九州-鹿児島県

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2009年3月

南九州市


特攻平和会館を出る
どこかでポケットティッシュを補充したいよ
涙と鼻水がとまらないのは、きっと新手の花粉症だろう

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ここは三角兵舎という 見てのとおり三角形のテントのような造りになっている。 ここは、特攻隊員の宿舎となっていた。 この独特の造りは、森の中に半地下の状態で建て 敵の目を欺くためのものであった
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出撃の前夜になると、この兵舎に泊まり ここで壮行会が催され、歌を歌い、そして遺書を書いたのです。

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誰かが鳴らしたのであろうか ゴーーーーン 鐘の音が高らかにあたりに響きわたった



2009年3月

南九州市


桜満開の知覧

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知覧という地名を知っているでしょうか? 鹿児島県は薩摩半島の内陸部にある小さな町 かつて太平洋戦争(第二次世界大戦)末期 陸軍の特攻機地として千人を越える若者が戦闘機に乗って出撃し そして散っていった場所
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参道の桜の下には全国から献納された灯篭が立ち並んでいた 綺麗な桜も今日ばかりは、どこか寂しげで この桜たちも、あと一週間もすれば散ってしまうのかと思うと 風に舞う花びらにも人生の儚さを感じてしまいます。

まず向かったの特攻平和会館

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1945年、沖縄戦への特攻基地となった知覧 館内には零式戦闘機(通称ゼロ戦)をはじめとする戦闘機などが展示されているが それ以上に目を引くのが 戦争によって若くして亡くなった1036名の遺影や遺書、遺品が大切に展示されていました。 特攻前夜に書いたであろう遺書を読む 目や鼻から変な汗が出てとまらない な、な、な、泣いてなんかいないもんね (´・ω・`)グスン 



2009年3月

鹿児島市


鹿児島市内の中心部を流れる甲突川(コウツキガワ)

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その河岸にも、ここにもやはり一足速い春の足音
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3月ではあるけれど、南の風が吹く暖かな陽気 桜並木の遊歩道が続いていた
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桜を見ながら散歩を楽しむ人たち きっと、この川が市民の憩いの場所になっているのだろう

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川岸に立つ一体の像 その立ち姿からもどこか威厳を感じるお髭 首元を彩るダンディーな蝶ネクタイ 鹿児島が生んだ幕末明治の有名人“大久保利通”でありました

大久保利通


西郷隆盛、木戸孝允と共に維新の三傑と並び称される大久保利通
下級藩士の家に生まれるが
島津斉彬公に見出されると、その才をいかんな苦発揮して昇進すると
岩倉具視らと公武合体政策を画策
1867年の徳川慶喜による大政奉還に大きく貢献する。
明治政府樹立後は、大蔵卿、内務卿を歴任し、明治政府の基礎をつくりあげる
しかし、1878年(明治11年)5月14日
東京の紀尾井坂にて暗殺され、生涯を閉じることとなった。
あまりにも早すぎる死でありました。



2009年3月

鹿児島市

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九州新幹線の優雅なシートに包まれながら終点“鹿児島中央駅”へ到着 このブログにおいても初の鹿児島上陸となる記事だけに気合も入るというもの まずは鹿児島がどんな街なのか、ふらふらと歩いてみよう。 ホテルにチェックインをして荷物を置き カメラを片手に鹿児島の街へと飛び出す

鹿児島市
人口60万人を抱える、かつては薩摩と呼ばれた九州南部の中心都市である。

幕末には島津家の治める中
西郷隆盛、大久保利通をはじめとする多くの政治家を輩出し
当時の日本の最南端の地から
現代日本の成立に大きく貢献してきた地域である。

昨年のNHK大河ドラマ“篤姫”も薩摩の生んだ女性である。

鹿児島駅を降りると
まず迎えてくれた大きな像
日本を支えた鹿児島が生んだ偉人たちであろうか?

解説を読んでみると

若き薩摩の群像

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1863年の薩英戦争で、ヨーロッパ文化の偉大さを知った薩摩藩では
前藩主“島津斉彬”の意志を継いで、
イギリスへ“新納久修”等を留学生並びに外交使節団として派遣した。
当時の幕府は、日本人の海外渡航を禁じていたため、出張先を偽り、変名を用いて出航した。

一行は、1865年に出航すると
およそ二ヵ月にロンドンに到着

イギリスでは、ロンドン大学に留学するとともに
紡績機械を購入すると
1867年
鹿児島市に日本初の機械紡績工場を建設した。

又“松木弘安”は、イギリス外務省当局にはたらきかけ
天皇のもとに、統一国家日本をつくる必要を力説し
イギリス当局の理解を得た。

以後、イギリスの対日方針は一変し
フランスが幕府を支援するのに対し
イギリスは、薩長討幕派を支援するようになり
討幕運動の進展に大きな影響を与えた。

留学生は、その後、アメリカやフランスに渡り
帰国後は、明治政府に仕えて、留学の成果を大いに発揮した。

このように
薩摩藩当局の勇気ある決断と
若き薩摩の青年たちの積極的な熱意が
日本の歴史を大きく転換させ
新生日本を建設する原動力となったのである。


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駅ビルの上に見えるま〜るい建物
見てのとおり、観覧車がついていた。

乗りたい
観覧車に乗って空から鹿児島の街を眺めてみたかった

今思えば、乗っておけばよかったな

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街中の移動は、バスも多くの本数が出ているのですが 同時に、路面電車も整備されていました

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ホテルまでは歩いても5分ほどであったのだが せっかくの街歩き 路面電車も体験するのが旅の楽しみというものでしょう 先ほどの黄色とは色違いの電車がやってきました。 ガタンゴトン揺れるワンマン電車に懐かしさを感じる暇もなく 一駅数百メートルで目的地に着いてしまった


長文になったので、続きます



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