陀武須の鉄道模型

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DF90形試作ディーゼル機関車 1/80(HOゲージ)模型と実車

●実車について:
戦後復興が漸く端緒に付いた頃、国鉄では蒸気機関車に代わる幹線用ディーゼル機関車開発に挑み、昭和28(1953)年、新三菱重工で3両製作(翌々年にも3両増備)されたDD50形が戦後初めての幹線用ディーゼル機関車として北陸本線で活躍を始め、新時代への期待を抱かせていましたが、重連使用(重連でD51の1.3両分の性能と査定)が前提であり、まだまだ幾つかの問題を抱えていました。DD50形は後のDF50形の母体になりましたが、単機で幹線用蒸気機関車C62及びD52に匹敵する性能を持つディーゼル機関車の開発が急がれ、国鉄への売り込みを目論み昭和30(1955)年、日立製作所で試作ディーゼル機関車DF90が1両だけ製造されました。当時本線用に川車・川重製のDF40(DF91)、汽車製DF41(DF92)が電気式で試作されましたが、いずれも1100〜1200馬力程度の物で、国鉄が借り上げた後にメーカーへ返還されています。(1962年に新三菱製1820馬力液体式DD91が試作され、後にDD54として量産化、1960年には日立でも液体式1100馬力のDF93を試作)

 日立製のDF90形はこの中でも群を抜いた1680馬力の機関を持つ大型電気式ディーゼル機関車で、国鉄が借り上げた後、昭和36(1961)年には正式に購入されています。
 箱型の両運転台式で国鉄EF58の流を引くいわゆる「湘南顔」ですがEF58に比べ正面は扁平です。同時期の日立製DF93形やタイ国鉄向け950馬力ディーゼル機関車と共通の顔を持っています・・・日立形です。側面は大型の重量の嵩む機関と主発電機を車体中央に置いた為にラジェーター等冷却装置は2分されて車体の前後に配置された関係でバランス良く配置され、交直両用試作電気機関車ED46(ED92)同様の車体外板に直接プレスされた吸気口(エアフィルター)と相俟って当時最新技術の粋が外観にも良く現われています。

登場時には赤とクリームに塗り分けられた派手な色彩でしたが、国鉄借り入れ時にはブドウ色1色に塗り替えられて水戸機関区に配置されて常磐線の急行列車牽引に活躍し、性能的にも優秀性が認められましたが、1両のみで追加発注は行なわれないまま正式購入後も急行「北上」の牽引に従事していました。常磐線電化後は秋田機関区へ転属しましたが1両のみで保守に手間が掛かるのと軸重が限度いっぱい(当時の奥羽・羽越本線は乙線区でMax15トン以内)の為、長い休止期間の後に昭和46(1971)年に廃車されてしまいました。

 DF90の塗装ですが、二転三転しているのが特色です。日立で製造当初は前述したとおりクリーム色主体に赤の塗りでしたが、国鉄借り入れ後はブドー色(茶色)に塗り替えられていました。ところが、昭和33(1958)年、「アジア鉄道首脳者会議」の日本での開催に合わせ展示の為に目立つように再び登場時のクリームと赤に塗り替えられ展示終了後も暫くそのまま派手な姿で活躍していましたが、昭和36(1961)年、国鉄正式購入時に再びブドー色(茶色)1色に塗りかえれました。その後、秋田機関区転属に際し、ディーゼル機関車新標準色のグレーと朱色に塗り替えられて廃車に至ります。

※DF90形主要諸元:
 最大長(連結器中心間):16,330弌∈蚤臧:2,944弌∈蚤膵發機3,942弌
自重(運転整備時):90.0トン(実際には92トン超)、機関形式及び出力:西独MAN社ライセンス品
MAN形式V8V22/30形(日立製) 連続定格出力1,680馬力/900rpm 1基、
主発電機形式及び出力:EFC10‐SP 1,100kW/900rpm 1基
主電動機形式及び出力:日立HS‐274‐Ar‐17 165kW 6個(990kW)
 最大運転速度:100km/h 台車:鋳鋼製3軸固定偏芯台車(C−C)、動輪径:1,000mm

●模型のDF90について:
 昭和40(1965)年頃、『模型と工作』という少年向け工作月刊誌に大崎隆氏の記事で「全真鍮製DF90の作り方」が掲載されていました。車体のみならず台車、駆動装置まで全て自作する記事で、台車も其板の上に穴を開けた板を丸棒を挟んでペンチで押して軸バネ部を表現するという工法でした。当時少年だった私は『とてもこのような工作は無理だ!』と思いつつも好きな機関車だけにいつかはモノにしたいと思っていました。それから22年後、今は無き「武里ホビー」から真鍮バラキットが発売されました。東武伊勢崎線の武里に赴き、店主にそのキットを見せてもらい、早速、購入して来ました。発売は「武里ホビー」ですが製造は「珊瑚模型店」で、流石に車体は厚手の真鍮板製でお面はプレス製、台車はロストワックス製でギヤボックスは真鍮板組立の連動スパーギヤ連動、缶モーターによるウォーム駆動の2個モーター方式でした。
 お面と車体とのオデコ部分の合いが悪く接合にやや苦労しましたが、組みあがるとガッチリした車体になります。一番の苦労はお面部分のEF58風の飾り帯のハンダ付けで、この頃から老眼の症状が出始めてきて・・・どうにもピントが合わず、眼鏡外したり掛けたりの工作になりスピードがかなり落ちてきました(回顧録?)。何とか中心と高さ平行を出してハンダ付けしました。屋上に関しては資料が無く、半分想像の上で工作しましたが、後に「レールロード」からDF90の資料が発売され、あらためて見てみると、合ってました。
 車体中央に巨大なエンジン同様にエンドーのEF81用大型鉛ウェイトをドンと据えて重量を稼ぎ、運転台には天賞堂のEF65用運転台機器セットを入れて有ります。
 塗装は私の好きなブドー色1色にしましたが、マッハのブドー色に一寸だけグレーとほんの少し赤を入れて艶の有るやや明るいブドー色にしてあります。屋根と下回りは半艶の黒です。

■1枚目画像: 国鉄借り上げ後のDF90公式写真(ブドー色1色時代)
 「日本の内燃車両」昭和44年鉄道図書刊行会発行 より複写

■2枚目画像: 常磐線で急行「北上」を牽くDF90(クリームと赤の2色塗り時代)
 「日本の内燃車両」昭和44年 鉄道図書刊行会発行 より複写

■3枚目画像: 常磐線で急行列車の先頭に立つDF90(ブドー色1色時代)
 「日立製作所史2」昭和35年 株式会社日立製作所発行 より複写
 日立の説明文では1900馬力としているが、多分、連続定格出力では無く、1時間あるいは30分定格の出 力なのでしょう。

■■以下は模型のDF90画像です。

■4枚目画像: 暖房車を従えて急行列車の先頭に立つDF90

■5枚目画像: 模型のDF90公式側写真

■6枚目画像: 模型のDF90の特徴ある正面

■7枚目画像: 模型のDF90の屋上写真

■8枚目画像: 模型のDF90の下周り写真

■9枚目画像: 暖房車マヌ34を従えたDF90
 これで冬期間もC62と同等の性能です。

■10枚目画像(オマケ): 暖房車マヌ34
 26年程前に真鍮板から全自作した作品です。本来は中央東線EF13旅客列車用に作った物ですが・・・。

▲以下は豊川三信氏より贈って戴いた画像です。こんな雑誌(月刊)も有ったのだと言う意味でご紹介しておきます。

■11枚目画像: 「模型と工作 臨時増刊 新鉄道模型工作ハンドブック」表紙

■12枚目画像: 大崎隆氏のDF90の作り方 記事トップ

■12枚目画像: 特徴ある台車枠の作り方

★★陀武須の一言薀蓄:
 この機関車が登場した昭和30年は東海道本線全線電化完成の年です。それだけに幹線と言えども、蒸気機関車全盛時代で、幹線用ディーゼル機関車の開発が急がれていました。
昭和37年に国産技術によるDD51が登場しても、未だ「高速でC61、低速でD52」と言われ、C62に匹敵出来うるディーゼル機関車では有りませんでした。DD51が1,100馬力機関に換装されてからやっと「高速でC62・・・」と言われたのです。液体式の伝達効率は80%とも言われていますので、2200馬力×80%でやっと1,760馬力の動輪周出力になります。DF90は機関出力1,680馬力で主発電機出力1,100kW、動輪出力990kW(約1400馬力)とC62の1,620馬力よりも下回りますが、低速では6軸の粘着力、高速では電気式なるが故の「弱め界磁」が使え、高速性能が生かせています。他の電気式試作機やDD50、DF50が最高速度90km/h以下なのに対し、DF90のみ100km/hとなっています。但しC62と同等の性能は夏季期間だけで、蒸気暖房装置を持たない為に冬期は暖房車を連結せねばならず、牽引定数は客車1車減になると言われていました。しかしようく考えるとC62の炭水車重量約45トン差し引くとほぼ同等では無かったのかと思います。有効長に制限ある場合、DF90+マヌではC62よりもやや長いのが多少の問題点ですが。
公称90トンで実際には92トンをはるかに超過していたと言われるDF90に蒸気発生装置(SG)を積めるスペースもありませんが、もし設計段階で計画されていたならC−Cでは収まらず、D−D、あるいはC−2−Cとせざるを得ず、SG積載は端っから無理だったと思います。日立でもC62に匹敵する機関車を第一目標にして設計しただけで、蒸気暖房装置(SG)まではとても考えられない状況だったと考えます。DF90は1両のみで終わりましたが、三菱−ズルツァの1060馬力DF50に日立−MANの1200馬力DF50の500番台が加わり、昭和37年まで製作され、結果的に0番台64両を上回る73両が製作されたのはMAN形機関の優秀性をこのDF90で示したことが大きな要因と言えます。軸重が重く使用線区が限られるDF90クラスの増備検討よりも幹線電化のスピードは余りにも早く、まして純国産機関を持つ液体式DD51の登場は重い高価な電気式に止めを刺してしまったのでした。★

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やっと1ヶ月ぶりに更新できました。今回はマイナーな国鉄試作ディーゼル機関車ですが、筆者の大好きな形式でも有ります。DF90はこの後、ムサシモデルでも製品化されており、結構な人気を持っていた形式だったのですね。

2009/4/18(土) 午後 9:50 [ dmf*1z* ] 返信する

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ナンバー切文字はエンドー製金属インレタを使用しましたが、日立の文字はプレートは無く、切文字の日立です。市販品に文字だけの物が無く、メーカーもそれを承知で当初より日立とエッチングで浮き出してありました。しかし車体は真鍮板。洋白板ならいざ知らず、ハンダ鍍金、あるいは塗装後に銀色を塗るか・・・しか方法はありません。
結局、上手く銀入れする自信も無く、茶色浮き出しのままです。 削除

2009/4/19(日) 午後 6:09 [ DMF31ZS ] 返信する

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とかく我が国ではC‐C軸配置は横圧の問題が言われ、川崎製DF40(DF91)の横圧対策が当時の四国局では大きな問題で、曲線部にタイプレートを敷設したり改善に苦労していました。対照的に日立のDF90ではそのような問題は起きていません。同じC‐C軸配置ながら中間軸の第2、第5動輪を内側に寄せた偏芯3軸台車であったのと、使用線区の線形が良いのが原因だったのでしょう。丙線で急カーブの連続する土讃線とは大違いだったのです。川崎のDF91はその後、線路改良とともに重連用貫通路を備えてDF50と共通運用され、試作機の中では長い生涯を送っています。DF90休車期間を入れれば割りと長い生涯だったのではないでしょうか。 削除

2009/4/19(日) 午後 6:28 [ DMF31ZS ] 返信する

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試作ディーゼル機と言えば「鉄道模型社」のバラキットDF91も購入し組んだ事があるのは「西武E52」の項でも陳べましたが、これには悩まされました。再記述になりますが、キットに入っているお面は全く形状が違う位の物ですし、ボデーと接合後、オデコ裏に真鍮版を何枚も重ねて裏打ちし、ヤスリでオデコをガシガシ削って、あの流麗な丸みのあるオデコを形成しました。オデコの表面は真鍮板積層の筋が模様になっていました。台車も米国輸出用(E7用?)を付属のソフトメタルの板バネとコロ軸蓋で<らしく>加工して行く物でした。伝動装置(ギヤ等)も無く、苦労した覚えがあります。当時、試作ディーゼル機に凝っていた事もあり、天賞堂初期製品のDF50を試作形に改造しようとしたこともあります。 削除

2009/4/19(日) 午後 9:28 [ DMF31ZS ] 返信する

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模型と工作 誌に土屋一生氏が執筆されていたのは初めて知りました。 TMS 特集シリーズのような 鉄道模型工作ハンドブック にDF 90製作記事がありましたが、筆者は別の方だったような、、、、、、、ペンネームだったのでしょか。 削除

2009/4/21(火) 午後 0:16 [ 豊川三信 ] 返信する

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おや、豊川様、お久しぶりです。この件につきましては当方も「確定」的では有りませんが、「模型と工作」の別冊かも知れません。
「国立国会図書館」の蔵書検索で、図書、雑誌、双方で検索したのですが、昭和42年の廃刊になった雑誌など、所蔵はしていてもデータ化されていないのでしょう。
どの道、「鉄道模型趣味」の増刊や別冊ではありません。「模型と工作」の別冊だろうと思います。 削除

2009/4/21(火) 午後 8:31 [ DMF31ZS ] 返信する

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豊川三信氏より「模型と工作」の該当誌の画像を戴き、製作者名を誤って記憶していたことが判明しました。
作者は『大崎隆氏』で「土屋一生氏」ではありませんでした。記事訂正し、両氏にお詫び申し上げます。
尚、せっかくですので、戴いた誌面の画像を追加UPしておきます。 削除

2009/4/22(水) 午前 9:33 [ DMF31ZS ] 返信する

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追加画像3点を入れ、作者を大崎隆氏に訂正しました。豊川様有難うございました。当方にも「模型と工作」は何冊か有りますが、引っ張り出せない状況です。思い起こせば42年前、いつものように発売日に本屋に行ったら出ていない・・・何日か確認に行きましたが遂に出ていません・・・廃刊になっていたのです。昭和42年のことでした。
模型だけでなく実物の紹介や説明も怠り無く記載していた雑誌だけにざんねんでなりません。

2009/4/22(水) 午前 10:15 [ dmf*1z* ] 返信する

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模型と工作の臨時増刊、私も持っています。贈呈という印が押されているところを見ると、豊川さんもカツミのアマチュアコーナーの集会で貰ったのではないかな。確か大井町駅前の大田区公会堂だかでしたね。 削除

2009/4/23(木) 午前 11:24 [ モハメイドペーパー楠居 ] 返信する

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アマチュアコーナー、懐かしいですね。雑誌で盛んに広告されていたので私も良く覚えています。しかし当時、中学生だった私には、なんだか大人の世界に思えて、行く(参加)勇気がありませんでしたが、今思えば、行っときゃ良かった!・・・・と。
ただ、昭和39年の何時だったか、魚藍坂下のお店で「半端物セール」が開かれた時は、お小遣い前借で勇んでいきまして、0番の未塗りBタンク、真鍮EF56ボデー、ED16真鍮台車、他電車台車など色々買ってきましたが。
この頃のカツミさん、鉄道模型界のリーダー的存在でしたね。 削除

2009/4/23(木) 午後 9:41 [ DMF31ZS ] 返信する

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モハメイド師 小生、残念ながらあまちゅあコーナーには出席しておりませんでした。 そのイベントの感想を吉村さんが書いた記事を『模型と工作』通常号で読んで残念がった覚えがあります。 現物はその後神保町でみつけたものです。 "贈呈"にはそんな経緯があったのですね。 陀武須 殿 写真を掲載いただき有難うございました。参考程度にお送りしたので写りが悪くすみません。 削除

2009/4/27(月) 午後 0:21 [ 豊川三信 ] 返信する

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国立国会図書館で調べると『模型と工作』は

>月刊「模型と工作」1巻1号(昭36.7月)〜8巻10号(昭43.9月)
>特集模型と工作 1巻1号〜3巻3号(昭41.8〜43,7)

と表示されます。国会図書館では欠号無く全冊保有しているようですが、閲覧・コピーのみ可能です。
それにしても8年間の短い発行期間だったのですね。私は「模型とラジオ」より「模型と工作」の方が好きでした。実車の知識もこれから得た物が多いです。 削除

2009/4/27(月) 午後 7:53 [ DMF31ZS ] 返信する

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陀武須さま○○わ・自身のHP更新がままならないらじです。武里のは量産前に試作の製品がありましたね。4軸のそれぞれにモーターをかました仕様で、量産タイプよりも顔がとんがっていました。特製品で、何両か作られたと当時武里の店主に直接伺いました。ほかにDF41もあって、それもよく出来た特製品でした。買っておけばよかった…(でも当時で15万くらいと言われたような…) 削除

2009/5/24(日) 午前 10:07 [ らじ店主 ] 返信する

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らじ様、お久しぶりです。武里のDF90、珊瑚製の前に何両かの試作品が有ったとは知りませんでした。店内にもそれらしき物は無かったので気付きませんでした。
インサイドギヤの内の白色デルリン製のギヤが割れてしまう事があり、2回交換しています。13于軌を兼ねてMPギヤー化したいと思っています。 削除

2009/5/24(日) 午後 11:08 [ DMF31ZS ] 返信する

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