2005年11月10日
明智光秀影武者説
天海「さて、どこまで話したかのぉ」
ヘルメス「天海さん = 明智光秀 ってところまで」
天海「そうじゃそうじゃ、年をとると物忘れがひどくていかん」
ヘルメス「で、どういうこと?僕にもわかるように説明してよ」
天海「明智光秀という人は知っているな」
ヘルメス「織田信長の部下だった人でしょ。
それなのに信長を裏切って“本能寺の変”て謀反をおこした悪人だよ」
天海「その後はどうなったか知っておるか」
ヘルメス「中国地方攻めからすぐに引き返してきた豊臣秀吉に負けて死んじゃったんじゃないの?」
天海「それが一般的な話じゃな。俗にいう三日天下というやつじゃ」
ヘルメス「明智さん、死んじゃったじゃん。徳川さん、関係ないじゃん」
天海「それが生きていて、わし、つまり天海と名を変えて徳川家康公に仕えたのじゃ」
ヘルメス「でも、明智光秀を討ち取ったって秀吉さんも発表したんでしょ」
天海「あれは影武者じゃ。秀吉も本物か疑っておったがな。」
ヘルメス「じゃあなんでちゃんと確かめなかったの?」
天海「信長の後継者争いには他にもライバルがたくさんいたのじゃ。
柴田勝家、東北の伊達に関東の北条、九州の島津とまだまだ敵だらけだったからな
討ちもらしたなどと言ったら、日本中が大混乱に陥るわ
おおかた、黒田官兵衛あたりの悪知恵じゃろ。今の話をまとめるとこんな感じじゃ
この頃の秀吉は羽柴性であったが、面倒くさいから豊臣でよいな」
織田信長 天下統一への独走状態
織田信長 本能寺でお茶を飲む(主だった武将は全国で戦争中、警備も手薄)
明智光秀 謀反(本能寺の変)
織田信長 死亡
豊臣秀吉 中国大返し(中国地方での戦争をやめ、信長の仇討ち)
戦争 山崎の合戦(豊臣秀吉vs光秀)
豊臣秀吉 勝利
明智光秀 死亡?
豊臣秀吉 信長の後継者の座を獲得。天下統一
徳川家康 耐える、とにかく耐えて時期を待つ
徳川家康陰謀説
ヘルメス「でも明智光秀は戦争に負けてどうやって生きのびたのさ?」
天海「徳川家康公と比叡山じゃ」
ヘルメス「え?」
天海「本能寺の変で一番得をしたのは誰だと思う?」
ヘルメス「豊臣秀吉でしょ」
天海「あまい、あまいぞ。秀吉の動きは予想外であったが、
最後に勝ったのは、江戸幕府を開いた徳川家康公じゃろ」
ヘルメス「まあ、そんな見方もできるかな」
天海「本能寺の変の黒幕は徳川家康公と比叡山だったのじゃ」
ヘルメス「ガ━━(= ̄□ ̄=)━━ン! 話が飛びすぎじゃねぇ?」
天海「文字数の関係というやつじゃ」
天海「計画ではわし、光秀が信長を討つ、三河に戻った家康公が天下を治める。
その参謀として光秀が朝廷や寺社勢力との橋渡しとなるシナリオだったのじゃ。
それが、あの猿(秀吉)の中国大返しによってイレギュラーが発生してしまった」
そこでほとぼりがさめるまで比叡山にかくまってもらっていたのじゃ」
ヘルメス「だって、比叡山は信長さんに焼かれて・・・・あ!!」
天海「そうじゃ。比叡山を焼いた信長を討った光秀は、比叡山にしてみれば救世主
仏の生まれ変わりにも等しい人物。その後は、ゆるりと養生できたというわけじゃ
その後は天下が治まるまで比叡山で修行をしていたのじゃ」
ヘルメス「でも、家康さんだって信長さんの友達だったんでしょ」
天海「友達なものかヽ( ・∀・)ノ┌┛Σ(ノ `Д´)ノゲシッ!
信長がいる限り、家康公は二番手でしかない。信長には頭があがらんからな
だから、家康公にとっても、信長はじゃまだったんじゃよ」
徳川と日光と光秀と
天海「これは内緒じゃが、家康公が亡くなった後、日光には明智家の名残を残しているのじゃ」
ヘルメス「じゃあ証拠を見せてよ」
天海「まず一つ目がこの水色桔梗紋じゃな。
わしが逆賊ならで信長が英雄なら、信長を討ったこの紋は最大のタブーじゃろ」
ヘルメス「うーん・・・・・・」
天海「二つ目に、わしのお気に入りの癒しスポット、日光で最も見晴らしのよい高台に
明智平と名づけてしまった。」
ヘルメス「え、本当に? なんてストレートなネーミング(笑)」
天海「さらに家康公は二代目、三代目の将軍にわしの名前から字を入れてくれたのじゃ」
ヘルメス「えっと
二代目将軍が徳川秀忠
三代目将軍は徳川家光・・・・あーー、光と秀が入ってる!!」
天海「特に家光はこの東照宮の造営に命をかえたほどわしに懐いていたからな
他にも春日野局やら土岐氏やら喜多院やらあるのじゃが、そこまで話すと本当に
日が暮れてしまうからな。また機会があれば話してやろう」
ヘルメス「僕ね、光秀さんが悪者で、信長さんはカッコイイ人だと思っていたけど、なんか印象が変わってき ちゃった」
天海「良い悪いを判断するのは後世の人間でしかないからな。戦国時代を生きていた人間にとっては、今 その時を全力で生きていたのだ。」
ヘルメス「歴史って年号を憶える勉強じゃないんだね。難しいけど楽しいよ」
天海「年号なんておまけじゃ。偉い人にはそれがわからんのじゃ
と言ったところで陽明門はここで終わりじゃ。さあ、中に入るとするか」
随身像の上に描かれた天女
女をはべらして羨ましいじゃねえか、おい光秀さんよ♪
陽明門、予想外の長文記事になってしまいましたがいかがだったでしょうか
霊獣や仙人、聖人たち。逆柱に随身像と桔梗紋
マニアックに書いてしまいましたが、書き終わって改めて陽明門を見ると
最初に書いた記事の頃とは違った建物に見えてきませんか?
また暖かくなったら日光に行ってこよう
でも、冬の雪降る東照宮というのも魅力的だなぁ
やっと門を抜けてお参りができます
日光の謎に興味がある方、ぜひ一度生の東照宮をご覧下さい
この旅行記はまだまだ続きます。
てか、陽明門てぶっちゃけ、東照宮の門だし(笑)
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