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二人は道を急いだ。セフィは気付いていないようだが、ナイトと呼ばれている王宮第一部隊は今まで 「ストライダー狩り」 の最前線に立つことは無かった。何故なら、本来彼らはこのグランディリオ帝国を 防衛するための精鋭部隊であり、首都であるロードミゲールから出て戦闘行動を展開するということは 即ち、首都を守る兵士はほぼ皆無とになるということになるからだ。 なぜ、それほどまでしてストライダーを「狩る」のか、ヴェルデにはわからなかった。 いつもと違う異例の軍事行動、そして何より二週間前の王妃の変死・・・そしてその直後の再婚、同時 に発行されたストライダー討伐の令。明らかに現王妃が怪しいが、かといって二人ではどうすることもで きない。それについての情報を得るためにも、ミレットへ急がねば。 「セフィ、急ぐぞ。」 「え、うん……。」 セフィはほんの少し当惑した。今でさえ今だかつて無い速さで歩いている。これをさらに速くするのか と思うと、さすがのセフィも自信がなかった。確かに急がなければならない理由もわかる。追っ手も日に 日に強くなっていく。現にさっき戦った兵士たちは、今まではずしたことの無い不意打ちを一発かわされ てしまっていた。ヴェルデもいつもより少しだけ息があがっていたようだし、よくわからないけどこのま まじゃ危なくなるかもしれないと思った。 二人はやがてグレン平野を抜け、けわしいトドノ山道へと入っていった。 二人は言葉少なくトドノ山道を歩いていた。だんだんと道幅が狭くなり、傾斜が激しくなっていく。 「あ、馬車があるよ?」 セフィの指す先には、確かに馬車が一台止まっていた。が、何か様子がおかしい。 「様子が変だ。セフィ、戦闘の準備を」 「うん」 次の瞬間、6回の銃声。続いて鋭い叫び声。 ゆっくりと近付いてみる。馬車の荷台部分は切り裂かれ、そして馬車引きはすでに事切れ、中の乗客5 人も同じ道を辿っていた。 「……酷い……」 恐らく山賊か、飢えた冒険者だろう。……にしても、皆殺しとは。 「……行こう。ここで俺達にできることは何も無い。」 「うん……。そだね……」 なるべくセフィに見せないように、足早にそこを立ち去ろうとした。その時、茂みの陰から二人の男が 出てきて、行く先をふさいだ。 「おっとお二人さん。これを見たからには生きて帰す訳にはいかねえな。」 そう言いながら一人が手にもっているリボルバーをちらつかせる。 「……おまえら、物盗りか? それとも飢えた冒険者か?」 静かにヴェルデの手がグラディウスの柄にかかる。 「あぁ? キミこれが見えないの? 下手なこと言うと、殺すよ?」 下品な笑いを吐きながら、リボルバーを持った男が言った。 「おい、待てよ。よく見たらキミ、可愛いね? 良かったら俺らと良い事しない?」 「断ります。」 セフィが全く無表情に言い放った。セフィがこういう言い方をするときは一つしかないよな。 「つれないねぇ〜、キミ。……悪いけど、俺らそんなに気が長くないんだ。」 そう言いながら二人はセフィに近付いていく。 「セフィにそれ以上近付くな」 グラディウスを抜く。 「良いんだよ、ヴェルデ。」 不自然なほどの笑みをヴェルデに向けた。 「あれ〜、彼氏? ふられちゃったよ? ……じゃ、君、行こうか」 セフィの言葉をどう捕らえたのか、一人がセフィの方に手を置こうとする。 ばしん。 瞬間にセフィの右手がぶれて、男が一回転して地面に倒れこんだ。 顔を張られた男が真っ赤になってキレた。 「こっ、この女ぁ!! いい気になりやがって!!」 男がリボルバーを向ける。 「?、良いよ、撃ちなよ。」 倒れた男を冷たい目で見下しながらさらりと言う。 「くそっ!! なめやがってぇ〜!」 男がトリガーを絞る。ハンマーがおき、そして落ちた。 金属音が響く。何度やっても同じ結果。 「何で?! 何で弾が出ない?!」 あきれてセフィがまるで子供に教えるように言った。 「……あのね、あなたそのリボルバーの装弾数わかる?」 「6発に決まってるだろ!! 見りゃ解る!!」 頭の線が切れてしまった彼はもう止まらない。 騒ぎ立てる男に相反してセフィが静かに言う。 「じゃああなたここで罪も無い人たちを何人殺めたのかな?」 「ああ?! 6人だよ!! 一人一人、逃げる奴等の頭をばん、だ。」 最後の言葉のほうには完全に自己陶酔の意が含まれていた。 「あなた、そのあとリロードした?」 ゆっくりとセフィが言う。 男もようやくわかったらしく、顔を次は真っ青にした。 やがてまた真っ赤になって喚き散らす。 「く、くそっ!! 殺してやる、殺してやる!!」 道理の通らぬ言葉を喚きながら男は弾を取り出して装填しようとする。が、焦って取り落としてしま う。 「……もうひとつ、いい事教えてあげる。」 「え……?」 セフィは男の右手を蹴り上げて、銃を弾き飛ばし、その銃を自分の手に収めた。左手には男の持ってい た弾がもう握られている。 「……銃っていうのは、」 エジェクターを押して、排莢し、二発の弾丸を銃に込めた。 まさに早業。 「こうやって撃つんだよ?」 タン、タンと、乾いた射撃音が響いた。 その弾は男の右肩と左腿を貫通した。 「ぐわあ!!」 更にリボルバーを持ち直して銃身のほうを持ち、そのままグリップを相手のこめかみにぶち込んだ。多少銃身が熱いが気にしない。気にもならないほど怒りが体を駆け巡っていたから。 がつん―― 男は声も無く倒れた。 それを見てもう一人の男がこっちへ切りかかってくる。 「くそ、あいぼうをよく」 へんな場所で声が途切れる。見るとセフィが相手の懐に踏み込んで渾身のアッパーを放っていた。男の 顔が変にゆがんでいる。 どさり、と男が倒れる。 「……行こう、ヴェルデ。」 「あ、ああ……」 血を流しながら気絶している男と泡を吹いている男二人を置き去りにして、二人は先を急いだ。 「もう! せっかく今日はいい気分だったのにっ!」 「全くだ。先を急ごう」 二人は小走りに近いスピードで山道を登っていった。
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ブレスドラグーン
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「……」 「……!」 はっと頭を上げる。そこには幾分か明るくなり、鳥の鳴き声が聴こえるほかは寝る前と特に変わっていなかった。 「……夢、か……」 手には青色に輝く牙に金具をつけたのもが握られている。無意識ながらも、手はしっかり働いていたら しい。そうでなければ妖精のおかげか。 「よっしゃ、一応間に合った……」 それ二つを小さな箱に入れ、相変わらず小さな寝息をたてているセフィのそばに置いた。 「……全く、俺も馬鹿だよな……」 作った理由は全くの気まぐれだ。もともとそんなにプレゼントを贈るほうではなかったし、今そんなに 余裕のある状況でもない。が、とにかくそうしたかったのだ。 何故そうしたかはヴェルデ自身にも解らなかった。 二人はまた歩いていた。第一討伐部隊に見つかったため、途中で道草は食ったが、何せのんびりしてい る暇はなかった。早くストライダー最後の町と呼ばれる、ミレットの町まで行かねば、こちらの命がいく つあっても足りない。 昨日のヘニングスの町を出て、緩やかな街道を通った後、ここグレン平野に出ていた。 「ミレットまで、あとどれくらいかな?」 「ん〜……」 「あと3日ってとこかな。」ヴェルデは地図を見ながら言った。 「このグレン平野を南下して、西側にあるトドノ山を越えれば、ミレットだ。」 「そっか」セフィはいつにも増して機嫌がいい。 長旅はストライダーの基本だが、それにしてもセフィの体力は男であるヴェルデから見ても目を見張る ものがあった。この華奢な体のどこにこんな体力があるのか、とヴェルデはよく疑問に思った。 「ねぇねぇ」 そんなことを考えていたためか、ヴェルデはセフィの問いに気付くのに一時を要した。 「ん?なんだ?」 「これ、似合ってる?」セフィは自分の耳のあたりを指差した。 そこには、ラプターの牙から削りだされた耳飾があった。 ラプターの牙は、研磨すると蒼く輝き、その光は身につけるものを守る効果がある。昨日の戦利品か ら、ヴェルデが徹夜で作ってくれたようだった。 ヴェルデは今日10回目の質問に半ば呆れながら、苦笑して答えた。 「ああ、とっても似合ってるよ。ってかその質問今日で8回目だぞ? そんなに嬉しかったか?」 呆れながらも、本当によく似合ってるな、と思った。これで鎧ではなく普通の服だったらもっとよかっ たのに。素直にヴェルデはそう思った。 同時に彼女のつけている柑橘系の香水の香りが風に運ばれてくる。 二人は「二週間前の事件」が起こる前もストライダーとして各地を回っていたので、当然長旅には慣れ ている。が、旅の途中、町以外で風呂やシャワーを浴びることができるのは皆無に等しい。そのことをセ フィは気にしているようだ。 そのために爽快感のあるこの香水を好んでつけているらしい。こちらにとってはあまりどうということ は無いのだが、やっぱりそこは女の子。最低限の身だしなみはどんな状況下においてもしておきたいよう だ。 「もちろん! それにこの質問は今日10回目だよ?」 セフィが先程のヴェルデの答えをはにかみながら訂正する。 ああ、そうだったか、という顔をしながら、改めてセフィの魅力を感じた。 長年ティームを組んでいるからあまり感じないのかもしれないが、その透き通った大きな蒼い瞳に始ま り、愛嬌のある顔立ち、軽鎧から覗く白い首もと、程よくくびれた腰、さらに長くは無いがしなやかな脚 と、その気になればたいていの男を惹かせることができるだろう。おまけに本人の好みで脇腹から腰まで の間は切り捨ててあり、そこから覗く肌に道行く男がくぎ付けになっていたのは言うまでも無い。本人は そんな気など全く無いのだが。 そう思いながら、ヴェルデは空気の変化を感じた。明らかに猛者の放つ殺気だ。数は少なくとも10人。 が、あくまで自然な会話を続けながら、あの方法を試すことにした。 (セフィ、覚えてるかな) 「10回目か? まあ、そんだけ言ってくれるのなら俺も作った甲斐があったよ。」 ヴェルデは不自然にならないように言葉をつないだ。 「さすがは未来の大英雄、ヴェルデ・ブローニング様だね!」 セフィは相変わらずの口調で返すが、やはり空気の変化には気付いているようだ。 「ははは、そんなに言われると[俺の目が潤んじまうよ]。」 (……合い言葉!)セフィはとっさに以前交わした合言葉を思い出した。 (俺の目……確か、ヴェルデの左右方向……潤んじまうってことは、麻酔弾か。) (自信ないけど……) 唐突にヴェルデが叫ぶ。 「今だ!!」 (えーい、やっちゃえ!) セフィは一瞬で気持ちを切り替え、上空に、跳んだ。 同時に肩に背負ったローグヴァルキリーと呼ばれる銃を構え、左右方向に発砲する。下ではヴェルデが 一人目を峰打ちで気絶させたところだった。 隠れていた討伐隊は完全に虚を突かれた形となり、統制が乱れた。 その間にもヴェルデはどんどん敵を無力化していく。 討伐隊の最後の一人が、ようやく剣を構えてヴェルデに斬りかかる。 「あまいぜ?」 ヴェルデが静かに言う。同時に甲冑の下の顔が驚きと恐怖に染まるのが見て取れた。 隊員はあせった。こちらは古くからドラゴン退治にも使われているエンシェントと呼ばれる大剣だ。そ こらの剣とは切れ味も、破壊力も桁違いだ。その剣をいとも簡単に、しかも最低ランクに位置するグラデ ィウスでガードするとは……。 隊員は理性を失った。無茶苦茶に大剣を振り回す。 ヴェルデはあくまで攻撃を受け流しながら、疑問を投げかけてみた。 「おい! なぜ王国はストライダーを狩るんだ!!」 「知るか知るか知るかぁ!!」 相手は完全にパニック状態だ。 ヴェルデは半ば諦めたように、振り下ろされるエンシェントを跳んでかわし、そのまま一回転して相手 の頭を一閃した。 相手の甲冑が真っ二つに割れ、峰部分が相手の頭を捉えた……瞬間に剣を止めた。しかし、その剣撃の 衝撃で彼の頭に血が滲む。 そのまま彼は気を失った。 「ふう……。セフィ、一応こいつらを頼む。」 「はーい」 既に5人に麻酔弾を撃ち終え、ヴェルデの戦いを見物していたセフィは、ローグヴァルキリーに緑色の 散弾を装填し、空に向けて発砲した。 すさまじい音とともに緑色の光が銃口からあふれ、その光は気絶している兵士たちへと降り注いだ。不 思議なことに、兵士の傷口がみるみる塞がっていく……。 「……これでいいんでしょ?」 「ああ。有り難うな。」 「さあ、こいつらが起き出さない内に先を急ぐとするか。」 「うん。そだね。」 「それにしても合い言葉よく覚えてたな。感心感心。」 「へへっ、まあね」 セフィはいっそう上機嫌になった。
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――おい―― 誰だ?俺を呼ぶのは。 何も無い、真っ白な世界。その中に俺は浮いていた。 眩しすぎるからだろうか、何も見えなかったが、耳のほうはしっかりと働いていた。 「おい、ヴェルデなんか面白いネタねえの?」 目のほうもようやく見えてくる。 そこには3年振りの、懐かしい町並みが広がっていた。 そして見下ろすその目先には15くらいの少年が二人いた。 ……アレは、本屋のイルクと……俺? 3年前の自分がイルクの問いに答えた。 「そういやさ、昨日この町に引っ越してきた子がいるだろ?あの子確か俺らと同い年だぜ。明日から学校 にくるらしい。」 イルクは驚いて言った。 「マジか?! んじゃ今日は何やってんだよ」 子供特有のきらきら輝いた目を向けて、イルクは昔の「俺」に尋ねた。 「確か……、今日は村長とか近所の家に挨拶に行くとか何とか……」 「俺」が言葉を発し終わらないうちにイルクは次の質問を投げた。 「ってか何でそんなに詳しいんだよ?!」 「だって、引っ越してきたのうちの2つ隣だぞ?引越しの挨拶もうちに来たからな。」 「俺」が自分のうちのあるほうを指差して言った。 「んで、可愛かったか?」 いきなりの質問にヴェルデは少し動揺して、手に持っていたジュースのビンを危うく落とすところだっ た。 「し、しらねえよ! 挨拶に来たのも両親だけみたいだったし」 「じゃ、いくか。」 再び落としそうになる。 「何で行くんだよ?!別に良いだろ、明日になったらみれるんだ」 「っておい!!」 イルクは彼の言葉を半ば無視して彼の家のほうへ駆け出した。 「まてって!」 「この家だよな」 「画面」 の中の自分はようやくイルクに追いついたが、そこはもう自分の家の前だった。 「あ、おい、あの子じゃないのか?」 イルクが指差したのは、今ちょうど「あの子」の家のドアが開くところだった。扉の奥から、白い手が 見えた。 へんだな、なんかすごくどきどきする。 やがてドアは開ききり、中から一人の女の子が出てきた。 「え……」 「うそ、だろおい……」 まず、肩の辺りまでの綺麗に流れる栗色に近い茶髪が見えた。軽く自然なウエーブがかかっている。続 いて蒼い瞳が目に入った。蒼いが決して冷たくは無く、むしろ海のような温かさを含んだ蒼だった。透き 通るような首もと、華奢な肩。それでいてゆったりとした胸元。上げればきりがないが、それは俺の好み にどんぴしゃだった。 口をあけて固まる二人に、本人が気付く。 「あ、キミは……」 その目は昔の「俺」のほうを向いていたが、イルクはすかさず、 「あの、俺、本屋のイルク・エヴァンスっていいます!たぶん学校で同じなんで、よろしく」 と言っ た。 「うん、よろしく〜。まだここに来てぜんぜん経ってないから、いろいろわからない事もあるけど、がん ばるからね」 そういって二人に微笑んだ。 「……!!」 イルクは突然どこかに走って行ってしまった。よほどうれしかったのだろうか。 「ああ、あいつのことは気にしないで。それより、俺も自己紹介しないとな。」 「俺」が口をひらこうとした瞬間に、相手が口を開いた。 「うん、確か、ブローニング君、だったっけ?うちの二つ隣だよね〜?」 自分の名前を知っていることに少し驚いた。 「そう。ヴェルデ、で良いよ。」 「じゃ、ヴェルデ。あたしはセフィ。セフィ・エルギンだよ。あたしもセフィでいいから。」 「解った。よろしく、セフィ。」 「うん、よろしく〜」 その声が聞こえるか聞こえないかのうちに、再びまわりが明るくなり、同時に意識が遠のいていく…… 「…………」 「……」
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「こっちだ!早くっ!!」 暗がりの中で、一人の若者が叫ぶ。 「うんっ」 若者の声に、慌てた声で返す女の声が追う。 二人は手を取りながら、細い路地を風のように走る。 彼らの背後からは4,5人が追ってきている。ある意味この町では見慣れた銃を手にして。 限りなく姿勢を低くし、曲がった先が袋小路でないことを祈りながら右へ曲がる。幸いにも、また十字 路だった。 「今だ、煙幕弾!」 「わかった!」 女は肩にかけていたボルトアクションライフルを構え、十字路の真中へ放つ。着弾と同時に白い煙が周 囲を埋め尽くした。 いきなりのことに驚いて兵士達が怯む。その隙にに二人は十字路を左へと曲がる。 その先は住宅街だった。手近で、一番頑丈そうな廃墟に滑り込み、ドアを閉めた。 「ふう……。」 「……もう、撒いたかな……。」 つぶやいた男は、かなり背は高かったが、体躯はがっしりしているよりは細く、しなやかだが、決して 軟弱、と言うわけではなく、むしろ限界まで鍛え上げた結果、と言う感じだった。 そして茶髪を無造作に立て上げ、もみ上げから顎までの髭とあいまって、その男の風格をかもし出して いた。 「やっぱりここのストライダーたちも全滅か……」 この町の町人は今出ている外出禁止令に従って家の中にいるだろう。とすれば、この荒らされた様子か らしてこの廃墟はストライダーの家だった可能性が極めて高い。 そして同じくストライダーである二人は「二週間前の事件」から追っ手を逃れつづけていた。 港町である首都、ロードミゲールから南下し、ストライダーの町「ミレット」まで逃げる途中、このヘ ニングスの町で兵士に見つかり今に至る。 ふと、男は女のほうを見た。 女のほうはまだ息が上がっていてとても喋れる気力はないようだ。 「セフィ、大丈夫か?」男が心配そうに尋ねる。 「……うん。だいぶ落ち着いてきた。ありがとう、ヴェルデ。」 セフィと呼ばれた娘は精一杯平然を装って答えた。 ようやく息が落ち着く。二人の隠れた廃墟の冷たい壁に、呼吸音が僅かに響く。 窓を覗きながらヴェルデが口を開いた。 「あんまり足止めを食っていくわけにもいかないが、もう食料もあんまりないしな。ここで休憩ついでに 食料を確保しよう。」 「じゃ、今日はここで一晩過ごすのかぁ……」 僅かに心配を含んだ声でセフィがもらす。 「大丈夫、このレンガ造りならそうそう崩れやしねえよ。それにもし万が一追っ手がここにきても、ここ はこの部屋と、玄関しかないんだし。いざとなったら、榴弾でもお見舞いすればいいさ。」 「うん……」 返事はするものの、やはり一人では心細いようだ。実際、どちらか一人が襲われても、よほどの数か強 敵で無い限り心配は無いのだが。 「じゃ、俺は食料を調達してくるよ。おまえは休んでな。」 「うん……。気を付けて」 その言葉を手で返し、廃墟のドアを僅かに頭を下げて出て行った。 「……早く、帰ってきてね……」 セフィは一人つぶやいた。 一人でいると時間が永遠のように感じた。首からかけたミスリルの懐中時計の秒針が、まるで止まった かのような間隔で時をゆっくりと刻んでいく……。 ふと、2週間前の「きっかけ」を思い出した。無実で追われる身になった、あの瞬間。ストライダーを罪 人とする、法令発行の瞬間を。 唐突に涙があふれそうになった。彼女の澄んだ泉のような蒼い瞳から雫がこぼれ、 時計を持つ腕の透き通るような肌に落ちた。 「……なんでなんだろ……。」 同じころ。 「良い具合の草食獣だな。」 ヴェルデは草むらに隠れながら、いつものように単眼鏡で今日の「食事」を観察していた。 「ちぃ、一緒にラプターまで居やがる。しゃーなし、あいつらを先に狩るか。」 ラプターは、この世界では最も一般的で小型の肉食獣だった。恐竜に似た彼らは、群れると相当厄介に なる。安全に草食獣を倒すには、先に始末せねば。 そして彼の手には、一般にグラディウスと呼ばれる片手剣が握られていた。 「さ、いくか。」 言った刹那、人とは思えぬ跳躍力でラプターと呼ばれる小型の肉食獣を上空から捕らえた。彼の後ろ を、風が巻く。 (もらった) 手に肉を断つ感触が伝わる。一撃で一頭を仕留めた。そして返す一刀で、飛び掛ってきたもう一頭のラ プターを返り討ちにする。もう1頭は斬撃を受けて咆哮を上げながらもと来た方へ吹っ飛んでいった。 「やあっ!」 さらにそのまま草食獣へ一閃! 草食獣はその場へもがきながら倒れ、やがて動かなくなった。それを 確認して周りを見渡す。 辺りのラプターは逃げ出したのか姿は見えない。 周囲を一応もう一度窺ってから、解体作業に入った。 「……ふう。」 既に食肉となったかつての草食獣に祈りを捧げる。誰かに教わった物でもないが、なぜかそうしなけれ ばならない気がして、今日まで一度も欠かしたことはなかった。 日はもう傾きかけている。 「セフィが待ってるし、早く帰ろう。」 ここで他にすることも無い。残してきたセフィも気になるので、ヴェルデは帰路を急いだ。 幸い、今日はもう引き上げたのか兵士たちの姿は市街地に入っても見当たらなかった。 「ただいま、なんちゃって……」 ヴェルデは廃墟の「出入り口」をくぐるとき、なんとなく言ってみた。 その言葉は、とても今の状況に合わない気がして、自分で苦笑した。だが、廃墟に人の気配がないのに 気付く。一瞬にして彼に最悪の予感が広がる。 「……まさか」 彼女の名を叫ぶ。 「セフィ!!」 返事はない。予感がさらに確実なものとなっていく。 急いで廊下を歩き、部屋のドアを開ける。 「良かった……」 「……おどかせやがって……。」 彼女は身をまるめ、寝息をたてて眠っていた。なぜか閉じた瞼に涙がたまっていた。 ヴェルデはそれを見た途端、とてもやりきれない気分に支配された。 「…………」 何かしてあげたい一心で彼女の涙を手でぬぐい、そのままその気分を振り払うかのように夕食の支度に かかった。 「……ありがとう、ヴェルデ」 調理に没頭する彼に、その言葉は聴こえなかった。
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僅かに熱をはらんだ風。その風の吹く音と僅かの月明かり以外、そこには存在しないかと思えるような、 静寂。 それが支配していた。が、それは突に破られる。 数十発の銃声。それに続く、兵士の号令。あわせて響く、馬が地を駆ける音。 「いたぞ!!こっちだ!」 「逃がすな!追え!」 まだ開き切っていない門から白馬が踊り出る。 その後に兵士が続く。 白馬が抑えられるのは時間の問題と思えた。しかし白馬はさらにスピードを上げ、逆に兵士達の馬はスピ ードを下げてゆく。 「ちっ、どうなってやがる?!」 みるみるうちに白馬は闇の彼方へ遠ざかり、やがて見えなくなっていった。 「くそっ、取り逃がしたか……」 兵士が闇を睨み付けながらいった。 兵士達の後ろから突然別の声がした。 「仕方あるまい。」 「こ、これは女王様!!」 兵士は慌てて向き直り、敬礼をした。 「申し訳ありません、我々の力不足で……。」 「もうよい。王宮第一部隊に捜索させろ。」 女王と呼ばれた女は、紅いドレスをまとい、ほりの深い顔をしていた。 だが、それは決して不細工にはつながらず、むしろその人の持つ妖艶さを強調していた。息を呑むほどの 赤い瞳。そして高い鼻、少し厚いが形の良い唇は、人ではないような完璧さで調和し、引き立てあってい た。 いまはその仮面のような顔を少しゆがめて兵士に命令した。 「はっ。」 兵士達はもう一度敬礼をした。 「……ふふふ、どの道あの小娘一人では何も出来まい。」 女王は月を見ながら、手に持っているグラスを回した。 血のように赤いワインが揺れる。 「せいぜい、あがくが良い……」 彼女の狂気に満ちた笑いがこだました。 ――ここはグランディリオ。魔物を駆除し、その報酬や肉、鱗などを売買して生計を立てている「ストラ イダー」という職業が一般化していた世界。その渦中に巻き込まれた二人の物語が、
今、始まる。
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