前向き人生

同じ生きるなら前向きに、自分を励ましながら進みたいと思います。

公文

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過ぎると忘れて…

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25日朝刊にNYでの表彰を終えた高校生の記事が掲載されました。
この日も夫は朝食拒否…何とか昼ギリギリに起きたので、急いで簡単に昼食。
前日連絡があったのは3歳の幼児、久しぶりの幼さにちょっと緊張しながら公文の準備を進めました。
3時近くなってやって来ましたが、鉛筆を持つこともままならず…
しかもお母さんが抱いていたのは生後一ヵ月児…あまりに黒々とたくさんの髪なのでビックリ。
プリントも渡してみたけれど、それよりは数字盤での喜びの方が大きかったようです。

珍しくJフレンズ目前生が早々やって来たのに、帰ったのは誰よりも遅く・・何時間浪費したのか…
その間にやって来たユーレイ状態娘たち、何とか翌月から正式入会できそうです。
Dのテストも時間的に1群は無理でしたが、書き落とし一問以外パーフェクトですから楽しみです。
勉強することに親が懐疑的な騒がしい子も、それなりに力が上がっていますがこちらは先が長い・・
前回叱ったことで半ベソだったダラダラ君は自分から同じ所に挑戦し、分数で進む自信を持てたようです。

夕方に青森在住の夫の妹夫婦が、春先手掛けた兄家の塀の仕上げに来た…と寄ってくれました。
そんな時には夫は笑顔一杯で話しているのですから、気にかけてくれることが嬉しいのです。

26日も朝食拒否でしたが伸ばしていたので、入浴することに同意…
でもなかなか動かなかったため、結局身じまいをしたのは正午近くになっていました。
急いで昼食を用意する必要もあり、あれもこれも十分に・・とは行きません。
その結果、妹に…と思っていたチーズも届ける気力が出て来ずパス。

迷いましたが、午後郡部の同級生宅に三度目の訪問、ようやく居てくれて花火の寄付金をお預かりしました。
その後ほんのちょっと「ひと休み」に寄り、前回中途半端になった相続へのアドバイスを完了。
5時半にお願いしておいたお寿司を受け取って、夫の夕食にしました。

いつも「公文と重なるので…」と不参加を続けて来た同窓会に、10年ぶりくらいで出席しました。
その際に「お詫び文を書く」と言ったことの撤回を伝えようとしましたが、不興になりそうなのでやめました。
本当に少ない出席者だけでの同窓会、集まって話すにも魅力的な方が参加していないことがネックなのです。
でも出張先の富山から直帰した…というお若い先生の、高校生の様子を撮って下さったものが良かったです。

27日ギリギリの時間で校長先生宛ての当日配達手紙を書きました。
事の初めに飛び越して道の教育長にお伺いを立てたことへのお詫びが、足りなかったのだと思い直して…
夫はまた朝も…そして昼もベッドに寝たまま、お昼も待っていてもダメで一人でかっ込みました。
ベトナム青年たちはお休みの連絡ですし、ちょっと不機嫌状態で畑仕事でもしようか…と草を取り始めると‥
珍しい時間にC子さんがお仲間の新船祝いのお餅と刺身用に…とホタテとを持って来てくれました。

夫が寝ていることを伝え、「C子が来たから起きなさい!」と言ってもらうことに。
お客さんがいると別人の夫、何とか起きて来たのでお昼代わりにできたてのお餅を…
お姑さんから夕食の支度はしなくて良い…と言われていたC子さんは、ゆっくりしていきました。
夫も夕食はしっかり食べる日々…でも心が沈んでしまう私は、二日続きで早く寝てしまいました。

28日朝の礼拝の際、49年前の朝はまだ命があった…と弟のことが偲ばれ涙が溢れました。
父の事故死から21ヶ月ほどで弟もバイクの事故で逝ってしまったのです。
なぜ私ではなく、世の中のために貢献できたであろう弟を連れて行ってしまったのだろうか…と。
一人での朝食にも涙がこぼれ出し、なかなか止めることができませんでした。

時は人を待たず…

24日NY報告会が一通り済んだ後、すぐ高校を出ました。
落ち込んだ気持ちのまま帰宅、何も手に着かずにいて4時を過ぎ、10分経っても・・
雇い主さんに「お休み?」とメールの直後、ベトナム青年たち到着。
5時まで交互に読ませ、怪しい読みには繰り返させ…一人は風邪気のようでした。
結局気持ちが晴れないまま、夜には怨嗟一杯でブログを書いてしまいました。

危険文書

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24日散々な一日となりました。私の教室だよりが問題だ!と朝に電話が来ました。
国連行事での表彰のために渡米した高校生の名前を文面に取り上げているのは危険文書だ…と。
どこへ配布しているのか…と問うので、幼・小・中・高と教育委員会…と。

私がプロデュースして始まった高校での卒業生による授業、それにプラスしてのパソコンを駆使する働きかけ。
その結果として昨年の課題、環境や世界的に問題になっていることを題材にした英語での俳句が選出され・・
卒業生は国連職員のための学校の先生をしており、その2人に是非ニューヨークへ来るように、とのお誘い。
公的な場からの費用補填は見込めないため、滞在費を含め全て彼女が持つから…とのお話から始まりました。

何から何までではジッとしていられず気持ちのある方々に寄付を募る活動をし、渡航費片道分が集まりました。
寄付集めの最中にも横やりが入りましたが、その時使われた言葉と同じですから、出所がはっきりしました。
呼び寄せて下さった甲斐があって、2人は最終5句に残っていただけでなく三年生の句が最高賞となりました。
教室だよりにそれを書き、印刷する前に高校生には名前を書く了承を得に行くと、とても嬉しそうでした。

町民の応援も背にNYを堪能し、そして公の場で賞賛を浴びるという願ってもできない経験をしたのです。
彼らがこの体験を糧に大きく羽ばたいてほしい…そんな内容で教室だよりを書きました。
危険文書は配布しない…それでいてお詫びの文を…との無茶な話、分かりましたと返事をしましたが・・
どうしてそんな発想になるのか、丁度今日彼らの報告会が行われた中で私の心には重過ぎる時間でした。

しかも夫の心のバランスは崩れたまま…朝・昼食抜きで寝たままでしたから、更に心が重かったです。
幸い夕方帰宅すると夫はいつものように座っており、夕食時には何とか普通モードに戻っていました。

フェイスブック仲間や、高校学校祭応援の花火寄付参加者から、テレビ放送もされた…との連絡が。
笑顔も多いニューヨークライフでの発見や、素直な受賞の喜びの報告…あれこれ私も写真を撮りました。
それでいて危険文書扱いされた私の心は、冷たい井戸の底状態でした。
そんな時には写真すら思うようには撮れていなかった…残念!

日々…

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21日何だか元気が出ないけれど、粛々と公文の準備を進めました。
結局相変わらずユーレイ状態の六年生新人たちが私の机席に陣取り、それぞれ3時間以上も・・
できている方は、時間が許せばJフレンズだったナ・・という逸材で、D一回での通過でも問題なさそう。
もう一人はBの91からにたじろぎながら、引き算へと…

その間に相変わらず逆らい口ばかり叩く急上昇君、お出かけが気になってプリントに手をかけないダラダラ君。
3枚目までで1時間…説明しても聞いていない?久しぶりの大音声での叱責!
お金に見合うだけの真剣な学習ができなければ、何の意味もありません。

Jフレンズ目前でありながらやはりダラダラで6月末達成を逸する人は、同級生2人の様子をチラ見しながら…
性質というものは他から変えることはできませんので、新人の急激な追いつき方も気にならないのかも。
2週間来ないとメモでもして!とお母さんからダメ押しメールの子、7時近くにプリント受け取りに来て…
たまたまJ目前君がいたから開いていたのですが…曖昧な言い方が多いから確認した訳だったのです。

22日ダラダラ君と毎回大騒ぎ君の2人に宛てての手紙を書き、当日配達投函へ。
あまり期待せず図書館へ行くと、4歳と1歳の幼女2人とお母さんが。
私に任せて、お母さんは小3兄と別行動なので、30分間ずっと2人のお相手…

その後期限が迫りつつあるため、高校学校祭への応援花火寄付集めへと出かけました。
ダメな時には何をやってもうまく行かないようで、遠出も含めお訪ねした3件ともお留守で・・
結局お疲れ休み状態で「ひと休み」へ行き、彼女の肉親の相続関係の話をずっとしました。
他町からみえたご夫婦と交代するように、帰宅しました。

そして少し気分を変えようと、昼食を餅ピザにしたのが間違いの元・・
夫のお気に召さず、昼食はいらん!と。他のものを用意しても無視…
そのうちには私自身の調子が悪化したため、布団を敷いて寝ました。
その間に夫がお酒の用意をしている音がして、尚気持ちが落ち込んでしまいました。

起き出して夕食を準備しましたが、結局しばらくぶりのお小言時間…
一人で何でもできるから手伝いはいらん!と。立ち上がる度危ないのに、お酒が更に危険度を増します。
でも夫に気を遣うにもあまりにも不調で、8時にはまた布団に入って寝てしまいました。
9時過ぎに夫もベッドに入ったことに気づいた頃、ひどく咳が出て風邪が根本にあったことを自覚しました。

23日10時間も寝てしまい、パソコンをちょっと確認して朝食を準備しました。
結局夫はそれも無視…さすがに頭に来て孫の所にでも行こうか・・などとも思いました。
でもあまりにもパワー不足を痛感して、また布団に戻って寝てしまいました。
その間に夫が起きたのは分かりましたが、私が目覚めたのは正午のサイレン(前時代的です…)の音。

機嫌を取る気にもなれずそのまま布団にいると、C子さんがやって来ました。
今回は夫にとっては救いの神、「お客さんだ!!」と。
自分用のカップラーメンを持って来ていましたが、ちょっと待って!とチャーハンを作り三等分。
おしゃべりしながら食べて、いつものような時間を過ごしました。

ボーっとした時間も過ごし、3時過ぎになってから寄付金集めへと出かけることにしました。
しばらくぶりにチーズ工房にも寄って切れていたチーズ補充、乏しくなっていたので車の燃料も入れました。
また同級生4軒不在…いつもの年はこんなことがないのに、本当にうまくいきません。
絶対にいる…供出者3軒目は招き入れてコーヒーもご馳走してくれました。

元気を取り戻して5時半頃帰宅、普通に夕食を準備し何事もなかったかのように2人で食べました。
7時を過ぎていましたが明るさが残っていたので、畑へと出て草取り他の作業をしました。
その時に庭を横切ったキツネは逃げ、鳥はピントが合った途端に飛び去り…結局夕空を撮ってみました。
今朝抜いた大根は凍った?と思う状態でしたが、作物は何とか無事のようです。

不確か…

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20日入浴前に夫の作務衣2着を丁寧にアイロンがけ…
そして昼食を終えて片付け、予約した美容院へ向かおうとする直前「シソを…」と言っていた人が。
自生えした群生から必要な分根ごと抜き取る彼女に付き合ってちょっとおしゃべり…

約束の時間に10分遅れで美容院に駆け込み、パーマをかけてもらいました。
美容院にも教室だよりを置かせていただいていますが、その後昨日中断した所へと届けに回りました。
最後には猫一杯家へ向かい、高校生のNYへの顛末もたよりに取り上げたことを説明すると笑っていました。

先日には玄関が開いているのに無人、心配そうに古参猫1匹だけが玄関から外を見ていたので気になって。
今回は二桁の猫が入り口そばにタムロ…かなり軽快した彼女は、その時ハウスにいたのだとか…
元気そうになった顔を見て安心し、大急ぎで帰宅しました。

ギリギリに帰り着いた4時、ベトナム青年たちが学習にやって来ました。
中途半端になっていたので、まず先輩君にたくさんのプリントを次々と読ませました。
気が突くと5時に近く、後輩君の番…と言ったら、買い物に行くので帰る…と。
何しろ2時起きの彼らですから、時間との戦いでもある訳です。

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