T−3
長年に渡り、初等練習機として航空自衛隊で活躍してきたT−3
平成17年に防府基地で用途廃止され、知覧町で借り受けたものである。
特攻像「とこしえに」
特攻機は、ついに帰ってきませんでした。
国を思い、父母を思い
永遠の平和を願いながら
勇士は征ったに違いありません。
御霊のとこしえにやすらかならんことを祈りつつ
りりしい姿を永久に伝えたい
心をこめて
開聞の南に消えた勇士よ
※像の解説板より
像「やすらかに」
特攻隊の若い命は、ついに帰らず
出撃の瞬間まで求めたであろう母の姿
この晴れ姿をせめて母上に一目
最後の別れとお礼を一言
胸も張り裂けそうな、その心情は
母もまた同じであったろう
今ここに立つ母の姿
とこしえに母を
共にやすらかに
母の温かいみ胸で
御霊のやすらかならんことを
世界の平和を祈念して
※像の解説板より
知覧の特攻隊の遺書を見て感じたことがある
字も達筆で文章も素晴らしいまるで文学作品のような遺書もあるが
私が最も心にジーンときたのは
5〜6行しかなくとも、乱筆であるのだが、その思いをぶつけたような遺書であった
その多くに見られるのが、母への思い、感謝」であった。
いつの世も父は厳しく、母は温かく家族を支えてきたのであろう
ある遺書には、
継母であるが故に男の恥ずかしさからか
最後までお母さんと呼ぶことができずに知覧に召集され
最後の遺書の中で悔やみ、お母さんお母さんと涙ながらに書き綴った遺書もあった
特攻前夜の三角兵舎の枕は、どれも涙で濡れていたという
今の日本の平和の裏側には、こうした英霊達の犠牲があったことを忘れてはならない
今年のお盆には、靖国神社にお参りに行こう。
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