ヘルメス「今度の旅は名古屋だってさ」 友人「なんかもう一つの旅とかぶっちゃうね」 ヘルメス「あんな我がまま親父のことは放っておいて、さっさと行こう」 京都旅行の帰りに休憩にと寄った名古屋城
僕にとっての人生初の名古屋訪問は、実はこの時でした。 ヘルメス「この人形さんはなんだい?」 友人「なんでも菊人形展というのをやっているみたいですよ。」 ヘルメス「秋だからかなあ? 菊の人形だなんて面白い催しだね」 友人「なんでもNHK大河ドラマ“利家とまつ”にちなんで、 織田信長と前田利家の物語を中心に飾っているんですって」 織田信長
今川義元を桶狭間で破ると、天下布武を掲げて敵対勢力を次々と滅ぼした戦国の風雲児。 古い慣習に囚われない合理主義者を、現代のベンチャー企業と重ねてみてしまうのは僕だけではないと思う。 詳しくは、何千という本が書かれているので、省略します。 最後は京都本能寺にて部下であった明智光秀の謀反によって命を失った 前田利家 信長の下で数々の合戦で活躍し「槍の又左」の異名をとった武将。 後に柴田勝家に従って北陸平定に貢献、 信長の死後は豊臣秀吉に仕え、 類なる政治力を活かして五大老の1人となって加賀百万石の基礎を築いた。 まつは利家を陰で支えた妻。 ヘルメス「何か人形があられもない姿になってるよ」 友人「今日は衣替えの日なんでだって」 ヘルメス「こういう舞台裏もたまにはいいもんだね」 友人「う〜ん、職人ですね」 ヘルメス「ああやって竹を組んで、一つずつ衣のように着せていくのか」 友人「これからは、こういった苦労に感謝しながら旅をしましょうね」 ヘルメス「職人さん ありがとう♪そして、ご苦労様です」 |
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2005年09月30日
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2005年8月12日 〜 8月17日 おで「ここは町中が水であふれておるのお」 付人「生活の中に自然にとけこんでいるみたいですね」 おで「ところで、あの階段みたいな水桶はなんじゃ」 付人「なんでしょうね?水飲み場みたいですけど」 二段、又は三段に作られた水桶は
一段目を飲料水として 二段目を野菜などを洗い冷やすために 三段目は洗い物などの生活水として活用するのだという。 水の都郡上八幡ならではの生活の知恵がつまっている。 ここは一般用なので二段に作られ、観光客の僕たちも利用できるのです。 共用の水飲み場にはこんなところもありました。
犬の散歩をする地元の人たちも利用している郡上水 おで「じゃあ、好きなときに好きなだけ飲めるわけじゃな。」 付人「お茶碗がちゃんと置いてあるのがいいですね」 おで「誰が使ったかわからんというのが、ちょっとバッチイのお」 付人「だから二段目で洗うんですってば」 おで「唾を落としてやれ!!」 付人「わあ〜〜!!駄目、駄目、駄目〜〜!!!」 おで「冗談じゃよ、冗談♪」 付人「冗談に聞こえないから心臓に悪いんですよ。」 おで「そろそろ水探しに戻るとするか」 付人「ちょっとあそこを見てください!!」 おで「なんか偉そうな建物が建っておるな」 付人「もしかして!?」 おで「うむ、確かめる価値ありじゃな」 宗祇水(そうぎすい)
連歌師として知られる飯尾宗祇が、この地に住み、 この清水を愛用したことから“宗祇水”名付けられたもので、 日本の名水百選として選ばれている。 おで「これじゃ、これ!!まったりとしてサラッとした喉ごし、伝説の水じゃあ」 付人「あまり他と変わらない気がしますが・・・」 おで「・・・・わしだってわからんわ。こういうのは考えるんじゃない。感じるんじゃ」 付人「はい、修行がたりませんでした」 ちゃららら〜ん♪ おでゅっせうすは“みずのしずく”を手に入れた。 |
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