2006年10月8日
ごきげんよう コノハナノサクヤでございます
今日は少し変わった場所に御案内いたしますわ
わたくし、疲れましたので、御紹介はすけさん様にお願い致しますわ
正福寺
こんばんは すけさんです
このお寺、別に行く気はこれっぽっちもありませんでした
こんなところにお寺があるなんて知らんかったし(笑)
じゃあ、なんで来てしまったのか
それには深いわけがあるのです・・・・・
新倉山浅間神社を探していたときのこと
実は僕は道に迷ってしまいました
車を走らせども神社は見つからず
30分以上は探しましたかね
絶対に違うだろう
そんな狭い山道を奥の方まで行ってしまいましたからね(笑)
それでも見つからずに諦めかけた時にこのお寺を見つけたんです
もしかして、ここが新倉山の浅間神社か!?
少なからず期待して行ったのですが、もちろん、そんなはずはなく
駐車場に車を止めると、浅間神社を諦めて次に行くところを考え始めました
「仕方ない、それなら富士宮の浅間大社でも行くか
偶然きたお寺だけど、これも何かの縁、お参りでもしていくかな」
そんな軽い気持ちで、とりあえずお参りだけして富士吉田をあとにしようと思いました
これが運命の別れ道だったのです
そんなんで入ったお寺ですから、たいした期待もしていなかったのですが
門を見てドッキリ
門の二階に鐘を吊ってあるなんて、粋なことをするじゃないか
なかなか面白い造りじゃないですか
これは掘り出し物のお寺かも!?
色んな角度から見ようと門の周りをぐるぐる回ると
裏側から門を見ていたまさにその時、奇跡は起こったのです
僕の視界に飛び込んできた遠く山の中腹に立つ朱色の門らしき物体
もしかして!?
そう、それが浅間神社の鳥居だったのです
神様ありがとう
まてよ、ここは寺だし仏様ありがとう
すぐに飛んでいっては仏様に失礼というもの
念入りにお参りをするとと
さきほどの朱色の物体にむけて車を走らせたのでした
それが昨日まで紹介していた新倉山の浅間神社だったのです
そんなわけで、ここのお寺は僕にとっては、とても思い出に残るお寺となったのです
浅間神社を見つけたことを抜きにしても面白いお寺でしたけどね
正福寺さん、ありがとう
サクヤさん、ありがとう
当寺は大同年間(806〜810)に創建されたと伝えられ、
本堂が現在地に建立されたのは第16代住職“西園”のときである。
慶長の末年(1614)に起工、6年の歳月をついやし、元和6年に完成した。
当時、江戸城の修築にあたったという難波の大工“茂右衛門”を棟梁として招き
建築にあたらせたと寺記“新倉山万亀鑑”に記されている。
現存の建物は享保年間(1716〜1736)に大改修を加えたもので
十間四面(18.2m四方)の“千鳥破風入母屋造(ちどりはふいりもやづくり)”である。
また昭和25年、旧来の茅葺を銅板葺きとし、
平成7年には、文化財としての永久保存を目指して平成の大修築を行った。
改修時には以前の建物の様式の継承につとめたようで、桃山時代の様式をとどめ
内陣には極彩色の華麗な装飾が施されているが、それは旧芝増上寺境内にあった
徳川二代の霊廟を模したものといわれている
境内の看板より抜粋
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