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ニーチェから熱狂の重要性を導き出しましたが、
それまでの哲学は客観的な姿勢から真理を追究してきました。
宇宙とかこの世とか物事すべてを客観的に冷静に捉える。

しかし、本音はそんなことどうでもいい。
私達が一番気になるのは、「私の」ことなのだ。
あるかないかではなく、私は存在する。これを実存主義といいます。

キルケゴールは私の悩みの解決に集約させていきます。
それは恋愛の悩みでもある。そして、私である主体が真理なのだ。
あれなんてどうでもいい。これが重要なのだと。

「そんなことどうでもいいじゃん。お金儲けて面白おかしく楽しく生きれば」

と考える人は多いものです。それは正しい。
キルケゴールはそういった享楽的快楽主義を「美的実存段階」とした。
その美とは成功や快楽を指します。
そういうふうにいければいいのですが、そういうふうにいけない。
だから問題なのです。内的に外的にそうは問屋が卸さないのだ。
これは絶対にいかないと断言できる。
しかし、その信奉者はそれに固執します。だから苦悩すると
キルケゴールはその不効率を説くわけだ。

では、どうするか?
もっと手堅く「倫理的実存段階」に乗り換えたほうがダメージが少ないという。
これは読んで字のごとく、地道に真面目に良心的に誠実に生きる。ということです。
えっ? なんか堅苦しい?
でも、傷ついて立ち直れなくて凹んで絶望するのは嫌ですよね。
特に最近の私達は傷つくことをもっと忌み嫌う。
がゆえに恋愛さえも封印してしまおうとします。でなければ
客観的真理とやらを持ち出して割り切ってしまうか、です。
キルケゴールはだから倫理的実存段階に乗り換えろと勧める。

けれども、その倫理的実存段階でも万全ではない。
それを用いれば決定的な大事故は避けられますよという
シートベルトのようなものです。
向こう見ずに首都高を大型バイクで疾走するのではなく
燃費のよい軽自動車でシートベルトしてマイペースで行きましょう。
それでも事故にあわないってことはない。相手のあることですからね。

最終的には「宗教的実存段階」というので行き着くのだそうですが、
これはここでは触れない。はやい話が車から降りて家で写経でもしてなさい。
ってことだとしておきましょう。

そんななかで、キルケゴールは挫折や絶望こそに、発展や進歩があるという。
湿布のCMではありませんが「縮んで伸びる」です。
それもまた納得の一杯ではある。
彼もまた倫理的な前向きな人間であり、目的意識のハッキリした実存主義者なのですね。

しかし、ここに落とし穴があった。がゆえに、彼は痛恨の失敗をしてしまう。
それは恋愛において知的倒錯に陥ってしまったのでした。

簡単に紹介すれば、大恋愛相思相愛の相手との結婚を前に、
キルケゴールは突如婚約を解消させてしまう。
いったい何が起きたのか? 
心変わりした? いえ、彼はその後もずっとその女性を愛していました。
その真相はいまだかって明らかにされていない謎のママです。
彼の思想から推理してみましょう。

美的実存主義から倫理的実存主義への乗り換えを提唱するこの哲学者は
ふと、結婚を前に自分が美的実存主義に陥っているのではないかと懐疑した。
もしそうであれば、この結婚の末路は・・・破綻する。
それは彼女を傷つけることでもあり幻滅させ落胆させることになる。
絶望することになるのではないかと考えた。

であるならば、彼女を愛しているからこそ
この結婚をやめてしまおうと考えたと、推察してみる。

なんともはや『葉隠』の「忍ぶ恋」ではないですか。
しかし、絶望から進歩が生まれるのであれば・・・
そうかあ、キルケゴールは結婚の破綻による絶望ではなく
結婚をあきらめる絶望を選んだわけだ。
その残酷に対する前か後かの強弱と、愛する彼女の関与の度合いを加味して。

なんとなく切なくもありますが、このキルケゴールの忍ぶ恋って、
当の彼女からすれば間抜けと移ったかもしれません。
やっぱり「実存」ってことにこだわり過ぎている。
それは今風にいえば「自己中」といわれても仕方がない。
考えすぎたわりには結果は浅はかだったとではないでしょうか。

何が足りなかったのか?

熱狂が足りなかった。

客観的なスタンスの哲学を否定して実存主義を提示した
キルケゴールでしたがどこかで客観的で熱狂に腰が引けてしまった。
そして実存だけに傾いたがゆえに本筋を読み違えたのではないでしょうか。
そして、キルケゴールは失恋しました。


ここでの証は
【自己に閉じ込められ自己にこだわっている間は世界を真に見ることができない
 自己が自由に、自在に動くとき世界もいきいきと生動する】(by道元)
【絶望は愚か者の結論である】
言葉尻をとらえるようで気がひけますが、キルケゴールが使った「絶望」は
立ち直れないほどの挫折であるわけですから、そこから発展進歩のヒントに
なるとするのは無理がある。
また、自らそれを利用するという発想も他力本願とか受動的でもあり、
それは震災や戦争によって新しい未来や原点回帰を求める愚者の発想にも
似ているかもしない。
すこし酷な指摘ですが、絶望という言葉を不用意に使った浅はかさとして
哲学者としては減点かもしれません。たとえ訳者の誤訳であっても
彼の行動がそれを証明している。


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与太郎
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