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豊島を見た翌日 今ではベネッセアートサイトと呼ばれ 島まるごと現代美術館として賑わう島 直島へと向かった。 とはいえ、その目的は美術ではなく、やはり産業廃棄物 ベネッセが直島観光の大きな資源であるなら 産業の目玉となっているのが三菱マテリアルでした。 その三菱マテリアルの一角に建てられた青く塗られた綺麗な色の工場 ここに豊島で第一次処理を施された産業廃棄物が船によって海上輸送されると この投入口から産業廃棄物を放り込み 粉砕した後に、およそ1300度の高温で焼却していく その後も何段階もの過程を経てやっと処理が終わるのだそうです。 ここまで大がかりにしなければ、傷をいやすことはできないのです。 帰りの船から見えた瀬戸大橋 産業廃棄物の不法投棄は、今も全国各地で続いています。 人のめったに入らない山や森林 県外からトラックで来ては、投げ捨てて知らんふり 私たちや企業から出るゴミ その後、どうやって処分されているのか考えたことはありますか? 処分費は安ければ不法投棄されてもいいですか? ゴミや環境の問題は一筋縄ではいかないもの 秋の夜長 目の前にあるゴミだけにとらわれず “エコ”という名を騙る心地よいまやかしの言葉から視野を広げ 真に“エコ”な生活というものを考えてみるのも面白いのではないでしょうか。 そして、現代アートの祭典が行われ、新たな光が差し込み始めた直島や豊島 観光地として町の賑わいを取り戻し、豊かな生活を育んで頂きたいと願います。
豊島(てしま)。その名が示すように、美しい水と緑に恵まれた自然豊かな島であった。 その歯車が狂い始めたのは昭和50年 豊島総合観光開発(株)という会社から香川県へ産業廃棄物処理の許可の申し出があった。 当然のごとく、住民の根強い反対運動が起こったが 香川県知事は、これを許可 ここからが悪夢の始まりでだった。 昭和50年から十数年 バブルに日本中が沸き立ち、ジャパンマネーが飛び交い 消費こそ豊かさの象徴と好景気を謳歌する裏で 日本中から集まった産業廃棄物も安値で引き取られ、この島に捨てられていった。 そうして持ち込まれた廃油や廃タイヤ、廃プラスチックや木くずといった産業廃棄物 夜の闇に紛れて次々に野焼きされていった 一度許可を出してしまった香川県は、見て見ぬふりの状態 立ち入り検査などを行うも適切な指導はなされなかった。 運命の平成2年11月 香川県の対岸、香川県ではなく兵庫県警察が産廃の処分地の強制捜査に踏み切った。 なぜ香川県警でなく兵庫? 香川県は腰抜けだったの? なんか弱みでも握られていたの? 自分たちが許可を出した手前、強制的に踏み込めなかったのだろう。 なんにしてもこれにより、事態は急転 香川県の面目は丸潰れ 兵庫県警の摘発によって、やっと香川県も重い腰を上げた。 豊島開発の許可を取り消すのだが、時はすでに遅すぎた。 事実上事業を廃止された後に残ったものは、野焼きされたゴミの山 戦後日本最大級の不法投棄 山のように積みあがった産業廃棄物だけがそこに佇んでいた。 その後の住民との調停により 平成9年 香川県との間で中間合意が成立 豊島では、野焼きされた汚染土壌の環境と水質汚染の防止策を施しながらゴミを採掘 作業者は、汚染物質の中での作業になるのでマスクは必須 一般人の立ち入りは厳禁 船に載せたゴミを隣の直島へ運びこみ 特別プラントにて中間処理を行うことになりました。 その整備費・処理経費総額およそ500億円 大量消費時代の中で捨てられたゴミ 安く処理しろとばかりに引き取られ、雑に処理された産廃 安ければいいという風潮は現代でもあまり変わっていない なぜブランド品は高いのか 安さの裏側には、理由があることをほとんどの人はわかっていない。 そして、そのつけは巡り巡って自分たちに還ってくる。 県や国が支出する処理費用も私たちの税金なんです。
宇野港から船に揺られて1時間 小さな港に降り立った 香川県小豆郡土庄町に属する瀬戸内海に浮かぶ小さな島“豊島” ちなみに“豊島”と書いて“てしま”と読む。 この島を有名にしたのは、ある問題が発覚してからのこと そこには、高度経済成長期の日本の裏側を象徴する大きな傷跡があった。 その問題というのが下の写真である。 わかるだろうか 土の間から見える様々な廃棄物の残骸 そう、豊島は産業廃棄物における 戦後最大級ともいえる不法投棄の舞台となった島だったのです。 写真の地層は、その地層の一部を特殊処理して固めたもの このように何mも積もった産業廃棄物は全て不法投棄され、野焼きされたものなのでした。 その量は推定で56万トン この56万トンがどれくらいか想像がつきにくいので、参考となるデータを探してきました。 平成19年に大阪市内の家庭から出たゴミの総量が56万トンだそうです。 ちなみに大阪市の人口は263万人
確か、ここでお昼ご飯を食べたんだった そして、食後にお庭を散歩
団体で行動すると時間もなくてゆっくり見れなくって 結果、不完全燃焼に終わってしまうのが悲しい ここは中津万象園という庭園 当時の丸亀藩主であった京極高豊 彼が故郷の琵琶湖をかたどって造園したという 池をまたいで架かる朱塗りの橋 背丈は低く、傘のように大きく広がる 樹齢600年といわれる大傘松 兼六園のものが有名かな徽軫灯籠(ことじとうろう) 水の流れる音がとても涼しげで心地よい 遠くにそびえる丸く借景の山がとても可愛らしい しかし、電線が邪魔だ 少し小さめの30〜40分程度でぐるっと回れる大きさだったが 池が大きく、水の音を聴きながら 角度によって変わる景色を楽しみながら歩ける庭園でした 初の四国上陸は、こんな感じのあわただしい内容 今度は、ゆっくりと訪れたい そして、うどんも食べたい
香川名物といったら・・・・・・・うどん そして金毘羅さん 金毘羅名物といったら どこまでも続く長い階段 時間もあまりないので、行けるとこまで行ってみる 上の方になんか建物が見えてきた あれが頂上だろうか 思ったより余裕 と思ったら ここは大門 つまり、ここから先が境内となるわけで まだ金毘羅さんの中にも入っていない状態 本当の戦いはここから始まるというわけで しかし、時間がなくって、ここで折り返すことになった 決して、疲れたとか、面倒くさいとか、傘を持っていないとかそんな理由ではない いつかもう一度こよう その時は、山頂まで必ず登る ちなみにこの階段 奥社まで行くと1368段もあるのだそうです
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