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〜〜 2015年秋 〜〜
 
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※観光地図

コロッセオのすぐ脇に立つコンスタンティヌスの凱旋門へ(徒歩)





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コンスタンティヌスの凱旋門(右の修復中の建物がコロッセオ) 

こちらがコンスタンティヌスの凱旋門(コンスタンティヌスは人名です)
本当にコロッセオのすぐ脇に立っています

凱旋門と言えばやはりパリの凱旋門が有名ですが
そちらはナポレオンが戦勝記念として建造したもの

では、そもそも凱旋門て何なんでしょう?
 
※凱旋とは、戦争に勝利して母国・故郷に帰ることをいいます
 凱旋門とは、勝利の証として記念碑として建造された門のこと
 
なので、このコンスタンティヌス凱旋門
簡単に言えば
コンスタンティヌスが戦争に勝った記念に造った門
ということになるのですね
 
なんか造られた年代とか諸説あるそうなのですが
細かいことは僕にはわかりません
 
ふと思ったのですが、コンスタンティヌスって
歴史の授業でも結構大きく出てきた人なんですよね

今後も出てきそうなので
コンスタンティヌス帝について、ちょっと整理してみます






イメージ 3
コンスタンティヌス凱旋門を正面から
 
大帝と呼ばれた皇帝「コンスタンティヌス(272-337)
 
・西暦300年頃
 ローマには各地を統治する何人かの皇帝が存在していました。
 その中の一人に
 コンスタンティヌスの政敵となるマクセンティウスという皇帝がいました
 
 いつの世も、権力者の権力争いは起こるもの
 
・西暦312
 コンスタンティヌスミルウィウス橋の戦い
 政敵マクセンティウスを撃破
 
 マクセンティウス死亡
 
 同時にコンスタンティヌスローマ帝国の西側の皇帝になりました
 
 このマクセンティウスを破ってローマに入城した記念に造ったのが
 コンスタンチヌス凱旋門なのだそうでう
 
 西側と書いたので、当然、東の皇帝も存在します
 東の皇帝の名はリキニウス帝
 
・翌313
 西のコンスタンティヌス帝
 東のリキニウス帝と共に「ミラノ勅令」を発します

ミラノ勅令とは「ローマの国でキリスト教を認めるよ」
 という皇帝のお達しのこと
歴史の教科書でも出てくる有名な出来事ですね
 
・しかし324
 リキニウス帝ミラノ勅令を破りキリスト教を迫害してしまいました
 
 怒ったコンスタンチヌス帝
 リキニウス帝を戦争で破り、処刑しました
 
 この勝利により、コンスタンティヌス帝はローマ帝国の東と西を再統一
 唯一の皇帝となったのです
 
・そして330
 コンスタンティヌス帝は首都をビザンティオンに遷都
 ノヴァ・ローマ(新しいローマ)と名付けて政治の中心としたのでした
 ビザンティオンは、現在のイスタンブールです

この遷都により、ローマの街は衰退することになっていきました

終わり
 
ローマ史は、人名や地名、出来事の経緯が複雑で、整理するのが大変
少しでも知っておくと、ローマ市内観光がさらに楽しめると思います




 
また、凱旋門には、所狭しと様々な彫刻が施されています
この彫刻も、当時を知る様々な出来事が描かれているのだそうです
イメージ 4
※凱旋門の上部、右上の彫刻

) 演説する皇帝の姿
) 豚を犠牲に捧げる儀式「ルストラリオ」
 
※ルストラリオ
 古代ローマで行われていた、何かの浄化の儀式らしいです。
 よくわかりませんが、彫刻の右下に豚や山羊の姿が見えます





イメージ 5
※凱旋門の上部、左上の彫刻

こちらは、先ほどの彫刻からの続きで
皇帝が敗者であるゲルマン人に引見する姿
捕虜を見分する姿を描いたものだそうです
 
当時の服装や装備、髪の毛に至るまで、とても生き生きと彫られています





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※凱旋門の中段、二枚組の円形彫刻(右側)

左側は熊狩りの様子
右側は月の女神ディアナ(ギリシャ神話でいうアルテミス)への捧げものの様子





イメージ 7
※凱旋門の中段、二枚組の円形彫刻(左側)

左側は狩りへの出発
右側は森の神シルヴィヌスへの捧げものの様子
 
 


時間がなく、写真を撮ってきたのは南側だけでした
北側にも同じように彫刻があるので、見に行く機会があれば
もう一度ゆっくりと理解しながら眺めたいものです
〜〜 2015年秋 〜〜
 
イメージ 1
ローマの地図(地図をクリックすると大きな地図が見れます)

ということで、地図の真ん中少し右の大きな○がコロッセオ
テルミニ駅から地下鉄に乗り、トラブルなくコロッセオの駅に着けました

地下鉄も5分おきくらい来て、乗っている時間も5分くらい
特に時刻表はいりませんでした
 
 



イメージ 2
地下鉄の階段を上がり、外に出ると
目の前には、大きな存在感を持ってそびえるコロッセオ
 
修復しながらではあるものの
今からおよそ2000年前に建設された建物が
奇跡的にも、ほぼ当時の状態で残っているというから驚きです
 
機械やクレーンがない時代
どうやってこんなにも大きな競技場を造ることができたのだろうか
 
どのようにして、あれだけ巨大な建物の重量を支える設計を行ったのか
 
古代ローマ人の頭の良さ、技術力の高さは、僕の想像をはるかに超えています
 




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早速中に入りたいのですが、当然チケットは持っていません
なので、チケットを買うために早速コロッセオに入っていきます

時間は朝の9時頃
チケットを買うのに10分ほどかかったものの、ほとんど並ぶことなく入ることができました。
 
※ちなみにチケットは、すぐ隣のフォロロマーノと共通のチケットになっており、混雑時はフォロロマーノのチケット売り場で購入するほうがよいとガイドブックは言っています
 
 



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まずは階段で上まで上がりました





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コロッセオ、正式名称をフラティウス円形闘技場といいます
覚えにくいので、今後もコロッセオでいきます。





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コロッセオが建てられ完成したのは西暦80のことでした。
今からおよそ2000年も前の出来事です





イメージ 7
古代ローマでは、ヴェスヴィオ火山が噴火し、ポンペイの街が一夜にして潰滅したのは有名な話。

この噴火が起きたのは西暦79

コロッセオ完成の前年にあたります。

ポンペイの物語を映画や本で見たり読んだりすると
「もうすぐローマに巨大な円形競技場ができるぞ!!」
なんてことを話す政治家のシーンがよく出てきます。

ちなみに、その頃の日本の生活は、どのようなものだったのでしょうか





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当時の日本の生活

時代区分でいえば弥生時代
稲を作って生活していた時代

九州の吉野ヶ里遺跡静岡の登呂遺跡などを想像してもらうのがいいのではないでしょうか





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コロッセオの上部をぐるりと一周して、下の階に降りてきました

の前には剣闘士(グラディエーター)たちが戦ったアレーナ(今のアリーナの元)と呼ばれる楕円形の競技場が見えます
長軸75短軸44の広い競技場
観客席の収容人数はおよそ5万人だったそうです





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これが競技場の床の下の部分、地下層になると思いますが
このエリアを剣闘士(グラディエーター)猛獣が控え、移動してようです

そして、コロッセオで行われた催しは主に三つ
一つ目は、人間VS人間
二つ目は、人間VS猛獣(トラやライオン)
三つめは、公開処刑





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コロッセオの戦いを知るのに手っ取り早いのが映画「グラディエーター」

ラッセル・クロウ主演の映画「グラディエーター」を見たことありますか?

あの話は西暦180年(冒頭で皇帝が時期皇帝に暗殺されてることから)

コロッセオ完成(西暦80年)からちょうど100年後の話です

冒頭で亡くなった皇帝はマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝(演じたのはリチャード・ハリス)

ラッセル・クロウとの確執が生じたのは皇帝コモドゥス帝(演じたのはホアキン・フェニックス)

イタリアに行く前に、ローマが舞台の色んな映画を見ました
これからの記事の中で、ちょこちょこ紹介していきますね
ただ「ローマの休日」だけは、帰ってきてから見ようと思い、あえて見ませんでした
そろそろ見ようと思います





イメージ 12
では、なんでこんな建物が必要だったのでしょうか

これは皇帝の役割に関係します
 
西暦80年頃のローマは、地中海エリアを支配し
ローマ市民は、和の中で多くの娯楽を求めるようになってきました
 
この先、何度か触れますが
日本の漫画・映画テルマエロマエの時代が、ちょうどこの頃
テルマエロマエに出てくる皇帝はハドリアヌス帝なので130年頃の話

映画でも、コロッセオで戦う剣闘士の様子もありましたね

お風呂(テルマエ)や女を楽しみ、政治的関心の薄れてきた市民たち
 
そんな娯楽に飢えた市民が求めるものは二つだけ
当時を皮肉った有名な風刺格言「パンとサーカス」です

「皇帝は市民にパン()とサーカス(娯楽)を与えればよいのだ」
と言われるほどになりました
 
これこそがコロッセオが存在する意義であり、皇帝の力、ローマの力の象徴であったのです
 
何度もいいますが、日本が弥生式土器を使い、木と葉で作られた家に住んで稲作に励んでいたころ、古代ローマでは、これほど巨大な石造りの建築技術が培われていたのです
 




イメージ 13
ローマ観光の初日から、とてつもない衝撃を受けました

※説明に間違いや事実と異なることがある時は、ご容赦ください
〜〜 2015年秋 〜〜

2日目はどうしようか完全フリーデイ
出発直前までどうするか悩みました
 
オプションツアーのカプリ島の青の洞窟に行ってみたい
火山に埋もれた幻の都市ポンペイも行きたい

行きたい所がたくさんあるなら基本に帰ろう

3日目にローマ市内観光があるけれど、ツアーでは行ける場所は限られている
ならば、ツアーで行かない所も含めてローマを自由に見て回ろう

ということで旅行2日目のフリータイムはローマ市内観光に決めました。

イメージ 1
腹が減っては観光はできない
ホテルの朝食を楽しんで
いざ、ローマの街に繰り出します




イメージ 2
これがローマの中心市街の地図(画像クリックで大きく見やすくなります)

今回のエリアですが、まず地図の右側の真ん中あたり
大きな「O」がローマの中心駅であるテルミニ駅


テルミニ駅のすぐ上に宿泊するホテルがあります


まずはテルミニ駅から地下鉄に乗ります
そして、駅からやや南西にあるコロッセオへと向かいます






イメージ 3
 
830分、ホテルを出てテルミニ駅から地下鉄に乗って2駅目
コロッセオ駅で下車します。


見ての通り、地下鉄もとっても汚い
どの車両も落書きだらけの列車ばかりです


そして何よりも気を付けなければならないのがスリジプシー


日本でいろいろと調べたのですが
とにかくイタリアはスリジプシー、ぼったくりが多いとのこと


その辺の手口などもわかる範囲で書いていこうと思います


駅に多いのはジプシー
 
イタリアに行く前にも色々な動画を見てから行きました
そんな動画も旅行記の中で紹介していこうと思います 


早速ですが、そんな動画の第一弾


(動画が再生されない時は、上の文字リンクをクリックしてyoutubeにてご覧ください)

切符を買うのに戸惑っていれば、親切に買い方を教えながら
買い終わると「マニーマニー」、「チップチップ」

油断している人を見つければ、物を落したり
そっと後ろから近づいて財布を抜き取ったり

酷いのになると4,5人で囲んでポケットやカバンに有無をいわさず手を突っ込んで財布や物をひったくるころもあるそうです

とにかく隙を見せてはいけない

とはいえ、しっかりと気を付けて無茶をしなければ、観光客も多いので、それほど怖い思いをすることはないという印象です

さて、次回はやっとコロッセオ見物です


イメージ 1
※11月3日に修復工事が終わったばかりのトレビの泉

私ね、ちょっと変則的なんですけど、昨年の12月に結婚したんですよ
で、3月に披露宴を行ったんですね
その後すぐに仕事が忙しくなって、新婚旅行とか行っていなかったんです
その時の「仕事が一段落したら好きなところに新婚旅行に連れていく」という約束がありまして
117日から15日まで、9日間のイタリア旅行に行ってきました
僕はフランスに行きたかったのですが、妻がフランスは行ったことあるのでイタリアに行きたいということで決まりました
これから少しずつ「イタリア旅行記」を書いていこうと思います
 
※私は幸いイタリアでニュースを聞きましたが、もし私の希望通りのフランス旅行にしていたら、今回のテロの影響を受けていた可能性が高かったわけで、常にリスクは身近にあるのだと深く感じています
イタリアからの帰国は、フランスのシャルルドゴール空港経由でしたが、私のフライトには大きな影響はありませんでした
この度のテロにて犠牲になられた方に衷心より哀悼の意を表します
 
では、イタリア旅行記を始めていきましょう
 
== 2015年秋 ==
僕にとって初めてのヨーロッパ旅行
選ばれた国はイタリア(選んだのは妻ですが)
 
様々な旅行パンフを見比べながら選ばれたツアーは

JALパック もっとよくばりイタリア夢紀行9日間」(ハネムーンコース)
 
出発空港は羽田空港
昨年の3月から「柏-品川」までの直通電車が開通
品川乗り換えなら、1回の乗り換えで1時間10分くらいで行けます
 
11712時 離陸
まずはロンドンのヒースロー空港に行き、そこで乗り継いでイタリアに入ります
 
 
 
 

イメージ 2
ロンドンヒースロー空港に到着
時計を9時間戻して乗り継ぎのため、次の出発ロビーを目指します
外は昼と夜の間
綺麗な夕焼けを眺めながら、イタリア行きの飛行機を待ちます



 
 
イメージ 3
この時期になると少しずつクリスマスの準備も始まっているようで
空港の中もささやかながらクリスマスツリーが飾ってありました



 
 
イメージ 4
出発までの乗り継ぎ時間は約2時間半
乗り継ぎ手続きで30分くらい要しているので
搭乗時間を考えると待ち時間は60分程度
座りながら待ちます
 
 



イメージ 5
イタリア行きの飛行機は、おそらくあの飛行機
時計を1時間進めてイタリアローマに向かいます
 
日本とイタリアの時差は8時間
日本の時計から8時間引けばイタリア時間となるわけですね
 
ありがたいことに、時差ボケはほとんどありません
 
次回から本格的にイタリア旅行記を始めていきます

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