中国-岡山県

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2003年8月15日 岡山城

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おで「わしに似たイケメンがおるぞ」
付人「似てるかどうかはわかりませんが、宮本武蔵さんですね」
おで「岡山となんの関係があるというんじゃ?」
付人「一応、岡山県のどこかで生まれたといわれているんです
   なにしろ謎が多い方だけに、小説のイメージが強いんですよね」
おで「負けたことがなかったんじゃろ」
付人「そういうことになってますね

おで「本当に最強なのか?」
付人「勝つために剣だけでなく、兵法にも通じ、負けない戦いをしたそうです」
   大勢を相手にせまい道に誘い込んだり
   時間に遅れて、対戦相手を怒らせたり
   その一つが関ヶ原歴史資料館でみた“目つぶし”かもしれませんね」
おで「“勝つためにはなんでもする”ってやつじゃな
   岡山は“梟雄(きょうゆう)”の産地じゃな」
付人「また岡山県人を怒らすことをいう〜」

おで「武蔵って名前がまたカッチョイイよな
   これが“八兵衛”とかだったら、うっかり負けてしまいそうじゃ」
付人「宮本うっかり八兵衛、なんか嫌ですね」

虚録「巌流島」

小次郎「ムサシはまだか!! プンプン」
   ・
   ・
   ・
  5時間後

ムサシ「悪い悪い、ちょっとウィッキーさんに捕まっちゃってさあ」
小次郎「ええい、約束の時間に遅れるとは、剣士の風上にもおけん」
ムサシ「これからの時代、英語くらい話せないと駄目だよ」
小次郎「わけのわからぬ言い訳など無用」
ムサシ「そろそろ、世界に向けて“MUSASHI”に改名しようか考えてるんだ
    僕と一緒に“KOJIRO”に変えない?」
小次郎「わけのわからぬことを言って混乱させるか! もういい!!」

ムサシ「ちょっと待って 自己紹介くらいさせてよ」
小次郎「じ、じ、自己紹介だとおぉぉ!!!」
ムサシ「我は日の本最強の剣士“宮本武蔵”参る!!」

小次郎「我こそは“佐々木こじ・・・」

  ゚▽゚)=◯)`ν゚) ぱーんち!!

小次郎「い、痛い・・・卑怯だぞ」
ムサシ「いや、もう始まってるかなって思ってさ」

小次郎「ぬ、ぬ・・・こしゃくな 我が秘剣を受けてみよ
    秘剣!!!」

     ゚▽゚)=◯)`ν゚) ぱーんち!!  ゚▽゚)=◯)`ν゚) ぱーんち!!

小次郎「燕がヴぁらヴぇちゃーーーn・・・・・・・・・」
ムサシ「そんな技の名前いってるから」
小次郎「卑怯者め・・・・・」
ムサシ「ふっ、小次郎やぶれたり
    またつまらぬものを斬ってしまった」
すけさん旅行記
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岡山城では大河ドラマの影響か“宮本武蔵展”がやっていた

宮本武蔵、剣豪と呼ばれた人物の中では飛びぬけて有名な人物
野に死に場所を求め、最強を目指して放浪する
そんな人物に詳しい資料など残っているはずがない

それでもこんなに有名なのは吉川栄治の小説の影響が強いという
僕も少なからず影響を受けた一人
最近では漫画やドラマも・・・・

しかし、剣士に名などいらないのです
命を賭けた戦いに 勝つか負けるか
ただそれだけ

●岡山城の詳しい情報はこちら(岡山城のホームページ)
http://www.city.okayama.okayama.jp/keizai/kankou/ujo/

●岡山城の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.39.7.537&el=133.55.20.722&la=1&sc=4&CE.x=462&CE.y=102

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2003年8月15日 岡山城

付人「初代城主“宇喜多秀家”さんの時代はすぐに終わってしまったんですね」
おで「何、そうなのか!!」
付人「秀家さん、関ヶ原で徳川家康に敵対したんで追い出され」
おで「悲しい結末じゃ」
付人「さらには八丈島に流されて、そこで生涯を終えたそうです」
おで「寂しい人生だったんじゃな」
付人「まあ80歳くらいまで生きてるんで、戦も謀略も権力争いもない中での生活
      もしかしたら幸せだったのかもしれませんね」

付人「その後、城主になったのが“小早川秀秋”さん
   前日の関ヶ原で見てきましたよね」
おで「おお、あの裏切りもんか
   わしもトロイ戦争では木馬を贈ったり、色々と悪さしたもんじゃ・・・シミジミ
   今ではウイルスの名前にもなってしまってな いい迷惑じゃ」
付人「おで様って恐ろしい人だったんですね」

歴代城主さん登場
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宇喜多秀家
梟(宇喜多直家)の子として生まれると、
猿(豊臣秀吉)に気に入られて養子となり、
鬼(前田利家)の娘ジャイ子(豪姫)と結婚
五大老の一人となった戦国の超逆玉大名
関ヶ原の合戦では西軍についたばっかりに、
狸(徳川家康)に化かされたのが運の尽き、
八丈島に流され、そこでのんびり余生を過ごされたそうです
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小早川秀秋
関ヶ原で一世一代の内応(裏切り)によって徳川家康の勝利に大きく貢献した男
その功績により、岡山城を中心とした数十万石の大名となった
ただ21歳と若くして亡くなったことや関ヶ原での内応などから
“凡庸な嫌われ者”というイメージが強いですね
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池田家
“小早川秀秋”の死後、岡山城の城主となったのが“池田忠継”
池田家は織田、豊臣、徳川と柔軟に渡り歩き、繁栄の基礎を築いた
第6代“池田綱政”は後楽園の造営を手がけ、吉備津神社を再建した人物

●岡山城の詳しい情報はこちら(岡山城のホームページ)
http://www.city.okayama.okayama.jp/keizai/kankou/ujo/

●岡山城の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.39.7.537&el=133.55.20.722&la=1&sc=4&CE.x=462&CE.y=102

2003年8月15日 岡山城

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おで「城はいいねえ」
付人「どうしたんですか」
おで「たとえどんな手を使っても
   男として生まれたからには、一国一城の主にならんといかんな!!」
付人「どんな手を使っても?」

おで「岡山には宇喜田直家という者がおったそうじゃ
   梟雄(きょうゆう)なんてあだ名をつけられているんだぞ」
付人「梟雄(きょうゆう)
   広辞苑でひくと“残忍でたけだけしい人”とでています
   おで様にピッタリですね♪」
おで「今の時代
   時には冷たく、力だけでなく頭も使わんといかんのじゃ」
すけさん旅行記

丸裸の状態から権謀術数を駆使して
中国地方有数の戦国大名になった“宇喜多直家”
その子である“宇喜多秀家”の建てたのが“岡山城”である

宇喜多直家
人を欺き、謀をめぐらして陥れるというイメージもあるが
いいかえれば、情報と根回しによって立場を分析し
主君と近隣諸国(毛利家など)の情勢を見定め、
チャンスと見るや、迷いない判断で行動した人物
宇喜多直家に限ったことではないのに、
なぜか戦国の世にあっても“梟雄(きょうゆう)”と呼ばれる
ヒール(悪役)の似合う男は、どうしてもマイナーなイメージがつきまとう・・・とほほ

そんな男の城に似合うのは、
カラスのような黒塗りの城
“烏城(うじょう)”と呼ばれた“岡山城”である

※建てたのは“直家”の息子“秀家”です

●岡山城の詳しい情報はこちら(岡山城のホームページ)
http://www.city.okayama.okayama.jp/keizai/kankou/ujo/

●岡山城の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.39.7.537&el=133.55.20.722&la=1&sc=4&CE.x=462&CE.y=102

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2003年8月15日 後楽園

すけさん旅行記
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後楽園を歩いていると、池越しに黒塗りの城が見える
緑の中に浮かび上がる姿は
なんとも雄雄しく凛々しい

あれが岡山城か

ちょいと行ってみよう

●後楽園の詳しい情報はこちら(後楽園のホームページ)
http://www.okayama-korakuen.jp/top.cgi

●後楽園の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.39.51.332&el=133.56.12.736&la=1&fi=1&sc=3

2003年8月15日 後楽園

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付人「駅から後楽園に向かいましょう」
おで「後楽園は大好きじゃあ
   “東京ドーム”に“後楽園遊園地”
   お父さんはウインズで競馬三昧、疲れたら“ラクーア”で温泉じゃ」
付人「それは東京の水道橋ですね
   あっちは小石川後楽園
   ここはまた違う後楽園です」
おで「じゃあ野球も遊園地も競馬も温泉もないのか」
付人「ありません」
おで「そんなん つまらんではないか!!
   やめじゃ、やめ さっさと帰るぞ」
付人「でも日本三名園のひとつですよ」
おで「ほら荷物まとめ・・・・め、め、名園?
   日本三名園というと金沢の?水戸の?」
付人「先日紹介した“金沢の兼六園”、昨年紹介した“水戸の偕楽園”
   最後の一つがこちら“岡山の後楽園”なのです」
おで「ビビビビビ━━━━━(((((゚∀゚)))))━━━━━ンゴーーーー!!」
   それを先にいわんか
   ほら、何をグズグズしとるか わしについてこい!!!」
付人「( ̄ー ̄)Vニヤリ」

すけさん旅行記

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ここは岡山後楽園
江戸時代に流行した“大規模大名庭園”として“日本三名園”の一つにも数えられている
豊かな水に囲まれ1700年頃に完成すると、
少しずつ手を加えられてきたものの
その姿は、大きく変わることなく今に伝えられているといいます

江戸時代という一応は平和な時代
藩主の静養の場、VIP客のおもてなしの場として使われてきた庭園
今は、誰でも自由に出入りできるのです

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朝一番で庭園に入ると 人はまだまだ少ない
今まで見てきた庭園とは少し違い
青々とした芝生が目だつ
空には夏らしく、モクモクと大きな雲が印象的だった
この上で寝たら気持ちいいだろうなあ・・・・
そんなことを考えてみたが、怒られそうなのでやめた

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小高い山(唯心山(ゆいしんざん))に登ると
園内を一望することができ、
より立体的な庭園散策を楽しめるのです

●後楽園の詳しい情報はこちら(後楽園のホームページ)
http://www.okayama-korakuen.jp/top.cgi

●後楽園の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.39.51.332&el=133.56.12.736&la=1&fi=1&sc=3

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