海外-イタリア
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更新が滞る 1日が1週間、1週間が1か月、半年と空いてしまう それでも思い出したように更新しようかなとパソコンを開く そんな久しぶりの更新です どこまで行ったのかを過去の記事を読みながら思い出す そうそう、イタリア旅行の2日目でした 朝からサンピエトロ大聖堂を見学した後 バスで市内を移動して、次の観光地へと向かいました 日本では、観光保全地域なんかでもアスファルトの道路が多いだけに 石畳の道路に歴史を感じる さあ着いたと思ったら、最後の上り階段 この先がカンピドリオの丘です 丘というのが、ローマを巡るうえで重要なキーワードになるのだという 少し建国の頃の話をすると 古代ローマの時代、ローマには七つの丘があり それらの丘の上に人が住みはじめ 丘を中心に都市が形成されていきました これは今でも変わっておらず 例えば、初日に行ったフォロロマーノを見下ろす場所にあり 最初に人が住み始めたというパラティーノの丘 高級住宅街のあるアヴェンティーノの丘 大統領官邸のあるクイリナーレの丘 と今でも生活や政治の中心になっている そしてこのカンピドリオの丘ですが この丘はローマの中心地であり 現在の丘の広場を設計したのはミケランジェロ 中心には、マルクス・アウレリウス・アントニウスの像 正面に見えるのがローマ市庁舎のセナトリオ宮が建っている こちらは広場の中心に立つ 第16代皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウスの像 これが市庁舎 今回は建物の中には入らず、建物の裏手にまわる カンピドリオの丘裏手の展望台から見下ろす風景 昨日も行ったローマの古代遺跡“フォロ・ロマーノ”が眼下に広がる 古代ローマの政治と経済の中心地であった場所であり ローマ滅亡後は、長い間土の下に埋もれていたために 今も当時の面影を残す姿が残っていました カンピドリオの丘からフォロ・ロマーノを見て 正面右側に見える丘が ローマの七つの丘の中でも最も古い歴史を持つという パラティーノの丘 丘の上にできた集落が徐々に交流するようになると それぞれの代表が集まる場所が必要となり そんな中立的な会合や会談の場として ここにあった野原が選ばれ フォロ・ロマーノとして発展していったのです ローマの発展は丘とともにあったのですね さらに奥にはコロッセオも見えました 更新は空くけれど、少しずつ更新は続けようと思います 次回へつづく ように頑張る
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一体目がこちらの「聖ペトロ像」 椅子に座って 右手で祝福のポーズをとり 左手にはキリストから授けられたという天国の鍵を持っています 像の近くまで行くと何やら行列が出来ていました 並んでいる人たちは、順番にペトロ像の足を撫でたり、キスをして祈りを捧げていました 日本でもお地蔵さんや観音様を撫でてご利益を願う風習がありますが 似たようなものかもしれません みんなに撫でられた脚は、とてもピカピカでした もう一体はこちら ミケランジェロ作による「ピエタ像」 像の前はいつもたくさんの人で溢れているのですが この日は少な目だったみたいで、とても間近に眺めることができました 「ピエタ」とは マリア像のうち、十字架から降ろされたキリストを抱くマリア様の姿を描いた像や絵画のことを示す そのピエタの中でも、最も有名な像の一つがサン・ピエトロ大聖堂のものであり、ただピエタ像といった場合、このミケランジェロのピエタ像のことを指されていることが多いのだそうです しかもピエタ像作製時のミケランジェロの年齢は24歳だというからさらに驚きです 次回へつづく
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