スピンオフ編

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認知症の神様

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私が母の認知症と付き合い始めて、かれこれ10年が過ぎてしまいました。最初は、認知症ともわからずに、ただバカな事をしていると思い怒っているだけでした。普通ならこの状態でずっと見過ごしていき、病院に行った時にはかなり進行して、後は下り坂をころげ落ちていくばかり、と言うパターンだったでしょう。

 しかし、幸いにも母の進行は緩やかで、比較的早い段階から治療にあたる事ができました。そして様々な人のご支援により、現在に至っています。そのおかげでこのブログを開設し、介護ブログにしては笑いの多いブログになったのではないのかと思っています。

しかし、自分の肉親が認知症に犯されてしまうと言う事は悲しいことです。ともすればそれが引き金になり、取り返しのつかない事にもなります。

 今回スピンオフ編として、私が介護を通して出会って来た方々を記事にしました。(当然、未だ全ての人を書いた訳ではありません。)そして、書きながら思ったのは、この人々の出会いにがあったからこそ、今現在、母は安定を取り戻し、私もまた落ち着いてきたのだと言う事です。

 母の進行状態と、私が落ち着いて来たタイミング。これがかみ合ったからこそ、母との会話を、母の生活史に当てはめて解釈して、母を理解できるようになったのだと思います。と言って、母が認知症になったから理解できるようになったのではありません。先ほども言いましたが、肉親が認知症になるのは悲しい事です。認知症になるよりは、ならない方が良いに決まっています。それでも認知症になってしまった以上、しっかりと母の心の寄り添って介護をしていきたいものです。

 私は、本当に様々な偶然が重なって今に至っています。そして、苦しみを抜け出した認知症の本人と、その介護家族として、母との会話を中心としたこのブログを開設する事ができました。この偶然を考えるとき、もし認知症の神様がいたとしたら、私たち親子に微笑んでくれたのではないのかと思う時があります。

 認知症との苦しい闘いの中、認知症の神様と出会えた事が、様々な方との出会いを生み、このブログに来て下さる方々との出会いも生まれたのだと思います。

預言者? 西和子

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白内障の手術のために入院をした母に付き添い、私も手術期間中は病院で生活をしました。朝は早い時で6時から、夜は9時半から10時近くまでつめていました。本当はずっと泊まり込みをするつもりでいたのですが、担当の看護師の方のご好意で、私は夜は自宅で寝ていたのです。(母は当然病院です。)

 事前に病棟の方には事情は説明してありました。でも入院初日は、担当の看護師さんとの顔合わせと、母の状態についての打ち合わせから始まりました。ところが、この看護師さん。私の顔を見た第一声は・・・

                     「もしかしたら、□□中学校出身じゃない?」

と言うものでした。全く私は気がつかず、この言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていました。そうして、数分の間をおき、やっとで思い出す事ができました。実は彼女とは高校も同級生でした。そのせいで、母に対してかなり気を利かせてくれたのでした。そのため、若い看護師も、普通なら認知症で一回では言う事を聞かない母に対して、大きな花印付きの○をあげたくなるぐらい優しく接してくれたのです。

 さあ、この事はさておき、この私たちの中学校の話を横で聞いていた女性(母の同室の方の付き添い)も言います。「私も□□中学出てるの」と。なんと奇遇な事に同じ中学の出身者が揃ってしまいました。そのまましばらく、病室では同窓会のような会話が繰り広げられました。

 母が白内障の手術で入院した時には、偶然が重なりました。この同室方が、実は私が今住んでいる所から、歩いて1分の所に住んでいるとか。母が働いていた時を知っている方がやはり白内障の手術のために入院していたとか。その他、10年ぶり会った知り合いとか。

 このように様々な偶然があった事。とりわけ、母の状態を診てもらった“三倉昌子”Dr.の妹さんに母が認知症を診てもらっている事を、同級生の看護師に話をすると。彼女は、なぜ気が付かないの?と言ったような顔で私を見て言います。

                 「三倉先生も□□中学」

私は、全く覚えていません。それどころか、「学年とか違ったら覚えている訳ないしな〜」と内心呟いていました。それでも、彼女は絶対に知っているはずと言う顔をしています。あまりに私が思い出せないので、彼女は、こ三倉先生の最大の特徴を言います。

              「ほら、私たちの1学年下にいた、双子の」

 ここまで言われても、未だ思い出せません。それでも、少しずつ朝靄が晴れるように、私の記憶のベールがはがれていきます。そして、突然ある光景が私の頭の中に鮮明に蘇ってきたのです。

 その光景とは、中学校の光景ではありません。それよりもっと昔の、今から30年前の光景でした。それは、私が小学校2年生の4月。小学校に入って初めて下級生を持った年。いつものように集団登校のために集合場所で待機しているとき、すぐそばにある角から別の一団がやって来ました。そしてその集団の一番先頭には、同じ服を着て、同じ顔をした、まだ小学校へ入って間もない、少し緊張した顔もちの一組の一卵性の双子の幼い姉妹。

 思わず、私は尋ねました。

   「さっきの話、三倉先生って、○○小学校から、□□中学校へ行った、一卵性の双子の・・・」

 彼女は、やっと思い出したかと言う顔をして、そうだと答えます。そして、自宅に戻って念のために卒業者名簿で調べます。“三倉昌子”Dr.と“三倉陽子”Dr.お二人とも小学校から高校まで、私の一学年下に在籍していたではないですか!私の頭の中は大騒ぎになりました。それはあたかも、ロトシックスのキャリーオーバーとドリーム宝くじで前後賞とも同時に当てたような騒ぎでした。

 このようにして、同級生看護師の西和子によって、私のデジャブーは成就したのでした。おそらくこのような偶然が重なる事はもうないだろうと思います。ですが、人間が出会う偶然とは小説よりも奇なりと言う事を実感した出来事でした。

 さて皆様。

 とうとう三倉3部作がいよいよおどろきの最終章へと突入していきます。感動の涙にあふれかえるのでしょうか? 偶然にただ立ちすくむのでしょうか? それとも、しょう〜もな〜と叩かれるのでしょうか? 果たして、どのような落ちになるのでしょうか?

 本当は今日アップしようと思いましたが止めました。(期待していた皆様、ごめんなさい)しばらく三倉三部作最終章の話題だけで引っ張ります。

 そこで皆様に、ささやかなお楽しみプレゼント(?)として、どのような落ちになるのかを予想して頂きたいのです。<−プレゼントちゃう、ちゅぅ〜ねん!

           こぞって、予想のコメントをお待ちしています。

 まだ三倉三部作の2作を読まれていない方は、下記のページを見て下さい。

       http://blogs.yahoo.co.jp/djgrk323/43698247.html
       http://blogs.yahoo.co.jp/djgrk323/43727380.html

 と、言って、その間に家庭内LANを構築するぞ。ルーターはO.K.だし、WindowsマシンはLANカードでネットへの接続復旧したし。あとは、MacとWinの共有化して、プリンターも共有化して・・・

 どこかに不要なノートPCもう一台落ちてないかしら。Linaxにしちゃうのにな〜。(こんなために更新をさぼる私です。ごめんなさい!)

デジャブー 三倉昌子

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 母は今年の5月に白内障の手術を受けました。手術をするとなると、その前準備が大変でした。母は認知症プラス糖尿病です。白内障です。はい、入院しました、手術です。と、言う訳にはいきません。

 手術のためにいくつかの病院で、申し送り書を書いてもらわなくてはなりません。最初に手術が必要と言われた眼科の他に、糖尿病に関しては内科、認知症に関しては精神科のDr.達に書いて頂きました。

 そして手術をおこなう病院での診察も眼科だけではありません。検査をした上で、幾つかの診療科をまわりました。そのうちの一つの診療科をまわった時の事でした。

 この病院は、全国展開する某病院です。漢字を間違って読むと、経営危機に陥った病院と言えばわかるでしょう。昨年に本館を建て直したばかりの、ホテルかと見間違うばかりの所です。

 待合室のところには、診察順の番号とDr.の名前が電光表示板に映し出され、どのDr.に診てもらえるのか、何番の診察室に行けば良いのか一目でわかります。母の順番札と見比べます。そこには、女性のDr.の名前が示されていました。このブログをお読みの皆様ならば、その時、私が小躍りして喜んだ姿が想像できるでしょう。

 よく、Dr.の名前を見ると、“三倉昌子”と出ています。んん。母の認知症を診て下さっていた“三倉陽子”Dr.と一字違いです。

 私の頭の中に、診察室に入って行くと、あの“三倉陽子” Dr.が、

        「アルバイト、アルバイト、昔の名前ででているのよ!」

と、言ってる姿が目に浮かびました。

 このようなバカな事を考えて診察室に入っていくと、そこには、髪を明るく染めアップにした、大人の女性と言う雰囲気を身につけた方が微笑んでおられていました。

       「そうだろうな、アルバイトで、ここで出くわす訳ないよな〜。」

と、先ほどのバカな考えをおかしく思い、私も笑いを隠すため、はにかみながら挨拶をしました。

 母はいつものように、触診の必要もないのに服をまくりあげます。そうすると、このDr.も、認知症を診て下さっているDr.と同じ仕草で母に接してくれます。

 そして母の認知症についての入院中の私の心配に関しては、他のどのDr.よりもポイントをついて理解してくれました。

 直接今回の手術に関してタッチはしていなくても、少しでも私の心配事に理解を示してくれるDr.にお会いできたことで、“ほっ”としました。

 そうしてあらかたの話が済んだ所で、このDr.が念のために、“三倉陽子”Dr.が書かれた申し送り書を読みだされた時のことです。

 この一字違いの“三倉昌子”Dr.が、笑いながらおっしゃります。

      「くすくす、誰がこの長い申し送り書を書いたのかと思った」

そして続けて・・・

                「妹です・・・」


 さて、ここに来られている皆さん。私がどのような顔をしたのかおわかりでしょう。そう、目が点になったのです。

 “三倉昌子”Dr.は、“三倉陽子”Dr.のお姉さんだったのでした。このようにして、私のバカげたデジャブーは半分は成就しました。。。

偶然の予感 三倉陽子

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 認知症の症状も進んでくると、病院を変えざるを得ないと言う事もでてきます。母の場合は、診察してもらっていたDr.が病院を変わり、次のDr.との信頼関係が築けないままスケージュールが合わなくなった事に遠因がありました。

 その間は、もっぱらディサービスの努力によって進行を遅らせてもらったようなものです。それでも、混乱期が始まり、どのような状態か正確にしりたくなりケアマネさんから紹介してもらったのが、現在母が入院している病院です。

 そして病院が変わる、Dr.が変わる時は、いつもドキドキします。そして、心の中で願うのです。。。

         「どうぞ、若い女医さんにあたりますように」

と。。。。

 さて、このように心の中で念じながら、母を連れて診察室に入っていくと、そこには、私の願いが通じたのか、女子高生が白衣をまっとたような女性のDr.が微笑んでおられました。そのDr.こそが、以前に「ドクターのアドバイス」で紹介したDr.その人でした。

 彼女からは、介護にあたってのアドバイスを様々受けました。現在思い返すと、的を得たアドバイスであり、その時にアドバイスを聞けた事がどれだけ現在役にたっているかわかりません。

 また、このDr.の診断と、私の母の行動に関する記憶から、母のアルツハイマーの発症は約10年前と確定する事ができたのです。

 私自身にとって、忘れられないDr.との出会いになったのですが、母にとっても安心して診てもらえるDr.だったのでしょう。診察の時に、何も言わないのに服をまくりあげて、触診の準備をしだすのです。(触診の必要は無いのですが)このDr.その姿を見て、何も言わずに母の胸に手をあててくれます。この診察に満足したのでしょうか、母はニコリと笑顔で返します。

 さて、このようにして診察を終えて車に乗り込もうとした時です。このDr.が息を切らせて駐車場まで走ってこられます。

 何かあったのかと立ち止まると。。。

           「これお渡しするの忘れていました。」

手には一枚の予約票が握られていました。Dr.が走って持ってきてくださった一枚の予約票。これから先に起こる出来事。これから出会う人々。これまでに出会った人々が、偶然にも今現在に至る道筋を予約しているような事を暗示しているようでした。

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