関東-埼玉県

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2007年4月29日

真福寺(しんぷくじ)

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着いた 着きました
秩父三十四観音第二の札所真福寺

・・・・・シーン

人の気配が感じられない

そうだよな
もう時間も過ぎているし
タイムオーバーというやつか

仕方ない、お参りをして帰ろう

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この札所は昔、観音堂南向五間半四面
ほか本堂、礼堂、仁王門、羅観堂、稲荷社、諏訪社等があったといわれ
これらの建物は火災にあって焼失し
須弥壇や彫刻の一部は取り出されて現在の堂に転用されておりますが
これらによっても昔時の盛観が偲ばれます

又、本尊は聖観世音立像一木造り、室町時代の作といわれております

その昔、知行兼備の大棚禅師が
この地の岩窟に安置する観音像にお参りする老婆あり
禅師あやしみてこの老婆に問えば
吾はこの里の農家の妻である
嫉妬心強く、強欲鬼畜の身を観音におすがりして逃れたいと詣でている
観音は、吾をあわれみ本尊を祈り、広く信仰を得ながら
吾と同じ苦中の者も救われるであろうと伝えれば
禅師はもっともなりと大棚の地に本尊を安置しようという
老婆は喜び、たづさえる竹杖を禅師に呈して
「これは人間のものにあらず、これをもって今日の布施とす」と言い放すや
松風吹き、雲のごとく老婆はなし

禅師は後、この霊験を本尊に祈り
一字の堂をたて
永く観音の霊跡をしたという縁起があります

※ 寺内案内看板より

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ん・・・・・・
何か書いてありますぞ

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えっと

「納経は光明寺で
 扱っております」

こ、こ、こ、光明寺!!!
そんな〜〜
聞いてないよ〜〜

発砲注意をのりこえて
こんな山の中まで苦しい思いをしてくることもなかったじゃないか
いや、この苦しさが巡礼の楽しさでもあるんだけどさ

もうすけさん大混乱だよ
ヽ(`Д´)ノ (д´ノ) ヽ(   )ノ (ヽ´△) ヽ(´△`)ノオドッチャウヨ?

・・・・・とりあえず山を下るか

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大棚禅師

禅師が岩屋にこもって読誦していると
老婆が現れ
過去を懺悔して去った
あわれんだ禅師は
その供養のために堂宇を建立した

2007年4月29日


午後4時45分
秩父三十四観音第一番の札所“四萬部寺”を出発する
次に目指すは第二番の札所“真福寺”

山の上にあるらしいけど
気合入れて自転車をこげば、なんとかなる気がします

さあ、出発だ♪

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なんですか、この山道は!?
登れども、登れども
さ、さ、さ、さ、さ、先が見えない

もちろん人影さえも見当たらない

あのカーブを越えたら・・・・・

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さらに急な坂道が待っていた・・・・・・

時間だけが刻々と過ぎていく
ああ・・・・・もう五時をまわってしまったよ
御朱印をいただくことはできないのかな

ここまできたら、お参りだけでもしてしまおう
どうせ山越えなきゃ帰れないんだから

自転車こげません
自転車を杖がわりに、押し歩いています

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今夜は月が綺麗だなぁ・・・・現実逃避

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なんかとんでもない山の中に迷い込んでしまったみたいだ
ほんとにこの道であってるの?
僕はとんでもない間違いをしてしまったんじゃないのか?

あった、あったよ
やっと案内看板が見えたよ
あと700mだって・・・・・・っておい

( ゚o゚)ぱーどぅん?
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は、は、は、発砲注意
もうだめかもしれない
( ゚д゚ )・・・オトーサンオカーサンタスケテ

2007年4月29日



四萬部寺(しまぶじ)

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秩父三十四観音第一番の札所 四萬部寺
時間はなかったけど、色々と見てきた

一緒にまわっているヘルメス君もさすがにお疲れです
“同行二人”
そうか、僕の守り神はヘルメス君だったのか♪

極楽の図、地獄の図

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本堂の彫られた彫刻
“極楽の図”と“地獄の図”

施餓鬼堂(せがきどう)

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毎年八月二四日に大施餓鬼の法供養を厳修するためのお堂であり
関東の三大施餓鬼の一つに数えられている
お施餓鬼をするためのお堂は全国にも珍しく、その例を見ない
中心の八角輪蔵は、衆僧の読経を共に回転する
お施餓鬼は、先祖の霊、水子の霊を供養するばかりでなく
蚕の霊、牛馬家畜、鳥獣犬猫小鳥ペットの霊を供養することでも有名である
赤い大位牌に施主の氏名を書きつけて供養する

※ 境内案内文より抜粋

2007年4月29日


着いた
所々、道草くいながらもなんとかたどり着きました

四萬部寺(しまんぶじ)

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秩父三十四観音第一番の札所 四萬部寺
時刻は四時三十分
危なかった
確か五時くらいで閉まってしまうとか書いてあったな

門で一礼
入ります

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この時間になると、さすがに人影もまばら
日中の刺すような暑さも忘れさせる爽やかな風が境内を駆け抜ける

まずは観音堂で経を納めさせていただきましょう

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四萬部寺
この札所は妙音寺とも称し
秩父三十四箇所札所もここから始まりますが
札所三十二番法性寺所蔵の長享二年(1488年)秩父札所番付では二十四番になっており
現在の番付とは大きく異なっております
市内に散在する札所も同様に、その番付の違いがみられます
これは江戸を中心とする参拝者の便を講じたものといわれています

※ 境内案内板より


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この堂は三間四面、表一問に向拝をふした入母屋造りで
秩父札所中、特に整っており
昭和三十三年三月、県指定文化財になっています

造営については、元禄十年(1697年)、宝暦六年(1756年)、文政十三年(1830年)
寺造営から補修の経緯が明瞭であり、
秩父地方きっての名匠藤田徳左衛門吉久によってなったものです

天井には、狩野常信の弟子、包素斉休古常曜増益之が描いた龍画があり、
この他、県内に類例をみない施餓鬼堂もあります

本尊は聖観世音菩薩立像一木造り江戸時代の作です

寛弘四年三月の昔播州書写山の性空上人は、弟子の玄通に
武蔵の秩父では観世音菩薩に縁深い地であり
彼の地に行きて教化せよと命じ
玄通は、師の命を奉じて、この地に至り、妙典を読誦し里人を教化し
性空上人がこの地のために四萬部読誦した供養を行い
塚をきづき、秩父第一番の霊場にしたという縁起があります

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玄通比丘
寛弘四年三月十三日
性空上人の弟子の玄通が
霊長のお告げで
四萬部の経典を読誦して
供養し
寺号は四萬部寺といへり

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2007年4月29日


着いた、やっと第一番の札所に着いた
ふと見上げると、すぐ横にも八坂神社があるではないですか
せっかくなので、最初にこちらに寄ってみた
こんなんだから時間がなくなるんだな・・・・・

八坂神社

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秩父34観音第一番の札所のすぐ横にありました八坂神社
さきほど見た八坂神社よりも大きなお社だ

札所めぐりの方々は皆通り過ぎていく
そんな八坂さんはとっても静か
夕日にも照らされ少し寂しくも見える

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境内は、なかなか立派なものですよ
村の氏神様といったところでしょう


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