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更新が滞る
1日が1週間、1週間が1か月、半年と空いてしまう
それでも思い出したように更新しようかなとパソコンを開く
そんな久しぶりの更新です

2015年秋


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どこまで行ったのかを過去の記事を読みながら思い出す
そうそう、イタリア旅行の2日目でした
朝からサンピエトロ大聖堂を見学した後
バスで市内を移動して、次の観光地へと向かいました
日本では、観光保全地域なんかでもアスファルトの道路が多いだけに
石畳の道路に歴史を感じる




カンピドリオの丘

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そして着いたのは、カンピドリオの丘
丘というだけあって
駐車場から丘の上まではやっぱり坂道
この旅行プラン、結構歩くんですよね

右下の女性がガイドのガブ(ガブリエル)さんですね




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さあ着いたと思ったら、最後の上り階段
この先がカンピドリオの丘です

丘というのが、ローマを巡るうえで重要なキーワードになるのだという

少し建国の頃の話をすると
古代ローマの時代、ローマには七つの丘があり
それらの丘の上に人が住みはじめ
丘を中心に都市が形成されていきました

これは今でも変わっておらず

例えば、初日に行ったフォロロマーノを見下ろす場所にあり
最初に人が住み始めたというパラティーノの丘

高級住宅街のあるアヴェンティーノの丘

大統領官邸のあるクイリナーレの丘

と今でも生活や政治の中心になっている




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そしてこのカンピドリオの丘ですが
この丘はローマの中心地であり

現在の丘の広場を設計したのはミケランジェロ
中心には、マルクス・アウレリウス・アントニウスの像
正面に見えるのがローマ市庁舎のセナトリオ宮が建っている




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こちらは広場の中心に立つ
第16代皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスの像




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これが市庁舎
今回は建物の中には入らず、建物の裏手にまわる




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カンピドリオの丘裏手の展望台から見下ろす風景
昨日も行ったローマの古代遺跡“フォロ・ロマーノ”が眼下に広がる
古代ローマの政治と経済の中心地であった場所であり
ローマ滅亡後は、長い間土の下に埋もれていたために
今も当時の面影を残す姿が残っていました




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カンピドリオの丘からフォロ・ロマーノを見て
正面右側に見える丘が
ローマの七つの丘の中でも最も古い歴史を持つという
パラティーノの丘

丘の上にできた集落が徐々に交流するようになると
それぞれの代表が集まる場所が必要となり
そんな中立的な会合や会談の場として
ここにあった野原が選ばれ
フォロ・ロマーノとして発展していったのです

ローマの発展は丘とともにあったのですね




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さらに奥にはコロッセオも見えました

更新は空くけれど、少しずつ更新は続けようと思います

次回へつづく

ように頑張る

閉じる コメント(5)

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おおっ!さっそく更新!
2015年(@_@;)?!


なんか壊れかけに見える柱、、、地震の多い日本から見ると怖い。
てかバランスも悪い気がするが、意外と壊れないもんだねぇ。

2018/8/22(水) 午後 6:40 snow

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イタリアの街路樹の剪定は独特ですね!

2018/8/22(水) 午後 7:27 yoshika

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> snowさん
よしと更新したら、もう2か月が過ぎてしまいました。ローマの遺跡が綺麗に残っているのは、時代の中で忘れ去られ、土の中に埋まっていたからだそうです。ロマンがありますよね。

2018/10/4(木) 午後 6:35 すけさん

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> yoshikaさん
コメントありがとうございます。なるほど、海外の街を歩くのに、そのような視点もあるのですね。勉強になります。

2018/10/4(木) 午後 6:36 すけさん

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また8日〜南イタリアへ行きます!

2018/10/4(木) 午後 7:03 yoshika


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