中部-福井県

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2008年4月

マーメイドプラザ三

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お土産くらいは買っていこうとやってきたマーメイドプラザ 海に面した港に建てられた資料館も兼ねた施設 正式名称は 「御食国若狭おばま食文化館」といのだけれど 面倒なので、愛称の“マーメイドプラザ”でいいでしょう
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こんな人形とか使ってね
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ようは、色んな食文化の歴史を展示しているわけだ 以上!!
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お土産なんですけど 小浜は、若狭塗りのお箸が有名なんですね Myお箸を買って帰りました
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そうそう、最後になって知ったんですけど “ちりとてちん”て小浜のお箸屋さんの娘さんが家を飛び出して大阪で漫才を目指すドラマだったんですね。 実家のおはし屋さんであろう“和田塗橋店”のセットがありました。
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看板にもお箸のデザインが入っていて面白い そんな駆け足小浜見物でございました。 ちりとてちん、見てみたいな



2008年4月

三丁町

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海と山に挟まれ、海の幸も山の幸も豊富な食の恵み豊かな街“小浜市” 古来より“御食国(みけつくに)”と呼ばれ 朝廷、天皇にも豊かな食材を捧げていた由緒ある街なのです そんな街並みを散歩してみました
すると
またまた発見“ちりとてちん”
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三丁目「小浜第二小学校への通学路」 かつて茶屋街として華やいだ情緒ある三丁目は 狭い路地を挟み、紅殻格子で出格子の家が軒を連ね 今では静かな住宅街になっています。 それでも夜になれば、三味の音色が漏れそうな雰囲気が漂っています。 ドラマの中のヒロインの祖母“小梅”は 三丁目の元芸妓で三味線がとても上手です。 西津の和田屋から小浜第二小学校への途中で この通学路が登場します。

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一昔前にタイムスリップしたかのような白い壁と格子の家々の続く街並み
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観光地のような賑わいはないものの どことなく落ち着いた雰囲気の漂う路地が続きます

おや、雨が降ってきましたよ

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こちらのお店で休ませてもらいましょう

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上から見ると 屋根の色合いと連なり 道路の道幅と折れ具合 なんともいえない情緒漂う街並みが続いています 和傘でもさしながら歩いたら絵になるだろうなぁ



2008年4月

かつての都京都の北に位置し
日本海側の海の玄関口として栄えた小浜市は
多くの寺社仏閣を有し“海の奈良”とも呼ばれて栄えた町でした。

町を散策してみると
大小様々な、たくさんの寺社仏閣が建っているに気がつくのです。


八幡神社

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特に日本で独自に発展してきた神様 “八幡神”、“八幡大菩薩”とも呼ばれている神様を祀る神社なのです。 大小合わせると全国に広く分布し、その数は2万ともいわれているとかいないとか 何にしても、稲荷神社に次いで2位の数を誇るメジャーどころ 祭神は“応神天皇”と“神功皇后”そして“比売神(宗像三神)”
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古来、武神として崇められてきましたが 海上交通の守り神である“宗像三神”が祀られているように 下の地図を見てもわかるように、小浜湾を真っ直ぐに眺めるように立つ鳥居と社殿は かつて北の海、京への玄関口として栄えた小浜を守ってきた神社であることを偲ばせる
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脇には、遅咲きの桜が咲いていた



2008年4月

常高寺


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高台に、面白そうなお寺が見えます。 近くまで寄ってみますと
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この石段、立入り禁止になっていました。 どうしてでしょう? まだまだ丈夫そうな石段 それほど老朽化しているわけでもないだろうに

おや、ここにも“ちりとてちん撮影スポット看板”を見つけました。
どれどれ

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〜ヒロイン悩みを親友に相談〜 「常高寺の山門と石階段の間を電車が走り抜ける」光景は、 どこか懐かしいアニメの世界の様子です。 この石階段で撮影が行われました。 ヒロイン喜代美が石階段に座って、親友順子と相談をします。 石階段の上からは、風情ある街並みや海が望めます。

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へーー、この階段と山門の間を線路が通っているのですか これは面白い お寺もよく了承したものですな どんな由来のあるお寺なのでしょうか こうなると気になってきます

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こちらが山門。 これは、なかなか立派な門ではありませんか。
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お、本堂は、建てられたばかりといった様子 全体の雰囲気としては、 境内は広いのですが、どうも焼失したか、壊されたか なんにしても、少し寂しげではありますが、歴史ある印象をうけます。 このお寺にはいったい、どんなご由緒があるのでしょうか。

常高寺
ここ常高寺は、織田信長の妹“お市”の二女である“お初”の菩提寺でした
姉の“茶々”は豊臣秀吉の側室に
妹の“お江”は徳川二代将軍秀忠の妻になり
このお初は、ここ若狭の国を納めていた京極高次の妻となったのです。
その豊臣家と徳川家の間に挟まれた立場から、
度々、両家の和平の使者となったといいます。
京極高次が亡くなると出家し、栄昌尼(エイショウニ)と名乗り
1630年、ここに常高寺を建立
1633年に亡くなると常高院と名づけられ、このお寺に眠っているのだそうです



2008年4月

空印寺


ここ小浜には八百比丘尼にまつわる伝説が色濃く残っているんですってねぇ。
静かなお寺ですが、ここがそうでしょうか

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空印寺という小さなお寺です。 歴史ある街なのですが、あまり観光地化は進んでいないようですね。
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扉もしまっているようで、中でお参りはできそうにありません。 これは仕方ないですね。

八百比丘尼入定洞穴

おや、門を出たすぐ横なんですけど
この洞穴はなんでしょうか?

「八百比丘尼入定地」と書いてありますよ。
みつけました。
ここがそうだったのですね。

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とすると、洞穴の横にいる女性が どうやら八百比丘尼さんのようです。 そうそう、八百比丘尼さんのお話をするのを忘れていました。 この伝説を話しながら、次の場所に向かうとしましょう 一言でいえば 「人魚の肉を食って不老長寿になった女」 といったところでしょうか。

八百比丘尼(はっぴゃくびくに)

小浜で生まれた美しい娘さん
美人で優しく頭もよいとの評判でありました。

娘が16歳になった頃
父が竜宮の土産といわれる人魚の肉を持って帰ってきました。
娘が人魚の肉を食べると、歳を重ねても老いることなく美貌を保つようになったのです。

しかし、死ぬことの出来なくなった体に悲観した娘は
120歳になった頃、髪をそり、比丘尼となって諸国巡遊の旅にでました。
そして800歳になった頃
この洞穴に入り、静かに入定したのだそうです。

※入定とは、まぁ、即身仏のように永い眠りについたと思ってください。


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