2003年8月13日 「関が原の古戦場」おで「お昼ご飯も満腹じゃあ」 付人「えへへ、とろけるような牛タンでしたね」 おで「美味いものを食べると心が穏やかになるのお」 おで「さあて、午後はどこに行くかぁ?」 付人「せっかくですので関が原などいかがですか」 おで「関が原!!あの日本史上最大の合戦と名高いあの関が原か!」 付人「あの関が原です!!」 おで「これは行くしかないのぉ」 付人「行くしかありませんね」 おで「ε=ε=ε=ヘ(* - -)ノダッシュッ」 付人「ε=ε=ε=ヘ(* - -)ノダッシュッ」 おで「ついたぞ。なんだすぐ隣町ではないか」 付人「ぜえ・・ぜえ・・・ぜえ・・・・」 おで「まったく体力ないやつじゃ」 すけさん旅行記 関が原
そんなわけで、広島に行くはずがなぜか関が原についた なぜこんな古戦場に立っているんだろう? 関が原の戦い “徳川家康”と“石田三成”の戦争 勝つのはどっちか? 結果が気になりますね ●僕の関連記事はこちら ●関が原の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.21.29.974&el=136.28.20.777&la=1&sc=4&CE.x=175&CE.y=142 |
中部-岐阜県
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2003年8月13日 「大垣城」おで「さあて、芭蕉も見たことだし町を散歩するか」 付人「駅の方まで行ってみますか」 おで「他にはどんなものがあるんじゃ」 付人「えっと・・・・・」 パラパラパラ 付人「ガイドブックによりますと、大垣城というお城があるらしいですよ」 おで「むむむ、また城かぁ・・・・」 付人「なんでも1936年に国宝に指定さ・・・」 おで「こ、国宝じゃと!!!それ行くぞ、それ ε=ε=ε=ヘ(* - -)ノダッシュッ」 付人「あ・・・・・ちょ あ〜ぁ〜」 すけさん旅行記 大垣城
天下分け目の合戦“関が原の戦い” ご存知“東軍大将 徳川家康”と“西軍大将 石田三成”の日本統一をかけた戦い 西軍の将“石田三成”が居城としたお城であったという 今はコンクリート造の復興天守が建てられ、中は歴史資料館となっていた ●大垣城の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.21.22.360&el=136.36.56.533&la=1&sc=3&CE.x=367&CE.y=136 |
おで「ここが奥の細道の終点なんじゃな」 付人「いきなり結びの地に来てしまってよかったんでしょうか」 おで「“いきなり最終回”みたいでよいではないか」 付人「奥の細道もこれから紹介していきましょうね」 おで「その通りじゃ、終わりは全ての始まりなんじゃ」 付人「おお!なんか名言ぽいです」 おで「じゃろ〜♪・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・」 2003年8月13日 「奥の細道 結びの地」すけさん旅行記
松尾芭蕉が約5ヶ月の漂泊の旅を終え、たどり着いた町“大垣” 愛車オデッセイに導かれ まずはこちら“奥の細道むすびの地記念館”を訪れた 奥の細道〜大垣より〜 露通(ろつう)も此みなとまで出むかひて、みのゝ国へと伴ふ。 駒にたすけられて大垣の庄に入ば、曾良も伊勢より来り合、 越人も馬をとばせて、如行が家に入集る。 前川子・荊口父子、其外したしき人々日夜とぶらひて、 蘇生のものにあふがごとく、且悦び、且いたはる。 旅の物うさもいまだやまざるに、長月六日になれば、 伊勢の遷宮おがまんと、又舟にのりて、 蛤の ふたみにわかれ 行秋ぞ 八十村路通が敦賀の港まで来てくれたので、一緒に美濃の国に入った
馬に乗って大垣まできたけど、やっぱり馬は楽ちんちん♪ 曾良も伊勢から来てくれた 越智越人、近藤如行、津田前川や宮崎荊口親子ら旧友と再会すると みんなまるで死人が生き返ったかのように喜び、馬鹿騒ぎしたよ そんな楽しい毎日ももうすぐ終わりなのね 長月の6日には遷宮を見るために、伊勢に向かわなきゃいけないんだ ここで一句 蛤の ふたみにわかれ 行秋ぞ(はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ)
ハマグリの殻と身とを引き剥がすように、 又再び悲しい別れの時が来たことだ。 ちなみに“ふたみ”は、これからの目的地“二見が浦(三重県二見町)”にかけている。 愛車“ゴコウノスリキレポンポコピー号”に跨って大垣の町を散策する 車は先の記念館に置かせてもらった こちらが大垣で芭蕉とそれを向かえる俳友の木因さんの像 お疲れ様でしたといったところか いつかは伊勢にも行かなければならないのか・・・ ●奥の細道むすびの地記念館の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.21.14.692&el=136.36.54.410&la=1&fi=1&sc=3 |
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すけさん 旅行記
ここ金華山は夜景スポットとしても名高い山 山頂に上ると、360度のパノラマ夜景が楽しめるという。 戦国の武将達も夜景を楽しんだのだろうか・・・? ま、戦国時代に夜景スポットはないか でも、部下に松明で明かりを灯させれば炎のライトアップもありかと思う。 城主「今宵も明かりが綺麗だのお」 と思ったら、実は敵襲で簡単に落城してしまったりして、 城主はバカ殿として歴史に名を残せそうだ。 長かった岐阜旅行もこれでおしまいです。 みなさん、たくさんのコメントをありがとうございました。 また次の旅行記でお会いしましょう ●岐阜公園の地図はこちら(yahoo地図より)
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.25.53.441&el=136.46.39.060&la=1&sc=3&CE.x=382&CE.y=319 |







