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水曜日には勝手に出張をするために、支払いなどを済ませてしまおうと思った私ですが、12月23日が祝日だという事をすっかり忘れてしまって無駄足をふんでしまいました。そして火曜日は母のお風呂の日なのでお風呂上がりに合わせて会いに行ったのですが、またしても祝日のためお風呂は休みとなっていました。 二度までも12月23日が祝日だという事を忘れ、思わず母に似て忘れっぽいなと一人で笑いをこらえながら、母の病室へと入って行きました。 母は、ベッドの上に横になっています。今日はなかなか合いにこない私にしびれを切らしたのか、「あ〜、あ〜、う〜、う〜」と言いながら指を口の中に入れています。そんな母ですが、私を見ると「会いたかったの〜」とでも言わんばかりに泣き顔になります。 母とお話をしようと母の横に椅子を持って行って座りましたが、母は調子は先ほどと変わらず、「あ〜、あ〜、う〜、う〜」と言って指を口の中に入れ、時折私の顔を見て泣き顔をしながら、「私の(息子)」と呟いて私の顔を触るという事を続けました。 口の中がどうかなっているのかも知れませんが、昨日や一昨日は口に指を入れるような事はしませんでした。どちらかと言うと、不安な時に口の中に指を入れる癖がある母なので、やはり不安が積もっているのでしょう。 水曜日には会いに行く事ができませんが、母は退院の日。母のお家の職員さんが迎えに来てくれ、母のお家へと帰って行きます。木曜日には、また母のお家に母に会いに行く事にします。 |
つやちゃんの入院 2008 12
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午前中に介護仲間から電話があり久しぶりに長電話をしていた私、母に会いに行くのが少し遅れてしまいました。それでも慌てず焦らずが、介護をする時に大切な事。鏡に向かって笑顔の練習をしてから会いに行ってきました。 私が母のいるフロアーに行くと、入院中の患者さんのほとんどは食事を食べ終え姿が見えません。母はどうなのかと思って食堂を覗くと、母は看護師さんにご飯を食べさせてもらっている最中です。 何が起きたのかと思って母のところに行くと、看護師さんが席を譲ってくれます。それで私が母の食事介助をすることにしたのですが、母の顔をよく見てみると、とても眠そうな顔をしています。 これは眠たいけど食べたいので眠気をこらえているのだと思って、私は「眠たいけど、食べたいなぁ〜」と母に言います。すると母は嬉しそうな顔をして、こくりと頷いてくれます。 このあたりは、さすがに母です。眠気よりも食い気の方が勝っています。そこで私が手伝いながら食事を食べさせてあげます。食べた後は、少しだけお話をしましたが、私をみて「あはは」と言って笑っては眠たい顔をし続けています。 部屋に戻ってベッドに横になると、じっと私の顔を見て転倒防止策を握っています。そこで母の手を握ってあげると、スヤスヤと安心しきった顔で寝始めました。 眠たいけど食べたい。それで眠気を我慢して食べていたら私がやってきて手を握ってくれたと言う事で、母はもうすっかり満足して気持ちよく眠り込んでしまったのです。 今日は、このような母に耳元で声をかけ手を握り、そして寝顔を見て帰ってきました。それでも母の寝顔を見て、回復ぶりを確信したのでした。 私は水曜日は、勝手に出張で母に会いに行く事はできません。この私の不在の間に、母のお家の職員さんに迎えにきてもらって母は退院する事が決まりました。 |
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土曜日は、勝手に出張をしたために母に会いに行けなかった私。一日一人で寂しい思いをしていた母が、どのような様子なのかが気になり会いに行ってきました。 私が母に会いに行ったのは、いつものようにお昼ご飯に合わせてのつもり。ですが途中で立ち寄ったカメラ屋さんで長居をしてしまい、お昼ご飯がい終わった時間になってしまいました。 私が母のいるフロアー降り立つと、どこからともなく母の「う〜、あ〜」と言う声がします。声の調子から、元気に一人でおしゃべりを楽しんでいる様子が伺えます。 そんな母の側に行くと、母は一生懸命に母のお家でしていたように、食べ終えた食器を積み木のように積み上げて遊んでいます。そして表情をなかなか落ち着いた表情をしています。それよりも何よりも、車椅子のシートのところにクッションを敷いてはありますが、しっかりと座っています。そして腰がだるくなると体を前方へと浮かそうとしています。まだまだ腹筋が弱ったままなので、少し浮かしてはストンと元に戻ってしまいますが、これは一昨日と比べると大きな前進です。 今日の母は、離す言葉は「う〜」とか「あ〜」とか言う言葉が多く、ベッドに横になってからはやはり少し不安げな様子でしたが、それでも車椅子に座った姿勢が格段に良くなっていました。 少しずつですが回復に向かっている、母の姿を見て、ホット胸を撫で下ろして帰宅したのでした。 |
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土曜日は勝手に出張のため母に会いにいけない私は、母がお風呂に入る時間を見計らって会いに行ってきました。そのために本当はお昼ご飯の時間を一緒に過ごしてあげたかったのですが、それよりもかなり遅れた時間となってしまいました。 私が母の病室へと入って行くと、母はお風呂からあがってピンクのパーカーを着させてもらって、点滴を打ちながらベッドに横になっています。 そんな母の横へと行くと、母は何ともあどけない顔をして寝ているではないですか!お風呂に入り気持ちよくなってしまったようです。そんな母の寝顔を写真に撮っている、気配を感じた母は目をあけます。 お風呂上がりで気持ちのよい母は、私の顔を見て目を開けていたい気持ち半分と、眠っていたい気持ち半分の顔をしています。それでもじりじりと体を私の方に近づけてくる様子を見ていると、私の側で顔を見ていたのでしょう。 今日は面会の時間の大半を、このようにして過ごしていました。そしていよいよ帰ろうとして席を立つと、母はこのように言います。 「家、付いていかなあかんでの・・・」 私は母にこのように答えてあげます。 「そうや!だから今は体を治さんとの!もうしばらく我慢して」 「一緒に帰ろう!」 こう言ってはみたものの、私は心の中で涙をながしてしまいました。母が「付いて行かなくては」と言ったのは、いつも私がそばにいる私と暮らす家。私が「一緒に帰ろう」と言ったのは、母のお家。母の心は、元気になって私とともに生活をする事を望んでいるようです。ですが母が帰るのは、母のお家。お友達や優しい職員さんに囲まれ、気まぐれな私がふらっと一時間くらい立ち寄る、暖かなホーム。 さて私にできる事と言うのは、母と一緒に生活はできなくても母の心を察し、絶対に私の心が母から離れているのではないという事を、心に寄り添い続けてあげると言う事を態度で示し、母に生きる事が楽しいと思ってもらう事。 まだ退院の日取りは決まっていませんが、母が母のお家に戻ったら、また心に寄り添い手を握ってあげ、冷たい冷たいやオデコとオデコをゴッツンコをして、母が毎日が楽しいと感じるようにしてあげる事とします。 |
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退院の許可が下りたとはいえ、まだまだ元のようには回復していない母。不安になっていないか?まだどこか辛いところはないのか気にならない訳がありません。そして何よりも私の顔を見る事が一番の元気づけと言う事もあって、雲行きが怪しい中、会いに行ってきました。 私が会いに行ったのは、いつもの通りお昼ご飯の時間です。母は、もうすでに食堂でお昼ご飯を食べています。そんな母の後ろへ行って、冷たい手を頬に当てると「冷たい」と言います。もうこうするだけで誰がやっているのかわかったようです。母の目の前に行くと、母は嬉しそうな顔をして私を迎えてくれます。その表情は穏やかです。 食事に関しては、なかなかの食べっぷりを見せてくれて、心配する事は何もありません。ですが姿勢はやはり後屈ぎみです。車椅子の上で大きく後屈しないためと、ずり落ちないためにチャイルドシートならぬ、ベルトで落ちないようにしているのですが、それでもかなり腰が浮いています。 食後しばらく母と食堂で過ごしたのですが、母の姿勢が辛そうなのでベッドに横になってもらいました。すると今度はいきなり視界が変わって天井しか見えないので不安になるようです。「あ〜、あ〜」と言う声が大きくなり、口の中に指を入れだします。 車いすに座っていると、後屈が激しくずり落ちかねなし腰も痛くなっている。、と言ってベッドの上では不安になると言ったような感じなのです。おそらく車椅子のうしろに座布団を入れ、滑り止めのマットを敷いて車椅子での生活時間を増やして、筋力を少しずつ回復してもらう事になるのでしょう。 まだまだ元のような感じにはほど遠い母ですが、食堂でお昼ご飯を食べ、私とお話をしている表情は穏やかで、不安にかられている様子は見受けられないので、ゆっくりと時間をかけて母の状態を良くして行く事になる事でしょう。 |






