんな事ならもっと早起きしとくんだったよ……」 言いながらそばにおいてある真新しいスーツを手に取った。幸いネクタイの結び方は昨日の晩に練習してある。スーツ自体はすんなり着ることが出来た。 上着を着て、腕時計をつけながら階段を下りる。ダイニングテーブルにはおにぎりと味噌汁がラップをかけて置いてあった。が、勿論のんびり朝食など取っている場合ではない。忙しい朝でもこんな素敵な朝食を作ってくれる嫁に楽をさせるためにも、今日は絶対に失敗してはいけない日なのだ。 売れない小説家にある日舞い降りた希望。それを無為にするわけにはいかない。 美味しそうな匂いを振り払いつつ、書類を持って家を飛び出し、駐車場の車に火を入れた。うるさいエンジン音があたりに流れる。 こんなときに、自分が車好きで本当によかったと男は思った。 アクセルを床まで踏み込みながら、寝起きの頭を精一杯振り起こし、腕時計に目をやった。時計は10と9を指している。 「原稿の〆切りは11時だろ…? 飛ばせば何とか間に合うはずだ」 自分に言い聞かせるようにして男は独り言を言った。車は心地よい加速度とともに動き出す。 ようやく主要道路まで出てきた。が、今は昼時。道路は当然混んでおり、男の車は案の定渋滞に巻き込まれてしまった。 「おいおい……頼むよまったく……」 仕方が無いので車を脇に寄せて自販機に向かった。昔から忙しいときでもコーヒーだけははずせない性分だった。無論今も例外ではない。 前の信号が青に変わったので、男は急いで缶コーヒーを一気に飲み干し、自分の車へと向かった。 「何で今日に変わってこんなに混んでるんだ……?」 男が一人つぶやく。 「それはこの先で銀行強盗があったからさ」 「!」 危うくさっきのコーヒーが出てくるところだったところを何とか飲み込む。 こめかみの所に冷たいものが当てられた。 「おとなしく言う事を聞けば命を奪ったりはしねえ。」 助手席に誰かが座っている。それを男はいまさらながらに気付いた。 「あ、あんたが銀、行強盗犯、か」 「いらないおしゃべりは後にしようぜ。それよりも早く車を出せ」 銃がさらに強く押し当てられて、男はついに喋る事すらできなくなってしまった。 震える足でアクセルを踏む。信号が変わっているので道路はすき始めていた。 「おまわりさんに追っかけ回されたくなかったらもっと速く走るんだ」 いうことの効かない足を無理矢理押し込む。強盗犯らしい男が誘導して、車は高速道路のほうへと向かった。 「料金所は当然無視だ。もうすぐ後ろまで尻尾さんが来てるからな」 言われるままに料金所のバーを弾き飛ばす。車のフロントに傷がついた。 悪夢だ、と思いながら男には従うほか道は無かった。それにこの道は編集社のある方向に向かってる。運がよければ初回の分の原稿だけでも提出できるだろう。 僅かな希望を胸に秘めて車を飛ばした。しかし次の瞬間希望も吹き飛ぶ。 左のほうで銃声がした。慌ててみると、犯人の持つ銃から硝煙が立ち込めていた。 同時に後ろのほうからも銃声が。自慢のボディに弾痕が並び、リヤガラスは木っ端微塵に砕け散った。 「おいおいおいおい……」 「兄ちゃん、頭下げてねえと危ないぜ」 犯人は言いながら後ろのパトカーに向かって発砲した。銃声が耳をつんざき、硝煙が鼻をつく。 「オイ、リロードしてくれ」 「は?」 「だから、再装填だよ!早くしねえと兄ちゃんも死ぬぞ!!」 膝に銃と予備の弾倉が乗せられた。犯人は懐から別の銃を取り出して撃ち込んでいる。男は仕方なく空の弾倉を落として新しい弾倉を入れた。 「これでいいのか?」 「ああ、わりいね」 男は犯人の足元に銃を置き、再び運転に専念した。メーターは180しかない目盛りを振り切っている。 こんなの何かの間違いだ。じゃなけりゃ夢だ。まるで映画の世界に飛び込んだような、信じられない世界。男は眩暈を感じた。 「そこで降りてくれ。降りた後はまっすぐにある橋を渡るんだ」 なぜかは知らないが、その道はまんま編集社行きだった。不幸中の幸いか、それとも不幸で終わるのか。ドッキリかもしれないなと思いながら料金所を突っ切る。 後ろにはパトカーが5台。まだ銃撃戦は続いている。 幸いに道はすいていて、橋まではすんなりと通れた。 ようやく橋の中央あたりへと差し掛かった。後ろは依然として5台ついてきている。 「まずい」 犯人が前を見てつぶやいた。慌てて男も前に目を凝らす。赤い光が5個、見えた。 男はとっさにブレーキを踏んだ。後ろのパトカーと前から来たパトカーに完全に包囲される。 「武器を捨てて投降しろ!!」 警官がメガホンで叫ぶ。犯人と男は仕方なく手を上げながら車の外へと出た。 「その場で伏せろ!!」 言われるままに男は伏せた。盾を持った完全武装の警官が、こちらに銃を向けているのが見えた。 しかし、犯人は薄気味悪い笑いを漏らした。 「オイ、何がおかしいんだよ?」 「兄ちゃん、今までありがとな。おかげで逃げ切る事が出来たよ」 「?」 「じゃあな。地獄で会おうぜ」 犯人はそのまま端へと走っていった。 そして、落ちた。 「!!!」 犯人はちょうど通った船に、ちょうど引いてあったマットに着地して、そのまま船は外海に出て行った。 「…………」 一瞬の沈黙。そして再び警官の声。 「仲間に逃げられて残念だったな」 「ち、違う!!俺は脅迫されて……」 「どの道、お前の帰る場所などありゃせんよ」 「え……?」 「そろそろ起きたらどうだ?お前にはタイム・リミットがあるのだろう?」 「ほんとだ!!」 「今何時か、わかっているのかね?」 そう言いながら、警官は立ち上がるのに手を貸してくれた。 「私の時計を見ろ」 その時計は、11と8を指していた。 「くそぅ……」 そのまま男は崩れた。 「そろそろいいかげんにおきたまえ」 「……もう、いいよ……」 「ほら」 「起きないといけないんでしょう?大事な原稿の〆切だって、あなた昨日ネクタイの結び方まで練習してたじゃない」 「え?」 そこで目がさめた。 「え?」 「いいの? もうお昼よ?」 男が見た顔は、警官の顔ではなく愛しい妻の顔だった。 ベッドのぬくもりと、パジャマの肌触りを感じながら、 時計は11と9を指していた。 1年後。 彼はベストセラーを抱える売れっ子作家になっていた。あの時、結局時間には間に合わなかったが、彼の熱意が通じたのか何とか原稿は受け取ってもらった。 それはそこそこしか売れなかったが、次に出したのが大成功だった。 題名は、「夢か、現実か」 ――あの時、あの夢をみていなかったら、俺は今こうして幸せをつかんではいないだろう。全く、世の中って言うのはいつ何が起こるかわからん。
まあ、そこが面白い所なんだが。 |
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私はいじめが嫌いだ。 決して奇麗事でもなければ、嘘なんかでもない。 理解できないからだ。 人を傷つけて自分が悦を得る、その理由がわからないからだ。 人を傷つける権利などどこにも無いし、無意味に傷つけられる必要など全く持って、無い。 そう感じているからだ。 そしてなにより それを黙って見過ごすことしか出来ない自分が歯がゆく とても矮小なやつなのだと再認識させられるからだ
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