大連。中国。。。知ったか日本人、思い込み中国人。。。

住んで見れば、どこも都。しかしな〜〜っ。(コメント返事なしです。宜しく。)

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太陽君

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ワタシは
ワタシは
ワタシは
ワタシは



地方に行けば、まず、ラーメンである。

以前にも書いたが、
内容が、めんと良く煮た肉なので、
下手な物食って腹を壊すより、よっぽど安全である。


日本語では、カタカナで書くが、
漢字の国、中国では、もちろん漢字で書く。

日本のラーメンは、“ラー(引き伸ばす)”ではないので、
“切めん”と言ったところだろうか?

日本のラーメンは、偽物なのである。

これから、“キリメン”と変えるべきである。



それを知らずにラーメンのウンチクをたれ、

ラーメンを頬張っている

アナタ? も

知ったかぶり野郎になっているのである。



中国で言う“面”は、小麦粉を使った物を指す。

パンだろうが、なんだろうが、全部“面”が付く。



モノもゆかりを尋ねてゆけば、
中国にたどり着く物が多い。


でも、
腹減っている時は、
何でもいいや。

とにかく、なんか食いたい気持ちになる。





しっかしだ。
この大きさの豚肉の煮付けが乗った


ドドーン。って。


“大肉面”が7元(100円)なら、価値があるだろう?

味は、格別である。







なんだか いつの間にか? 正月も終わりですな。

何もしなかった、寝正月であった。


マッタクッ。

人間も身勝手ながら、

時間ヤロウ は、自己中で、
人間は、いつも時間に振り回されている。

人間は、時計を発明し、時を管理した気になっているが、
実は、その逆で、腕時計をはめることは、

“時の鎖” に

自らがんじがらめにされているのである。


そう言う私も非常に時間には、ウルサイ。

時間を守らん奴は、一切許さん!?

それだけ時間が大切なのである。




時間と真っ向から向き合い、

戦う? ことで、

自分の時間を作り出すしかないのである。


元々、誰しも24時間しか与えられていない。

如何に上手に使い、節約して行かないと
浪費するだけである。

つまり、時間は無限にないのである。

残念ながら、人間は、もれなく 死ぬことになっている。

生まれた時にそう決められたのである。

どうやろうが、誰にも変えることが出来ない事実である。



待ち合わせなんかで

“ごめんちょっと遅れちゃった”

なんてホザク奴がいるが、

遅刻することは、他人の時間を奪うこと。
命を奪うことなのである。


それくらい時間を大切に思うなら、
物事も順調に行く筈だ?


なんて思うのである。



毎年、抱負を語るには、何かしらの目標が必要である。

今年は、なにを目標にすべきか?


時間をコントロールすることは、
自らをコントロールすることでもある。



時は太陽が刻んでいる。

太陽君は、身勝手で、
自己中心的で自分中心に回っていると思ってやがる。

実際そうなんだけど。



太陽に振り回されても
アレには、振り回されたくないモノである。


アレってなんだ?

そう言う私も自己中なのである。








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私のシアワセ

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日本も年の瀬だが、
中国も年の瀬。

零下7,8度の中、
物乞いバアサンを“分析”してみる。


・寒さから身を守るため、何重にも服を着ている。
・地面にじかに座ると冷たいので、さりげなく?
 薄いスポンジが敷いてある。
・お金を恵んで貰う入れ物は、プラスチィックなので
 北風に飛ばされないように石が入っている。
・札を貰った時は、飛んでしまうので、
 すぐにポケットの中にしまう。


物事を分析、研究するのは、非常に面白いのである。

そんな寒い中、当の私は何をしてたかって?
寒さの中で待てるのは、アレだけだろう?





仕事納めが終わり、
この一年を振り返る。


金融危機やら経済悪化。

世界中がこの数ヶ月で激変してしまった。

世の中なんて非常にもろいものである


人それぞれ考え方や社会的なこともあるが

私は、弱き者を助けてはいけないと
思う人間である。

正確に言えば、被害者の振りをしている
人間に手を差し伸べてはいけない。



いつだか、アフリカの動物達の映像を見たが、
いつでも弱きものや怪我を負ったものは、
必ず、“死”が待っているのである。

人間社会もこの原則に従うべきである。


誰にでも、平等にとは必要ないのである。

そうすることで、真面目にやっている者や
一生懸命にやっている人間がそのしわ寄せを受けなくてはいけない。


当たり前のことが当たり前でなくなってくるのである。



“派遣”のことで話題が事欠かないが、
その見えないところで、働く外国人労働者のことは、
残念ながら、オモテにあまり出てこない。

厳しい環境の建築現場や深夜労働、みんな外国人である。

実は、日本人がやりたがらない仕事が彼らの職場である。
いろんな事情もあるが、そう言うところに追いやられる
外国人の気持ちを考えたことがあるか?

我慢ならなくなって、犯罪に走ってしまう。
そんなことを思ったこともないだろう。

確かに犯罪を起こす本人も悪いが、
そんな環境を作り出す日本自体にも問題があるのである。

日本人とは、そう言うことを平気でやる民族なのだ。

未だに日本に夢を抱く人間は少なくないが、
相当な費用を掛けて行って見るとそうでもないことに気付く。


日本人は、勤勉でがんばってきたかも知れないが、
それは、既に終結しているのである。



いつまでも過去の栄光にしがみつくのは、
惨めになるだけなのである。

更に悪いのは、その努力もせずにその栄光の価値観
を引き継いだ人間は、全く中身のないくせに?
プライドだけは人一倍である。


日本の悪口ばかりで、
日本が嫌いだから日本を出て行った日本人?
と私を非難する人間もいるだろうが、

あなたは、日本での生活が本当に心豊かな生活かどうか

私が言わずともわかるだろう?


もう今年も終わりである。
次のことに自己に問うべきである。

・心底ゆっくり休め、眠れた日が何日あるか?
・楽しく十分な食事を取った日が何日あっただろうか?
・野菜や果物を十分に食べただろうか?
・仕事をしていて達成感や満足した日が何日あったか?
・今年は、去年に比べて良かったか?
・生きがいを感じた日が何日あったか?


どうだろう?

私は、果物意外はすべて良かったな。
来年からは、果物もきちんと食べます。

先進国に住んでいるから“幸せ”になれる?
そう言うわけでもないのである。



今日が充実できなかった人は、明日もダメである。
明日もダメなら、来年全部がダメである。

そんな類のことを京都の坊さんが言っていたっけな。




そう、私は、中国カブレのオッサンである。

私が生まれ育った日本も心配だが、私が楽しく自分らしく生きられる場所は、
日本でないようである。


今年の私も非常に運に恵まれ、ラッキーで幸せでした。
来年も運に恵まれ、幸せになれる行動をして行く。



私が楽しく幸せでないと私のまわりの人間は、
ゼッタイに幸せにも出来ないのである。

そう年の瀬に思うのである。






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タダメシ

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かつてこんな業界で仕事をしてたこともあるが、
やはり建築のルーツは、中国にある。

長い歴史的には、ぽっと出のアメリカや日本は、
先輩を追い越した気になっているが、
元の本家は、なんとも思っちゃいないのかも知れない。


ちょっと おちょくっているのに気付かないなら、
後で痛い目に合うのである。

まあ、
先人は言った。

わかっている奴は、過ちを犯さない。






日本では、リストラ、派遣切りの嵐であるが、
以前にも書いたが、会社がある限り、
全員解雇と言うわけにはならない。

必ず、必要とされる人がいて、
必要とされなくなる人が出てくる。



誰しもがそうだが、
自分の都合の悪い時だけ、文句や僻み、訴えを起こす。


確かに社会性もあるが、
利益を追求しなければいけない企業にとって、
クビ切りは当然のことになる。




弟子の頃、別の工務店の親方に言われた。

ただ飯食わせ、遊ばしておいても、
置いて貰える職人になれと。



建築屋なんてものは、
時として、抱えてる職人をただ飯食わせても
置いておかなければ、
次の仕事が入ってきた時に、仕事が出来ない。



職人の世界では、当たり前のことで、
腕のある奴は、ちょっと腹の虫の居所が悪ければ、
すぐに工務店を去る人間は、いくらでもいた。

自分に自信があるからである。


そんなことは、
いまさら始まったことではない。



それを権利だ、何年働いたから?どうだと?

逆に言えば、

形はどうあれ、その会社に使って貰って、
世話になっていたんじゃないのか?



職人の世界では、
手配師や元締めがいて、

“ピンはね”は、

昔から当たり前のように行われてきた。
今でも変わらない。


ピンはねしないと親方の給料は出てこない。
その分、親方は、責任と言うリスクを負う。


だいたい、世の中は、すべてが搾取されるように
仕組みが出来ているのである。


変えられない仕組みを変えようとするのは、
愚かなことである。


派遣なんて言うのは、手配師や元締めの
名前が変わっただけである。



店でモノを買うにしても、
中間流通マージンを取られていのるは
誰でも知っているだろう?


じゃ。
解雇された人間は、コンビニに行って、
店員に向かって、
このものは、オレに原価で売ってくれ。

そうしないと訴えるぞ!

更に
オレの生活を保障してくれと言うのでもあろうか?


気持ちもわからんでもないが、
もっと、冷静になれよ。

とでも言いたいのである。



悪いが、中国国内は、
もともと非常に失業率が高い。

何とかしようとみんな必死であるが、
今の日本人みたいじゃないな。

元から国にすがったりしても
無駄なことは、誰でも知っている。

争っているうちに、次のチャンスを探す方が早い場合もあるのだ

1000人単位のリストラなんか日常茶飯事なのである。




選ばれた人は、クビにならず、
選ばれなかった人は、クビになる。

これは、資本主義の原理なのである。
資本主義国家の日本に住んでいる以上、その主義に従わなければいけない。






選ばれる人になるには、
どうすればいいのか?

そっちの方が重要だと思うのは、
私の思い違いだろうか?


タダメシ食わせて貰える人間になれるかどうかであろう?







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カモ オヤジ

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外食の多いワタシだが、
最近、(消毒された?)こんな食器が
使用されるようになってきた。

ある友人の話では、
小汚い部屋で食器を洗浄し(本当に洗浄されているかはワカラン)、
パックをされていると言う、

ワタシに言わせれば、
こんなパック食器は、クダラナイ。

タダの気休めである。


あまりにも潔癖になりすぎた日本人は、
ちょっと悪い物や古い物を食べると
すぐにおかしくなる。

とっくに他界したが、ワタシの爺ちゃんは、
落ちて3秒以内にすぐに拾えば、
何でも大丈夫なんて言っていたが、

そこそこ、大人になった私は、
物理的にそんなことは、通用しないことは
わかりはじめるとそれまたクダラナイ
と思った。


ワタシのような世代は、
戦争を知らない世代である。

爺ちゃんは、満州に行き、
戦禍、戦渦の中で生き抜き、
日本に引き上げてきた。


腹が減れば、汚れているとかちょっと位古いなんて
言ってられない。


そう言う経験がない私の世代は、
非常にわがままである。



だから、日本から大連に来た当初、
ワタシもわがままであった。

でも、民工が出入りするラーメン屋で
ラーメンを食べ、

とにかく受け入れる
気持ちを持てば?

人間は、環境が多少変わっても
生きてゆける。


そう思うのである。


既に現地化したワタシは、
現地人として、なりを振るが

出張ベースで来る日本人らしき人間は、
みっともないのが非常に多いと感じるのである。

まぁ。
世話苦しい日本から中国に来て、
羽を伸ばしたいのは、十分にわかる。

しかしだ。

ホテルの前のコンビニで、
夜中に飲み屋のネーちゃんと大騒ぎをしながら
買い物をするのは、やめてくれ。

コンビニのオバサンになんて言われているか知ってるか?


あんたたちが店から出て行ったあと、
アホな日本人て笑われてるんだぞ?


それをわかって、
一緒に買い物をしている飲み屋のネーちゃんは、
恐ろしい位シタタカだ。


なにはともあれ。
地元に住んでいる人間は、
非常に迷惑である。


知らぬがマヌケ



礼儀正しいなんて日本人は、
既に滅亡したのかも知れない。


ある人は、大連は、落ちぶれた日本人の
たどり着く場所だ なんて言うのもいる。


カモにされているのも
ワカランで、鼻の下を伸ばしているオヤジを見ると
無性に侘しい気持ちになるのは、
ワタシだけだろうか?





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復活と。。。

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中国各地には、“紅灯区”なんてものがある。

女郎屋 である。

この店は、ごく普通の住宅街の1階にあり、
地元の住民もごく普通にこの店の前を通る。

つまり生活の一部なのだ。

この街の界隈には、こんな店が30件ほど、点在する。

ガラス越しに見えるピンクの電灯の室内には、
数人の女性がソファに座り、客を待つ。


まるで
ショーケースに並んだ商品のようである。


私は、仕事柄、中国国内のあちこちに行くが、
何も用事のない夜には、そんな地区をぶらりすると
別な意味での中国の“性活”事情を目の当たりにする。





「母に捧げるバラード」

って歌を知っているだろうか?


あの海援隊の歌である。


そのフレーズに

“♪人間働いて、働いて、働き抜いて、もう遊びたいとか、
休みたいとか思うたら、はよ死ね、それが人間ぞ♪”


なんてのがある。


私は、このフレーズが非常に好きで、
いつでも頭の中を駆け巡る。


人それぞれ、いろんな人生や考え方もあるだろうが、

この“働き抜く”と言うのを実践している人間が、
どれだけいるだろうか?

誰しも遊びたいとか楽したいとか思うだろう。

しかし、私の知るそこそこの人間は、
例外なく働き抜いている、又は、働き抜いてきた
人間たちである。

遊びもすごいが?
遊んでいるフリである。

遊んでいるフリをして、
次の展開を考える。




日本国内では、
“派遣切り”が横行しているが、

派遣切りに該当してしまった人間が、
この“働き抜く”というのを実践した事があるだろうか?


企業の人事担当者は、アホじゃない。

ちゃんとできない人間を会社に入れたら、
自分のクビが飛ぶのだ。


資本主義の日本で、
会社にとって働き抜けない人間は必要ないのだ。

なんとなく会社に出勤し、弁当を食って、
時間になれば、退勤する。


確かに不運と景気が悪いとかもあるだろう。



鉄矢のような団塊の世代は、
働き抜いてきた人たちばかりである。

松下幸之助氏も奉公をし、
苦労を重ねたことで、道が開けたと語る。


苦労から逃避し、

権利ばかりを主張することで、
成り下がってしまった日本人は、

復活はありえない。


他人に文句を言っても解決しないことなど、
初めからわかっていることじゃないか?


今こそ、
働き抜き、結果を出すことで権利が生まれるのである。


死ぬほどやって出ない結果もないのである。







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