関東-神奈川県

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2006年12月

ランドマークタワー

さてさて、横浜のシンボル“ランドマークタワー”
大さん橋から眺めるだけじゃ物足りない
色んな角度から眺めてみようじゃありませんか
さりとて、この手に入るわけじゃなし
そんな時は
“ナビオス横浜”越しに眺めてみると

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額縁に収まる絵画のように 自分だけのランドマークタワーに早変わり

公園内を歩いてみると
足元は、なにやら木目の道路へと変わる

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その名は馬車道 目指すは、橋のその向こう ランドマークタワーへと続く一本道でありました

やっとこさっとこたどり着き
遥か上空を見上げてみれば
天まで届かんばかりのビルディング

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その御前におわすのは 色も鮮やか純白の 太平洋の白鳥と称えられた“日本丸”

歩きも歩いた、横浜で
一息ついて休んでみると
目の前に現れたるは、不思議なクネクネ

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こいつはいったいナンジャラホイ? 面白いから撮ってみた



2006年12月

今回は珍しく電車の旅
昨晩は、神戸の夜を堪能し、今日はお昼に大坂を出発
新大阪から新幹線に乗ってぴゅーんっと帰ります
       / ̄/ゝ ,________
    / ̄   /_|ロ|_|ロ|  口 口    のぞみ最高!!
  /       |,,,| [__] ̄ ̄ ̄  京都、名古屋と通り抜け
 く|_=_____________    次の停車駅は新横浜〜〜〜
  /____イ◎〓◎  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄└──

ん、新横浜?
昨日は神戸を見てきたけど、東の港町の横綱ともいえる横浜も楽しそうだよね
ぶらり途中下車の旅、新幹線編じゃぃ!!

新横浜で降りちゃいました。

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神戸の帰りの寄り道に 思わず立ち寄るその先は 西の神戸 東の横浜と称される日本を代表する港町 その名は横浜 横浜にやってまいりました。
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時は夕暮れ 雲かかる空を見上げながら 横浜の街を眺めていると ポツリポツリと灯り始める街の灯り
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夜景は、日没直後が最も美しいといわれるが この目に映る光景は この世のものとは思えない桃源郷
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時のたつのを忘れながらたたずむ大さん橋 散りばめた宝石箱のような横浜の街 神戸とはまた違ったスタイルの港町
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冬の夜 海風にさらされながら 時の流れるままに撮り続ける大ばか者 いつもより夜景が鮮やかに見えるのは ランドマークタワーをはじめとするビルの明かりが全館点灯されるから そう、今日はクリスマス 年に一度のビッグイベントなのさ

過去の写真を一枚ご用意してみました
全館点灯ってなんじゃらほい?
そんな人のために
上の写真と比べておくれ
ランドマークタワーに灯る窓明かりの数
上の写真は光が帯のように積み重なるが
下の写真は、ランドマークタワーの窓明かりの数が圧倒的に少ないのがわかるだろう

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ではでは、ちょいと体も冷えたことだし 横浜の街をすけ散歩 行ってきます



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2006年12月

さてさて、時間は1時30分
お昼ごはんもまだだし、あと一つ訪れたら休憩しよう
行く場所はもう決めてある

鎌倉宮から南へ数百メートル
それにしてもなんだか足が重い
朝早かったから、足にきてしまったかな?
なんにしても、次の寺だけはなんとしてもいかなければ

杉本寺

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鎌倉最古の寺といわれる天台宗の寺 杉本寺が開かれたのは734年といわれている。 鎌倉幕府が1192年とするなら、実にその450年以上も前というから驚きだ。 細く急な階段を一歩、一歩とゆっくりと上っていく。

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やっと中腹(というほどでもないが)の山門までやってきた あと残り半分 いつもならそれほど苦にならないのに、やはり体調が悪いのかな

そしてたどり着いた山頂(というほどでもないが)
お堂がございました。
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行基による開山の杉本寺は 十一面観音をご本尊とする、坂東三十三観音の第一番目の札所 今回の鎌倉の目的は、紅葉もあったけど 何よりも、この杉本寺に来たかったのです。
まさかいきなり体調を崩すとは思いませんでした。
朝一番で北鎌倉駅からここまで歩きっぱなし
休憩らしい休憩もしていなかったので、もしかしたら疲労がたまったのかも

杉本寺を出ると、ほっとしたのか、変な汗もでてきた。悪寒というやつだ。
当初の予定では歩いて鎌倉駅まで行こうと考えていたけれど
ちょっとやばいかも。
無理せずバスに乗ることにしました。

そして鎌倉駅に到着
悩んだ結果、今回はここまでにして家に帰ることにしました。

御朱印ゲットだぜ



2006年12月

頼朝の墓から、さらに足を伸ばしてみます

鎌倉宮

 
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鎌倉を冠した宮“鎌倉宮” こちらに祀られているのは護良親王(モリヨシシンノウ/モリナガシンノウ)

ところで護良親王って誰?
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●護良親王(1308-1335) 後醍醐天皇の子どもとして生まれる 姓は護良、名は親王(チガウケド) 20歳にして比叡山延暦寺のトップに上りつめる。 ちょどその頃 後醍醐天皇は「鎌倉超むかつく、しめちまおうぜ」 息子であった護良親王も鎌倉幕府を倒すために下山。 楠正成や足利尊氏らと協力して幕府を滅亡へと追い込む(元弘の乱) 後醍醐天皇「俺ってNo1、俺って最高、これからは俺の言うことを聞け(建武の新政)」  ※天皇が直接政治を執り行うようになった。 後醍醐天皇「護良ちゃん、あんたこれから征夷大将軍にしてやるよ」 しかし・・・・・ 後醍醐天皇「やっぱお前駄目だわ。征夷大将軍? あの話は嘘、嘘(笑)」 護良親王 「親父、まじかよ・・・・(涙)」 後醍醐天皇「マジ、マジ。本気と書いてマジって読んでくれ。       お前危ないから鎌倉に引きこもっててくれる」 こうして後醍醐天皇と喧嘩した護良親王は鎌倉に幽閉され、失意のうちに死亡したのでした。

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護良の死後 足利尊氏は、天皇に反旗をひるがえし、室町幕府を開幕 護良親王の妹は、鎌倉東慶寺へ尼として入る 明治時代、明治天皇により、護良親王を弔うために鎌倉宮を建立されたのでした ※この大きな獅子頭  護良親王が戦に出陣する折、いつも懐に獅子のお守りをしのばせていたことに由来する

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そんな話はちょっと置いておきまして
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今日は紅葉を見にきたんでした 山の多い鎌倉だけに、どこに行っても紅く染まる木々に溢れている



2006年12月

円覚寺、建長寺、鶴岡八幡宮と歩いていると
鎌倉時代を少しだけ感じたくなってくる。
近くに源頼朝の墓があるらしいので、もう少しだけ足をのばしてみました。

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鎌倉時代といわれて思い浮かぶ人や物ってなんだろう 鎌倉殿こと源頼朝? 悲劇のヒーロー源義経? 尼将軍こと北条政子? 執権北条義時? やはり、頼朝と義経が一般的なんだろうな

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散り黄葉も今が見ごろ 茶色の地面を覆わんばかりに敷かれた黄色の絨毯 それっぽく見えて誤解されたら申し訳ないので先に言うと ここは頼朝のお墓ではありませんorz

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この階段を上った先にお墓があります

こちらが頼朝の墓
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せっかくなので少しだけ源頼朝について解説 ●源頼朝  幼少時にいじめられ、伊豆へと流されるも、  生涯の伴侶となる北条政子と結婚。新婚旅行はもちろん熱海。  貧乏ながらも持ち前の明るさで鎌倉のカリスマとなる  武家と呼ばれるヤンキーをまとめあげて関東を統一  ちょうどその頃、東北奥州連合のチーム藤原をまとめあげた弟の源義経と連合を組み  西日本の“HEIKE”と一大決戦  この戦いに勝利したことにより“HEIKE”滅亡  さらには、油断した奥州連合の義経をだまし討ちして日本統一  鎌倉に錦を飾ると征夷大将軍となり、頼朝は伝説となった。  妻の北条政子曰く  「その恩は、山よりも高く、海よりも深い。」   鎌倉殿、マジぱねーーッス




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