いじいじ日記(つやちゃんの日記)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

今までとは違う!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 母は、私が生命保険会社を辞めさせた後、知り合いの清掃会社に働きに行った事があります。保険会社に勤めていた時のお客さんの所です。「長い付き合いだったので、恩返しのつもりで働く」と言っていました。結果から先に言うと、2ヶ月程で辞めざるを得ませんでした。すでに認知症の症状が出ていた母は、掃除の仕方を必死にノートに書き留めていました。それでも上手く出来なかったのです。この掃除会社で働いていた最後の日に、母は自分の苦悩をこう書き記しています。

***********************************************

1995年3月31日

 ○○局と□□会館両方とも役に立たずでやめた。給料はもらわず。担当の方預かっていると言われたけど苦情ばかり出ていたのならお金いりませんと言って掃除の仕事止めさせて下さいと帰った。
 家で待機せよとの事で止めた。
 △△(その時辞めた会社の名前)やめた。早まってしまった。のろまで一日中かかってするので□□会館の方から苦情出たらしい。これからどうしよう。生活できない。あやまってもう一度使って戴かなければ。

***********************************************

 役には立たなかったのでお金は要らないと言う、働く事への誇り。それでも生活が出来なくなると言う恐れ。実際にはこの時、母が働かなくても生活はできたのですが、母はあやまってでももう一度働かなくてはと思っていたようです。

 私はこの時どのように言ったのかというと、「掃除の仕事と言って、甘く見ていたんだ。仕事をなめている」と言って怒っていました。こう言ったのははっきりと覚えています。

 でも、この時の母の状態はとても働く事などできる状態ではなかったのです。ここの会社を辞めるまでの間に、私としたやり取りを思い出しても、次のようなやり取りがありました。

    「ここの会社の人に保険会社に勤めていた時とは別人みたいだ。何かおかしいと言われた。」
      「一緒に働いている人に毎日告げ口されている。それで上手くいかない。」

認知症の知識が付いた今だから解ります。この時母は、実行機能障害がでていたことが。そして、周りの人に違和感を感じさせ、自分の失敗を認めない、と言う認知症になった時の特徴が出ていたと言う事が。

 この時に認知症の知識があったらと、つくづく思います。知識があたらもっと進行を遅らす事ができただろうにと言うのではありません。この時の母の心は、やはり、ずたずただったでしょう。日記から心の揺れがわかります。でも、私は優しい言葉をかける事ができませんでした。もし、認知症の知識があったのなら、母の心を傷つけずに済んだのではないのかと悔やまれます。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 母の良く言う口癖に「ジローちゃんがにゃんにゃんて・・・」と言うのがあります。ジローちゃんとは、昔飼っていた猫の名前です。その猫はおおよそ17年近く、私たちと生活を共にした猫でした。そして、私が母と面会に行くたびに持っていく、腕人形の子豚ちゃんにも「ジローちゃん」と名付けるくらい心に残っています。

 このジローちゃんは、自宅で看取りました。実はジローちゃんとつがいで飼っていたタマちゃんは、動物病院で最後を迎えたのです。タマちゃんが最後を迎えた日の朝、母が動物病院へ行くと、それまで力なく横になっていたタマちゃんは、最後の力を振り絞り、母に「にゃん」とないて、母を見送った後に天命を全うしたそうです。その時に母は「ジローちゃんは家で看取ってあげると心に決めた」と言っていました。

 このような経緯があり、ジローちゃんは、よたよたになりながらも、我が家で看取ったのです。その最後の時は静かなものでした。夜の8時くらいに、私に向かって、体を反対にして欲しいと目で合図をしたジローちゃん。私は体を反対にしてあげました。それから母と二人、ジローちゃんの横で“うとうと”としている間に静かに息を引き取ったのです。母は、この時の事を1994年6月21日付けの日記に書き記しています。

***********************************************

 夜10時頃ジロー死亡ちょっとネムったスキですまない。

 ジロー悪し、5月5日発病以来48日病に苦しみ6月21日午後10時(多分)ごろ ウトウトして11時目が覚めた時つめたくなっていた。母の身代わりになってくれたジローありがとうね安らかにねむっておくれ。

***********************************************

 母は「母の身代わりになってくれたジロー」と書いています。実はタマちゃんが死んだ時も、どうも体調がすぐれず、大学に行っていた私の元に電話をかけて来て、電話口で同じような事を言っていました。

 でも、この時の思いはタマちゃんの時とは違います。母は1994年の末には、物忘れが激しいと言う自覚があり、恐怖に苦しんでしたのです。また母の日記を見てみると、93年の中頃から書き方が少し乱雑になっているように見受けられるのです。

 つまり、この時には母は自覚するまでに至っていないけれど、少しずつ認知症が発症していたのです。そう考えると、この一文はその時の母の思いが込められているように思えます。何か少しずつ変になっている事を感じ取っていた母が、ジローちゃんがその身代わりに死んでくれたと思ったようなのです。

 ジローちゃんが死んで12年が経ちました。その時に感じた苦しみを、ジローちゃんがどこかに持って行ってくれたのでしょう。母は穏やかな、そして天使のような微笑みをしてくれます。ジローちゃんは、タマちゃんとともに天から舞い降りて来てくれて、母の心の傍らで「にゃんにゃん」とないて寄り添っていてくれているのでしょう。母の笑顔がそう話しかけてくれています。

つやちゃんの苦しみ

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 今日もまたブログをアップします。そして当然のように、つやちゃんの写真もアップしています。この様子はあたかも親ばかの様相をしています。そして今では、臆面も無く女性の友人に「つやちゃんの育児(介護?)やるから、誰か養ってくれる人いないかな〜」等と言っている始末です。

 しかし、私は若気の至りと言うか、何と言うか、母が持って来た見合い話を何度も何度も断っています。あげくの果てに待ち合わせの場所に行くだけ行って「さようなら〜」と言うように、かなり激しい抵抗をしていました。(その時の相手の方ごめんなさい。母に反抗するとばっちりをくわせてしまいました。この場でおわびします。)

 このような私に対して当然の事ながら、母はかなり心配をしました。その事は母のつけていた日記を見ると何度も何度も出て来ます。かなり悩んでいたようでした。今ではその時の母の気持ちを受け入れられる事ができるのですが、当時は煩いとしか感じていませんでした。

 さて、このように母を受け入れられるようになった目で母の日記を読み返してみると、そこには今まで気がつかなかったような事が書いてあります。1994年12月5日に書かれた事を見てみると次のように書いてあります。

***********************************************

息子東京から帰ってから(縁談の話)と○○様に延期お願いしたのをすっかり忘れて、今日買い物帰り言われてびっくり。ノート見て記入してあるのに二度のおどろき、すぐにお詫びに行った。□□証券に勤めておられる方だった。自分勿ら物忘れの度が激しくなっていくようで恐い。どうぞこれ以上物忘れが進まないようにと切に願う。

***********************************************

 これを読んだ私は、驚きを隠せませんでした。母の認知症の発症を10年ぐらい前と言ってはいますが、それは95年頃と記憶していたのです。これは私の単なる思い違いなのですが、94年の12月には、母には物忘れが出て来て、その事を自覚していたのです。(母には95年の1月に退職させています。)

 何が驚きなのかと言うと、95年に入りすぐに退職させているので94年には認知症の症状が出ていたのには驚きません。ですが、母は94年の年末には物忘れを自覚して、その事に怯えていたのです。。。。知りませんでした。こんなに早くから自覚があったなんて。自分自身が変になっていく事に恐れ。そして、その中で私のこれからを案じた母。

 母は今の私の年ぐらいの頃に、最後の肉親であった私の祖母を失いました。その祖母も認知症でした。認知症になる恐怖と、最後の肉親を失う寂しさと。母は知っていたのです。だから、生きる希望として私を産み育ててくれた母。母の背負った苦しみと困難。それでも追いかけてくる恐怖と、私の将来への思い。本当にわかっていなかったのは私自身でした。

 確かに母の介護にあたって、苦しい思いもしました。よくよく考えると、一人で介護して、そこに「うつ」と「せん妄」が重なったので、これはもう壮絶と言っても良いでしょう。でも私は今の、母を介護する生活がまんざら悪くもないと思うようになりました。冒頭でも言いましたが、気楽に「つやちゃん介護するから養ってくれ!」と女性の友人に言うようになりました。ですが現実的には、特養に入るまででしょう。

 それまでの間、それまでの・・・、生活は苦しいし、将来も不安です。でも、それでも、これまでの母の苦しみを打ち消すくらい、母の心に寄り添って、今日の日を精一杯、母の笑顔を最大に引き出せるようにしていきたいと思っています。

全1ページ

[1]


.

ブログバナー

あしたがあるさ
あしたがあるさ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(10)
  • まったけ館長
  • ゆみこ
  • ちび
  • 空の木☆風の森
  • のぶのぶ
  • ハル
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事