2006年5月
箱根の関所
芦ノ湖畔に建つ箱根の関所跡
江戸時代、東海道における幕府防衛のための重要な関所として開かれました
全国に数ある関所の中でも
“新居(新潟県)”、“碓氷(群馬県)”、“木曽福島(長野県)”とともに四大関所といわれ
特に厳重な監視が行われていました
箱根周辺の山々は、地元の人たちも立入りを禁止されており
また、木柵が設けられるなど、厳重な警備がなされていました
さらに、箱根は
東海道で最も江戸に近い要害の地として
箱根の他にも
根府川(小田原市)、矢倉沢(南足柄市)、仙石原(箱根町)
川村(山北町)、谷ヶ村(山北町)にも関所を置くなど
箱根山全体で江戸の防衛にあたりました
営業時間
関所の営業時間は
午前6時に開門、午後6時に閉門していたそうです
したがって、旅人は
その間、関所を通ることはできませんでした
ですので、旅人は、
麓にある三島宿や小田原宿に宿泊し
翌日、箱根の関所を目指して箱根山を登ったそうです
女性の旅
女性が箱根の関所を通過するには、証文が必要でした
この証文には
例えば“ほくろの位置や数”など
通行する女性の身体的特徴などが書かれていました
しかし、そこは人間のすること
たまには証文の内容を書き間違えることもありました
そうなると大変
箱根の関所を通過することはできず
証文を再発行してもらわなければなりませんでした
江戸時代の女性の旅は、本当に大変だったのです
出女に入鉄砲
箱根の関所では
入鉄砲の取締りは行いませんでした
箱根の関所では
人質として江戸に置いていた
大名の妻子の帰国を取締るため
“出女”に対し、厳しい監視の目を光らせました
しかし、実際は
大名の妻子だけでなく
農家の女性まで、証文がなければ
箱根の関所は絶対に通れませんでした
関所の渋滞
箱根の関所では“出女(でおんな)”の取調べが行われていました。
女性の旅人が持参した証文が本物であるか
どこから来て、どこへ行こうとしているのかなど
事細かに聞き取り調査が行われました
江戸時代の末期には
そのために時間がかかってしまい
関所を通る旅人が京口や江戸口の御門の前で待たされて
渋滞が起きてしまいました
つづく
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