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□ 乗車
今まで2スト 250は NSR 乗車したことが実は無かったことに今気づく
遅すぎでしょうが! まー 爺なので 物忘れや 記憶が定かでないので
すみませんね〜 からして
実はですが 250の車輌は
RGV250 VJ21
RGV250 VJ22
TZR250 後方排気
TZR250 3XV
RZ250
これ以外の250 NSR250は運転したこと無いのを、我ながら 今気がついた
凄い話ですが あれほど NSR風みたいなこと申しましたが マスターがこれ
NSRだよね! て言う会話に そうだろそうだろ って感じで わかった風に
納得していたが それはあくまでもスタイル的な感じでの話し 実際 ハンドル握った
ことがなく この頃は エンジン音も 聞いてことが無いといった有様
そんで持って、この間 奈良で開催されるNSRミーティングに出かけ 違いを確認すべく
勉強がてら参加をと考えてはいた 無論 乗車したことが無いことは 全然気にも留めずに
おっさん ぼけたかね しかし 2輪車運転してきて、NSRに乗ってこないなんて
本当におかしい 記憶をもう一度呼び起こし サイド考えてみようかしら なんて
おセンチになっている 爺がそこにいる
まー この間MC28にまたがったことはまたがったが 乗車までには至らなかったのだが
まーこんなもんかななんて感じてはいたが
そんな、なんちゃって NSR好きの爺です
では
それ以外は
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回想編
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■昔の事件
静岡の寸又峡のキンキロウの立てこもり事件
四六時中、テレビで映像されていた 警察官が数名殉職されていたと記憶しております
静岡−焼津との市境 150号線海岸沿いの道路 大崩れ海岸の車輌生き埋め、それも連日のテレビ中継
同一箇所が数年かの間に2回
七夕豪雨の山崩れ箇所の捜索活動 奥様の友人(小学生同級生)家族が生き埋めとなった
赤水の滝、滝つぼへ自動車が落下、運転者は死亡
当時こんな惨劇のニュースが記憶にあります
子供心には、その映像は、いろんな意味で、衝撃的
それでも、十分気持ちで受けてとめられていた、目をそむけない、
被災者のその裏にある生活の家族、子供、友人等の姿を思い浮かべていた、
家族が現地へ行く、その姿が、印象的でした。自分と置き換えていたこともあり
自分だったらどうしただろうと考えていた自分がそのときにいた
しっかり現実を受け止めるように勤めていたことも事実
何が、自分でできるかなんては考えはいなかったが、早く救出してくださいと早く早くと
心でつぶやいていた
今はどうか、状況から判断し、生存が時間と共に減少していくという事実を今は知識として認識している
それにより、諦めではないが、変な期待感は持たない、
いつも冷静でいることが、的確な判断が行える一つの事柄と考える
今回の震災の映像を、心理的に、子供に映像を見せたほうがいいのかどうかの相談が寄せられているが
私なら、その光景を子供には見せている、子供の小さなハートでしっかり受け止め、悲しさ
苦しみ、人の痛みを感じる人になってもらいたいから、
子供は、親が思うほど子供ではないのに
火の粉を、親が振り払って、しっかりした大人ではない、人間になってもらいたいから
大人になるのは、歳をとれば誰しも 大きな人となる(大人)
人として人間として、人の痛みがわかることが、社会に貢献できる
源ではないだろうか、
思いやり、私の肝に銘じていること
羨ましがらない、欲張らない、恨まない、
人の欲を無にし、いつも平等で、自分に厳しく!
目標より、結果がすべて
人の評価を望むべからず、
完成は、過去のもの、もう昔の話、先を見つめ、次なる課題に立ち向かう
そんな自分でありたいのだが
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■ちょびちょび
会社にNSを購入する前には、XJ400をヨシムラ集合管を装着して、ハンドルもセパハンにして乗っていた
まだレプリカモデルが登場する前の話し、タイヤはリアも120程度の細見、どう見てもかっこが悪いが、唯一アルミホイールという、それこそGS400がアルミホイールモデルで、このころから、アルミホイールがお目見えしていたころ、
XJ400はそれでもスタイル的には、スリムで、Zの様なフォルム、ミドルクラスのZ、4気筒のミドルクラスは、当時2気筒ホークⅠ、Ⅱ、GSも2気筒、ホンダウィングV型エンジン シャフトドライブも斬新、しかしバイク小僧は4気筒モデルにあこがれ、ホンダは OHC CB400FORU 中型免許で乗れる4気筒、カワサキはFX音だけモデルではあるが、これまたカッコイイ!
ここでCB400の話に戻るが、実は400には二つのエンジンがあり、400ccダウンとアップがあり、車検証には400cc以下の記載、しかしシリンダーには405ccの刻印が確認できた、これが、プレミアムモデルとなり、伝説の車両!
集合管を付けたフォルムは、やや車体が小さいが、綺麗の一言、現在復刻版が発売されるが、その時代の代表的な憧れモデルであった
話しはXJ400に戻るが、昼休み、駐車してあった私の車両にちびの社員がまたがり立ちごけさせた、こやつは原チャリで通勤はしているが、身長も160㎝にも満たない小柄なやから、転倒させたのは、私が外に出てきたときの出来事まともに転倒させる瞬間を見ることに、勝手に載っていきながら・・・・・・。
なんじゃおめーてな感じ、
奴の言い分は、こんなに重いとは思わなかった なんじゃそれ
バカか そりゃ170kgもありゃ 原付との車格の違いから分かりそうなもん
あきれてものも言えない
あげくの果てに、誤るでもなく、弁償します
なんじゃそれ
すみませんでしょ、ごめんなさいでしょうが
お坊ちゃま、誤り方も知らないぼんくら、張り倒したくなったが
実際は、私の部下でもあるので、気持ちの怒りも心にしまい
冷静さ、乗るな、ボケ
25年ほど前の話だが、今でも腹が立つ出来事
本人は忘れているだろうが、私は今も記憶に新しい
では
追伸
XJの思い出は、いろいろあるんですが・・・・。
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■雨の日
通勤はベルーガ
その日は雨模様、レインコートにフルフェィス
そんな恰好で、通勤タイム!
国道を東に向かう、渋滞ですね
道路左側の路側帯を駆け抜ける
赤い子ブタは、脇道から出てきた車の側面へ
まっしぐら、止まらない
ブレーキをかけたかどうか
27年前の記憶なので定かではない
自動車側面へそのまま
突撃ジャン
赤い子ブタは行き場を失い
そこでストップという通せんぼ
私は、華麗に宙を舞った
スーパーマン状態
はたまた、ウルトラマン シュワッチュ!
といったところ
その間何を考えていたかというと
飛んでる そのあとどうなるのかな
こんなことを考えていた
道路に着地し、今回の様な骨折はなし
仰向けで横たわる自分がそこにいた
すると、ぶつかった車両の運転手が
上からヘルメット越しに覗き込み、なんと
手を引っ張って起こそうとしている
なんだ!え?
おいいおい、こっちは飛んだのに
そりゃないよね!
大丈夫? の言葉もない
救急車呼ぶでもなく、うろたえるわけでもなく
コノヤロー!
とは思ったが、こちとら、ちと若い
形成は不利?そんなことはないでしょ
雨の降りしきる仕切る中
その方につれられ病院へ
そんな青春時代の一幕
では
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■定期巡回バス
自宅の前で、定期バスが止まった!
なぜかは分からない?
もんくを言う為? 日ごろ、自宅前に駐車する
マイカーが往来にじゃま?
その他、何かした?
喧嘩売りに????
昇降扉が開いた、運転手がこちらを見ている
なぜかは分からない
この次点では
すると、運転手が、一声
私の苗字を口ずさむ
しかし、やはり なぜ ?
頭の中が ○・▽・■・×・・・・・?
誰じゃ!
運転手が 『俺、俺、○○だyo』
又、頭の中が、○△■×
やはり、記憶が・・・・・・。
そうだ、高校の同級生 30年ぶり
声が変わっているし、面影が無い
色黒だけは分かる、骨格もなんとなくだが
めがねをかけ、制服姿
学ランの記憶しかないので、どうも
記憶がラップしない
お互いに歳はとったが、相手は
似ているやつがいると
往来時に思っていたらしく、声を
かけるにも、停留所じゃ無いので
停止できづ、月日が流れて行ったようだ
確信を持てたのは、表でバイクライフ姿
やはりと思ったようだが・・・・。
今回の出来事は、自分ではいい話し、
と感じている、だから
休みの時、自宅前を往来する事から
万咲のトマトジュースを渡したという
わけ
彼もバイクを在学中に運転し、事故は
起こさなかったが、それなりに自己
主張が強い奴ではあったが、オッサンに
変身してしまった!
2サイクルのバイクを自宅前でいじっていると
近所のトッサァン達が良く集まってきて
いろんな話をして帰る、どこの家の方かも
分からない人が、立ち止まり、声をかけていく
馬鹿な奴と思っているとは思うが
それをまたよしと考え、今日もバイクライフを
楽しみます!
な・なんと!、今日、雨ジャン
気合を入れていたのに、テンション少し下がり気味
では、この辺で
おさらばへ
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