関東-千葉県

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2007年2月25日

清水公園駅

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ちょっと寂しい駅
東武野田線“清水公園駅”です

ここは“日本さくら名所100選”に選ばれるほどの公園
春になると駅は花見客や親子連れで溢れます

しかしこの日はシーズンオフなのでとっても寂しい


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駅の前にあった“かごめかごめ”の記念碑
「かごめかごめの歌は 野田から全国に広まったといわれています」
と書いてある

この記念碑を探すのは苦労しましたよ
“清水公園駅の前には記念碑があるらしい”という情報だけを頼りに探しました

どこにあるんだ?
狭い駅だからすぐに見つかると思ったのに、5分くらい探したかな
植栽の中に隠れるようにして立っているんだもん気がつかないよ

ちゃんと「後ろの正面 だぁれ」って格好をしてるんだよ


2007年2月25日

愛宕神社 勝軍地蔵

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愛宕神社の社殿のすぐ裏手にあった勝軍地蔵のお堂
地蔵というからには仏教に違いない

愛宕神社とお地蔵さん 何か繋がりがあるのかな?

これは神仏習合における本地垂迹(ほんちすいじゃく)という考え方
わかりやすくいうと、日本の神様というのは、
仏教の仏様が日本の神様の姿を使って人々の前に現われているというものです

ここ愛宕神社の神様は“カグツチ”という神様
しかし、その正体は“勝軍地蔵”というお地蔵さんだったのです

つまり、仏教のお地蔵さんが“カグツチ”という日本の神様の姿となって
私たちの前に現われているんですよってことです。

これも明治時代に入ると、神仏分離令といって
神様と仏様は別のものだという政府の命令が出され、
神社とお寺も無理やり引き離されてしまいました

ですが、人の心まで引き離すことはできず
こうして、今も残っているわけです

愛宕神社と勝軍地蔵でワンセットと覚えておいてもいいでしょう


2007年2月25日


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せっかくなので狛犬の撮影会を行ってきました
今まではあまり気にしなかったけど、撮ってみるとこれがなかなか面白い
角度によって色々な表情が見えてきます

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文久三年 九月吉日 だそうです

文久は1861年〜1863年だから、1863年の作ってことかな
時代は江戸時代の末頃
ちなみに明治時代は1868年からです

将軍は徳川家茂 
天皇は孝明天皇


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こちらの、なんともいえないユーモラスな狛犬さんは
宝暦十四年 六月吉日 生まれ

宝暦は1751年〜1763年
将軍は9代将軍“徳川家重”(父は暴れん坊将軍こと徳川吉宗)
天皇は桃園天皇


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首のとれてしまった、名もなき狛犬さんもおりました
よーく見ると、みんな表情が違うんだね


2007年2月25日


かごめかごめ

わらべ歌“かごめかごめ”の発祥の地“野田”
歌詞にある“かごの中の鳥”の彫刻がこの愛宕神社にあるという

かごめ かごめ
かごのなかのとりは いついつでやる
よあけのばんに つるとかめがすべった
うしろのしょうめん だあれ

籠の中の鳥の彫刻

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かごめかごめの歌は
「徳川埋蔵金のありかを示している」
「江戸幕府の功労者、日光中興の祖である天海大僧正と明智光秀のつながりを示している」
「この歌を作ったのは天海大僧正である」 様々な説が出てきています

そんな歌の発祥の地では、
“籠の中の鳥”の彫刻が愛宕神社の社殿に彫られていました
この社殿が再建されたのは今から200年ほど前

それ以前にも、もしかしたら違う“籠の中の鳥”の彫刻があったかもしれないのですが
今見るかぎりでは、物語の中の一枚といった印象でした

明智光秀と天海とかごめかごめ
謀反の歌を詠んだ京都愛宕神社の系列の神社であるということなど
色んなことを関連づけると面白い物語ができそうですよ

なんにしても、愛宕神社に来てよかった
“百聞は一見にしかず”なんて言うけど
やはりなんでも自分の目で見ないと想像だけが一人歩きして、考えがせまくなる

謎は多いから旅が楽しい
テーマがあると計画がたてやすい
今度は秩父にあるという天海僧正らしき人物の彫刻を探しに行こう


2007年2月25日

愛宕神社

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梅が綺麗に咲いていた


愛宕神社と明智光秀

なぜ愛宕神社の記事で、こんなにも明智光秀の名前が出てくるのでしょうか
それは京都愛宕神社での、ある出来事によるところが大きいのです

まずは下の京都愛宕神社のホームページから
「明智光秀と愛宕山」 という記事を見てください
明智光秀の決意を詠んだといわれる歌があります

●愛宕神社のホームページ

ときはいま あめがしたしる さつきかな

1582年5月
この歌は、明智光秀が愛宕神社に参拝し、
そこで行った歌会の席で詠んだといわれています

その数日後
1582年6月 歴史に名高い“本能寺の変”がおきました
明智光秀が主君の織田信長に対して謀反を起こした事件です

それと同時に、光秀の詠んだこの歌の解釈にも様々な説が飛び出してきたのです
この歌会で光秀の覚悟はできていたのではないかということです

え、なに?
いったいどういうこと?

考えてみてください
みなさんがこの歌に漢字をあてるならどのような字を使いますか?

時は今 雨が下しる 皐月かな

どうでしょうか
雨の多い梅雨の風情を読んだようにも聞こえますね
どこをどう見ても、謀反の欠片も感じられません

では、このようにしたらどうでしょう

土岐は今 天が下領る 皐月かな

“土岐”
というのは美濃(岐阜県)の土岐氏のこと
明智光秀は美濃の土岐氏出身ですから、自分自身のことだといえます

“天が下”
天下と読めますよね

“しる”
辞書で引くと
知る、領る、痴る、汁 といった字があります
“領る(しる)”という字が気になりませんか?
領地、領有など、国などを支配するという意味で使うことができます

偶然か必然かわかりませんが
「機は熟した 今こそ土岐氏(明智)が天下を治める時なのだ」

と解釈できるわけです

そしてこの数日後に本能寺の変によって織田信長を討った明智光秀
明智光秀の株が最高値を記録し、天下に最も近づいた瞬間でした

数日で大暴落してしまいましたが・・・・・



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